軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

未来との交差

あれから数日が経った。

ウェイラ帝国の首都の復興も目覚ましく、今では王城に戻って住んでいるくらいだ。

アステアから「昔の世界は魔力がなかった」と言われたのを思い出す。魔力がないということは、魔法も同様に存在しないのだろう。そうなると復旧はさらに遅れてしまうのだろうか。

魔法のない世界を想像しようとしたが、そんな状況とはかけ離れているので断念した。

少なくとも魔法があって、王城はすぐに復旧した。それが事実だ。

その王城には庭がある。

かなりの広さで、緑鮮やかな景色は力を分け与えてくれる。

「じゃあ、やるわよ」

「ああ、がんばれ」

庭には四人の影がある。

俺とクエナ、それからルイナとリフだ。

これから未来や過去を変えるほどの一大事を成し遂げようとしているが、何気なしに集まったメンツで大した理由があるわけじゃない。

正直『事の重大さに比してそんな適当でいいのか?』とか思ったが、大戦闘が起こるわけでもない。リフやルイナが知っていればいいだろう。

「ぐぬぬ……」

クエナが目を閉じながら集中している。

額には汗が流れており、一生懸命な様子が伝わる。

「まったく、ジードに任せれば一瞬だろう」

「うっさいわね! 私がやりたいのよ!」

「かっかっか、よいではないか。若人の挑戦したいという心意気は老婆にはたくましく思うぞ」

ルイナが愚痴を言い、リフが茶化している。邪魔をしているようにも見えるけれど、クエナの魔法はゆっくりだけど着実に展開されている。大した集中力だ。

不意にルイナがクエナの後ろに迫る。

「どれどれ」

「おいおい、危ないぞ」

魔法は複雑なものだ。

手順ひとつ間違えれば治癒魔法が攻撃魔法に変わることだってある。

ルイナが手をわちゃわちゃとさせてクエナの後ろから迫る姿はなにかイヤなものを予感させた。

「ほぉら、もう何日も待ってやってるんだぞっ!」

クエナの胸部が揉みしだかれる。

それは厳格で傲慢に振る舞っているルイナにしては珍しい若い者のノリだった。

しかし、ルイナの言うとおり、作戦がすぐに開始されなかったのはクエナの意地だった。クエナが高難易度の魔法は自分で行使したいという願いから練習期間が設けられている。

クエナの目がカッと開かれた。

「あっ」

魔法がうまく構築されていた。

ルイナの手が一回り膨らむ。

「――なにやってんの?」

クエナ……とは似ているが少し違う、大人びた声が若干の苛立ちを含みながら、背後のルイナめがけて放たれた。

それはクエナの成長した姿だ。

つまり突然現れたのは未来のクエナになる。

「ほほう、順当に美女に育っておるのう!」

リフの言う通り、絶世と讃えられるほどの美女がそこにいた。

クエナとルイナは姉妹で、ルイナの方が年上のはずだ。

しかし、現在では年齢が逆転している。

その証拠にクエナの圧は凄まじく、あのルイナがイタズラのバレた子供のように動きをピタリと止めた。

「……じ、事故だ」

「ピンポイントで胸を揉める事故なのね?」

「いいい、いひゃいいぃぃ……!(痛いいい)」

未来のクエナはルイナの頬をつねりながら叱りつける。

なんだか雰囲気や喋り方から母親って感じがする。大人びている姿はもちろんのことだけど、なんだか凛々しい感じも増していた。

俺の考えた『告げ口作戦』の概要はこうだ。

未来の俺がやろうとしていることを、未来の誰かに伝える。

シンプルでベストなものだと思う。

俺だって今のクエナに叱られたらシュンとなってしまうので、後ろめたいことをしている場合は特に効果的じゃないだろうか。

「――なるほどね。なんか最近色々していると思ったけど、そんなことになってたのね」

未来のクエナが腰に手を当てながら言う。

仕草は今のクエナとあまり変わっていないようで、なんだか安心感が芽生える。

「大変だと思うけど、なんとか未来の方で止めてくれないか?」

「ええ、必ず止めるわ。迷惑をかけたわね」

その言葉には確固たる自信があった。

そして、なにやら一抹の不安を覚える。

『失敗しそうだな』という類の不安ではない。むしろ逆で、『ああ、成功するんだろうな』という軽い悲嘆のようなものだ。

なにが言いたいかというと……絶対尻に敷かれているんだろうな。

「まさかクエナを頼ることになるとはな」

ルイナが言う。威厳あり気に腕を組みながら立っているが、先ほどまでつねられた赤い頬が目立つ。

なんとも堂々とした姿に、未来のクエナはうんざり顔になっていた。

「なんだか安心するわ。あんたって今も……いえ、あんた達からしたら未来か。未来でも全然変わってないわよ」

「変わる必要がないからな」

ルイナは不敵な笑みを浮かべている。

「ふふ、変わってないって言えば……懐かしいわね」

未来のクエナがリフの頭を撫でる。

我が子を慈しむような眼差しだ。

「お、おぃ! 見た目よりも遥かに年上なのじゃぞ! 未来から来たお主よりも長い時を生きておるのじゃぞ!」

リフがぷりぷりと怒っている。

しかし、クエナは撫でる手を止めない。

「そうね。知ってる。知ってた。あんたはもっと歳が上なのよね」

クエナとリフはなんだかんだで仲が良い。

でも、そうだよな。

リフは十年後の未来ではいない。

あちらは確定している世界で、こちらとは違う。

未来のクエナが懐かしむのも納得できる。

それを察して、リフが笑む。

「なんじゃよ、髪の毛の一本くらいなら土産にくれてやらんでもないぞ」

「いらないわよ」

クエナが即答した。

その代わり、何度もリフの感触や温度を確かめている。

「なんだ、帰らないのか? 私としてはここ数日も待たされたのだから、はやいところ止めに行って欲しいのだがな」

「はいはい、わかったわよ」

「それで……また来たかったら未来のジードにでも頼め」

それは暗に「また来い」と言っているようなものだった。

ルイナも壊滅状態にあったばかりの王城で、ロクな歓待もできないことを心苦しく思っているのだろう。

同時に「未来のジードを無事に止めてくれ」とも伝えている。

クエナとルイナが視線をかわす。

なんだかんだで血のつながった姉妹だと思わされる。俺にもわからないアイコンタクトをとっているようだった。

「あんたもなにか大変なことがあったら呼びなさい。特に子供の世話は覚悟をしておいた方がいいわ。あ、でも未来のシーラの方が凄いからそっちの方がいいかもね」

「ふん。私の子供なら手がかからないに決まっている」

「なんならルイナのところが一番厄介よ」

クエナが額に手を当てる。

どうやら頭痛のタネでも思い出したようだ。

「ま、いいだろう。必要なら頼ってやる」

「それから……ネリムには気をつけなさい」

「なんだ。あいつの子供が一番すごいのか?」

「まぁ手がかからないって意味ではそうかもね」

おいおい、普通に話しているけどネリムに子供いるのかよ。いや、流れ的に俺との間にできているのだろうけど……

ガサリと遠くの茂みが揺れた気がした。あれは……。

「けど」と言って、未来のクエナが続ける。

「気をつけるべきは本人よ。一体どこで本性を隠していたのやら。私じゃなくてネリムを呼んだ方が未来のジードを手懐けられていたかもね」

「……なるほど。わかった、気をつけよう」

一体なにがわかったのやら。

普段は犬猿の仲の二人が同盟を組んだような気がした。

それから、未来のクエナは姿を変えて、今のクエナになった。

「どう? 解決した?」

クエナは戻って来るなり尋ねてきた。

「どうやら解決したようじゃぞ。そっちは未来旅行どうじゃった?」

リフが目を輝かせながら聞く。

未来の光景が気になって仕方ないようだ。

「ああ、なんか子供がいたわね。耳が長かったからエルフじゃないかしら。王城にいて接待されたけど、なにがなんだか」

「ほう、エルフとな」

リフがニマリと頬を歪ませてこちらを見る。

なるほど、どうやらリフには心当たりがあるようだ。そして、偶然ながら俺にもある。クエナとルイナの鋭い眼差しがこちらを見ている気がしたが、目を逸らすことでなんとか避ける。

いや、残念ながら避けきれないようだ。

クエナが一歩こちらに向かって前進する。追及の構えだ。

しかし、クエナが口を開くよりも先に魔力の流れが変わる。

「ず、ずびませんでした……」

目にはアザができていて、頭にはたんこぶができている。

見るも無残な様子で、未来の俺が現れた。

随分と仕事がはやいな。

どうやら効果はてき面どころではないようだ。

未来の自分の痛々しい姿はこっちまで辛くなる。威厳のあった姿は一転した。これが俺の未来か……

「さ、参考になにがあったか聞いていいか?」

そんな疑問が真っ先に出た。

「ク、クエナがみんなに教えた……」

「も、もちろん抵抗とかそういうのはしなかったんだよな。傷つけたくないから。だからそんなにボコボコにされたんだよな」

さすがに汗が出る。

冷静に考えて、俺はなかなか傷つかない。殴られても怪我ひとつしない。それだけ頑丈な身体だからだ。

それなのに未来の俺はどうだ。どうしてこうなっている。

淡い期待を抱きながら返事を待つけど、

「……」

未来の俺が押し黙る。

やばい。うかうかしていられない。

明日からまた鍛え直さなければ涙で枕を濡らす日々になりかねない。

「それで、考えは改めたのじゃな」

「ああ。本当はエイゲルと俺だけの秘密だったんだ。でも、エイゲルはもう協力してくれないって言うし、どうしようもない」

「ふむ、なるほどのう」

それにしてもあっさりと身を引いたな。きっと未来の俺もそこまで気の進む作戦ではなかったのかもしれない。

「でも、どうするんだ? 俺の考えた作戦以外に他の手段はあるのか?」

「それじゃがの。おぬしの考えた手法は単純にコスパが悪い気がするのう。たとえば、様々な世界のジードに魔力を貸してもらい、過去のアステアを葬ることはできないのか?」

「貸してくれるのか?」

「おぬしらだったらどうじゃ? 過去の自分が困っているかもしれない時、協力するか?」

「「貸すさ」」

未来の俺と言葉が被る。

クエナが口元を抑えて「くすっ」と笑った。可愛い。

「けどさ、やむを得ない事情で貸せない時があるだろ?」

「おぬしが魔力を貸せないほどの事情か。想像すらしたくないの。が、それはもはやアステアとは別の脅威になるじゃろうから、その時になって考えねばならん」

他にも考えることは多そうだ。

しかし、そういった調整は追々やるということだろう。きっとリフはあくまでも大筋を計画しているだけに過ぎない。

「……なるほどな。でも、魔力足りるのか?」

「そこは必要な場所に収束させればいい。アステアに滅ぼされそうになっている瞬間を狙うとかの」

「……ふむ」

未来の俺はやや不服そうだった。

きっと、心配なのだろう。わずかな可能性でも、みんなが死んでしまうような事態が来ることを恐れているのだ。

「ま、安心せい。わらわの寿命は誰かのおかげで伸びたのじゃからな。思い出せ。精霊界まで連れて行ったのは誰じゃ? ここまで用意してやったのは誰じゃ? わらわはこれからも生きておる。任せるがよい」

ない胸を張りながら、リフがドヤ顔で問いかける。

緊張が解けるようにして、未来の俺が朗らかな顔を見せた。

「そうだったな。リフがいるから可能性が開けた。今の俺にはない可能性だ」

少しだけ寂しそうな顔をしている。

「そんなことはないよ。本当は俺も『寿命だからしょうがない』って思った。リフも納得していたから、俺がわざわざ無理を言うことはないって思ってた。けど、未来の俺を見て考え直したんだ。大変そうだなって。きっと、リフの力が必要になるって」

「その通りの結果になったじゃないか」

未来の俺は『おめでとう』とは言わない。

これがどんな未来を呼び寄せるのか、まだ分からないからだ。

でも、ひとつだけ確かなことがある。

「これも未来の俺のおかげだよ」

「俺の?」

「ああ、もしも今の俺が失敗した選択をしても助けてくれるって信じていたからさ。だから、リフを延命させるって選択肢ができたんだ」

「……そうか。俺の今までは徒労じゃなかったんだな」

未来の俺がぼそりと呟く。

気が晴れたような顔だ。

時々見せる陰りはなりを潜めている。

どれだけ凄惨な光景を見て来たのか、どれだけの寝られない日々を過ごしてきたのか。

不意に隅の茂みから一人の女性がひょこりと顔を出す。

「ね、ねえ。今まで話を聞いていたんだけどさ、未来って変えられるのよね」

ネリムだ。

未来の俺が頷く。

「ああ、変えられるぞ」

「よかった……!」

ネリムが胸を撫で下ろす。

どうやらずっと気にかかっていたようだ。

その様子を見て、ルイナが片方の眉を下げる。

「なんだ、ずっと聞いていたのか?」

「そりゃそうでしょ。私は未来のジードに賛同したわけだし、結果がどうなるのか気になったのよ。本当は見守るだけで終わるつもりだったけど……」

「ふむ。そしたら他に気になることを聞いた、というわけじゃな」

アステアの話から、家族の話に移ったことを言っているのだろう。

未来のクエナがネリムの子供に関して喋っていたからな。

「でもよかった。私の意思が盤石なら結婚はありえないのね!」

「まぁそうだな。どの未来でも結婚していたみたいだけど」

「……」

ネリムの目から生気が消えた。

なにも悪いことをしていないはずなのに、良心の呵責がある。

「な、なあ、ネリムさん……あれだよ。別に俺はネリムと結婚する気ないからそこまで落ち込まないでくれてもいいぞ……?」

「それはそれでムカつくって分からない?」

ネリムがジロっと睨んでくる。

じゃあどうしろってんだよー!!!

心の叫び声は漏らさない。今のは自分でもネリムの魅力を蔑むような言動だと反省があるからだ。

いや、でもそれ以外に補足のしようがないんだ。

もうあまり触れるべきではないのかもしれないな……

未来の俺が失笑した様子を見せてから、改めて真剣な眼差しで俺と向き合う。

「これから忙しいぞ」

その言葉には俺の想像を超えるほど、過分な意味が込められているだろう。

未来の俺が経験した以上のことが起こる可能性だってある。

それでも。

「ああ、でも頑張るよ」

結局のところ、俺にやれることをやるだけだ。

ただがむしゃらに働くだけだ。

未来の俺は満足したようで、首を縦に振った。

「なにかあったら呼んでくれ」

「その時は頼りにしているよ」

「ああ、任せろ」

未来の俺が拳を差し出す。

それに拳で応えた。

それから未来の俺は本来いるべき場所に帰っていった。

これで未来の俺の肩の荷も楽になっただろうか。そうだといいな。