軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

目覚め

「んぅ……んぅ?」

若干、艶めかしさを感じさせる声を漏らしながら雫は薄く目を開けた。意識はまどろみの中にあり、焦点の合わない瞳がボーと虚空を見つめる。その先には木目のある天井があった。更に半覚醒状態の意識が背中と後頭部に柔らかな感触を伝える。

そんな寝起きの無防備な顔を晒してぽへ~としている雫に耳慣れた声がかかった。

「あ、雫ちゃん、起きた? ぐっすりだったね。もうお昼だよ」

「ぅ? ……香織?」

雫が声の方へ視線をふらふらと向けると、そこには確かに親友の姿がある。すっかり身支度を整えており、窓際の椅子に腰掛けたまま雫に優しい微笑みを向けていた。

深い水底から浮上していくように意識がはっきりしてきた雫は、上体を起こして女の子座りをしつつ丸めた手で目元をコシコシとこする。そして、意識がなくなる直前の出来事を思い出して首を傾げた。

「あら? 私、どうして部屋に……確か私、森の奥で……っていうか、ここ香織の部屋?」

フェアベルゲンではハジメ達はそれぞれ個室が用意されている。そのため、見覚えのない部屋で香織がいることからすれば、ここは香織の部屋である。そう察して雫は疑問を口にした。

香織はそんな雫のコテンと首を傾げる可愛らしい姿に少し悶えつつ、今朝方の出来事を思い出して苦笑いを浮かべた。

「うん、私の部屋だよ。朝、早い時間にね、ハジメくんが雫ちゃんを連れて来たの。徹夜で鍛錬してたんだってね? もう、ダメだよ、大迷宮から帰って来たばかりなんだから、ちゃんと休まないと」

「え、えーと、そうね。ごめんなさい。そ、それで、彼が私を連れて来てくれたの? 全然、覚えてないのだけど」

「雫ちゃん、ぐっすりだったからね。すっごく疲れてたんだよ」

雫は、メッ! と叱るように指を立てる香織を尻目に、どこか落ち着きなくそわそわと身を捩らせる。普段、ポニーテールにしている長い黒髪が下ろされているせいかクールさより大人しさを感じさせ、女の子座りと相まって中々のギャップ力を発していた。

見れば服も脱がされておりシャツ一枚という姿。こんな姿をクラスの男子共や、雫をお姉さまと呼び慕う女子達が目撃でもしようものなら、きっと、「破壊力は抜群だ!」と鼻血で虚空にアーチを作りながら実にいい笑顔で血の海に沈むことだろう。

若干、香織まで頬を染めていることにも気がつかず、雫は頬を少し染めながら上目遣いでおずおずと香織に尋ねた。

「えっと、彼、どうやって私を?」

寝こけてもしらないぞと言っておきながら、実際には自分を部屋まで運んで来てくれたらしいハジメに心拍数が上がるのを感じつつ、「まさか、お姫様抱っこかしらん!」と雫は身悶えしそうになる。

だが、現実は非情だった。香織の頬が引き攣るくらいには。

「ど、どうって、普通に運んできたよ?」

「……香織、普通って?」

「ふ、普通は普通だよ。うん、ある意味、ちょっと芸術的だっただけだよ」

「待ちなさい、香織。寝た人を運ぶことのどこに芸術性が関わるのよっ」

妙に言い淀む香織に嫌な予感をさせながら雫が問い詰める。しばらく目を泳がせていた香織だが、やがて苦笑いしながら現実を突きつけた。

「そのね、何て言うか、端的に言うと……十字架に磔にされて宙を漂いながら運ばれてきた、よ?」

「は、磔?」

詳しく聞けば、どうやらハジメは重力石の扱いに関する鍛錬のため、以前のように物を上に乗せて運ぶのではなく、引き寄せて磔にしつつ部屋まで落とさずに帰るというルールのもと、雫を香織の部屋まで運んできたらしい。眠っている人間を起こさないほどソフトに負担なく引き寄せるバランス調整は中々に難しく、いい訓練になったのだ。

なお、雫の部屋でなかったのは、単にどの部屋なのかわからなかったからだ。

「ど、どうして十字架なの?」

「球体とかだと調整を間違えたとき、雫ちゃんの体が逆くの字に折れ曲がっちゃうかもしれないから……十字架なら、ね?」

「いや、ね? って言われても……」

雫の頬がピクピクと痙攣する。額には青筋が薄らと浮かび始め、胸の奥の熱はとっくに冷え切っていた。香織は苦笑いを深める。

ちなみに、早朝の巡回兵に雫の磔状態が目撃されており、地球の教会にかかる十字架に磔にされたキリスト像の如く、どこか神秘性を感じさせるその姿に雫ファンが増えたりしたのだが……言わぬが花というものだろう。

雫があんまりな扱いに対して静かに怒りを燃やしていると、突如、階下からドタンッバタンッと騒がしい音が響いてきた。更には「うりゃぁあああ!」という聞き覚えのある声や、「いやぁあああ!」という女性の声まで響いてくる。

「な、何だか騒がしいわね? 何かあったのかしら?」

「あ~、あれはシアとアルテナさんだね。朝から何度も喧嘩? っぽい何かをしてるんだよ」

「喧嘩っぽい何か?」

「う~ん、何て説明したらいいのか迷うんだけど……見たほうが早いし、行ってみよう」

わけが分からず首を傾げる雫を促して階下に降りつつ、香織が朝の出来事を掻い摘んで説明する。

それによると、どうやらハジメに甲斐甲斐しく世話を焼こうとしたアルテナに、同じ亜人族としてシアがにこやかに、それはもうにこやかに断りを入れたのだが、やたらシアに張り合おうとするアルテナは諦めず、結果、ついシアのコブラツイストが炸裂してしまったらしい。

森人族の長老の孫娘――紛う事なきお姫様にハジメから戯れに教わったプロレス技をかけてしまったシア。従来なら兎人族の少女が亜人族の中でも賢人として地位の高い森人族の姫に暴力を振るうなど考えられないことだ。直ぐに「処刑だっ!」となってもおかしくない。

しかし、今や兎人族はその名の前に一言つく種族だ。

すなわち、〝首狩り〟兎人族と。

そして救国の英雄種族であり、かつ、亜人奴隷解放の英雄一族でもある。しかも、シアはその長であるカムの娘。その為、誰もがオロオロとして手を出せずにいた。

技を解かれ「おとといきやがれですぅ!!」と吐き捨てるシアに、生まれて初めてそんな粗雑で乱暴で遠慮容赦ない扱いを受けたアルテナは崩れ落ちたまま放心してしまった。シアはそんなアルテナの様子を見て、これで箱入りお姫様もハジメに近づかないだろうと思ったのだが……

「オラオラオラオラッ! 止めて欲しかったら、ハジメさんに色目を使わないと誓いやがれですぅ!!」

「やぁあああああ!! 恥ずかしいのぉおおおお!!」

どうやらアルテナはめげなかったらしく、引き続きハジメに纏わり付いてはシアにプロレス技を掛けられていた。

現在、逆さになったアルテナはシアの肩に乗せられ、その見事な脚線を思いっきり左右に広げるプロレス技――キン肉バスターを掛けられている。逆さまのまま持ち上げられて股間を晒すアルテナ。清純そうな容貌に反して下着は意外にもアダルトだった。

ちなみに、この食堂にはハジメ達の他、食堂の従業員とアルテナ付きと思しき侍女が複数名いる。ハジメ達以外は皆オロオロしていた。

「こ、これいいの? あの娘、一応、お姫様なんじゃ……」

「一応もなにも正真正銘お姫様だよ。でも、ほら、アルテナさんの表情……」

「……あ、あれ? 何だか、楽しそう?」

雫が寝泊りしていた部屋から階下の食堂のような場所に降りて来て最初に目に入った余りの光景に表情を引き攣らせながら香織に問う。香織は、その質問に対してアルテナの顔を指さすことで答えとした。

見れば、確かに顔は真っ赤に染まり、目の端には光るものが溜まりに溜まっているのだが、アルテナの表情からはどこか楽しげな雰囲気を感じ取れてしまうのだ。

お姫様が有り得ない辱めを受ければあっさり相手の要求に頷きそうなものだが……未だに従おうとしないのが満更でもないという内心を示している、ような気がしないでもない。

「チッ、強情なっ。ならこれでどうですっ!!」

「こ、今度は何を……や、やめてぇ~~、はしたない格好をさせないでぇ~~」

ハジメにこれ以上近づかないという言葉を言おうとしないアルテナに痺れを切らしたシアは、キン肉バスターの投げは行わず地面に降ろすと、今度はうつ伏せにしたアルテナに足を絡めて寝転がりながら、仰け反らせるように彼女の体を持ち上げた。俗に言うロメロスペシャルである。

スカートが捲くり上げられて、やはり盛大に見せてはいけない部分があらわになったアルテナは普段のお淑やかな口調も崩して止めるよう懇願する。だが、その言葉はどこか棒読みで、何よりその表情が「えへへ~」というように緩んでいるのものだから全く説得力がなかった。

体勢的にシアからはアルテナの表情が見えないので、シア自身はアルテナを懲らしめていると信じているようだが、既にその場の誰もが「この娘、喜んでるよね? 絶対、痛めつけられて喜んじゃってるよね?」と困惑と引き気味の表情で距離をとっていた。

「なるほど、これが〝喧嘩っぽい何か〟ってわけね……」

「うん。……ティオが仲間を見つけたって顔してるけど……違うと思いたいね」

納得顔の雫の隣で、香織が可哀想なものを見る眼差しになっている。事実、稀代の変態であるティオが、かつて見たことがないほど慈愛に満ちた眼差しをアルテナに送っており、それはまるで師匠が弟子の成長を見守るような、同胞の喜びに共感しているような、そんな表情だった。向かいの席に座っているハジメとユエが物凄く嫌そうな表情になっている。

と、いい加減、そんな光景に嫌気が差したのか、ギリギリとアルテナの関節にダメージを与えるシアに向かってハジメが口を開いた。

「シア、その辺にしとけよ」

「いえ、ハジメさん。私は止めませんよっ!! ただでさえライバルが続々と増えていますのに、この上、森人族のお姫様なんて断固拒否ですっ!! しかも何だかこの人、私を妙に意識してますしっ!! 先手必勝ですぅ!!」

逆エビ固めに移行したシアは、どうやらライバルの芽をここで摘むつもりらしい。再び恥ずかしい場所を曝け出しながら、やはりどこか嬉しげで切なげな悲鳴を上げるアルテナ。その姿に深窓の姫という面影は皆無だった。侍女や従業員達が、半ばエクトプラズムを吐きながら現実逃避している。

昼食に出された野菜たっぷりのスープに浸した固めのパンを口に入れながら、アルテナのまさかの痴態とイラっとくるほど分かったような表情を浮かべるティオに視線を向けたハジメは、仕方ないというように溜息を吐くとおもむろに席を立った。

そして、食堂中の視線を集めながら「うらぁーー!!」とアルテナの足を抱えるシアに近づきグイッとその腕を引っ張る。

思いがけず引き寄せられたシアは、そのままポスッとハジメの腕の中に収まった。キョトンとした表情で「ふぇ?」と間の抜けた声を出すシアと「あっ!」と声を上げる香織(と雫)。

ハジメはそれらの一切を無視して、腕の中で目を白黒させているシアのウサミミにそっと言葉を落とした。

「シア、ユエはお前のライバルなのか?」

「え? ユエさん? いえ、ライバルだなんて、ユエさんは特別ですよ……あの」

戸惑うシアを殊更強く抱きしめながら、ハジメは言い聞かせるようにシアに語りかけた。

「なら、既に、お前にライバルなんて存在しない。少なくとも、俺はシアを他の女と同列に語るつもりはない。アルテナとシアを天秤にかけるなんて有り得ない。シアを優先するし、特別扱いする」

「ハ、ハジメさん……」

不意に囁かれた〝特別〟という言葉に、シアは一瞬で真っ赤に染まりきった。「あぅあぅ」と言葉にならない声を発しながら、あのモントフォルタを眺めた夜以降少し変わったハジメの態度から何となく感じていたものが言葉にされたことで確信に繋がる。

すなわち、ユエが〝特別〟であり他の誰も同列には成り得ないことは不変であるだろうが、それでも、ハジメにとって自分が、そんなユエに限りなく近い存在になっているということを、だ。

それを、特別なシチュエーションでもなく、まさか真昼の食堂でさらりと告げられるとは思わなかった。完全に不意打ちである。赤面したまま固まったシアに困ったような表情をしながら、同じく硬直しているユエ以外のメンバーを尻目に、ハジメはシアの再起動を試みた。

「それとな、シア。アルテナに関しては、俺じゃなくて、むしろお前にちょっかいを掛けているんだと思うぞ?」

「ほぇ? な、なんです? え? 私?」

ポンポンとあやすように背中を優しく叩かれたシアは、少々混乱しつつもどうにか返事をする。そして、ハジメの視線を辿ってアルテナに不思議そうな眼差しを向けた。

突然発生した桃色空間に頬を赤らめながら両手で顔を覆い、しかし、その指の隙間からしっかりと覗き見るというテンプレなことをしていたアルテナは、二人の視線にビクッと体を震わせると恥ずかしげにそわそわし始めた。

「えっと、私にちょっかいって……やっぱりハジメさんのことで気に食わないってことじゃ」

「ち、違いますわ! シアさんのことを悪くなんて思っていません! ただ、わたくしはシアさんに遠慮なくああいうことをして頂きたいだけですわっ!!」

「え……」

シアがドン引きする。ハジメにすがり付くように後退った。〝ああいうこと〟とは紛れもなくプロレス技のことだ。恥ずかしい関節技を掛けられたいなんて……と、シアは思わず身近な変態に視線を向ける。

アルテナの言葉に「ほぅ」と感心したような表情を浮かべていたティオだが、シアの視線に気が付くと実にいい笑顔でこれ以上ないくらい力強いサムズアップを決めてくれた。

言外に伝わる新たな変態の存在。まさか目覚めさせてしまったのかと、シアは戦慄の表情を浮かべながらアルテナに視線を向けてポツリと呟いた。

「へ、変態……」

「ち、違いますわっ!! シアさんは誤解しています! わたくしは、ただシアさんと仲良くしたいだけです!」

「わ、私と、ですか?」

戦々恐々とした表情で尋ね返すシアに、アルテナはもじもじとしながら心情を吐露した。

それによると、どうやらこういうことらしい。

アルテナはフェアベルゲンのお姫様である。亜人族の中でも地位の高い森人族の長老の孫娘であり、同族の間でも高貴な存在と見られている。故に、小さい時から相応の扱いを受けてきた。

結果は言わずもがなだ。教育によく応えたアルテナは、聡明で心優しい少女に育ち多くの同族達から慕われたが、同時にどこまでも特別扱いだった。同年代の少年少女と同じ時間を過ごしても、常に優先され敬われる。遠慮のない対等な関係というものは皆無だった。

アルテナの周囲は心優しい人々で溢れている。故に、寂しいと感じたことはない。だが、憧れはあった。それこそ言いたいことを遠慮なしに言い合えるような〝友達〟、もっと言えば〝親友〟のような存在に。

ハジメに惹かれたのも、亜人族として蔑むでもなく、アルテナの地位や美貌に反応するでもなくごく自然であったことが大きな要因だったのだろう。そんなハジメに、当然のように寄り添うシアが羨ましかったのも事実だ。

だが、妙に意地になってシアに張り合った結果、アルテナは衝撃を受けることになる。それは物理的な関節への衝撃であり、それを元にした精神的衝撃だった。同い年の兎人族の少女はアルテナに対して全く容赦がなかった。全力で感情をあらわにし、それを言葉と物理でぶつけてきた。本当に衝撃的で、思わず放心し、直後、胸の内に嬉しさがこみ上げた。

そして、思ったのだ。同年代、同族のこの少女との気が置けない関係――親友というものになれたら、どれだけ素晴らしいだろうと。

「その、お恥ずかしながら、わたくし、友人というものをどうやって作ったらいいのかわからなくて……シアさんは、ハジメさんに近づくと構って下さるから、つい……」

「いや、構って貰えるって犬じゃないんですから。普通に言ってくれれば……」

「い、犬……わたくしを犬扱い……」

「え……そこに反応するんですか?」

犬扱いされて妙に嬉しげに頬を染めるアルテナに、シアが「やっぱり……」という表情になる。それに慌てて居住まいを正したアルテナは、もじもじしながら立ち上がるとシアにそっと手を差し出した。

「そ、それでは、その、お友達になって欲しいと言えば、応えて下さいますか?」

「……なんだか、告白でもされているみたいでむず痒いですが……友達になりたいと言われて断る理由はないです」

シアは、「お騒がせなお姫様だなぁ」と呆れたような表情をしながらアルテナの手を取り握手をかわした。それに嬉しそうに微笑むアルテナ。意外な展開ではあったが何だかいい感じに話が纏まって、皆、ほっこりした表情になる。

「?」

しかし、手を離そうとしたシアは、「おや?」という感じで首を傾げる。何故か、繋いだ手をアルテナが離そうとしないのだ。

「あの、アルテナさん? そろそろ手を……」

「わたくしのことは、どうかアルテナと呼び捨てに。わたくしもシアと呼びますわ。し、親友なら普通ですわよね?」

友達になって五秒で親友に格上げされていた。「あれ? 何だかやっぱり、この娘ヤバクないですか?」とシアが冷や汗を掻き始めた時、その予感を的中させるようにアルテナが頬を染めながらシアに言った。

「そ、それで、シア。今度はどんな技を掛けて下さいますの?」

「はい?」

「とっても恥ずかしくて、痺れるように絶妙な痛さで、シアの温もりが伝わってきて……わたくし、シアの親友ですから、もっと色々な技を掛けて下さっていいのですよ? もっと、わたくし〝で〟遊んで下さっていいのですよ?」

その瞬間、シアは、アルテナの手を振りほどいてズザザザザーと壁際まで後退った。その顔にはダラダラと冷や汗が流れている。

「な、何が親友ですかっ! やっぱり唯の変態じゃないですかっ!!」

「そんな! わたくしはただ、明日には旅立ってしまうシアと少しでも同じ時間を過ごしたいだけですっ!」

「だったら、なんで〝わたくし で(・) 〟遊んで欲しいになるんですかっ! そこは〝と〟でしょうっ!!」

キョトンとするアルテナに、「ヤバイ、この娘、ガチですぅ」とウサミミを逆立てるシア。そんなシアに、ハジメが物凄くにこやかな表情を向けて口を開いた。

「流石、俺のシア。苦労を分かち合ってくれるなんて感激だな」

「前半のセリフは嬉しいですけどぉ、後半は嫌ですぅ」

変態にロックオンされる苦労を一緒に味わえという割と酷い言い草に、シアは遂に涙目となった。どうやらハジメは助ける気が皆無らしい。

壁にピタリと張り付きながら距離をとるシアにアルテナが迫る。その笑顔は「さぁ、先程の続きを!」と物語っていた。

力で押さえつければ逆に喜ぶことは容易に想像できる。なので、シアは食堂の窓をバンッと音を立てて勢いよく開けると、そこから脱兎の如く逃げ出した。ほとぼりが冷めるまで行方をくらますつもりらしい。

「ああっ! シア、どこへ行くのですか! お待ちになってぇ!」

そんなシアの行動に、アルテナは自分を捨てた恋人に追い縋る女の如く、嫌に高い身体能力を発揮しながら窓から飛び出しシアを追走した。意外に速い足でシタタタタタッと駆けていく。後ろを振り向いたシアは、そんなアルテナを見て「ひぃ!?」と声を上げると規格外の身体能力を以てフェアベルゲンの町中を爆走し始めた。

あっという間に見えなくなる二人。残された食堂の面子は、ハジメを筆頭に一部を除いてもう何が何やらといった感じで放心している。

そんな中、ゆらりと歩を進める少女の姿が……

「……ハジメくん……さっきのはどういうことかな? かな?」

どうやら、ハジメの方も問題発生のようだった。