軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

怪しい訪問者

男がいる。

男は黒一色の格好をしている。

その恰好は影でコソコソと逃げ回るためのものであり、陰鬱なイメージを覚える。

男の名前はレ・エゴン。ささくれた様子の男は元々中堅国家の宰相だった。

しかし、所属していた組織は国家ではなく、より甘い汁を啜れる『アステアの徒』だった。彼に忠誠というものはなく、好き放題に暴れていた。

だが、気がつけば『アステアの徒』は解体。

表立って属していたことになっていた国家も吸収されていた。

幸いだったのは、レ・エゴン以上に非道な限りを尽くした面々がいたことである。

彼は危険度も低いために極刑は免れた。だが、散々不義理の下に蓄えられていた資産は徴収されることになった。

そんな彼は裏社会で生きていた。

怯えきった女と豪華な部屋に囲まれながら、報告に来た男を迎えている。

「こ、今月の収支状況です……」

男が恐る恐る渡したのは数枚の資料だった。

レ・エゴンは受け取って目を通す。それからあからさまに顔を顰める。

「ちっ……また減ったか。おい、ちゃんと薬を広げているのか?」

「そ、そのように聞いています……」

「せっかく蓄えた金が減っていく一方じゃないか。あ?」

レ・エゴンは『アステアの徒』崩壊後の混乱にあやかって、多くの法を破ってきた。

最初は人身売買である。

各国の騎士団が中枢の守りを固めている間に、盗賊を使って辺境や開拓の村の人々を襲わせた。

当然、金品も強奪している。

そこから得た資金で博打の運営は薬の売買など、混乱を良いように扱っている。

だが、戦乱が過ぎて久しい時期の今日では監視の目も厳しくなり、彼の資金源も縮小の一途をたどっていた。

報告に入った男は、レ・エゴンの勘気に触れていると悟って、目を瞑って消え入りそうな言葉を呟くように吐いた。

「そ、その、申し訳ありません……」

「はん。いい、気にするな」

男の震えて恐れているような態度に満足したレ・エゴンは鼻を鳴らしながら許して見せた。

「あ、ありがとうございます……!」

男が感謝する。

レ・エゴンは裏社会でも相当な権力者となっている。

だが、彼の周りに護衛はいない。

仮に男の怒気が身体から漏れて殺意に変われば、レ・エゴンは身を守る術がない……ことはなかった。

男の首元は襟によって隠されている。その襟の隙間から辛うじて見えるのは太いチョーカーだった。飾り付けられているため、一見すればそれはファッションだと勘違いされる。だが、それが狙いだった。

かつて大陸を席巻した非人道的な『奴隷の首輪』があった。

それは良くできたマジックアイテムで、言葉の通じる生物をどのようにも操ることができる。

命令に不服従の者を簡単に殺すことだって可能だった。

男が付けているのはその劣化版だった。

キュイイイインっと音が鳴る。

「え、ど、どうして……ぐっ……こ、これをとめ……!」

「「きゃあああ!!」」

男が泡を吹きながらレ・エゴンに助けを求める。

女性陣が悲鳴を挙げる。

しかし、レ・エゴンだけは唯一面倒くさそうに慣れた様子で見下ろしていた。

「ちっ、誤作動したか。だから嫌いなんだ、この劣化品は」

かつて存在した『奴隷の首輪』は製造方法すら闇に葬られている。

仮に設計図が見つかっただけで重罪となる。

しかし、裏社会を生きるレ・エゴンにとって、そんなことはどうでもいいことだった。攫ってきた研究者を使い、模造品を作らせた。

とはいえ、やはりジャンク品だ。

『誤作動』することは平気で起こる。

――男の息が絶える。

だが、それはレ・エゴンにとって見慣れた光景だった。

女性たちの首にも奴隷の枷はつけられていた。

「おい、うるさいぞ。騒ぐな」

レ・エゴンが言うと、女性陣から嗚咽が漏れながらも、口は塞がれていた。逆らえば死ぬことを知っていたからだ。

今の彼は王様気分である。

いつ殺されるか、いつ捕まえられるか分からない。だが、それでも王様だ。だから、彼は首輪をつけた者しか近づけさせない。裏切りを警戒するためだ。

そんな彼の下に客人が訪れる。

武装した人間に守れた、見目麗しい女性だった。

「お久しぶりですね、レ・エゴン様」

「おまえはフィフ・スティルビーツ……!? ど、どうしてこの場所を知っている!」

互いに面識はあった。

深い仲ではなかったが、フィフは姫であり、レ・エゴンは亡国といえども中堅国家の宰相だった男だ。外交上、顔を知らないはずがない。そして、二人とも顔を覚えることに煩わしさを感じてはいなかった。

「あなたは有名人ですから、私が居場所を知っていても不思議はないと思いますよ」

フィフがニッコリと微笑む。

その口調は穏やかなもので、動揺しているレ・エゴンにささやかな安堵感をもたらした。状況はなにひとつ変わっていないにも関わらず。

それはフィフの才能と言ってもいいだろう。

「……私を捕らえに来たのか?」

「まさか。その逆です。あなたの活動を支持しにきたのです」

「私の活動を?」

レ・エゴンは裏社会を生きている。

それはウェイラ帝国とギルドによって、その残虐性と非道な行いから、政治の舞台などから隔離されているためだった。

それを逆恨みした彼はレジスタンスのような活動を行っていた。

表立っていえばウェイラ帝国とギルドの独裁を許さないという名目だ。実は最初こそ支持する人間は多かった。

それはウェイラ帝国やギルドが起こした戦乱によって荒れ果てた無実な人々もいたためである。

だが、結果的にレ・エゴンの周りに残ったのは裏社会を生きる人間だった。人身売買や裏賭博、中毒性のある薬の売買ともなれば、必然ともいえた。

もはや、レ・エゴンすら忘れていたことだった。

「ウェイラ帝国とギルドは人族で拡大しています。正直、それを見てはいられません」

フィフが言う。

ふと、レ・エゴンの心の底で得心がいった。

「ああ、そうでしたな。かつてはスティルビーツもウェイラ帝国に侵攻されたことがありましたな」

「あの時は苦々しい想いをしました」

フィフが同調したのを見て、男が頷く。

彼女がウェイラ帝国に対して恨みを抱いていると思ったのだ。

「ははは、なるほど。いや、私もかの女帝やギルドの女狐にはうんざりしておりましてな。戦争や専横は許しがたいものです」

そう言うレ・エゴンの本音は、かつて宰相の地位にいた時の甘い汁をもう一度啜りたいというのが本音だった。

あるいは、それ以上のものを望んでいる。

今のような小さな国の王様ではなく、もっと大きな国を。

「――しかし、思っていたものと違いました。この方は死んでいるのですか? その女性たちは?」

「ああ、これはとんだ失礼を! この者は持病でしたな。この女性らは給仕の者で……ほら、この者の看病をして、フィフ様にお茶と菓子を持ってこい!」

無理やり取り繕う。

だが、男の反応はなく、死んでいることは明らかだ。

また女性らの衣服もあまりにも不自然に露出していた。彼女らが男に触れるのを躊躇っているのを、レ・エゴンがねめつけて“回収”を促した。

フィフの目には怒りがあるようだった。だが、それをレ・エゴンが見つけることはなかった。仮にも一国の宰相だった男が、である。

フィフが笑顔のまま言う。

「それでは、打倒ウェイラ帝国とギルドの話し合いをしましょうか」