軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ありふれたアフターⅡ 香織&ユエ編 勝てばよかろうなのだッ!!

魔王村は立派な木製の柵に囲まれた長閑なところだった。可愛らしいアーチを描く出入り口が、さりげなく村長さんの「村民以外の人も大歓迎!」の意思を伝えているように見える。

規模としては始まりの村の二倍くらいだろうか。三百人くらいは住んでいそうだ。村の中心には一際高い塔があり、その天辺には十字架が立てられている。そこが教会なのだろう。ユエと香織の目的地だ。

だが、そう簡単に辿り着くことはできないだろう。理由は一つ。

魔王村の村長さんと四天王さんが、何だか香ばしい雰囲気で通せんぼしているからだ!

「村に手は出させない。犯罪者ゆえぽんと共犯者カオリ。大人しく降伏するか、ぶっ飛ばされるか選ぶといい」

勇壮な黒竜の背で無意味にゴゴゴゴッと威圧感を出している村長さんがそう言った。村長さんは村と村人を守るため、よからぬ事を企んでいそうな犯罪者二人をここで成敗するつもりらしい。

魔王村の村長さんは、村と村人を大切にしているようだ。

黒竜は呼応するように「グ~ルル♪」と何だか楽しそうに鳴いているし、ウサミミ少女はウサミミをふぁさぁっとなびかせているし、仮面ピンクは……仮面ピンクは直立不動のまま微動だにしていない。まるで「私は貝になりたい」と言っているかのようだ。

全員、やる気十分といった様子!

不敵に笑う村長さんを見つめて、一瞬、なにやら考える素振りを見せたユエは、一拍、腕まくりをして如何にも「やったるでぇ~」と言いたげに不敵な笑みを返した。

進み出るユエを、香織が慌てて制止する。

「もうっ、ユエ。こっちに来てからどうしてそう好戦的なの! 降伏の選択肢があるんだし、もしかしたら戦わないで教会に行けるかもしれないでしょ?」

「…………ふっ」

「いま、どうして笑ったの? ねぇ、どうしてかな? かな?」

馬鹿にするように鼻で笑ったユエに香織の般若さんが出かけるが、そこはぐっと呑み込んで咳払いしつつ気を取り直す。そして、村長さんに向かって口を開いた。

「あの、ハジ――じゃなくて村長さん。降伏したら教会に行かせてもらうことはできますか? 私達は、できれば戦いたくないんですが……」

一応、ゲームの設定に則って、そう交渉を試みた香織だったが、

「…………ふっ」

「いま、どうして笑ったの? ねぇ、ハジメくん。いま、どうして笑ったのかな!?」

ユエとそっくりな表情で馬鹿にするように鼻で笑われた。青筋を浮かべて憤る香織さん。

「犯罪者とは交渉しない。デスorデストロイッ! これは国際常識だ!」

「辺境の村長さんが語る国際常識って……」

一点の曇りもなく言い切った村長さんに、香織はげんなりした様子になった。

「……香織。今更、交渉なんて無様は止めて。私達は犯罪者! 邪魔する者は消し飛ばし、略奪の限りを尽くすことこそ本分!」

「開き直った犯罪者ほど質の悪いものはないと思う。っていうか、〝私達〟ってさりげなく私まで犯罪者にするの止めてくれるかな!? 罪状の全部が、ユエ主体だからね!?」

冴え渡る香織のツッコミ。しかし、ユエ様は気にしない。一歩前に出て片手を突き出すと、指先をクイクイッと曲げて挑発する。

頭をかかえる香織を余所に、魔王村メンバーも挑発に応えるようにやる気を見せた。

と、そこで、ウサミミが一人、前に出て来る。

「村長様。この程度の奴等、村長様が相手をするまでもありませんです。私が片付けましょう。仮面ピンクとね!」

「!?」

ありがちなパターンだった。仮面ピンクは何故か、バッとウサミミの方を見て「えっ、私も!?」みたいな感じになっているが。

「ほぅ、いいだろう。ではウサミミと仮面ピンクに任せる。『っていうか、こいつ銃弾が当たんねぇんだけどマジで。このバグウサギが』と『帝国最凶の都市伝説』の二つ名が伊達でないことを教えてやれ」

「了解ですぅ! ……あれ、いま、さりげなくディスりませんでした?」

「……」

思わず動きを止めて振り返るウサミミと、黒歴史を思い出したかのようにどよ~んとした暗雲を背負う仮面ピンクを尻目に、村長さんは黒竜に乗ったまま上空へと飛び上がった。どうやら高みの見物としゃれ込むらしい。

気を取り直して、それぞれ巨大な戦槌と黒い刀を構えるウサミミと仮面ピンク。

仮面ピンクは見るからに乗り気ではないようだが、二人の実力は折り紙付きだ。それを知り尽くしている香織からすれば、数的有利のないこの状況で二人と戦うのは冷や汗ものである。

自然、表情を強ばらせつつ、グラムと天叢雲剣を引き抜く。

「強敵、だね」

香織の言葉に返事はない。代わり聞こえたのは「そぉい」という間の抜けた投擲のかけ声。飛んでいったのは超圧縮された拳大の炎弾。声音に反して速度は弾丸並に速い。

「しゃらくせぇですぅっ――う?」

戦槌の一撃で吹き飛ばしてしまおうとしたのだろう。ウサミミが炎弾に向かって横薙ぎの一撃をフルスイングした。

が、炎弾はそこで予想外の動きを見せる。急ブレーキをかけたかと思うと上空へとカッ飛んだのだ。

一体どこを狙っているのかしらん? と思わず呆けた表情を見せたウサミミは、直後、その表情を引き攣らせた。

「え、あ、ちょっと、ユエ!?」

香織の焦った声が響くが、それよりカクッと更に進路を変えた炎弾が標的に着弾する方が早かった。

盛大な爆音が響き渡り、強烈な火柱が吹き上がる。

――村の一角から

世界の時間が止まった気がした。ウサミミも仮面ピンクも、そして黒竜と村長さんですら、ぽか~んとしながら背後の爆炎を見やっている。当然、香織もだ。村の方から怒号が響いてきた。

「……ふむ。ゲームとは言え、ボス戦中でも村は不可侵化・破壊不能化はしないと」

深く納得したような、可憐で、ある意味恐ろしい声音が、やたらと明瞭に響いた。

ハッと我に返った香織が、引き攣り顔を隠しもせず盛大なツッコミを入れる。

「なななな、なにやってるのユエ!? 馬鹿なの!? 死ぬの!? この頭のおかしいシスターさん!」

「……落ち着いて香織。ちょっと村の一部が吹き飛んだだけ」

「ちょっとじゃないよ! ゲームだからって倫理観を投げ捨てていい訳じゃないんだからね!? いい加減にしないと、本気で怒るよ!」

うがぁーーっとらしくない怒声をあげる香織に、しかし、ユエは「やれやれだぜ」と言いたげな様子で肩を竦めた。香織の額に青筋が浮かぶ。般若さんステンバ~イ。

ユエは物わかりの悪い子供に言い聞かせるように、優しい表情で懇切丁寧に説明し出した。

「……いい、香織? いつでも、どんなときでも、相手の立場になって考えられるようにならなきゃダメ」

「少なくとも、いきなり爆撃された村人達が怒り狂ってるだろうってことは分かるよ」

ユエさんは香織のツッコミを華麗に無視する。人差し指をぴんっと立てて講義を再開。香織はユエ並のジト目だ。興味があるのか、村長さんを始め四天王さん達も耳を傾けている。

「……たとえばゲームに出てくる魔王だけど、彼等は何故戦う? 何を目的としている?」

「え? それは……ありがちなところだと世界征服のため、とかかな? 支配者になるためっていうのが王道だよね」

「……その通り。それを阻止するために、勇者達は魔王を倒そうとする。時には一般人の家に不法侵入し、勝手に物色し、窃盗して、障害となるなら同じ人間でも殺害し、ボス戦においては一人に対して複数人でリンチする。正義の名のもとに! 正義の名のもとにッ! お前は間違っている! 俺こそ正しい! だって正義だもの!」

「酷い偏見だよ……完全に否定できないところが何とも言えない」

かつての誰かを思い出しているのか、仮面ピンクが天を仰いでいる。

「ええと、まさかと思うけど、魔王村の村長さんを倒すためなら自分こそ正義だから何をしてもいいんだ――みたいなこと言う気じゃないよね?」

「……私を勇者と申したか。失礼な。ごほんっ、話が逸れたけど、つまり何が言いたいかというと、正面切って戦うだけが魔王退治のやり方ではないということ」

「ごめん、何が言いたいのかさっぱりなんだけど」

まだ分からないのか……と、欧米人のように両手を挙げてやれやれするユエ様。香織は我慢の出来る子。思わずグラムを振り上げてしまったけど直ぐに戻す。

「……魔王の立場になって考えると、魔王は世界が欲しいから極悪非道な勇者戦隊とだって一人で戦う。なら、魔王と戦わずして勝つためには、その戦う理由をなくしてしまえばいい」

「……ユエ。私、今、すごい鳥肌立っているんだけど。友達の中の狂気を見つけてしまった気分なんだけど」

愕然とした様子の香織が、怖いものを見たと言いたげに両腕で自分を抱きしめる。話を聞いていたらしいウサミミや仮面ピンク、黒竜も同じような感じだ。親しい人の深い心の闇を見てしまったかのような表情だ。村長様まで頭を抱えている。

そんな中、ユエは爆裂式の超圧縮炎弾を無数に作りながら、ドヤ顔で結論を口にした。

「……魔王は言った。世界が欲しいと。ならば、先に世界を滅ぼしてしまえばいいじゃない」

ほら、戦う理由がなくなったでしょ?

可愛い顔してえっへんと胸を張っているが、発想は極めて物騒。世界征服なんかさせない! その前に必ず、私が世界を滅ぼしてみせる!

確かに、魔王村の村長さんは言った。村に手は出させない、と。その為に戦うのだと。だから、村を滅ぼせば戦う理由もなくなるよね。これぞスタイリッシュ魔王討伐。肉体ではなく、目的そのものをぶち壊す!

取り敢えず、香織、ウサミミ、仮面ピンク、黒竜から一斉に、

「ユエの悪魔っ!!」

「ユエさんのサイコパスぅ!!」

「むしろ、邪神!」

「この旦那にして、この嫁ありか!?」

と、ツッコミが入った。

ユエ様は有象無象の言葉など聞きはしない。重力魔法でふわりと浮き上がると、数多の爆裂式の超圧縮炎弾を周囲に浮かべ、両手を大きく広げる。

それこそ、魔王のように威厳たっぷりに、口元には不敵な笑みを、目元はこれ以上ないほど嗜虐的に、

「勝てばよかろうなのだッ!!」

世界(村) を破壊する流星が降り注いだ。

わぁああああっと悲鳴を上げながら炎弾の迎撃に走り回るウサミミと仮面ピンク、そして急遽参戦した黒竜。その様子からすると、やはり防衛対象たる村が破壊されると村長側の敗北らしい。

「……ほれほ~れ、ほほほ~れ♪ もっと頑張らないと村が滅びちゃうぞ~。回避したり、突撃してきたら、その隙に喜んで村を爆破するのであしからず! ふっふふ~のふ~~♪」

「ユエさんの外道ぉ! 鬼畜ぅ!」

「ああもぅっ。だから嫌だったのよ~~~」

「おおい、ご主人様よ! 正妻が暴走中じゃぞ! なんとかしておくれ!」

凄まじい威力を秘めた炎弾が、ガトリングの斉射の如き密度で迫り、しかもその一発一発が複雑かつランダム軌道で飛んでくる。回避すればそれだけ村が吹き飛び、突撃して防衛ラインを崩せば一瞬で村は灰燼と帰すだろう。

これが一撃必殺系の、たとえば雷龍などであればウサミミが吹き飛ばしている間に、仮面ピンクが突撃して接近戦に持ち込むことも可能だったのだろうが、それが分かっているが故の弾幕攻撃。

ご機嫌な様子でぽいぽい飛ばしてくるが、放たれる魔法の嵐は緻密にして致命的破壊力を有する芸術のような絶技だ。

そろそろ、村長さんが参戦を考え始めたそのとき、

「い、いい加減にぃ、しなさ~~~~い!」

「……んみぃ!?」

神速で飛び上がった香織さんの、グラム(剣腹)による唐竹割りがユエの脳天に炸裂した。魔法が霧散し、変な鳴き声を上げながら墜落するユエ。舌を噛んだのか、口元に手を当て涙目になりながら地面を転がり回っている。

「……か、かおりぃ。なにをするぅ!」

「それはこっちのセリフだよ。外道すぎ! ゲームだとしても、人としてどうかと思うよ!」

黒竜がチラリと村長さんに視線を向けた。村長さんは視線を逸らした。

香織はぷんすかと怒りながらも、未だ涙目のユエを脇に抱えた。

「そんなことしなくても、戦わずに教会へ行くくらいできるよ! 村に入れるなら私の神速で!」

超スピードで突破を図る算段らしい。敵を振り切って教会に滑り込んでやろうというのだろう。

ユエが何かを言おうと口を開くが、それより早く香織の神速が発動する。

A地点からB地点にかかる移動時間そのものを短縮して超速度の移動を可能にするそれは、直線移動ならレールガンの弾速をも上回る。

およそ生物の認識能力の埒外にあるその速度を以てすれば、魔法的あるいはアーティファクト的な外的補助でも使うか、特殊な策でも用意しない限り誰も手を出すこと叶わない。

かつて、あの神の使徒達をして、認識することすらできなかったのだ。そのチート振りは証明ずみで……

(え、うそっ)

(……無理だって言おうと思ったのに)

神速の世界にて、密着状態のユエはともかく、外部の者は誰も認識しえないはず。

たった一人のバグを除けば。

確かに、仮面ピンクは微動だにしていないし、黒竜の焦点も先程まで香織がいた場所。村長さんは遠くを見つめて黄昏れているが、とにかく、香織を捉えてはいない。

だが、ウサミミの視線だけは――香織を追っていた。

ぞわりっと戦慄が香織の体を駆け抜けた瞬間、ウサミミの足下が爆ぜた。コマ送りのように急迫するウサミミ!

直線で、横並びでヨーイドンをしたのなら、ウサミミが神速に勝てる道理はない。だが、向かってくる相手の進路に割り込むくらいなら、できないことはないのだ。

それを証明するように、気がつけば戦槌の打撃面が香織の眼前に迫っていた。

「ふわっ!?」

思わず変な悲鳴を上げながらリンボーダンスでもするように仰け反って戦槌をかわす。空気が破裂するような音と共に頭上を通り過ぎた戦槌に、香織の表情は盛大に引き攣った。

だが、かわした。仰け反り状態からすぐさま体勢を戻し、そのまま前へ……

頭上に影が差した。本能が鳴らす警鐘に従って、神速による横っ飛びをする香織。前方に逃げれば、きっと衝撃波を背後から食らって吹き飛ばされると判断したのだ。

それは正解だった。どうやったのか、リンボーダンスで避けたあと、神速故に一瞬で数メートルは距離を取れたはずなのに、追いついたらしいウサミミが背後から戦槌を振り下ろしたのだ。

衝撃が地を砕き、衝撃波が津波の如く前方へと奔る。

思わず足を止めてしまったのは悪手だった。ドゥッと地面の爆ぜる音が聞こえたときには、それこそ瞬間移動でもしたかのようにウサミミが眼前へと迫っていた。

(神速――ッ!?)

回避と同時にそのまま村へ。確かに速いが、今は横並びだ。このまま神速で村へ突っ込めばウサミミを振り切れる。そう思った香織だったが、前へ進もうと一歩を踏み出した瞬間、未来位置へ横合いから迫る鉄球を捉えて思わず足を止めてしまう。

一体どこから? 当然、踏み込みとほぼ同時にウサミミが蹴り出したのだ。爆撃じみた脚力から生み出された鉄球は既に砲撃と変わらない。

香織が危機感から足を止めるのは当然で、そして、その一瞬さえあればウサミミにとっては十分だった。

(あ、これ、ダメ――)

(……無駄だと思うけど)

捉えられた。そう確信した香織が覚悟を決めてグラムを盾にしようと腕を上げる。そこで、諦観しているような雰囲気のユエが魔力を唸らせた。

次の瞬間、香織とユエの姿がかき消えて数メートル先へと出現する。

ユエの瞬時空間転移魔法〝天在〟だ。実はアビスゲートとの戦いを制したことで解放されていたのである。もっとも、一応解放されたばかりということでレベルに応じた使用制限がかけられているらしく、転移可能距離は五~七メートルといったところ。

今回も、ウサミミから五メートル離れた場所へ転移したのだが……

「あれ、シアは――」

「っ、天在ッ」

もといた場所にウサミミがおらず、刹那、頭上に影が差す。ユエが咄嗟に天在を発動して更に五メートル横合いに転移。

そして、

「なんでぇ!?」

眼前にウサミミさんがいた。戦槌を振りかぶって。

「んんっ、天在ぃ」

更に転移! しかし、ウサミミに回り込まれた。

もっと転移! でもウサミミは傍にいる!

やけくそ転移! ウサミミさんからは逃げられない!

完全にランダムに転移しているはずなのに、まるでどこに転移するのか最初から分かっているかのように、五メートルの距離を一瞬で詰めて回り込んでくる!

「あ、そうか、未来視で!?」

「いえ? 使ってませんよ?」

出現位置を割り出している方法が、ウサミミさんの固有魔法であると指摘した香織だったが、本人はあっさり否定して戦槌を振るう。辛うじて転移でかわす。今度は少し離れていたものの進路を塞ぐ形で回り込まれていることに変わりはなかった。

「じゃあ、なんで分かるの!?」

思わずそう問いかけた香織に、ウサミミさんはにっこり笑って、

「勘ッ!!」

と、答えた。

レールガンの弾速を越える神速を視認して対応し、ノータイムの空間転移を直感だけで出現位置を割り出して回り込む。

「……これがバグウサギのバグウサギたる所以だから」

疲れたようにそう言うユエの瞳は、どこか現実逃避をするかのように遠くを見ている。

香織は、直接、シアと戦ったことはない。たまに訓練を見たり、ハジメの弾丸を軽く避けているところなどを見て、すごいなぁ~と呑気に思っていたのだが、いざ相対してみるとそのヤバさがよく分かる。

想像してみて欲しい。

一撃必殺を地で行く破壊力を有し、電磁加速された弾丸すらかわせる速度でトリッキーに動き回る重装甲戦車を。しかも、その戦車は自動修復機能付きで、空まで跳び回り、敵の位置については隠れていようが瞬間移動しようが的確に見つけてくるのだ。加えて言うと、己の死に直結する攻撃に対しては、自動で発動する未来予知があるので、奇襲は一切通用しない。

悪夢である。

かの魔王をして、「あいつとだけはガチンコ勝負したくねぇ。策を使ってハメ倒す以外に道はない。っていうか、この前付き合った訓練で、ドンナーの弾丸を掴み取られたんだが……かわすまでもなくなってきてるとか、俺はどうすりゃいいんだ」と嘆かせたとか。

ちなみに、これ以降、ハジメはアーティファクトの性能を少しずつ改良して上げていたりする。嫁に追い詰められて必死に地力を上げる魔王……何ともシュールだ。

「……能力に制限がかけられた状態でシア達と戦うなんて自殺行為。だから、ゲーム上の設定が生きている内にハメ倒そうと思ってたのに。香織のあほぉ」

「うぅ。でも、あんまりにお外道様だったから……」

全力全開のユエならばまだどうにでもできただろう。しかし、今は、ようやく限定的に天在が使えるようになったところ。空間魔法自体も十全とは言い難い。

要するに、〝クリアするにはレベルが足りない〟ということだ。

しかし、もう一度、村を人質に避けさせない攻撃をするような隙は与えてくれないだろう。同じ手が何度も通じるほど甘くはない。

手詰まりか……

香織がそう思ったとき、ユエから溜息が聞えて来た。

「……この手は使いたくなかったんだけど」

「え、まだ何か策があるの?」

頼もしきユエ様。香織の瞳が輝く。

「うむ」と気乗りしなさそうに頷いたユエは、しかし、その様子に反してとても素敵な笑みを浮かべた。ドSに輝いた素敵な笑顔だ。

「……この前、雫がふりふりのゴシックロリータをこっそり試着してた」

「!?」

突然の言葉に、仮面ピンクが「なぜ、それを!?」と言いたげにバッと顔をユエに向ける。他のみんなが「え、マジで?」と言いたげな視線を向けた。

「……洗濯当番のとき、シアは必ず一度は、ハジメの洗濯物の匂いを嗅いでから洗濯機に入れる」

「!?」

ウサミミのウサミミが「なぜ、それを!?」と言っているかのようにピンッと立った。他のみんなが「え、マジで?」と言いたげな視線を向けた。

「……ティオが最近、ポエムを書き始めた」

「!?」

黒竜が「なぜ、それを!?」と言いたげな様子で目を見開いた。他のみんなが「え、マジで?」と言いたげな視線を向けた。

そんな彼女達に、ユエはにやっと笑うと宣言した。

「……私はユエ。嫁~ズの全てを把握する正妻」

言外に伝わる、「更に嬉し恥ずかしなあれこれを暴露されたくなければ、どうすればいいか分かるね?」という言葉。

し~んと場が静まり返る中、最初に動いたのは仮面ピンクだった。

自らの仮面をむしり取ると、地面に向かってぺいっと勢いよく投げ捨てる。そして、パタリッと倒れた。

「仮面ピンクは致命の一撃を受けた。仮面ピンクは死亡した」

自分でそんなナレーションまで入れてくれる。

それを見たウサミミがぷるぷると震えながら声を張り上げた。

「うぅ、ユエさんの卑怯者ぉ! 正々堂々、戦いやがれですぅ!」

ビシッと指を差してそう訴えるウサミミに、ユエ様は、

「勝てばよかろうなのだッ!」

と、胸を張って答えた。ウサミミは大の字になって倒れた。「覚えてやがれですぅ」という呪詛が聞こえてくる。

ユエの視線が黒竜を捉える。

「ぬ、ぬぐぅ……」

唸り声をあげて、どうしようか逡巡する黒竜。そんな黒竜に、ユエ様は少し視線を逸らし、僅かに頬を染めながら言った。

「……ティオ、可愛かった。とっても乙女」

「読んだのか!? あれを!?」

「……正直、ごめんなさい。でも、前に私の日記を勝手に読んだ前科があるので、これでお相子ということで」

「ぬぐぉおおおっ、はずいぃのじゃぁ」

身悶えた黒竜は、そのままうつ伏せになると前足で両目を覆って動かなくなってしまった。

「な、なんて言葉の暴力なの……これは酷い」

香織が戦慄の表情を相棒へと向ける。もしや、自分の恥ずかしい何かも知られているのでは? という不安が押し寄せる。

ユエ様がチラリと香織を見た。にこっと笑った。「それはどっちの意味なの!?」と香織が掴みかかるが、ぐわんぐわんと揺らされてもユエは微笑むだけ。逆に香織の不安感は膨れ上がる。

「あ~、なんか予想した展開と全然違うんだが……ある意味、流石ユエというべきか?」

ようやくお出ましの村長さん。呆れたような、感心するような、何とも言えない微妙な表情で空中から声をかけて来る。

「……ん。流石に全員とは戦えない。戦わずして勝利を目指すのは当然。温存できればその分――――ハジメとは存分に戦える」

「んん? 俺とは戦うのか? てっきり、俺も口撃の対象になるんだろうと、かなり身構えていたんだが」

意外そうに首を傾げる村長さんに、ユエは香織の手を掴んで答える。

「……ん。せっかくだから、最後に一戦。最強相手に、香織とタッグでどこまでやれるか試してみるのもいいかと思って」

「え、ユエ?」

びっくりしたようにユエを見る香織。ユエは香織に視線を向けると「どう?」と尋ねる。

「……うん、そうだね。もう 心配もしなくていいし(・・・・・・・・・・) 、最後に思いっきりやろっか!」

「……ん!」

拳を突き合わせてやる気を見せるユエと香織。その言葉から、村長さんは二人が 気が付いている(・・・・・・・) ことに気が付き苦笑いを見せた。

まるで、これから本日最後のお楽しみイベントに参加するような、そんな楽しげな様子のユエと香織を見て、村長さんは手元の空中ディスプレイを操作し始める。

ふわりと、ユエと香織が光を纏った。ついで、香織の眼前に二振りの双大剣が出現し、ザシュッと地面に突き立った。黒の魔剣と白の聖剣。香織専用のアーティファクト――【廻禍の魔剣 アニマ・エルンテ】と【福音の聖剣 ベル・レクシオン】だ。

ユエの方も充溢した魔力が黄金のうねりとなって渦巻いている。ふわりふわりとなびく髪と、ガーネットの如く輝く瞳が、言葉なくとも彼女が十全の状態であることを示していた。

「元は訓練用の空間だ。遠慮容赦は一切無用。それじゃあ晩飯前に、ちょいと盛大に遊ぶとするか」

ジャキッと音をさせて抜かれたのはドンナー&シュラーク。バチバチと真紅のスパークを放つ姿は何とも禍々しい。

「来いよ、頭のおかしいシスターと、村長の残念な娘さん?」

挑発するような魔王村村長さんの言葉に、二人はビキッと青筋を浮かべて、

「「上等ッ!!」」

これまた好戦的な言葉をもって返した。

舞台は空へ。

真紅の波紋を広げて宙を飛び回る村長さんを、白銀の翼を広げて神速飛翔する村娘と、三重の輪後光を背負いながら五天龍を従える見習いシスターが見事なコンビネーションで追い詰める。

空に弾丸の流星がシャワーのように流れ、爆炎の華が咲き乱れる。

「おぉ、ハジメさんがクロスヴェルトの他に、グリムリーパーまで出し始めましたよ」

「みんな本気じゃない。死ぬことはないって分かっていても、ちょっと過激すぎない?」

「たまにはのぅ、ああやって大はしゃぎするのも必要じゃろうて。地球では、そうそうできんからな」

いつの間にか集まって、三角座りしながら観戦に勤しむシアと雫とティオ。ぼへぇ~と三人の戦いを眺めている。

雫の言う通り、この空間で死ぬことはないのだが、それでも随分と過激な戦いに最初はハラハラドキドキもしたのだが……

見ていて分かった。

「……楽しそうですね」

「……そうね」

ユエも香織も、随分と楽しそうだった。その上で、二人のコンビネーションは更に神憑っていく。阿吽の呼吸を地で行くような、思わず「おぉっ」と歓声を上げてしまいたくなるような、そんな曲芸じみた技・戦術が次々とお披露目されていく。

実際、ティオなどは先程から「おぉっ、すごい! そこじゃ! いけ!」と完全に観戦者となっている。

が、シアと雫に関してはどうも少し様子が違うようで、

「……むぅ、私の方がもっと上手く合わせられますし。ユエさん的には、もっとこう、抉り込む感じがいいんですよ」

「……ユエも甘いわね。あの場面じゃあ香織は右に出る癖があるのよ。私ならもっと香織のやりやすいようにできるのに」

なんだか少し面白くなさそうな表情で唇を尖らせているのだった。誰に対する嫉妬なのか。それはその言葉から推して知るべし、である。

上空からは激しい戦闘をしながらも「香織のあほぉ~」とか、「ユエのばかぁ」とか罵り合いが降って来る。お互いの動きの不満点が見つかる度に言い合いをしているのだが、それ自体も何だか楽しそうだ。

そして、それを見る度に、シアと雫もまた「むぅ」と唇を尖らせるのだ。

「仲が良くて、結構なことじゃな」

横目にシアと雫を、視線を転じて空のユエと香織を、順に見やったティオの何とも優しい声音が小さく響いた。

それからしばらくの間、設定された魔力や弾丸が尽きるまで、ド派手で過激な遊びは続くのだった。

まどろむ意識が、心地よい揺さぶりと自分の名を呼ぶ愛しい声により浮上していく。

「……んぅ」

「ぁぅ?」

薄っすらと目を開けたユエは、目の前にある香織の顔をぼへぇと見やる。香織もまた、目の前にあるユエの顔をぽやぁんと見やる。

「……ごめんなさい、香織。私にそっちの趣味はない」

「酷い誤解だよ。私にもそっちの趣味はないよ。ユエのばか」

少し寝ぼけているのか、互いに自分のベッドに潜り込んでいると思ったようだ。

「寝ぼけてないで起きてくれ」

不意にかけられた声をたどれば、そこにはユエと香織を見下ろすハジメの姿があった。パチパチと目を瞬かせて周囲を見やれば、そこはハジメの地下工房だと分かった。ハジメだけでなく、シアや雫、ティオもいる。

起き上がった二人に、ハジメは少し笑いながら声をかけた。

「問題ないはずだが、二人とも、どこか体に異常は感じるか?」

「……ん。特になにも」

「うん、私も大丈夫だよ。……そっか、戻って来れたんだね」

ゲームの世界から現実に帰還した。その事実を呑み込んだ香織がホッと息を吐いた。

「ああ、そうだ。びっくりしたぞ。帰ってきたら二人して、こんな場所で寝てるし、意識が戻らないし、調べてみたらゲームが起動しているし」

「う、ごめんね、ハジメくん。私達の不注意でゲーム機壊しちゃったみたいで。気が付いたら取り込まれてたの」

「らしいな」

肩を竦めて気にするなと言うハジメに、ユエが工房を見渡して尋ねる。

「……やっぱり、エンドウだけプログラム?」

その問いに、ハジメは肯定を示す。

実は、最後のハジメと、シア、雫、ティオはユエ達と同じくゲーム内にダイブした本人達だったのだ。

ユエと香織にはあまりに自覚がないようだが、時間は既に夕方で、帰宅途中だったハジメは偶然、家の用事を片づけて南雲家に向かっていた雫と合流し帰宅した。直後、ティオ達も戻って来たのだ。

夕方になっても変わらず爆睡していたタレシアを叩き起こして、姿の見えないユエと香織を探して地下工房に行ってみれば、そこに倒れ込んだ二人がいた。

調べてみれば、ゲーム機が誤作動を起こして二人を取り込んだのだと判明。

その時点で、二人は戦いを終えて街道を歩いているところだった。一応、やろうと思えばすぐにでも二人を現実に帰還させることはできたのだが、

「どうしてそうしなかったの?」

「お前等二人とも随分と楽しそうだったしなぁ。それに――」

最近、ユエはめっきり魔法(便利系は除く攻撃系について)を使うことが少なくなっていて、そのせいかゲームの中での攻撃魔法の引き金が随分と軽くなっているように思えた。

ログを調べれば、ゲームに入った直後に教会を倒壊させたりしているのだ。もしや、表面に出ていないだけで、地球での自重的な行動がストレスになっているのでは? と思ったハジメは、せっかくなのでたまにはユエにもはめを外してもらおうとゲームの続行を決めたわけである。

加えて言うと、

「このゲーム機な、安全性には特に気を遣っているんだ。だから、本来ならちょっとした衝撃程度で勝手に周囲の人間を取り込むなんてあり得ないんだよ。にもかかわらず、こんな誤作動兼バグったのは――香織、お前が原因だ」

「え!? 私!?」

「そう。おそらくだが、これがぶつかったとき無意識に分解魔法使ったんだと思う。本当に微々たる発動で、一瞬だったんだろうが、安全機構の一部が内在させている魔力ごと霧散させられてた」

「そ、そうだったの?」

「ああ。仮にも分解魔法だぞ。そんな凶悪なもん、アクシデントがあったとはいえ無意識に発動、言い換えれば制御を乱すなんて――香織、お前は平和ボケしすぎ」

「はうぅあ!?」

ハジメの呆れたような指摘に、香織は罪悪感と羞恥心で蹲ってしまった。ユエがツンツンと突きながら「……香織は弛みすぎ~。お腹も弛みすぎぃ~」と追い打ちをかける。「お腹はたるんでないよっ」と、香織は反射で反論する。

そんなわけで、ユエのあるかもしれないストレスの発散と、香織の平和ボケを戒める目的で、アビスゲートプログラムで時間稼ぎをしている間に、ハジメ達も準備を済ませてダイブしてきたというわけである。

「まぁ、ユエには速攻でプログラムじゃないって見抜かれていたようだが」

「……ん。当然。私がプログラムと本物のハジメを、たとえ一瞬であっても見間違えるはずがない」

「う、私だって、直ぐに気が付いたし」

ちなみに、香織が気が付いたのはユエの暴挙に対する反応を見てからだったりする。ユエに負けたのが悔しいのか、香織は微妙な表情になる。

そんな香織を見て、再びユエが追い打ちをかけ、それに香織が反論して、いつものように喧嘩に突入し始める。

が、そこでクツクツと楽しそうに笑う声が。睨み合う視線を転じてみれば、そこには何とも微笑ましそうな表情で笑うハジメの姿があった。

「いや、本当。お前等仲がいいな」

まさに喧嘩をおっぱじめようとしていたのに、何故、そんな感想になるのか。首を傾げるユエと香織に、ハジメは彼女達の手元を指差しながら言う。

「倒れ込んでいるときは、二人とも絶対に離すもんかって感じで抱き締め合ってたし。ほれ、今も、手を握り合って離そうともしない」

「……ん?」

「え?」

ハジメの指摘を受けて、ユエと香織は自分達の手元を見やる。確かに、がっちりと握り合っていた。それも俗に言う恋人繋ぎのように。

いざというときは意識するより早く互いを庇い合い、戦闘となれば阿吽の呼吸を発揮し、喧嘩していても互いに寄り添っているのが当たり前。

これを仲良しと言わずしてなんというのか。一部の人達からすれば、既に二人の後ろには百合の花が咲き乱れていることだろう。

不本意ッ! と言いたげに、慌てて互いに手を放した二人だが、文句と弁解を口にする前に、二人して後方へと強い力で引き寄せられた。同時に、顔面が凄まじく柔らかい場所へもふっと埋もれる。

「香織さん、言っておきますが、ユエさんは私のユエさんですからね。一番の親友は私なので! そこんとこ、よ・ろ・し・くぅ! ですぅ!!」

「ユエ。あんまり私の香織にちょっかいをかけないで。香織の一番の親友は私だから。そこんとこ、よ・ろ・し・く!」

豊かな二人の胸に顔を埋められてあっぷあっぷしているユエと香織を間に、シアと雫がむすっとした表情で睨み合った。互いに、互いの親友を取られたようでちょびっと嫉妬したらしい。

「のぅ、ご主人様よ。いつもながら、妾、結構な疎外感を感じておるんじゃが、どうしたらいい?」

「……踏んでやろうか?」

「!? このご主人様めっ。愛しておるぞ」

なんだか混沌じみてきた地下工房だったが、直後、新たな人物が天井から降って来た。天井の一部がぐりんっとひっくり返り、逆さになったリビングのソファから幼女がしゅたっと降りて来る。

「もうっ、ミュウを仲間外れにして! ずるいの! 晩ごはんなの! 食べたらミュウもそれで遊ぶの!」

南雲家のお姫様は、パパ達が遊んでいる間、レミアと菫のお手伝いをしていたらしい。なんというお利口さん。

ぷんすか怒りながらも、食卓へと呼び出しを忘れないミュウに促されて、一番の親友決定戦はひとまず終息。ユエがシアを、香織が雫をなだめつつ一階に続く階段を上がっていく。

「ん? ミュウは行かないのか?」

「ぴょんっで戻るの」

「……それ、本当に好きだなぁ」

ハジメが笑いながら部屋を出ていく。

ちなみに、〝ぴょん〟とはリビングへのショートカットのことだ。ぐりんっがソファから地下に落ちるショートカットとすれば、ぴょんは地下からリビングに飛び出す仕掛けだ。コンサートなどで、歌手がステージに飛び出すあれである。

南雲家のお姫様は、普通を好まないのだ!

ミュウがぴょんを出来る床に移動し、いざ仕掛けを動かそうとしたそのとき、ガサッと工房の奥から音がした。

おや? と首を傾げて見てみれば、そこには何やら奇妙な色をした表紙の本が一冊。

ミュウはそれを手に取った。

「う~ん、読めないの……。ま、いっか! それよりごはんなの!」

ミュウは気にせず、ぴょんでリビングから飛び出した。

本を片手に持ったまま。

南雲家のリビングに賑やかさで溢れた。相変わらず、食事の席でもユエと香織はチクチクとやり合い、しかしそれが仲良しの証にしか見えず妙にシアと雫が張り合い、「キマシタワーッ」と愁と菫が叫び、ティオが取り敢えず踏まれて嬌声を上げ、ご近所さんがギョッとする。

ちょっとしたハプニングから始まった今でも 恋敵(友) の二人のちょっとした冒険は終わり、今日も南雲家のありふれた一日は平穏無事に終わっていくのだった。