作品タイトル不明
いつもの始まり
スティルビーツ王国。
小国ながら大陸屈指の学問都市を擁しており、大陸では恵まれているといえない立地や資源量でありながら、列強国などに劣らぬほどの価値と存在感を発揮していた。
幸運にも恵まれたことから、当代の国王は侵略を受けても一度の敗北すら喫することはなかった。
その国王が逝去した。
惜しむ声が多かったのは継承争いが起こらないことへの安堵もあっただろう。
そう、継承争いは起こるはずもなかった。
最有力だったのはウィーグ・スティルビーツ第一王子。
Aランク冒険者であり、学問にも通じている。
求心力は申し分なく、継承権保持者の中に異を唱える人物はいないはずだった。
「どうしてだ! フィフ、おまえは剣すら握ったことがないじゃないか!」
ウィーグが王不在の謁見の間で叫ぶ。
相手は妹のフィフだった。美しい縦ロールの金髪と整った顔立ちは、確かにウィーグの血縁者を思わせる。
無感情な目でフィフが見下ろす。
「剣を握っていなければ政に携わってはいけませんか」
ゾッとするような冷たい声だった。
だが、ウィーグも押し負けないだけの修羅場をくぐっている。
「しかし、歴史を見れば権力争いで血が流れるのは必定だ!」
それは脅しのようでもあった。あえて口にする必要はないが、それだけフィフと争いたくないというウィーグの気持ちの表れだ。
そんなウィーグとは対照的にフィフは泰然自若としている。
「争いをするほどのことが起こると考えていますか、お兄様」
フィフは淡々としている。
次期国王として宮廷内を席巻したのはウィーグ・スティルビーツではなかった。その妹のフィフ・スティルビーツだった。
フィフの両脇に立っているのは将軍と宰相である。軍事と政治の実権を握るトップだ。彼らの意思は明白だった。
「おまえ達もどうかしているぞ、将軍、宰相! あれほど父に忠義深かったのに、どうしてこんな真似をした!」
将軍と宰相の行動は国を二分してしまいかねないものだ。
それだけウィーグは圧倒的なまでに次期継承を有力視されていた。
「申し訳ありません、ウィーグ様」
宰相の額には汗が流れている。将軍も動揺こそ見せていないが、乗り気ではないことが伺えた。
なにか隠していることが伺える。
「お兄様、大義のためです」
「大義? 大義だと。目的はなんだ!」
「それは言えません」
「言えないようなことならば、それは私欲ではないか!」
ウィーグが吠える。
だが、それに意味はない。
軍事と政治を掌握している現状は、すでに最有力がフィフに移り変わっていることを如実に物語っている。
「お兄様、父上……亡き国王が遺言で指名したのはあなたでした。ですが、こうなれば国を治めるために必要とされているのは私ではないでしょうか」
その言い方は宥める様なものだった。
瞬間、ウィーグは理解する。
妹フィフは自分など見ていないのだ、と。
「……こうなった以上、どうせ遺言など好きにできるだろう」
ウィーグが翻って背を向ける。
「では、王位は?」
「欲しければくれてやる。おまえにもその権利はあるのだ」
「ご理解いただきありがとうございます」
白々しいまでの言い方を尻目に、ウィーグは部屋から――スティルビーツの宮廷から去った。
ここに新たなる女王が誕生した。
それは小さな国の出来事だったが、決して無視のできない渦が巻き起ころうとしていた。
◆
目を覚ます。
ふかふかのベッドが心地良い。
寝ている俺を、赤色の髪を持つ美女が覗いている。彼女も寝転がっているが、眼はシャッキリと開いていた。
「おはよう、ジード」
「おはよ、クエナ。最近早起きじゃないか?」
いつから寝顔を見られていたのだろう。
「そうでもないわよ」
「そうか? 昼前くらいまで寝ていた覚えがあったんだが。ほら、俺がクエナに王都を案内してもらった時とか、朝早すぎて怒られたよな」
「あれは本当に早すぎたからでしょ」
クエナがぷくりと頬を膨らませる。かわいい。
「そりゃそうだな。ごめん」
当たり前のように昔の話を共有できていた。
そのことに気づいて幸せを感じる。
「いいってことよ」
なんて言いながら軽いパンチが繰り出される。痛くはない。
照れ隠しなのだろう。
「痛いって」
なんて言いながら少しだけ口が緩む。
お腹がグーとなった。
身体が反応するくらい、いい匂いが漂っている。
「シーラが朝ごはん作ってるわよ」
「さすがだな」
ここからでも料理のおいしさが伝わってくる。
部屋を変えるとキッチンにシーラがいた。
短くも艶やかな金髪が楽しそうに跳ねている。
「おはよー!」
俺の姿を確認したシーラが元気な声を出す。
「おはよう」
平静に返す。
だが、内心は眼福でむふむふだ。今日も愛らしい顔と、日に日に成長している胸部。思わず手を合わせてしまいそうになるが堪える。
すでにクエナは卓を囲んでいた。
その対面には青い髪の、これまた綺麗な少女がいる。
彼女、ネリムが冒険者カードから俺に視線を移した。
「くそ。またイヤな顔を見てしまった」
ネリムが言いながら憎々しそうに冒険者カードに視線を戻す。
料理ができるまでニュースでも見ているのだろう。
「お互い居候なんだから我慢してくれ」
「そっちは同棲の間違いでしょ。それに私はアステアの脅威から少しでも身を守るためにここにいるの。お金は普通にあるし」
ネリムがSランクになってから数か月が経っている。
そりゃ金銭も貯まっていく一方だろう。
かくいう俺もお金に困ることはないだろう、というくらい貯金があった。
「ネリムだったら隣の家でも買えるんじゃないか?」
「家から家に移るだけの時間があれば、あなたは何ができるの」
時間か……
10秒もあれば移れるな。
その時間があればAランクの魔物であれば三体くらい倒せるかもしれない。
これは貴重なタイムロスに繋がってしまうな。
「たしかに一緒の家の方がいいな。でもイヤって割に朝ごはんは一緒なんだな」
「なるべく同じ時間を過ごしているだけ。どうせ依頼とかこなすと離れることもあるからね。なるべく同じ空間にいた方が危険は少なくなるじゃないの」
「いろいろ考えているんだな」
その対アステアの姿勢に感服だ。
ぷいっと、ネリムが視線を逸らして口を尖らせる。
「でも仲良くはしたくない」
「なるほど」
ネリムとは女神アステアに対する考え方を共有している。
個人的に良い印象も抱いている。
そういうことで俺としては仲良くしたいのだが、なにかネリムからは抗うような素振りを感じてしまう。
生理的な嫌悪感でも持たれているのだろう。
「はーい! できたよー!」
シーラが食事を持ってくる。
一回では運びきれないので、みんなが一緒に並べるのを手伝っている。
身体が資本の冒険者の食卓には朝から豪勢なものが並ぶ。
半分はシーラが楽しすぎて作ったもので、クエナ達が食べきれなかったその半分は俺が食べることになるのだが。
適度な会話をしながら食が進んでいき、お腹を満たした者から食器を片している。料理をしてくれたシーラの負担をなるべく減らすのだ。
「あら、戦争だって」
クエナが言い、ネリムが反応する。
「また? 最近多いわね」
ウェイラ帝国とギルドの支配力が強まっているとはいえ、不穏な影は消えない。ロイターの一件以降、アステアが何かしたという話はない。
だが、やはりどこにアステアが影響しているともわからない。
こういう現状である以上は警戒を解けないのだ。
それから俺も食事を終えて流し台に食器を置く。
「ちょっと出かけてくる」
「あら、依頼?」
クエナが尋ねる。
「いや、ソリアのところだ」
「通い妻ならぬ、通い夫ってやつかしら。キモイ」
ネリムが心の底から卑下する目を向けてきた。
精神的なダメージが強い。
「違うって……勘弁してくれ。それじゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい!」
「気をつけてね」
「いってら」
三者三様の言葉が返ってくる。
転移の魔法で神聖共和国に向かう。