軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ありふれたアフターⅡ リリアーナ編 新世界の神に、私はなる? 後編

☆トップアイドルリリィ

それなりに大きな楽屋の中央で、花束やファンからのプレゼント、手紙に埋もれるリリアーナが、可愛らしいステージ衣装のまま、カリカリカリカリカリカリッと凄まじい勢いでペンを走らせていた。

指先がインクで汚れるのも気にせず、残像すら生み出しそうな勢いでペンを走らせている理由は、もちろん、漫画を描いているためだ。

次のステージまで後三十分もない。そして、一度、ステージに立ってしまえば、締め切りに間に合わない。故に、この三十分弱で、残りの原稿を仕上げてしまわなければならない!

ひゅぱっとリリアーナの左手が伸びた。その手に摘まんだのはカロリー○イト。お口の中がぱっさぱさになることを無視すれば、実に優秀な兵糧。朝から食事をする時間もなかったので、こうして栄養補給しているのだ。

と、そのとき、時間まで誰も入れないようスタッフにお願いしていたにもかかわらず、楽屋の扉がノックされた。

こんなときでも王女スキルが活き活きしているリリアーナは、目を原稿から逸らさず、手も止めず、しかし声音だけは聞く者を嬉しくさせるような明るさで返事をする。

「は~~い。開いてますよ~」

「ええと、お邪魔します」

「お、お邪魔するわ」

入ってきたのは、なるほど、確かにスタッフが素通りさせても問題ない相手だった。

「あ、香織! それに雫まで! 来てくださったんですね!」

リリアーナの言う通り、楽屋におずおずとした様子で入ってきたのは、香織と雫だった。二人は、花束やらなんやらに囲まれ、派手な衣装に身を包み、しかし、指先をインクで汚しながらせっせと絵を描いているリリアーナに、何とも言えない表情を向ける。

「なんだが、本当に芸能人って感じだね……。ええと、それで、リリィ。いきなり『エマージェンシー! エマージェンシー! ヘ~ルプッ。特に香織!』なんてメールしてきて、いったいどうしたの?」

香織の言う通り、リリアーナは嫁~ズに救援要請を出していた。

特に香織の救援が必要だったらしいが、その理由が、

「はい、最初に来てくれたのが香織で良かったです。さっそくですが、時間引き延ばしの魔法をお願いします。あと、二十分くらいで仕上げなければいけなくて……取り敢えず、時間差十倍でお願いします。あ、雫はそちらに座って、ベタ塗りをお願いしますね」

「「えぇ~~~」」

どうやらこの元王女、いよいよ時間が足りなくなって、魔法による解決を図りにきたらしい。原稿を仕上げるために、世界の理にすら干渉する魔法の使用を願う――神代魔法の大安売りだった。ある意味、魔王の嫁らしいといえばらしい。

呼ばれた理由に、香織と雫は微妙な顔を隠せない。

「大変なのはわかるけど……なんだかしっくりこないなぁ」

香織が思わずそう呟けば、リリアーナは顔を上げて、キリッとした表情を見せる。

そして、

「香織」

「え、な、なに、リリィ?」

「私はリリアーナ。締め切りを守るためなら、手段を選ばない女」

「あ~、うん、そだね」

香織は「まぁ、いいや」と、キリッとしたリリアーナに半笑いを向けながら神代魔法を解き放った。これで、楽屋の中と外では十倍の時間差が生じたことになる。

しばらくの間、部屋の中に、カリカリカリカリカリカリッという音と、ぺたぺた、ぬりぬりという音が響く。香織と雫も、漫画の内容はともかく、リリアーナが頑張っているのは十分に知っているので、真剣にお手伝いに励む。

そうして一時間ほどが経った頃、更なる援軍がやってきた。ハジメとユエ、それにシアだ。三人とも呼び出された理由に呆れ顔を見せつつも、リリアーナに関しては既に「もう、行けるところまでいってしまえ」という心境だったので、お手伝いに参加し始める。

「なぁ、リリィ。さっきステージの傍を通ってきたんだが……」

「はい? どうかしましたか?」

ユエとシアが大人しくお手伝いしている中、ハジメがふと話しかけた。

「なんか、やたらと見覚えのある二人が、ブラックスーツとサングラスを着用して、キレッキレッのオタ芸をしていたんだ。俺の見間違いじゃないよな?」

「ああ、信治さんと、良樹さんですね」

「……やっぱり、あの二人なのか」

「はい。知りませんでした? あの二人、今は警備会社を立ち上げていて、芸能人専門のボディガードをしているんです。今回は知り合いということもあって私のコンサートの警備をしてくれているのですけど」

リリアーナは小首を傾げながら、「〝黒服ボディガードのオタ芸が神〟とか言われて話題になって以降、追っかけさん達の隊長みたいなものもやっているみたいです」とわけの分からないことを言った。

中野信治と斎藤良樹。

かつてハジメに対し陰湿な嫌がらせをしていた輩で、よくつるんでいた檜山大介と近藤礼一が死亡してから、少しずつ変わり始めた者達だ。神話決戦でも使徒相手に死にもの狂いの戦いを繰り広げ、今ではハジメとの間にも確執はない。

そんな信治と良樹は、高校卒業後、特に何をするでもなくぶらぶらしていたのだが、つい最近、芸能人専門の警備会社を立ち上げた。

ブラックスーツにサングラスと、映画の見過ぎだろうとツッコミを入れたくなる制服だが、その警備技術は超一流だ。異世界の魔物や、神の使徒を相手にしてきた経験は、不審者如きに後れを取るようなものではないから、当然と言えば当然である。既に幾度も実績を積み上げており、芸能界からの信頼は厚いものとなっていた。

そんな二人だが、アイドルのコンサートの警備が連日重なったおり、オタ芸をしている追っかけ達を見て、何故か触発されたらしい。ステージの両脇で不審者に目を光らせながら、その恵まれた身体能力を遺憾なく発揮して、オタ芸の尽くを完全コピー。

ブラックスーツとサングラスのボディガードが、キレッキレッの動きでオタ芸をしていると某動画サイトにアップされて以来、オタ芸界の神として、一部では今やアイドルとも遜色のない人気を博している。

むしろ、コンサートに来る者の中には、〝踊る黒服ボディガード〟が目的という者もいるくらいだ。

「ん、あの踊りは中々すごかった」

ユエがそう言いながら、空中に手をかざす。空間魔法で空間を繋ぎ、こっそり見てみようというのだろう。

そうして現れた空中の穴には、その向こう側の光景――

「リリィッ、リリィッ! フゥッ、フゥッ、フゥッ、フゥッ!!」

「お前等っ、もっと魂を込めろ! 全身全霊でコンサートを盛り上げろ! ここは客席。だが、もう一つのステージだっ」

信治がキレッキレッな動きでライトスティックを振りつつ、リリィを応援する掛け声を促し、良樹が完全にシンクロした動きを見せながら、追っかけ達に熱く指導している。

「た、隊長。動きが激しすぎて、もう体力が……」

「踊るボディガードは……化け物か」

一人、また一人と、コンサート開始前にオタク達が倒れていく。ちなみに、隊長とは信治のことで、良樹は鬼の副長と呼ばれている。

びしっとしたブラックスーツのまま、一心不乱に踊っていた信治が、倒れるオタク達に声を張り上げた。

「いいのか? ここで終わって」

「え?」

「いいのか、全てを諦めて」

「たい、ちょう?」

汗だくとなり、荒い息を吐くオタク達が、キレッキレッしている信治に目を向ける。

「俺達は、アイドルを守る者。身を守り、心を守り、彼女達が輝けるよう身命を賭す者!」

信治の踊りは、ますますキレを増していく。まさに、魂と気迫のこもった達人級のオタ芸!

「立ち上がれお前達! ネバーギブアップだ! 諦めなければ、人は必ず、夢の頂きに辿り着ける! 俺はそれを一人の男から教わった!」

ユエ達の視線がハジメに向いた。信治達に強い影響を及ぼした男など、ハジメ以外にはいないだろう。

信治のあまりに気迫の宿った言葉に、倒れていたオタクの一人が呆然と尋ねる。その間も、信治は、ライトスティックで宙に美しい軌跡を描きながら、芸術的な踊りを繰り広げる。

「隊長。隊長の夢ってなんですか? なにがあんたを、そうまでさせるんですか!?」

なんか場の雰囲気に呑まれているっぽいオタクの熱い質問。今や、倒れている者も、そうでない者も、誰もが汗だくになりながら真剣な眼差しを信治に向けていた。

「なんのため、だと? 決まっている」

信治は、彼等を見て、そして相棒を見て、力強く宣言する!

「アイドルとっ、できちゃった婚するためだっ!!!」

だぁだぁだぁ~~と、準備中のコンサート会場に信治の宣言が木霊した。とてもよく木霊した。

……それが、芸能人専門の警備会社を創設した主な理由らしい。隣の良樹が、何かを噛み締めるよう口元を引き結んで天を仰いでいる。

「な、なにを言ってんだ!? そんなのあり得ないに決まっているだろう! 不可能だ!」

先程のオタクが反論した。だが、そんな言葉は信治には届かない。何故なら、信治は見てきたからだ。死が隣り合わせの世界で、かの男の不屈の闘志を!

「いいや、不可能じゃない! 俺は知っているんだ! たとえ奈落に突き落とされても、たとえ絶望しかなくてもっ、諦めず足掻き続けてハーレムを作った男をっ。毎日毎日、超絶美少女達と酒池肉林している男をっ。頂きへと至った男をっ」

ガチャリと音がした。ユエ達がハッとして視線を転じれば、そこにはドンナーを抜いているハジメの姿が。繋がった空間越しに、信治を狙撃する気らしい。シアが慌てて、コブラツイストで止めに入る。

「俺達だって、諦めなければアイドルとできちゃった婚できるはずだ! できるはずなんだ! っていうか、この際、南雲のことは置いておくとしても、遠藤がハーレム作ってんのは納得できねぇっ。なんだよ、なんで遠藤なの? なんで俺じゃダメなの? ハーレムどころか彼女すらできる気配がねぇよ。っていうか、出会いがねぇよ。これっぽっちもねぇよ! もう、実は魔王が昔の腹いせにモテない呪いでもかけてんじゃない? ってレベルでモテねぇよ! ちっくしょうめぇええええっ」

今や、ライトスティックが残像を生み、およそ人間技とは思えない動きを見せる信治のオタ芸。それは、もはや神域に足を踏み入れた者の踊り! 溢れ出た魂があげる叫びの具現!

「隊長……あんたって人は……」

「不可能に、挑もうってのか……」

「へっ。馬鹿な人だな。だが、嫌いじゃないぜ。あんたみたいな気持ちのいい馬鹿は、な」

オタク達が立ち上がり始めた! 隠すところのない、魂の叫びに共感したのだろか。誰もかれもが不敵な笑みを――

ユエが空間を閉じた。

「……ん。リリィ。これでいい?」

「あ、はい。ユエさん。丁寧な作業で助かります」

「はい、リリィ。こっちもできたわよ。次は?」

「流石、雫。良い手際です。次はこれをお願いしますね」

何事もなかったように作業が再開される。見なかったことにするらしい。シアに、コブラツイストからの流れるような三角絞めを食らっていたハジメも大人しく席についた。

「そういえば、リリィ。周囲に変わったことはないか?」

「変わったこと、ですか?」

首元を擦りながら、ハジメが尋ねる。リリアーナはペン腕の速度は一切落とさず、チラリと視線を向けて首を傾げた。

ハジメは手慣れた手つきでトーンを貼りながら、「ああ」と頷く。

「ほら、最近、俺の存在が知れ渡っただろ。主に母さんが暴露したせいで」

「はい。まぁ、暴露というか、私も普通に菫お義母様を〝お義母様〟と呼んでますから、自然な流れで知られたというだけですけど」

「いや、俺との関係だけじゃなくて、プライベートでのあれこれだ」

その言葉に、リリアーナは思わず赤面する。

少し前、リリアーナがテレビの取材を受けていたとき、そこには特別ゲストとして菫が参加していた。そのとき、菫が面白おかしく、「リリアーナは家の息子の嫁だから手を出しちゃダメよ~」と口にしたのだ。

それだけならば、もともと知られていたことなので大したことではなかったのだが、悪ノリした菫が、息子夫婦の赤裸々なプライベートの一部を暴露したのだ。それはもう、男性ファンの夢想を木っ端微塵に打ち砕くような、そんな話を。

しかも、さりげなく「リリィちゃんだけじゃないのよね~」などと言いながら、リリアーナのパートナーには、実は他にも女がいて、彼女達とも爛れた関係がある、などと示唆してしまったのである。

当然、今をときめく美少女漫画家兼アイドルでもあるリリアーナ先生の不純なプライベートにメディアが食いつかないはずもなく、話題沸騰する前に、ハジメが潰しにかかった。

おかげで、ワイドショーなどで過剰に取り上げられることは、 何故か(・・・) なかったが、それでもまったく影響がなかったわけではない。

その一つが、熱狂的な一部のファンの暴走である。

「この前も、暴走したファンに襲われそうになったんだろ? あれっきりなんてことはないだろうしな」

「そうかもしれませんが、今のところ、そんな様子はないですよ。それに、一般人に後れを取るほど、私は弱くありません。シアさん直伝の〝ハウリア流近接格闘術~ウッサウサにしてやんよ~〟も結構習得してますし」

「……」

ハジメの視線がシアに向いた。シアはそっぽを向いた。「サブタイのついた流派名とか斬新だな」と呟けば、シアのほっぺはぽわりと染まる。今は見えないようにしているウサミミは、きっと恥ずかしさでペタリと垂れウサミミになっているに違いない。

「それより、皆さん。今日は私のコンサート、聞いていかれますか?」

大丈夫だという意味も込めて、ハジメの心配を流して話題を転換したリリアーナの質問に、ハジメ達は顔を見合わせる。

大事な家族が立つ舞台だ。既に何度も聞きに来ているとはいえ、ここまで来て帰るなんてことはありえない。答えは決まっていた。満場一致で、アイドルな嫁、アイドルな嫁仲間を応援するのだ。

その後、どうにか締め切りまで原稿を仕上げることができたリリアーナは、実にいい笑顔でそれを担当さんに手渡した。担当さんはキメ顔でサムズアップすると、愛車であるKawasakiのNinjaZX10-Rに跨って颯爽と街中へ消えていった。――今年で遂に還暦を迎える女性なのだが……

そうして始まった本日最後のコンサート。ひらひらでふりふりなリリアーナは、ウインクとキラッ☆を大盤振る舞いして大いに会場を盛り上げた。

その舞台の下で、リリアーナを守るように陣取りながらキレッキレで神懸かったオタ芸を披露する黒服サングラスのボディガード二人も、なにやら決意を秘めたような眼差しのオタク達と一体となって大いに会場を盛り上げた。

コンサートが熱気と興奮と充足感で幕を閉じたあと、驚いたことにリリアーナにはまだサイン会と握手会という仕事が残っていた。どこまで働くんだと呆れつつも、元王女&現アイドルスマイルッ! でファンを量産するリリアーナを、ハジメ達は少し離れた場所から見守る。

ファンその1――銀髪オッドアイの踏み台転生者っぽい青年。

「リリィ先生ッ。大ファンです! 旦那がいるなんて嘘ですよね!?」

「ありがとうございます。お名前を教えていただいてもよろしいですか?」

「え、あ、サトシ、です」

「……サトシさんへ、と。いつも来てくださってありがとうございます。次も是非、いらしてくださいね?」

「お、俺のことを覚えて……はいっ。絶対に来ます! 応援してます!」

ファンその2――前髪が貞○な女の子。

「先生。同性同士の恋愛について、どう思いますか?」

「お名前を教えていただけますか?」

「ぅ……○子、です」

「ああ、いつも〝愛してます〟という言葉をファンレターにびっしり書いてくださる方ですね。ありがとうございます。可愛い女の子に応援してもらえて嬉しいです」

「ぁ、ぅ」

「これからも、応援よろしくお願いします」

「はぃ」

ファンその3――高級スーツにデフォルメリリィを刺繍した勇者な男性

「リリィ先生。今日は婚姻届を持参してきました。サインは、是非こちらに」

「いつ見ても見事な刺繍ですね。しかも、いつも違う絵柄ですし。確か、ご自分で作っていらっしゃるんでしたよね? なんだか照れてしまいますが、ありがとうございます。こちらにサインでいいんですね。ふふ、ユーモアのある方」

「あの、リリィ先生。読めないんですが……どこの国の文字でしょうか?」

「ハイリヒ王国です。……ダメ、ですか?」

「っ。滅相もない。今度は、日本語で書いてもらえると嬉しいですが」

「まぁ。うふふ。では、次のコンサートにも是非いらしてくださいね」

「もちろんです」

ファンその4――妙に筋肉質なお姉さま方

「リリィちゃぁん! 今日のコンサートもすっごくぅよかったわぁ!!」

「あたしったら、もう感動しちゃってぇ」

「ふふ、いつもありがとうございます。お姉さま達はいつも 大きな声(野太い声) で盛り上げてくださるから、来ているときは直ぐに分かりますよ」

「あらやだ、恥ずかしいわぁ。興奮すると、つい、ちょっぴ~り声がたくましくなっちゃうのよねぇ」

「おい、今、『逞しいなんてレベルじゃない。まるで野獣みたいな声だった』って言ったやつ誰だぁ、あぁ!? ぶっころ――ごほんっ。お仕置きしちゃうわよぉ」

「まぁまぁ、けんじ――ごほんっ。麗華さん。そんな 凛々しいお顔(狂戦士みたいな顔) したら、みんな 見惚れてしまいます(トラウマになります) よ? それより、次も是非いらしてくださいね。他のお姉さま方にも会いたいですし」

「んもぅ、リリィちゃんたら、相変わらず嬉しいこと言ってくれるんだから。ええ、もちろん、応援しにくるわ。私達、〝漢女道〟のメンバーは、みんなリリィちゃんが大好きだからね!」

ファンの人達と親し気に会話をしながらも、不思議なほど迅速に長蛇の列を捌いていくリリアーナ。

そんな彼女を見てハジメは一言。

「濃いなぁ」

ファンが、ということらしい。

ちなみに、彼、彼女達は毎回必ず、リリィが出るイベントには参加してくるので、ハジメ達も顔は知っている。そして、やたらと言動が不穏なので、心配して彼等の素性も調べている。

結果として分かったのは、たとえばファンその1の青年は、見た目は完全に踏み台転生者みたいだが、実は僧籍を持つ立派なお坊さんだったりする。カツラとカラコンで変装(?)して、こっそりリリィのイベントへ通っているのだ。

更に、ファンその2の女の子は、実は老舗百貨店を経営する日本屈指の大財閥の令嬢だったりするし、ファンその3の勇者な男性は代々続く弁護士一家の長男で、日弁○現会長の息子だったりするし、ファンその4は日本版クリスタ――日本全国の歓楽街の裏の裏を牛耳る組織の幹部達だったりする。

他にも、神の腕を持つと言われるカエル顔の凄腕医師や、よくじっちゃんの名にかける探偵、超高校生級の女子高生、太ったにゃんこを「先生」と呼んで話しかける幸薄そうな少年、缶コーヒーを片手に「この星の人間は――」と呟く外国人……etc

確かに濃かった。濃密なファン層だった。リリアーナにはきっと、人を惹きつける程度の能力があるに違いない。そして、そんなこぃ~彼・彼女達と親しげに会話をし、時にスルーし、誘導し、気持ちのいい会話の切り上げをして送り返す姿は、かつて貴族や帝国を相手に笑顔と品格と言葉(オブラートや刺のオプション付き)で切った張ったをしていた王女を思い出させた。

「濃いというのもあるんだけど……なんて言うか、リリィの人気って、普通のアイドルと違ってこう……」

香織が頬を引き攣らせながら言い淀む。ユエ達がよく分かると言いたげな表情で補足した。

「……ねっとりしてる」

「執着を感じますぅ」

「言い過ぎかもしれないけれど……最近は崇拝じみたものも感じるわね」

その通り、実はごく一部――ネットの掲示板などでだが、リリィ先生のファンは頭のおかしい連中が多い、という話題が広がっていたりする。

「大丈夫かなぁ」

香織が心配そうにリリアーナを見つめた。それに合わせてハジメ達も、自然にして完璧なスマイルを浮かべて気品と親密さをこれでもかと溢れさせるアイドル王女の姿を見つめる。

幼い頃から百戦錬磨の貴族達とやり合い、外交とて行ってきたリリアーナにとって、ある程度のファンの情報を頭に叩き込むことなど造作もないこと。たった一回でも言葉を交わせば、二度と相手の顔は忘れないし、ほんの少しでも会話すれば、それだけで相手がどんな仕草や会話の仕方を好むのかも看破し対応する。

そんな相手に、一アイドルファンが心囚われないはずがなく、現在進行形で熱狂的なファンが増産されていた。

そうして、列も半分ほど捌けたとき、ハジメ達の心配は的中することになった。

「すまないが、そこで止まってくれ」

ハジメ達が動く前に、リリアーナの近くに控えていた信治がスッと前に出てファンの一人に制止の声をかけた。同時に、さりげなく良樹がリリアーナの傍らに移動する。

「え、え? な、なんですか?」

「……悪いことは言わない。そのまま帰るんだ。こんな場所で、物騒な話題は作りたくない」

黒服サングラスのボディガードに面と向かって「お引き取りを」と言われたファンらしき男性の一人。おどおどとして落ち着きのない様子だが、長く伸びた髪の奥から炯々とした瞳が覗いている。

自分だけどうして止められるのかと、小さくどもった声で言い募る青年。信治は視線と態度で決して通さないと示す。一般人にはない威圧感に、青年は大きな怯えと、少しの苛立ちを示す。

今までの明るい雰囲気から一転、どこか張り詰めたような空気を感じ取った周囲のファンやスタッフ達が不安そうに青年と信治を見つめる中、事態を察したリリアーナが立ち上がる。

「信治さん。私なら大丈夫ですから、その方を通してあげてください」

「いや、だけどさ。これも一応、仕事だし……」

リリアーナが信治に呼びかけた。信治は困ったように眉を下げながら肩越しに振り返る。

と、そのとき、信治に対して萎縮していた青年の雰囲気が、突如ガラリと変わった。忙しなく動いていた指先が、ピタリと止まる。

「シンジ? 今、その男を名前で呼んだの? ただの警備員のはずのその男を?」

相変わらず、小さくどもりがちな声音。しかし、大きな感情を煮詰めたような危うさを感じさせる。

周囲の人達もその危うさを感じたのか、潮が引くように距離を取り始める。

そんな中、リリアーナだけは真っ直ぐに青年を見つめたまま頷いた。

「はい。名前で呼びましたよ。彼とは友人ですから」

「僕の知らないところで、また勝手に。なんて悪い子だ。いつもいつも、僕の知らないところで他の男を。僕はこんなにも我慢してあげているのに。あの自称旦那のことも、許してあげようと思っていたのに」

「許す? なぜ、あなたの許しがいるのですか? それは何に対する許しですか?」

「うるさいっ。もう許さないっ。許さないっ」

支離滅裂なことを言う青年は、しかし、怯んだ様子もなく真っ直ぐに自分を見つめて問いかけてくるリリアーナに、逆に怯んだように絶叫を上げた。

そうして、懐に手を入れると、そこから包丁を取り出した。一応、入場する際に検査はしているはずだが、いったいどうやって持ち込んだのか。警備の穴に、信治と良樹が顔をしかめる。

周囲の人達は悲鳴を上げて、更に下がった。リリアーナ達の周囲にぽっかりとサークル状の空間ができる。

視界の端で動こうとしたハジメを、リリアーナは視線で制止した。ポリポリと頬を掻いたハジメは、背中を壁に預けて静観の構えを見せるそれが自身への信頼であり、同時にどんな状況でもどうにでもしてくれると分かるリリアーナは、僅かに頬を緩めた。

もっとも、それは、青年にとって己を馬鹿にするものに見えたらしい。「お前も僕を嗤うのかっ」と絶叫しながら、包丁を振りかぶって突進する。

信治が溜息を吐きながら取り押さえようと拳を握る。が、その脇を、するりと踏み出す人影が一つ。

もちろん、リリアーナだ。背後で、良樹が「あ」と間抜け声を漏らす。

「君はっ、君はっずっと、僕のものだぁっ」

「まずは、人の話を聞きましょう」

振り下ろされた包丁。囲む人々が息を呑む。悲鳴が上がり、次の瞬間起きる悲劇に目を背ける。

刹那。

青年の天地がひっくり返った。

「あ、え?」

軽い衝撃だけで、いつの間にか床に転がっている己に、青年は混乱もあらわに声をもらす。

「あなたがどんな人生を送ってきたのかは分かりませんが、ままならないその想いの責任の所在を、私に求められても困ります」

「っ。あ、ああっ」

リリアーナの言葉でハッと我を取り戻した青年は、勢いよく起き上がると、再び雄叫びを上げて飛び掛かった。さっきのはきっと、なにかに躓いただけだと考えて。

が、結果は同じ。

リリアーナに触れた直後、視界がぐるりと反転し、軽い衝撃と共に天を仰ぐ。

今度は分かった。自分は、リリアーナに投げられたのだと。

屈辱と、思い通りにならない現実に、青年はもはや読解すら困難な言葉を吐き出しながら、今度は突き刺すように突進する。

だが、やはりというべきか。突き出した腕をそっと掴まれた直後、青年の体はその意思に反して衛星のようにリリアーナの周囲を一周。元来た道を戻るように振り回され、リリアーナの片手一本で突き飛ばされた。

「私、人の顔を覚えるのは得意です。しかし、あなたのことは覚えていません」

雄叫びを上げて青年が突進する。リリアーナの腕が相手の腕を巻き込み、その脇で舞踏でも踊るようにくるりと回れば、青年はごく自然な流れで投げ飛ばされた。

「このっ」

「つまり、あなたは一度も、私が参加しているイベントに来たことはない。そうですね?」

投げられるだけで痛みはない。羞恥か怒りか、顔を真っ赤に染めた青年は包丁をめちゃくちゃに振り回しながら急迫するが……するりと懐に入り込んだリリアーナの腕が、青年の首元に添えられると同時に、青年は何の抵抗もできずに仰向けで倒れ込んだ。

「あなたは、おそらくお家で、テレビを通して私を見て下さった。そして、こんな行動を起こすに至るような感情を抱いて下さった。でも、それは本当に、あなたの望んだものなのでしょうか?」

入り身投げ

小手返し

四方投げ

天地投げ

呼吸投げ

回転投げ

何事かを語りかけながら、ぽっかりと空いたサークルの中で、リリアーナの技が青年を無傷で転がし続ける。

「おい、シア。あれがお前の仕込んだ〝ウッサウサにしてやんよ〟か?」

「サブタイの方で言わないでください……。私、別に仕込んでませんよ。格闘戦の基本とか、一応、合気の基本も教えましたけど、そもそも私、あんなに鮮やかな合気の技なんて使えませんし」

「だが、実際にウッサウサにされてんじゃねぇか」

「だからウッサウサはやめてください、ハジメさん。あれは、リリィさんがご自分で習得したんですよ。ネット動画の技を見て、コピーしたらしいですよ」

「合気道の通信教育ってなんだよ。隠れバグキャラだったのか、あいつ」

「ですねぇ。もう手合わせするなら、身体強化しないと危ないかもです。合気の恐ろしさを味わいましたよ。まぁ、それでも別に習得する気はありませんけどね。やはり、ウサギならば血湧き肉躍る打撃戦でないと」

「お前はどこのウサギだ。あ、異世界のウサギか」

リリアーナの隠れた才能についてハジメとシアが語り合っていると、いつの間にかすすり泣く音が会場に木霊し始めた。

見てみれば、例の青年が蹲ったまましくしくと悲し気な泣き声を上げている。リリアーナのふりふりなアイドル衣装には乱れ一つなく、息一つ荒らげてはいない。

オーディエンスは感心やら驚愕やらで固まったまま。信治と良樹は、どこからかうま○棒を取り出して完全に観客となっている。ボディガードはどうした。

半分土下座みたいな恰好でひたすら泣き続ける青年に、リリアーナが歩み寄った。そして、優しく青年の頭を撫で始める。

「辛かったのですね。自分一人では、もう立ち上がれないくらい、疲れてしまったのですね」

どうやら、ハジメとシアが語り合っている間に、リリアーナは青年から事情を聞き出していたらしい。青年の事情も心情も、道路に張り付いて黒ずんだガムの跡くらい興味のなかったハジメ達は、完全に聞き流してしまっていたようだ。

リリアーナが自分を撫でる感触に、泣きながらも呆然と顔を上げた青年に、リリアーナは優しく微笑んだ。そして、何事かを耳元で囁く。

青年は、その言葉を受け取ると、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってしまった顔を更にくしゃくしゃにして、再び、わっと泣き出した。

その青年の頭を、リリアーナは再び優しく撫でる。まるで、母親が子供を慰めるように。

どうやら、狂気に走った青年の説得に成功したらしい。呆然としたままの会場に、何とも言えない空気が流れる。

ハジメは会場に視線を巡らせると、おもむろに拍手を始めた。もちろん、襲われてなお、その襲撃者を諭したリリアーナに対する称賛を促すためだ。何もしなかった代わりに、せめてもの援護射撃というわけだ。

サクラの役割を担ったハジメの目論見は見事的中し、最初はパラパラと、次第に大きく、最後には歓声と共に盛大な拍手が轟雷の如く鳴り響いた。

会場に、アンコールでもないのに「リリィッ! リリィッ!」とリリィコールが連呼される。

そんな中、ハジメの意図を察してたらしいリリアーナが、チラリと視線を向けて目礼した。直後、

「……おい、見たか?」

「……ん。口元が一瞬、本当に一瞬だけど――ニヤリってした」

「『計画通り』って感じですね……まさか、あの襲撃自体が仕込み? ……恐ろしい」

「いえ、シア。まさかあの青年が仕込みってことはないでしょう。説得からハジメのサクラ行為、そしてファンの反応までが計画通りってところじゃない」

「雫ちゃん。私はむしろ、『計画通り』っていうよりも、『クックッ、民衆心理を掴むなど造作もない』って感じだと思うよ。ほら、決戦のときも、『民衆を操るなんてチョロイ』とか言ってたし」

ハジメ達が僅かな戦慄を感じながら視線を戻せば、そこには青年を立ち上がらせてあげながら、聖母にも見える優しい微笑みを浮かべてファンの拍手に応えるリリアーナの姿があった。

げに恐ろしきは清濁を正しく併せ持つ最優の王女。

人気少女漫画家であり、アイドルでもある美少女が、正面から技を以って襲撃者を制圧し、それどころか改心させたというドラマチックな展開により、この場のファン達は熱に浮かされたような熱狂を上げている。

今日の晩には、この珍事がニュースとなって全国を駆け巡るだろう。そうして、リリアーナの人気は止まるところを知らず高まっていくのだ。

その後、予想通り、リリアーナの人気は天を衝く勢いで高まった。漫画やアニメに興味がない人達にも、劇的でドラマチックなニュースを見聞きしてリリアーナという存在そのものに興味を持ち始めたのだ。

そして、リリアーナは持ち前の王女スキルを惜しみなく使い、人々の熱狂の尽くに応えた。

それだけではない。

リリアーナの言葉により改心した青年が、いかにリリアーナが慈愛に溢れた存在であるかを語り、自分は救われたのだと、彼女こそ現世に舞い降りた慈愛と救済の女神なのだと、テレビの取材に答えたことがきっかけで、時折、ファンレターやブログに、悩みを打ち明けるような内容が届き出した。

当然、それらの悩みを解決するのに、リリアーナ自身が赴くことはできないし、するつもりもなかった。

が、リリアーナ自身はできなくとも、それができる知り合いを、リリアーナはたくさん知っている。

厨二病なお坊様しかり、大財閥のヤンデレ令嬢しかり、痛スーツを着こなす弁護士しかり、漢女道をひた走るお姉さま達しかり、医者しかり、探偵しかり、妖怪しかり、宇宙人しかり……

もちろん、バイト時代に得た繋がりも多くある。

そして、リリアーナは元王女だ。誰よりも、 人を使うことに(・・・・・・) 長けている(・・・・・) 。

あとは言わずもがなだろう。

純粋な善意と、正しき打算により、リリアーナは悩むファン達を、ファンを使って救っていった。

頼れば助けてくれる。

そんな話が広がれば、当然、救いを求める数も質も上がっていく。

半年も経つと、その数と内容は、到底リリアーナ一人で処理できるものではなくなった。しかし、ここで「もう止めます」などと言えば、暴動が起きるのは確実。後に引けなくなった感を覚えつつ、リリアーナは一計を案じた。

それが、

――リリアーナお助けネットワーク

という、言ってみれば〝なんでも屋〟の立ち上げだった。

普通の何でも屋と異なるのは、事務処理をしてくれる社員以外では、現場で活動する契約を結んだ社員が存在しないという点。

専用サイトに集まる悩みを分類、集計し、優先度や内容を吟味してリリアーナが採決を下す。そして、リリアーナのファンクラブに登録している会員から、その問題を解決できる人材を選ぶのだ。

報酬はない。あるのは、リリアーナからの直接の〝お願い〟電話と、イベントでの優先権。そして、解決の暁にもらえるリリアーナからの直接の〝ありがとう〟の言葉だけだ。

だが、これが驚くほど機能した。

濃ゆ~い、一部からは頭のネジがダース単位で外れた連中と揶揄されるリリアーナファンクラブの会員達は、リリアーナからの〝お願い〟と〝お礼〟のために、粉骨砕身の気構えで動いた。

それはもう、一種の大波だった。時代の節目に時折発生する、世界の流れともいうべき大波。

救われた人々がファンクラブ会員となり、その会員がまた誰かを救い、その救われた人がファンクラブ会員となる。

その循環は果てしなく、やがて日本を越えて海外にも波及し、〝リリアーナお助けネットワーク〟は、いつしか財団となって〝ハイリヒ・ボランティア協会〟となって、世界規模の救済活動にまで手を出し始めた。

あるときは地域の紛争を止め、あるときは途上国にインフラを整備し、恵まれない子供達に教育と物資を与え、枯れ果てた土地に緑を与え……

そうして気が付いたら……

「「「「「「聖女様ッ! 聖女様ッ! 聖女様ッ! 聖女様ッ!」」」」」

「「「「「慈愛の聖母様! 慈愛の聖母様! 慈愛の聖母様!」」」」」

ハイリヒ・ボランティア団体は、ハイリヒ教になっていた。

「どうしてこうなった……」

漫画の実写映画化の記念イベントで、主題歌を歌うためにステージに立ったリリアーナは、頬を引き攣らせながら呟くのだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

☆現人神リリィ

「うぅ、本当に、どうしてこうなったのでしょう……」

事務総長との会談を控え、執務室で十秒チャージしながら書類の最終確認をするリリアーナは、いつの間にかしていた長い回想から現実へと戻ってきた。回想しながらも書類確認と食事を同時並行するところが、実にリリアーナらしい。

最近、またハジメ達に会えていないなぁと思いつつ、つい愚痴を零してしまったリリアーナに、不意に返事が返ってきた。

「そりゃあ、お前が王女だからさ」

「ほわっ!?」

自分しかいないはずの執務室。当然、警備は厳重なはずで、油断していたリリアーナは奇怪な声を上げて驚いた。

視線を転じれば、そこには空間の割れ目と、そこから出てくるハジメの姿があった。

「ハジメさん! もう、驚かせないでくださいよ」

「しょうがないだろう。いくら身内とは言え、この厳重警戒の中、国連の事務総長もいる場所に、ちょっと話をしに来ただけなんですけど、身内なんで入らせてくださいなんて、空気が読めてないにもほどがある」

「……ハジメさん。いつの間に空気なんて読むようになったんですか。もう、すっかり大人になってしまったんですね。やっぱり、七人も子供ができると、丸くなってしまうものなんですね」

そして、私はいつも出遅れです……と、リリアーナはしょんぼり肩を落とす。

「なに言ってんだか。新興宗教の教祖業が忙しくて碌に家にも帰らんくせに」

「うぐぅ。それを言われると辛いです」

ぐさりと来たように胸を押さえたリリアーナだったが、直ぐに気を取り直すと不敵な笑みを浮かべた。

「でも、それももうすぐ終わりですよ。この会談で正式なボランティア団体として認めてもらえれば、私もお役目御免です。国連との契約内容には、監視機構としてか国連職員のみで構成される監査部門の創設や、意思決定機関に各国の人材を最低一人取り入れて、円卓採決する旨を盛り込みました。私の意思一つでなんでも決まる組織ではなくなるのです。民主主義ですよ、民主主義! そうして私自身の権力を削いで、自然にフェードアウトです!」

「……そんな計画で大丈夫か?」

「大丈夫です、問題ありません。……ふふ、私、今回の会談が上手くいったら、引退するんだぁ。そして、私もハジメさんとの間に子供を作って、子育てに専念するんです!」

「なんか、フラグ立ってる気がするなぁ」

えへへと、穏やかで幸せな未来を夢想してトリップしていらっしゃる聖女様に、ハジメは何とも言えない表情を向ける。

「っと、そういえば、お話って? わざわざこのタイミングで来たということは、何か重要なことでも?」

ハジメの表情に気が付いてハッと我を取り戻したリリアーナは、誤魔化すように首を傾げて疑問を投げた。

微妙な表情はそのままに、ハジメは「ああ、別に重要ってわけじゃない」と言いながら肩を竦める。

「まぁ、何というかだ……俺は、あくせく働いているリリィも、割と好きだって話」

「……不意打ちですね。しかも、喜んでいいのか、よくないのか、何とも微妙です」

と、言葉ではいいながら、リリアーナは頬をふんわりと染めた。

「い、いきなりなんですか? このタイミングでそんなことを言うのは、それこそフラグっぽくないですか?」

「そうだな。だが、一応、言っておきたくてな。ほら、お前のワーカーホリック振りが判明してから、既に結構な時間が流れているわけだが、結局、お前はこうして、半端ない仕事を請け負ってるだろ。もう仕事中毒ってわけじゃないだろうが、結局、リリアーナ・S・B・ハイリヒは、生き方を変えられなかった、ということなんじゃないか」

「それは……」

王女を休んで、普通の女の子のような幸せを掴みたい――そういって国民に送り出され、この世界に来たはずなのに、リリアーナは今、世界のトップと命運をかけたような会談に挑もうとしている。

バイトをしようとも、ヒキニートになろうとも、漫画家になろうとも、アイドルをしようとも、リリアーナという人間の行く道は、結局は、多くの人々を背負い、先頭に立って導くという道に収斂するのかもしれない。

王女であるが故に。王女を止められないが故に。

憧れた生き方は、やっぱりできないのだろうか? 自分という人間は、結局、愛する人を二の次にしてしまう存在なのだろうか?

リリアーナが肩を落として、自問自答する。

そんなリリアーナを見て苦笑いを浮かべたハジメは、ゆるりと傍へ寄った。そして、沈んだ表情を見せるリリアーナのほっぺを優しくむにっとする。

「そんな顔させるために来たわけじゃない。言ったろ? こうして、執務室に篭って仕事に追われているリリィも好きだと」

「ハジメさん……」

「いいじゃねぇか。憧れは憧れのままでも。いいじゃねぇか。旦那は二の次でも。一人くらい、俺を雑に扱う嫁がいても、それはそれで悪くないさ。ほら、他の嫁にはないリリアーナの個性ってやつだ」

「そんな個性、嫌ですよぉ」

そう言いながらも、リリアーナは頬をハジメの頬に擦り付けた。甘えるように。

「まぁ、そういうわけだ。あんま気負わず行け。リリィがどこへ行こうとも、ちゃんと俺が、追い駆けてやるからさ」

「ふふ、ありがとうございます。ハジメさん。でも、私、やっぱり頑張りますよ。だって私はリリアーナ。憧れを憧れのままにしない女。っていうか、子供欲しいです」

「そこかよ」

互いに笑い合い、自然と唇は重なった。

と、そのとき、二人の逢瀬に遠慮するような控えめなノック音が響いた。

「どうやら時間のようですね」

「おう、いっちょ頑張ってこい。聖女様」

「もう、聖女は止めてください。私は会長です」

軽口の後、再び笑いあって、リリアーナは部屋を後にした。おいていくハジメを振り返ることなく、凛と背を伸ばして。

そうして始まった会談の結果。

マスメディアを前に、国連事務総長は、頬を染めて宣言した。

「彼女こそっ、この世界に舞い降りた女神! 現人神である! ハイリヒ教は、世界に救済をもたらすだろう!」

会談場所の建物の外で、リアルタイムで映像を見つつ集まっていた民衆が、テレビを見ていた人々が、一斉に歓声を上げた。

「どうしてこうなった!?」

リリアーナの上げた悲鳴は、マスコミ関係者ですらあげた歓声の中に紛れて虚しく消えた。

かつて、異世界において、神を名乗った存在は、地球でも神になるのだと野望を語った。自分こそが、新世界の神になるのだと。

だが、結果として、狂った神は魔王に敗れた。

そして今、狂った神の代わりに、魔王の嫁が――

新世界の神(?)になったのだった。