軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

シルレもラナも寝入った。

守衛の眠たそうなアクビと、夜行性の魔物の気配だけが感じられる、満月の夜。

エルフの里は光が乏しいからか、満天の星空だ。

シルレは街作りに勤しんでいるが、こういった長閑な雰囲気が俺は好きだ。無理に騒がしくする必要はない。

エルフの人々もいきなりうるさい場所になっては堪らないだろう。

まぁ、そんなことはシルレも重々承知しているはずだし、わざわざ俺が口を出すことでもない。

地面を穿った大木の根に腰掛けながら空を見上げる。

(この綺麗な夜空を誰か見ているだろうか)

精霊界にも同じような場所があるのだろうか。

「ふ~、ずっと家にいると身体が凝るのお」

背後からリフがやって来た。

普段の快活で高い声ではなく、どこか忍ぶような寂声だった。きっと夜だからだろう。

鈍った身体を解すように肩を回している。

「お疲れさま」

「うむ。ほれ、老婆の肩を揉めるのは若者の特権じゃぞ」

言いながら、リフが俺の前にちょこんと座る。

若々しい髪質に、肌。

発する声調だって女児のものだ。

「老婆ってほどか?」

ツッコミながら、リフの肩を揉む。

凝っているようには感じられない、柔らかい感触だ。

しかし、リフは気持ちよさそうに喉を鳴らす。

「う~、もっと内側を揉んでくれ~」

「ここかい、リフお嬢ちゃん」

お道化たように言う。

すると、リフは気持ちよさそうな声のままに口を尖らせた。

「言ったじゃろう。わらわは二世代も前の賢者なのじゃぞ。きっと、お主の祖父や祖母よりも歳を喰っておる」

「爺ちゃんも婆ちゃんも知らないからなあ」

「くっく、アステアの下に行けばなにか掴めるやもしれんぞ?」

「知ったところで今更って感じはするけど、楽しみにしておくよ。その余裕があれば」

「そうじゃのー」

本当に行けるのか、あるいは行けないのか。

そんな話じゃない。

あのリフが作るといったら、逆召喚魔法は本当にできるだろう。

10年後の自分を召喚する魔法なんて作ったのだから、それくらいしてもおかしくない。

「ああ、そうじゃ。一応言っておくと、わらわはもう長くない」

「長くない?」

「うむ、寿命じゃの」

突然の告白に呼吸を忘れる。

肩を揉んでいた手が止まっていた。

「寿命って……リフ、何歳なんだ?」

「乙女に歳を聞くでない。がんばって若作りをしておるのじゃぞ」

「冗談で聞いたわけじゃない。だって。リフなら延命する手段はいくらでもあるだろ?」

自分の声が震えているのに気がつく。

どんなに寒くても、どんなに怖くても、どんなに辛くても、声が震えたことなんてなかった。いいや、きっと人生の中で幾度かあっただろうけど、もう覚えていないくらい身近な経験ではなかった。

「あるわけなかろう。人は命数には抗えん」

「でも、レイニースは? 二代目の勇者は今まで生きていたんじゃないのか? リフもそれくらい……何百年だって生きられるんじゃないのか?」

「それがどうやっても無理そうなんじゃよ。身体の部位ごとに寿命があって、わらわの魔力変換がもう耐えられそうにない」

「なら……代わりの術を」

諦めが悪いのは俺の美点だろう。

俺はワガママなんだ。

でも、できることやできないことを知っている。

だから抽象的な表現でリフに意見を促すしかできない。

無力だと知っているから、なんとか抗いたい気持ちが前面に出ている。

それはたぶんリフにとっては迷惑かもしれないけど――

「お主の気持ちは嬉しい。が、すまんの。お主よりも先に逝くことになる。安心せい、ずっと見守っておるからの」

「だれかに寿命を伸ばす研究をしてもらえないのか。魔力変換の代わりに供給する手段はないのか?」

「試しておる。指示も出した」

「どうして……なら、なら……っ!」

「十年後の自分を召喚する魔法を覚えておるか」

リフはずっと穏やかな口調だ。

取り乱しそうな俺の気持ちは、冷や水をかけられたように静まり返る。

「ああ、覚えてるよ……」

「わらわも試した。あの魔法を行使したのじゃ。しかし、結果はなにもなかった。その意味がわかるか?」

「十年後の自分がいない……死んでるってことだろ?」

「うむ。未来のジードの反応を見ても、わらわが死んでいることは間違いない。そして、それはおそらく逆召喚魔法を完成させてからのことじゃ」

「完成って……いつ?」

「わらわの命から逆算すると、まあ一か月以内じゃろうな」

いやだ。

リフは俺の恩人だ。

一緒にいてすごく楽だ。

きっと、いなくなると俺の心に穴が開く。

俺が死ぬまで生きていて欲しい。

俺が死んでも生きていて欲しい。

「助かる方法を探そう。逆召喚魔法なんて研究している場合じゃない」

「そう悲しそうな顔をするな」

リフが振り返って、俺の両頬を小さな手で押し込む。

俺の口が不自由になる。

両頬に圧迫されて舌や歯が動かしにくい。

これ以上、俺に喋って欲しくないのだと感じた。

珠玉のような潤んだ瞳を見て、悟ってしまう。

「すまんの。ほんに、すまんの」

リフも悩んだんだろう。自分の寿命を延ばした方がいいと。

けど、もしも失敗したらどうだ。

「お主はなんだか親しみやすさがある。初対面ではないような気がする」

リフがいなくなったら逆召喚魔法は誰が研究する。

エイゲルか?

まだ見ぬ新世代か?

その前に俺が死んだら?

リフは俺以上に可能性を考えている。

そのリフが今しかないと見込んだんだ。

自分の命を代えるしかないと。

「わらわも本当は喜びを見守って、悲しみを分かち合って、ずっと傍にいたかった」

俺がワガママを言えば、リフは足を止めてしまうだろう。

だから俺に喋らせないようにしたんだ。

それでも俺はワガママを言いたい――

が、その前に第三者の気配が現れた。

「――ここにいましたか! 大変です!」

シルレが声を振り立てる。

時間帯など気にしていない、それどころではない。そういった様相だ。

「ウェイラ帝国の首都が陥落しました……!」

首都にはルイナがいる。

もちろん、クエナやシーラもいる。

ユイも、ネリムも。

リフが俺を見る。

「どうする? 行くか、ジード?」

慎重で、探るような鋭敏な眼差し。

ああ、そうか。

リフは俺にも覚悟を求めているのだ。

……なら、そうだな。

「言ったろ、俺はリフを守る」

「よいのか?」

「ああ、みんなを信じてる」

「そうか」

リフが安堵したような顔で俺を見る。

俺とリフの話を聞きながら、シルレは依然として息巻いている。

「でっ、ですが、長いエルフの歴史でも、たった一度しか召喚に成功したことのない精霊の目撃情報もあって……!」

「大丈夫だよ、シルレ」

俺が諭すように言うと、シルレの勢いは止まった。

大丈夫。

この数か月なにもしなかったわけじゃないんだ。