軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

陥落と再起

ウェイラ帝国の陥落は精霊の大規模侵攻によって成し遂げられた。その中には黒い怪物フィガナモスも存在している。

だが、防衛部隊と民間を含めて犠牲者は極小であり、形骸化しただけの都を落としたに過ぎない。

「本妻の私を守りたまえ、未婚の女子たちよ!」

ルイナがユイに背負われながら叫ぶ。

彼女の背後にはクエナとシーラがいた。

四人は森の中を駆け抜けている。

彼女達のさらに背後には黄褐色の蜘蛛がいた。

特徴的なのは、その巨体だ。

つま先が地面を突く。それだけで木々は揺れ倒れ、頑強そうな根や岩に穴が空く。

口から垂れる毒液は土を焦がし、臀部から放出される糸は後続の帝国軍の援軍を寄せ付けない。

「怖すぎて壊れてるんの!? ここで私たちを怒らせてなんの意味があんのよ!」

「ぷくぅ」

「ほら、さすがのシーラも頬を膨らませて怒ってるわよ!」

「ちがう」

クエナの言葉にユイが反論した。

「じゃあどういうこと!?」

「さっき」

ユイが言葉を区切る。

「それだけだとわからないって! 私はジードじゃないのよ!」

「作ってた」

「もっと早く喋りなさいよ! 状況わかってる!?」

「ごはん」

「まあまあ妹よ、もう少しだけ喋らせてみよう。ここまで長く喋っているのは珍しい」

焦らせるクエナに、ルイナは落ち着くよう促す。

ユイが続ける。

「頬」

「いやいや、わかってる!? 後ろから精霊が迫ってんのよ!?」

「落ち着け。『さっき作ってたごはん頬』まで喋ったんだ。あと少しだ」

そして、ユイが最後の一言を切り出す。

「入れてる」

「なるほど。ハムスターのように頬に食べ物を詰め込んでいたのだな」

ルイナが神妙に頷く。

それからシーラが満面の笑みで両手を広げた。

「食べ終わった!」

「もういやだこのバカ達!!!」

クエナの絶叫が森に轟く。

時を同じくして、蜘蛛を象った精霊の進路が大きく変わる。

それは第三者によって意図的に覆されたものだ。

「なにやってんのよッ!」

青い髪の持ち主が、空間を引き裂かんばかりに大声で疾呼する。

ネリムだ。

「遅いわよ!」

「あんた達が先にばらけたからでしょ! この蜘蛛のせいで迂回しなきゃいけなかったし!」

「はっはっ! いいから進め! 仮拠点はもう設定されているのだからな!」

五人目が到着し、一行は森の奥へとさらに進んでいく。

首都は陥落した。

しかし、ウェイラ帝国はまだ滅んではいない。

仮拠点は準首都クラスの都市アーデナルが選定された。

ラウンドテーブルが用意されている会議室で、紙の束が所狭しと地面すら埋め尽くしている。

その部屋にクエナとルイナがいる。

「帝国の被害状況はどうだ?」

「あらかじめ予想していた事態だったしね。かねてより行っていた避難訓練が功を奏したのもあって、防衛計画も順調……けど、民間人だけでも被害は千を超すかもね」

クエナが苦々しい声を漏らし、ルイナも渋く眉をひそめた。

「それほどか」

「十分すぎる成果よ。ウェイラ帝国や神聖共和国と同様に、列強国のひとつに数えられていたメトスタリア王国とは連絡すら取れないもの」

メトスタリア王国は人族の最南部に位置する国家だ。肥沃な大地に育てられた屈強な騎馬兵が多い。

立地的な問題からウェイラ帝国と直接的に戦うことはなかった。しかし、仮に戦争をしていたらウェイラ帝国も全力を注がねばならないほどの精強な国家だ。

それだけの国の消息が不明とは、ルイナもあまり信じたくはなかった。

「連絡が取れないのは混乱しているからじゃないのか?」

「全貌はわからないわ。でも流れてきた避難民から聴取したの。正直もう国家としての在り方は期待できそうにないわ」

「警戒するように伝えていたのだがな」

「もちろん、油断はしていなかったでしょ。でも、ウェイラ帝国が順調すぎるのよ。各地方に食料の備蓄を用意したり、獣道ひとつに至るまで整備して無数に経路を張り巡らせたり、避難民の誘導までやれたのはうちだけよ」

今回の侵攻は予期していた。

だから帝都まで囮にしたのだ。

象徴たる場所を失うことは非常に痛手だ。

とはいえ、多少の滞りはあっても中枢や連絡網、政務を麻痺させることはなかった。

この戦闘方面の苛烈さと即断はルイナならではの持ち味だった。

「そうだな。ここまでは良しとしよう。どちらにせよ、反省は後だからな。それ以上に敵が連携していることを考えるべきか」

「もう軽く軍隊ね」

精霊たちは大陸全土を侵食せんばかりの勢いだ。それは個体の強さによる暴力だけではなく、何かしらの自律性が計画をもって行っている。

当初の計画では帝都を代償にして精霊の殲滅まで想定されていたが、それもなしえなかった。

ひとえに、それすらも相手に知られていたか、警戒されていたことになる。

「ども~っす」

白い髪の少女が部屋に入る。

クエナもルイナも、彼女の姿には見覚えがある。

「エクか」

「お疲れ様」

「うっす。掴んできましたよ~、情報」

エクはルイナ子飼いの情報屋だ。

優秀な人物で、クエナにも情報を提供している。

今回の精霊侵攻ではエクも動いていた。

「精霊たちの出どころね。どこだった?」

「エーデルフィア森林地帯っす。Cランクに指定されている危険区域っすね」

「帝国とクゼーラ王国の国境近くね」

「と、なると対処もしやすいな。これが海面や天空であれば移動経路そのものを見直さなければいけなかった」

ルイナの心配がひとつ消えた。

敵は人外相応の存在であり、未知の戦略を繰り出されてはどうしようもなかった。

「それがっすね。まだあるんすよ」

「なにだが?」

「司令塔らしいやつがいました。そいつが大陸全土の地図を表示させてたり、その地図になんか指示してたりしていたんで、ほぼ間違いないと思うっす」

「やっぱりいたのね。じゃなければ、これだけの連携はさすがにおかしいわよ」

先ほどの会話を思い返しながら、クエナが頷く。

「……それで、その司令塔らしいやつはアステアだったのか?」

ルイナが真剣な面持ちで尋ねた。

場合によっては一発で決着がつく話だ。

エクは思い出すように上を見て、やや嫌悪の顔つきになった。

「んー、あれが女神アステアとは思いたくないっすね。人間とは程遠い化け物でしたから」

「私もアステアじゃないと思うわ。精霊界にいた方がぬくぬく安全に過ごせるだろうしね」

「そうか。しかし、司令塔は早期で叩く必要があるな」

「そっすね。他の精霊を無尽蔵に生み出していたんで、放っておく手はないっす」

あらかたの情報を聞き終え、ルイナは一拍置いた。

「よく生きて帰ってきてくれた。褒美はなんでも渡す。欲しいものがあれば言うといい」

「今回は本当にギリギリだったんで報酬はマジで弾んでください。てか、貴族にしてください。伯爵くらいになりたいっす」

エクは重荷から解き放たれて、気の抜けるような声音を出した。それだけ生還したことや成功した喜びを感じている。

気楽になった分だけ気軽な物言いをしていた。当然、貴族になれるとは思っていない。

だが、ルイナは重く深く首肯して見せた。

「ああ、わかった」

「んぇ!? ほ、ほんとうっすか!?」

まさか了承されるとは思ってもいなかったようで、エクが身体を乗り出す。

ウェイラ帝国の伯爵となれば相当な地位だ。

国として立地条件がよく、与えられる権限だけで膨大な経済規模と軍事力を誇る。伯爵ともなれば小国の主になった気分だろう。

そんなもの気軽に約定される話ではない。

しかし、エクは知っている。ルイナは安易な反故をしない。

「良かったわね、エク。……本当に良かったわ。あなた以外の情報集団は誰も帰ってきていないから」

ウェイラ帝国の諜報機関も含めてね、とクエナが更に付け加えた。

エクの挑んだ仕事がどれだけ難易度の高いものだったか。クエナとルイナの厳粛な表情を見れば察しはついた。

「そうなった時にユイさん率いる隠密部隊が動いていたでしょうから、それはそれで見てみたかったっすね。あ、もう違うんでしたっけ?」

「ああ。でも、そうなったらユイにまた動いてもらっていたかもな」

ルイナとしてもあまり想像したくないことだった。

諜報機関や優秀な情報屋が帰還しない状況だ。

それは高難易度を示す。

必ずしも全滅したわけじゃない。逃げ出した人間も少なからずいるだろう。

だが、ユイの真面目な性格から考えると逃げ出すことは想像できない。そうなれば死ぬか失敗した報告をするかしかない。後者でも重傷は避けられないだろう。

ルイナもあまり出したい命令ではなかった。

「エク、それじゃお疲れ様だったわね。もう下がっていいわよ」

「次に会う時は臣下としてがいいっすね」

「ああ、楽しみにしているよ」

「うい」

情報屋が部屋から退出する。

それからルイナがマジックアイテムを展開した。

「イラツ達を呼べ。軍隊の編成と、各国に連絡を」

戦争が始まる。

大陸と精霊界の戦争だ。

都市アーデナルの一室でクエナとルイナは隣り合っていた。

なにをするでもなく、ただ出陣の時を待っている。

二人が居合わせたのも偶然で、特に理由があったわけではない。

「クエナ、本当はおまえを最前線に送るのはちょっと躊躇ったんだ」

「ジードのご機嫌伺い? 私はそう簡単にやられないわよ」

「ん……ああ、そんな感じだ」

ルイナが言い淀む。

目を伏せて、まるで弱々しい乙女のようだ。

クエナは「らしくない」と思った。結婚してからルイナは打ち解けやすくなった。だが、これではまるで、

「なによ、その反応は。あんたが私を心配しているみたいじゃないの」

まるで、などではない。

クエナは確信をもって、ルイナが身を案じているのだと感じた。

だが、今更になって自分達が仲良しこよしをやれるとは思えず、それがなにかフラグのように感じて避けたかった。

ルイナも察したのか、見下ろすように頭を傾けた。

「驕るなよ。自分にどれだけの価値があると思っているんだ。私の護衛が減ってしまうことを危惧しただけだ。考え直してみると、こっちにはユイがいるから無用な心配だったけどな」

「はいはい」

いつも通りの調子に戻って、クエナはため息交じりに笑む。

「……」

「……」

二人の間に静寂が訪れる。

それは奇妙な流れだった。

出陣の時刻まで一緒にいる必要はない。

やはり、変だった。

先に口を開いたのはルイナだ。

「死ぬな。世界は崩壊の寸前にある。おまえがいなければつまらん」

「はぁ、どっちかにしてよ。私のことが心配なの?」

「ああ、心配だとも。おまえにどれだけの価値があると思っている」

真摯な眼差しだった。

クエナは小さく息を呑んだ。

「ねぇ、この戦いが終わったら私にもご褒美をちょうだいよ」

「がめついな。もうその話か?」

「ええ、どうせ、この戦いもすぐに終わるわよ」

クエナの堂々たる表情には確固たる自信が宿っていた。それに鼓舞されて、ルイナも胸が熱くなる。

「いいだろう。なにが欲しい? おまえは王族に連なる血筋だ。この侵攻で多くの犠牲者が出たから領土も余る。公爵にでもしてやろうか」

現在の被害だけでも全貌を推察するに難くない。瓦解した国も含めれば大陸の勢力図が塗り替わる状況だった。

しかし、クエナは首を横に振った。

「バカね。故郷を追われた人も、きっと復興を頑張るはずよ。土地は余っても、きっと領土は大して変わらないわ。昔のあなたなら強欲にとっていたでしょうけど」

「むっ」

なぜだか、ルイナは少しだけ苛立ちを覚えた。

バカと言われたからか。

あるいは自分の考えを否定されたからか。

「結婚式を手配して」

ルイナの苛立ちは、クエナの言葉で霧散する。

クエナの透明感ある雰囲気に気圧された。

「名声や土地よりも、男を選ぶか」

「同じ人なんだから気持ちはわかるでしょ?」

「動機は違うだろうに」

「根っこは一緒よ」

クエナが活き活きと頬をほころばせる。

普段なら「妻は私一人で十分だ。宮廷外なら好きに愛人を作ればいい」と断っていたかもしれない。

だが、今のルイナにネガティブな言葉は浮かばなかった。

「わかった。必ず帰ってこい」

「ええ、もちろん」

クエナとルイナはこれまで見せ合ったことのない笑顔を交わした。互いに心の底から健勝を祈り合っていた。

「――私この戦いが終わったら結婚するんだっ」

「わっ」

「おっと」

横から茶化すような軽快な声が届いた。

突然現れたシーラがクエナとルイナの肩に手を回している。その衝撃で二人が驚きの声を挙げた。

「立ってるねぇ、死亡フラグ!」

「やめてよ。言っててちょっと思ったんだから」

「金髪の。いくらおまえが優秀でジードに可愛がられているからといって、肩を回すのは無礼だぞ」

言いながら、クエナとルイナの背筋が凍る。

シーラからどす黒い雰囲気が漂ってきたからだ。

「もー、二人とも冷たいなぁ。私を置いて結婚の話とかしてたのに。私ね、実はちょっと怒ってるんだよ。ルイナさんが勝手にジードと結婚したこと。また置いてけぼりなんてイヤだなぁ……ここで始める? 刃傷沙汰」

その圧は凄まじい。

偶然にも外の廊下を歩いていたネリムが怯んでしまうほどだ。

そんなものを至近距離で浴びせられた二人は堪ったものではない。

「「す、すみません」」

ルイナが心の底から吐き出すような謝罪をしたのは人生でこれが初めてだったかもしれない。