軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

騎士団さようなら

それからしばらくして扉が開けられた。

ばしーんっという勢いのよい効果音付きで。鍵は元からかかっていないのでプライバシーとやらは一切ない。

「ジード、来い!」

それはいつも俺を起こしに来る団員ではなく、第一騎士団の団長であるランデだった。連続で出会っているが職場で顔を合わせるのは珍しい。

とくに俺をわざわざ起こしに来るとは……今日の仕事は大陸でも制覇しろってか?

「なんでしょうか」

「いいから来い! のろのろするな!」

「……はぁ」

どれだけ寝かせてもらっただろうか。

一時間……いや、窓に差し込む光から三時間くらいは寝れただろうか。

森にいた頃は毎日が死に際だったからびくびくと怯えてほとんど寝れておらず過ごしてきた。それが良い経験となっている。いや良い経験かどうかは考え直す必要があるが。

なんの仕事だろう……もっと寝かせてほしい……なんて思いながら背中を追いかけていくと行ったことのない部屋についた。

「ここは?」

「……」

ランデは答えてくれなかった。だいぶ機嫌が悪そうだ。

しかし、上を見れば『談話室』という札があった。なにかお話でもする場所なのだろう。なぜ俺がこんなところに呼ばれているんだ?

なんて思いながら部屋に入る。

中はソファーが二つ対になっていて、中間にはソファーよりも座高が低い高価そうな黒い机があった。

そしてソファーの片側にはどこかで見たことのある可愛らしい幼女……――ああ、どこからか入り込んできた自称ギルドマスターのリフがいた。

そしてもう一方にはシーラも座っていた。

「座れ」

ランデがリフのいる側に目を配って俺に言った。リフ側のソファーに座れと言っているのか?

……なんだなんだ?

座っていいのか? 一日中、肩幅ほどに足を広げて立っていろと命じる鬼がなにを言っているんだ。

ソファーになんか魔法陣でも仕掛けられてないかと見るが、なんのトラップもない模様。

ひとまずの安全を理解して座る。

これで座って「誰の許可を得て座ったぁ!?」と理不尽な罵倒も覚悟して。

しかし予想に反してランデもシーラ側に座って、リフに睨みを利かせている。俺にはなにも言うつもりがないらしい。

というか年端もいかぬ幼女になんて目をしているのだろうか。人でも殺す勢いがある。

かくいうリフはなんともなさげに俺の方を見て満足そうに微笑んできた。

「さっきぶりじゃの、ジード」

ほとんど寝ぼけていたから記憶にない。だが会ったことと会話の内容はある程度なら覚えている。

そこでじっくり考える。

……この状況まさか。

「それではジードは騎士団を脱退するという形で良いか?」

唐突にリフが言った。

それに額に血管を浮かべたランデが机を思いっきり叩いて唾をまき散らすほどに大声で言った。

「まずはジードの話を聞いてからだと言っているだろうがぁ!!」

うお。

突然のぶちぎれにちょっとビビる。でもまあ慣れているので心臓が跳ねるようなことはない。

シーラのほうはかなりギョッとしているが。実の父がこれほどまでに狂っている姿は見たことがないのだろうか。

ランデはこのように暴れる寸前のスイッチが入ることはよくあることだから覚えておくと良いだろう。と内心で伝える。伝わったかは知らない。おそらく多分絶対伝わっていないだろうけど。

「ふむ、ではジード。改めて確認するが騎士団を抜けてギルドでやっていくつもりはないか?」

「……あー」

そうだ。俺はリフから騎士団からギルドに移るみたいな話をしたんだった。

それで契約金だが前金だがで金貨百枚もらえるとか。騎士団の給金は生活費など引かれて銅貨十枚だから正直かなり胡散臭く感じてしまう。

というか今でも信じていない。

「ああ、例の契約金じゃがもうここにあるぞ。ほれ」

不信そうな顔でもしていたのだろうか。

リフが薄っぺらかったはずの懐からギシギシに詰まった麻布を取り出して机に置いた。どこから出したんだろ。空間系の魔法を発動したのかな。眠いからよくわからない。

布の中はたしかに金貨がいっぱいに詰まっていた。百枚は数えていないが確実に数十枚はある。

ごくりと喉が鳴った。

金を使ったことはあまりない。そもそも使う機会がないし、金もないからだ。

だが金を使ったときのご飯は覚えている。油たっぷりのステーキと旨味の詰まったスープは忘れることができないだろう。

それらが銅貨三枚で買えたのだから、これらの金貨があればなにができるんだ?

自分の家を持って……家事をしてくれる人を雇って……当然おいしいものも食べられて……。

夢が……膨らむ。

「おい! ジード! 貴様、自分の使命はなんだ。言ってみろ! 『身と魂を捧げ、国を守る』ことだろうが! それが金をちらつかされた程度でなびくつもりはないだろうな!?」

「いや、騎士団脱退してギルド行きます」

「はぁ!?」

ランデが顔を歪ませて俺を睨みつける。

そして口を開いては俺を罵った。

「それでも誇り高き騎士団の一員か!? それでも第一騎士団の人間か! おまえは国を守るために今まで働いてきたのだろうが! それが金を見せられて尻尾を振る!? 愚か極まりない言動だ! 侮蔑に値する!」

とかなんだの放ってきたが、はっきり言ってどうでもいい。

もう俺の耳には彼の言葉は入ってこない。

それよりも目はぎゅうぎゅうに詰まった金貨に釘付けだ。

「ぬふふ、これでジードも騎士団脱退ということで良いな?」

「……いいやよくなぁい! ジードにはこれからも騎士団で働いてもらう!」

「うむ? それは変な話だろう。我らギルドとは違って個人を縛り付ける規則でもあるのか? 騎士団は」

「そんなものはない! だがジードのその腐った性根を叩きなおしてやる! 改心させてやる!」

ランデが乗り出して俺に掴みかかろうとする。

だが、それを今まで静観していたシーラが止めた。

「父上! これ以上はやめてください!」

「なにをするシーラ! 俺はこいつの性根を叩きなおすのだ!」

「それは個を潰すということでしょう!? もう彼は辞めたいと言っているのですから無理強いは……!」

「ぐぬぬ……! シーラ! おまえを副団長に据えたのは今後のためおまえの価値観を変えるためだ! それがまだ分からないか! この国には戦力がいるのだッ! そのためにはこういう実力行使も……!」

とかなんとか。

そんなことが部屋中に響き渡る。

俺はそんな中でリフに聞いた。

「俺はいつ騎士団を辞められるんだ?」

「手続きはこちらで済ませる。もう席を立っても構わんぞ」

「……そうか」

俺はすこし考えた。

もしも騎士団をやめたら? 一応は与えられている寝床と食を捨てることになる。それは果たして良いことなのか。

いつ死んでもおかしくない職場ではあるが、それでも『職場』としての体はあるのだから――

いやまあ秒で席を立ったんですけどね。

だって今よりひどい環境とかあったらそれはもう地獄だから。で、騎士団は地獄だからこれ以上のひどい環境はない。

むしろあったらあったで想像できなかったものに出会えた嬉しさに感謝しよう。

そう思いながら俺はランデの引き留めようとする姿を尻目にその場から去っていった。