作品タイトル不明
エルフの里へ
俺はエルフの里の入り口付近で、待ち人と対面していた。
シルレ・アールア
光沢のある銀色の髪。
緑色の目は自然豊かな場所に住まうエルフらしさを思わせる。
彼女はエルフの長だ。
若く見えるが、人族の俺たちとは生きる時間が違う。
「お久しぶりです、ジードさん」
「ああ、久しぶり」
かつてのエルフは賢老会という組織が牛耳っていた。
彼らがいなくなってから、シルレが代替わりしている。
というか、元々シルレが長的なポジションらしいので、元通りになったというべきなのだろう。
「どうですか? エルフの里は?」
シルレはワクワクした様子でエルフの里を示す。
人通りが多い。
かつては人を寄せ付けない雰囲気だったが、大きく様変わりをしていた。
「いつもどおり、賑やかだな」
「結構変わったんですよ? ほら、あのカフェとか一か月前にできたんです」
「ほー、そりゃすごい。今度行ってみるよ」
「……むぅ。あまり変わっていないとか思ってません?」
どうやら見抜かれたようだ。
シンプルに褒めたかったのだが、バレてしまっては仕方ない。
「だって、つい三か月前に別の依頼で来たからな」
エルフの里には度々訪れている。
ここは自然豊かな場所だから魔物も多くいる。
神樹の加護があるとはいえ、どうしてもエルフ支部の冒険者ギルドには多くの依頼が舞い込んでいた。
膨大すぎる数のため俺も出張ることがあるのだ。
「三か月なんて私たちからしてみれば一瞬なんです。それだけの時間でこれだけ変われるのはすごいんですよ? だから、ジードさんはもっとエルフの里に来るべきなんです」
先ほども語ったように、エルフは人族よりも遥かに長寿だ。
今まで生きた俺の人生は彼女達の幼少期よりも短い。
三か月という時間は彼女達からしてみれば刹那の出来事で、なにかを成し遂げるのは凄いことなのだ。
「くく、その男をかどわかすのは避けた方がよいぞ」
聞き馴染みの声が耳に届く。
紫色の髪が膝まで伸びている。
金色の大きな瞳が可愛い、小柄の女性。
俺の人生を変えた人でもある、ギルドマスターのリフだ。
「か、かどわかすなんて……!」
「傍から見ていると誘っているみたいじゃったぞ。しかも積極的に」
「ですから、そんなつもりはありませんっ!」
シルレは声を大にして否定した。
リフが俺を見る。
「よっ、急に呼び出して悪かったのー」
「いいや、大丈夫だよ」
「本当か? 随分と良い場所で新婚旅行をしていたそうじゃないか。わらわに『邪魔しやがって!』などと思っているのではないか?」
心配そうな言葉とは裏腹に、リフの口元はニマニマと笑んでいる。その視線はシルレの方を見ていた。
「ああ、そういえば新婚旅行でしたか。結婚されたんでしたっけ。おめでとうございます。エルフの里を助けていただいた恩人ですから、私事のように嬉しく思います」
なにやらシルレの目が怖い。
黒いオーラが彼女から漂っている。
言葉にも感情がこもっていない。
「け、結婚したことは前にも伝えたし、祝ってくれたのはこれで二度目だぞ……?」
「すみません。私だけじゃなくて妹も助けてもらったのに覚えていなくて」
やっぱり全体的に圧がすごい。
忘れて責任を感じているのだろうか。俺は全然気にしていないのだが。そんな声を掛けることすら億劫になる。
とりあえず別の話に移ろう……
「それで、俺を呼んだ理由は?」
「ふむ、人はいなさそうかの」
リフが一帯を見渡す。
「探知魔法を使ってる。大丈夫だよ」
「すまんの。ギルドも人が多くなっていて、こういった街外れで話した方が逆に安全なのじゃよ」
それだけ繁盛しているということだから、嬉しさもあるだろう。
「増改築が忙しそうだな」
「まったくじゃよ」
「次にジードさんが訪問される際には作られていますからね。どうせ、数か月後とかでしょうけど」
シルレが唇を尖らせる。
「な、なるべく来るようにするから」
「絶対ですよ?」
「ああ」
普段は妖精姫と呼ばれて厳格に敬われているが、こういった姿がたまに垣間見えて可愛らしくも思う。
佇まいは凛々しく品性もあるが、今にも地面に文字や絵を描いていじけそうだ。
「それで、おぬしを呼び出した理由じゃがの。実はしばらくはここで待機してもらいたいのじゃよ」
「待機?」
俺がオウム返しで疑問を投げかける。
「ええ。リフさんと、それから私も中立の立場で同席して獣人族と魔族で話し合いを行いました」
「今回の襲撃の件か?」
「ええ。戦争にまで発展させないよう提案し、結果として両者共に合意していただけました」
やや怪訝に思う。
はなから目的がなければ、そのような提案は受け入れられないはずだ。
中立の立場のメンツを考えると破棄する可能性は低い。
ということは。
「最初から襲撃や侵略が目的じゃなかったのか?」
「予想はしておるじゃろう。アステアの策略じゃよ」
「戦争を起こして混乱を誘っていたのか?」
「うむ。しかし、獣人族と魔族とは情報を共有済みじゃからの。あやつらも無暗な行動はしたくないじゃろうて」
リフが水面下で動いているのは知っていた。
それを差し引いても随分と器用で驚きだ。
「襲撃した犯人は捕らえられたのか?」
「うむ。精神が錯乱しておる状態じゃったから、なにが起こったか白状させるのは難しいかもしれんがの」
「それでよくクオーツ側が納得したな」
「納得せざるをえない状況ですから。それに、獣人族側が被害分を遥かに上回る補填をしたこともあります。獣人族は強者優位の姿勢だったため、てっきり『やられる方が悪い』と言い返すと思ったんですけどね。かなり変わっているみたいです」
すでに問題は解決されているようだ。
しかし、そうなると余計に疑問が起こる。
「俺はどうして呼ばれたんだ?」
「うむ。アステアの所在は知っておるよな?」
「ああ、精霊界だったよな」
「うむ。精霊と呼ばれる存在たちの住まう場所こそ、アステアの住まう箱庭じゃよ。しかし、今まで行き方がわからなんだ」
リフがそこまで言うと、シルレが魔法陣を展開させた。
それは賢老会も使っていた魔法だ。
「ですが、逆はわかっていました。私たちエルフは精霊の召喚に長けていますから」
精霊召喚。
エルフは他の種族よりも数が少ない。しかし、精霊は強大な個体で、有色の竜種と渡り合えるだけの力がある。それこそ、エルフが少数の民族でも他種族から一目置かれる理由の一端だ。
さらに、直接戦闘をする必要がないから、人員が削れることもない。たとえ戦争になってもエルフの首元まで刃が届かない。そんな理由もあったから、エルフの閉鎖的な空間が生まれていた。
「精霊の召喚か……行き方をシンプルに考えるなら、逆召喚か?」
「おお、正解じゃよ。逆にわらわ達が飛んで行こうという作戦じゃ」
「え、そんな方法があったのか?」
アステアとの干渉は難しいとばかり考えていた。
そんな方法が取れるならアステア打倒は間近じゃないか。……と、考えたところでシルレが首を横に振った。
「いえ、残念ながらその術はエルフにもありません」
「ん、ないのか?」
「行こうと考える人すらいなかったのではないでしょうか」
「そもそも精霊界の存在も最近になってわかったからのう。精霊も人形のように作り出すものだと思われておったくらいじゃよ」
「存在を知った後も……ご存じの通り、精霊は暴走することだってあります。ですから、あちらの世界は危険であるという認識が強かったのです」
それでも好奇心を持ったやつが研究していそうなものだが、後世に逆召喚の魔法が残っていないことを考えれば、失敗に終わったのかもしれない。
アステアの存在がなければ、俺も精霊界に行こうだなんて思わなかったはずだ。
「逆召喚がないならどうするんだ?」
「任せるとよい。わらわが逆召喚の魔法を完成させてみせる。実は前から構築に勤しんでおったのじゃよ。褒めろ褒めろ~」
両手の親指を立てながら俺に向けてくる。
もはやリフの用意周到さには感服する他ない。
「じゃあ俺がここに来たのは護衛か」
「そんな感じだがの、アステアの監視から逃れる目的もある。普段から阻害の魔法を幾つも行使しておるが、どこまで見ているのやら」
アステアと触れ合ってきた人々の言質で判明した事実だ。
アステアは俺に干渉できない。
見ることも聞くこともできないそうだ。
理由は俺の体質が原因だと言われている。
「つまり、俺がいればリフの研究がバレないってわけか?」
「正直なところ、かなり甘い計画です。アステアも気がついていると思った方がいいでしょうね」
「うむ。しかし、多少露骨でも一気に推し進めなければならぬ」
アステアは魔族と獣人族の抗争を誘発させた。
もはやアステアが大陸に牙を剥くことは確実だ。
事実、今までも破壊活動に一切の躊躇いをしていない。
抵抗勢力を強制的に取り除こうとするのは必定で、それはつまりリフの死を意味する。
なら、俺はリフを守るだけだ。
リフは俺の大事な人で、絶対に失いたくない人だから。
「ちなみに開発まで時間はどれくらいかかりそうなんだ?」
「こればかりは大天才のわらわでも分からんの。がんばってみるが、かなり長期間になるかもしれん」
きっと、リフも休暇中の俺を呼んだことは不本意だっただろう。だが、そのリフが計画を進めたということは佳境に近いはず。
「わかった。俺が絶対に守るから、リフは安心して魔法構築に挑んでくれ」
「頼もしいのう。では、しかと守ってくれよ」
リフの小さな拳が突き出される。
拳で、俺もそれに応えた。