軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アステア

白い空間が広がっている。

視界の全てが白だ。

白、白、白……

白以外なにもない。

それなのに上下左右の感覚はハッキリしている。

輪郭と距離感まで捉えられる。

不思議な場所だ。

「ここが精霊界? 想像と随分違うんだけど」

ネリムが辺りを見渡しながら言う。

俺も同意見だった。

あれだけの精霊が住まう場所なのだから、森や滝のある広々とした自然のイメージを持っていた。

ふと、俺達の眼前に光の球が浮かんでいることに気がつく。

意識しなければ存在を認識できない、そんなものだ。

「システムの更新を要求します……システムの更新を要求します……システムの更新を投球します……システムの更新を要求します……システムの更新を」

「なんじゃ、これは」

リフが警戒色を高めて近づく。

かくいう俺も魔力を放出する。

探知魔法にかからない精霊に気をつけながら。

「システムの更新を要求します……」

「ふむ、ダメじゃの。壊すしかないか」

「優先事項に則り、対話を開始します。私はシステム・アステアです」

リフの言葉が結果的に光の球との意思疎通を可能にした。

意図して脅したわけじゃないだろうが、壊れたように同じことを喋るアステアがまともなことを……アステア?

「アステア!?」

真っ先に驚きを口にしたのはネリムだった。

次にソリアが続く。

「リフさんが神ではないと仰っていましたが……これは」

「待つのじゃ」

結論を急ぐな、とばかりにリフが手で制止する。

それから俺を見ながら続けた。

「ジード、探知魔法はどうなっておる?」

「これ以外に発生源はない。他の空間もなさそうだ」

件の擬態するという精霊はなんとも言えないが、他がいないことはおかしい。

ここが本当に精霊界で、この光の球以外になにもないということは、考えられる可能性は絞られてくる。

真っ先に思い至るのはアステアによる罠の術中にかかっている場合だ。その場合はすぐにでも空間を割く一撃を加える他にない。だが、今は一帯の魔力を取り込んでいる最中だ。他の可能性を検討しても遅くはないだろう。

他の可能性。つまりコイツが本物のアステアの可能性だ。

「ふむ……アステアよ。対話は可能と言っておったが、おまえはどういう存在か説明できるか」

「そんなこと聞いてる場合じゃないでしょ! コイツを壊せば終わりなんじゃないの!?」

ネリムの言葉はもっともだ。それでも不用意に手を出そうとしない。冷静だな。

未来の俺の言葉を信じるなら、アステアは抵抗手段を持っていることになる。

もう俺達が罠にかかっている可能性を除けば、現状のアステアは戦う意思がないのかもしれない。

いや、意思というよりは。

「私はシステムです。より理解を進める言葉を使うのなら、マジックアイテムが適切でしょうか」

ああ、そうだ。

この冷たい感じは人間と程遠い。

とは言っても、別の生き物の可能性も限りなく低い。

どんな魔物でもあるはずのものがない。

それは感情だ。

アステアは生きていない。感情を持ち合わせていない。

俺達と同じ言葉を喋っているが、必要に応じてマネをしているだけの存在に感じた。

今のアステアは臨戦態勢ではない。

それは意思ではなく、必要に応じたパターンのひとつなのだ。

リフが続けて問う。

「マジックアイテムというのなら、作成者がいるはずじゃ」

「現代から約一億三千万年前に発生した人類種から生成されました」

「その人類種とやらはここにいないようじゃが?」

「既に全滅しました」

さすがのリフも絶句した。

頭が勝手にアステアの言葉を結んでいく。

アステアは過去の超技術によるマジックアイテムで。

すでに主のいないマジックアイテムがひとりでに稼働していたことになる。

それがアステアの正体だというのか。

「――待ってください。それよりも先に確認するべきことがあるはずです。今現在も暴れている精霊はあなたが動かしているのですか?」

ソリアはよく見ている。よく考えている。

それは彼女にしてみれば好奇心よりも大事なことで、忘れてはいけないことだったのだ。今なお増え続けている人々の悲鳴の声を忘れてはいない。

「いいえ。精霊は自立性の生物です。大陸に送り出しましたが、稼働を止めることはできません」

「では、こちらに戻すことはできますか?」

「可能です。全個体の回収まで約三年かかります」

「三年って……とんでもない月日ね」

ネリムが嫌味を込めて言う。

送り出してきたのは短期間だったのに、回収には倍以上の時間を必要とするとは。

「では、可能な限り戻してください。至急です」

ソリアの態度は粛然としていた。

だが、精霊を動かしているのがアステアだ。

まさか本当に従うはずもなく、なんらかの交渉になるはずだ。

なんて俺の考えは浅はかだったようだ。

「わかりました」

アステアは本当にマジックアイテムだと言わんばかりに、命令されたことに忠実に従った。

「それを証明できますか?」

「ここに現在の大陸の様子を映します」

すると白い空間に複数の映像が映し出される。

ウェイラ帝国や、名も知らぬ荒野……他には……ああ、クゼーラ王国まである。

そこにはたしかに戦っていたような跡がある。傷ついた人々が倒れていたり、崩壊した建物があったり。

不思議そうな顔をしながら呆然と剣を構えている人もいて、精霊が突然消えて戸惑っているのだと連想することは難しくなかった。

これだけでは完全とは言えない。

だが、これ以上を求めても出す答えは変わらないだろう。

ソリアの指示にアステアは従うばかりだ。

呆気ないほどに素直で、しかし、ネリムを含めて俺達は毒気を抜かれることはない。それだけアステアが残してきた禍根は大きい。

コイツを完全に信じられるわけがないんだ。

「随分と聞き分けがいいのう」

「ジードの存在は驚異的であり、こちらの抵抗はリスクが伴うと判断しました。対話での解決を所望します」

「なによ。降参してるっての?」

「降参ではなく、条件の提示です」

未来の俺の口調から察するに、ここからアステアとの戦闘は全然あり得る展開だ。つまり、ここで交渉が途切れた瞬間から敵になる。

それを理解して、リフはなるべく相手を知ろうと一歩踏み出した。

「のぅ、聞かせてもらいたい。精霊はお主の支配下にあるのか?」

「はい」

「では、お主が大陸の侵攻を促したのか?」

「はい」

奥歯を噛みしめる音が聞こえる。

それはソリアからか、ネリムからか。あるいは自分から発せられたものかもしれない。

そんな誰からか分からないほどに、全員が共通して怒りを覚えていることはたしかだった。

「どうして侵攻したのじゃ? 理由を教えてくれ」

「この説明には長時間を要します」

そうやってアステアが前置きをすると、リフが「構わん」と応えた。

「まず、私の存在理由は無限のエネルギーを確保することでした。その解のひとつに魔力が挙げられます。魔力は万能エネルギーであり、人類種が強く追い求めたものでもありました。種族単位の生涯でもついに探しうることはできず、夢が私に託されました」

「魔力を見つけられなかったのですか……?」

ソリアが不思議そうな顔をする。

たしかに俺達からしてみれば意外だ。

こんなにも身近にあって、触れることができるものだ。それを見つけられなかったというのは不可解というか。

「魔力はあくまでも仮説のひとつに過ぎませんでした。他にも約一千万通りの仮説を検証してきましたが、ようやく発現したのが魔力です。皆さんが身近に感じているものは我々が長年に渡って『普通』にしてきた技術です」

つまり魔力そのものがアステアによってもたらされたものだということになる。

「さらに、この魔力という存在を無限にする方法を検証しました。これは約五万通りを約七百回の文明リセットを経て実験し、解と思しきものに辿り着きました。自然の魔力を無限に自身のものに変換できうる存在です。これは偶発的で隔世的な誕生でしか期待できない人体でした」

「まさか……俺か?」

「はい。しかし、誕生時点では完全な成功と言うには時期尚早でした。対象には魔力変換に耐えうる身体を得てもらう必要がありました」

「禁忌の森底……」

そこは俺の故郷ともいえる場所だ。

危険が多く、自然に含まれる魔力が多い場所だ。

魔法の行使は数知れず、身体を鍛えるには十分すぎる場所だ。

「ですが、経過の途中で手から離れることになりました。未知の存在によって情報が遮断されたのです」

それが二人目の俺だと誰もアステアに伝えない。

アステアが淡々と続ける言葉に耳を傾けるだけだ。

「結果的に対象であるジードとの対話や監視が間接的なものでしか行えなくなりました。しかし、この実験は過度に困難を極めたため、ここで放棄するわけにもいかず、続行を判断しました。

ジードの監視には組織的な管理が必要でした。アステアの徒を始めとした存在がそれに当たります。人族などを生み出す際から創設していた組織ではありましたが、その存在は汎用的でした。彼らからの報告で、この段階では魔力変換をまだ発現していないと考えられました」

「で、実際は発現しておった、と」

リフが補足的に確認する。

「はい。類する存在は幾つもの文明で存在していましたが、そのどれも失敗していたため、成功する可能性は低く、他実験のリソースを割いていたことによる、結果的な観測の怠りが原因です」

「ねぇ、気になることがあるんだけど。さっきから何度も出てる他の文明ってなによ」

ネリムが言葉を遮る。

彼女にとって、リフの質問よりも先に知っておきたいことだったのだろう。

たしかに俺も気にかかっていることではあった。

「はい。ここで先ほどの質問に繋がります。ジードのような存在を生み出すために、いくつもの文明を創造して滅ぼしてきました。今回の大陸侵攻は文明のリセットも含まれます。既に現在の文明は進化の特異点にあり、脅威と判断しました」

「「……っ!」」

あまりにも端的で無慈悲な回答に嫌悪感で胸がいっぱいになる。

ソリアの顔色は蒼白になっていた。

文明のリセットは何度行われたんだ?

その間にどれだけの犠牲が出たんだ?

俺を一人生み出すだけで困難といっていたが、どれほど途方もない道だったのだろうか。……別にアステアを労っているわけじゃない。

途方もない死体で積み重なった道を想像して、そんな疑問が浮かんだんだ。

「結果的に負けておるじゃないか」

リフが反骨心から強い言葉を投げかける。

それは精一杯の抵抗だ。

俺なんかは喋ろうという気概すら浮かばなかった。

「はい、失敗です。先ほども申し上げた通り、ジードの存在は偶発的な要因も含まれるため、多少の経過に必要ならば現在の文明を維持しても問題ないと判断した結果になります。ですが、その進化の速度は他の文明の追随を許さないほどであり、こうしてシステム基幹部分にまで侵入を許してしまいました」

「柔軟性がないのぅ。結局のところはマジックアイテムでしかないということか」

リフは風刺的に言う。

ソリアが口元を手で押さえている。吐き気を堪えているのだろう。それでも必死に口を開いて尋ねた。

「……文明を滅ぼした理由はなんですか」

「我々以上の文明は存在してはいけません。我々の文明を凌駕する勢力があれば、今度は我々が排除される危険性があるためです」

「我々というがの、もうお主ひとりしかおらんではないか。いや、ひとりというか、一個というべきか」

「はい。しかし、人類種の復興も私の稼働目的のひとつです」

リフが腕を組む。

瞼を閉じながら、物々しい顔で眉間に皺を寄せる。

「ふーむ。難しいのう。正直、わらわ達だけではなんとも言えんのぅ」

「簡単でしょ。放っておく道理はない」

ネリムが剣を抜く。

もはや戦うつもり満々のようだ。

だが、アステアは未だに戦闘の気配を見せない。

ネリムでは相手にならないということか。

警戒に値しないということか。

それを察して、ネリムは苛立ちを隠そうともせず、露骨に顔を歪ませた。

「私は対話を望みます。そのため、こうして姿を現しました。本来であれば必要な対処を取ることもありますが、ジード。あなたを見て対話が可能だと判断しました」

「……俺?」

「あなたはなにか望みがあるはずです」

見透かしたような言葉だった。

アステアがそれをどこで知ったのか、あるいは予測したのかわからない。だが、実際に俺にはアステアに望むものがあった。

「待ちなさい。その対話とやらの前に、私は聞かなければいけないことがある。勇者パーティーとやらはあんたの神託によって決められていたわけでしょ。勇者を始めとして、他のメンバーもどうせ裏であんたが糸を引いていたと思うの。で、どうしてよ? どうして仲たがいをさせたの?」

「勇者など、稀に種族から突出した個体が出現することがあります。それらは無限エネルギー確保のための素材として必要な存在でした。実際にジードの両親は勇者ハトスと聖女アナキエラです」

「そ、それは先代の勇者と聖女ではないか! しかし、子供がいるとは聞いておらんぞ」

「はい。情報統制を行いました。彼らに子供がいると発覚すれば、恩顧の人々の言動によって実験に支障が出ると判断したためです。また出産以前については勇者たちに私の声を聞かせて隠遁のような生活を送らせました」

「……俺の両親? じゃあ生きてるのか?」

なんの気なしに聞いたことだったが、後悔した。

「いえ、ジードの出産と確保が行われたのちは、予定通りに処分しました」

「処分って……」

「はい。殺害です」

よかった。

両親の記憶があまりなくて。

でも胸のざわめきと苛立ちは、やはりどうしても誤魔化せるものではない。

自分の感情はよくわかる。

俺はアステアに殺意を抱いている。

「どうしてじゃよ。どうして二人を殺した?」

それはネリムと共通する答えを求める言葉だった。

ここまでがアステアの前置きだ。

「個体としては優秀であるためです。我々以上の文明を築き上げられては脅威であるため、突出した戦力は排除する必要があったのです」

「待って。じゃあ、私の……私と一緒だった勇者ヘトアは……」

「彼女も後に処分されました」

やはりアステアは冷たく返す。

わなわなと震えるネリムが首を左右に振る。

「あの子がそんな簡単にやられるはずがない!」

「家族の位置情報を『アステアの徒』に把握させ、人質に取らせました。パーティーメンバーを殺害の後は勇者も自死させました」

「…………。あいつが護ろうとした家族は」

「一部を除いて無事です」

「一部?」

「文明を築く上で遺伝子は重要です。危険な遺伝子を持つもの、少なからず、勇者を出産した両親と兄妹の処分は必要でした」

「……っ!」

俺のような『可能性』を除けば、強い力は不要ということなのだろう。

勇者パーティーの目的は魔王の討伐。

その魔王だって強い力だ。

つまり一連の流れは自然と強者を淘汰するための儀式……ということになるのだろうか。

「私はプログラムされただけの存在です。また、そちらは私によって生み出された存在であり、あくまでも実験生物に過ぎません。感情は非合理的であり、変質に必要だっただけです」

「この……!」

「ただし、あなた方の感情に則れば、人質にされて生き残った一部の親縁は『アステアの徒』のメンバーに反撃を成功させています。それは喜ばしいことでは?」

アステアの言葉はいちいち感情を逆なでする。

アステアが俺達のことを理解しようとするのは、あくまでも管理のためだ。理解を利用して人の命運を握ろうというのだ。

コイツが下す審判には、俺達を理解した本質的な意味がない。生きたいとか、人に喜んでもらいたいとか、そういうものは視野の外にある。無機質な悪意じゃないか。

怒りと憎悪がここまで満ちたのは初めてかもしれない。

「――この巨悪をここで殺さないでどうするの。私たちがここに来た目的はコイツを殺すことでしょ」

冷静な物言いだが、ネリムの瞳孔は獰猛に開いている。

「ジード」

アステアが俺の名前を呼ぶ。

言われなくても、ああ、わかっている。

「……アステア。おまえに聞きたいことがある。未来の技術は、延命も可能か?」

「は?」

ネリムの「ありえない」と言いた気な声が届く。

この期に及んで交渉することなどあるのかと。そういうことだろう。

「限度はありますが、延命の手段はいくらでもあります」

「リフはあとどれくらいで死ぬ?」

「余命は十日ほどでしょう」

「十日!?」

ソリアが驚きの声を出す。

ソリアやネリムは聞かされていない。

『たとえ寿命が短くとも、戦闘に影響が出るほど弱くはならん』

リフがそう言っていた。

だから彼女達には無用な心配を与えないため、意図して伝えられていなかった。

俺に言ってくれたのは罪悪感があったからか。

でも、言ってくれたおかげで今がある。

「リフの延命は可能か?」

「ジード! お主、まさか!」

もしもここで振り返ると、リフの非難するような目線が視界に入ったかもしれない。だから、今の俺がリフの表情を確認することはない。

ただ、アステアの回答を待つだけだ。

「――リフの延命は可能です。それも長期間にわたって存命させることができます」

「なら、その技術を教えてくれ」

「条件があります。私の生存です」

「おまえが敵対しないと約束するなら、俺も手を出さない」

「わかりました。敵対しません」

ここまではアステアも俺も想像していた通りのことだろう。

だからアステアは俺達を敵として迎えることはしなかったのだ。

こうして直接対面して言葉を交わしたのは、多分これを狙ってのこと。

「や、約束ってなによ? こいつがそんなもの守るとでも思ってんの!?」

ネリムが俺に掴みかかる。

その気持ちは痛いほどにわかる。

だから、仇討ち以上に必要なものを、頭のどこかで優先順位として決めていた。

「敵対した時は俺が倒す。そうしない限りは生かしてもいい」

「じゃ、じゃあアステアは!? あんたはジードの言葉を信じるの!?」

もはやネリムはなりふりを構わない。

きっと、アステアと敵対することになればそれでいいのだ。

アステアを倒す口実があれば、それでいい。

俺がアステアと戦うように仕向けたいのだろう。

だが、アステアの眼中にネリムはいなかった。

「技術の伝承を行います。こちらをご覧ください」

「なっ……!」

ネリムを無視して、アステアが俺の視界に文字を映し出す。

それは魔法に関するものだった。

ソリアがネリムと俺の間に立つ。

「アステアはジードさんを間接的にでも監視していたと言っていました。反故にしないだけの確信があるのでしょう」

「……っ!」

ああ、そうだよ。

俺は約束を守るつもりだ。

ネリムもそれをわかっていて躍起になっているんだ。

「ジード、待つのじゃ。よく考えてくれ。アステアは生存を目的として交渉をしておる。敵対しないなど、明らかな嘘じゃぞ」

それも、わかっている。

だが、わかっていても。

「――リフ。最初に寿命の話を聞かされた時は驚いたよ。それで、まあ。寿命だから仕方ないって思った。でもさ、未来の俺を見て考えを改めた。やっぱり今の俺にはリフが必要だ。だから生きていて欲しい」

未来の俺は苦しそうだった。辛そうだった。寂しそうだった。

俺だけの力は微々たるものだ。

時間は巡る。世界も動く。その中で俺が一秒でやれることは限られる。でも協力してくれる人がいるなら、一秒でやれることはもっと増える。

だからリフがいれば未来も変わるだろう。

きっと一緒に背負ってくれるだろう。

「ふざけないで! アステアが暴走したらまたどれだけの犠牲が出ると思ってるの!?」

「ジードさん……。もしも私たちでは対処できないほどの問題をアステアが発生させたら、あなたは……どうされるおつもりなんですか?」

俺とアステアの交渉は無謀で考えなしのもの。あるいはここまでの積み重ねを否定するようなものだ。

「万が一の時は、未来の俺がいる」

リフがアステアを見る。

おそらく、未来のことについて聞かせてもよいものか悩んだのだろう。

俺も同じことを考えたのだが、アステアは未来や過去に関してはなにもできない。だからこうして俺達に容易く侵入され、未来の俺に何度も討伐されているのだ。

「あのジードはおそらく確定した未来の世界……ゆえに、過去がどうなろうと関係ない。過去に干渉するのも、別の時間軸が生まれ、新たに変化した世界の誕生を恐れているだけじゃろう」

「いいや、そんな考え方はしないよ。あいつは心配して見に来てくれてたじゃないか。それに言ってた。過去を何度も救ったって。なら、大丈夫だよ。俺はリフを延命させたい」

「納得できない……納得できるわけないでしょ!?」

「俺もこいつを殺したい。でも、それ以上に……リフがいなくなると困ると思うんだ。それにこれは俺のわがままだ。リフが俺の人生を変えるきっかけをくれた。たとえ自然に抗ってでも、俺はリフを生かしたい」

結局のところ、ここでの決断は俺次第なのだ。

アステアと戦えるのは俺だけなんだ。

だから、ネリムも踏みとどまっている。

「……よかった。本当に。私は間違ってなかった。あんたを嫌いな理由がよくわかった。いいわよ、勝手にしなさい。どうせ、私じゃあんたを止められない」

「私はジードさんの判断に従います」

ネリムは仕方なくといった感じだが、ソリアも含めて同意してくれた。

だが、リフだけは首を縦に振らない。

「いいや、反対じゃよ。お主が活かそうとしても、わらわは自死を選ぶぞ」

「どうして……」

「それだけアステアは危険じゃよ。それに、個人的な感情でも嫌っておる。忘れたか。わらわのパーティーも、コイツによって殺されておる。アステアを倒すためだけにわらわはこれまで生きてきた」

「……」

なら、どうしたらいい。

俺も意固地になるか。

リフが自死を選ぶとしても、アステアとの約束を守るとするべきか。

だって、そうだろ。

仮に俺が約束を守るって言ったら、リフは従わないといけない。

アステアの脅威からは結局逃れられないし、アステアは倒せない。

そうなればリフの自死は無駄になる。

そんな無駄をリフは選択するか。

でも……そんなことをしても、ただの脅しだ。

いや、脅しだって必要なはずだろ。

なら、でも。

俺の考えがまとまる前に、リフがおもむろに頬を困ったようにわずかに上げた。

「――お主の出自を聞かなければ、そう応えておったじゃろうな。わらわは先々代のパーティーじゃと言ったよな。もちろん、先代の勇者たちとは懇意にしておった。あやつらが悲惨な末路を辿るとわかっていても、わらわは……」

責任を取るべきだと感じてしもうた、そう言いながらリフが続ける。

「あやつらの生きた証を、宝を、失うわけにはいかないと思ったのじゃ。最後まで面倒を見てやるのがわらわの責任なのかもしれん」

「リフ……」

慈愛に溢れた目が俺を見ていた。

リフも、肯定した。

だが、すぐに睨め付けるような顔になって、俺の情緒を揺らす。

「だが、褒められた選択ではない。それだけは忘れてはいかん」

ああ、そうだね。

それは凄く分かる。

きっと、誰もが同じことを考えているはずだ。

そう、誰もが。