作品タイトル不明
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ウェイラ帝国の帝都では政会議専用の施設がある。防諜に特化し、他国から内密な使者が来ても誰の目にも触れないようにもできる。
外見からはそれぞれが別々の建造物のように見えて地下が連結していたり、地下そのものが会議室になっていたりと特殊な構造をしている。
常に戦争や内政で問題を抱えながらも発展を迎えてきたウェイラ帝国だからこその施設であるとも言える。
しかし、今日ここにいるのはウェイラ帝国外の人間が多数だった。
その施設の一室では複合軍の錚々たるメンツが揃っていた。
全員が対等であることを示す円卓を十名を超す者達が囲んでいる。
「ウェイラ帝国の侵攻は確定ですね」
騎士の恰好をした男が手元の資料を机に投げてため息を吐く。
クゼーラ騎士団が地位や名声を安売りしていた時とは違う。まとう風格も実績も偽りは一切ない。
まぎれもない本物の騎士だ。
「あまり戦争はしたくなかったがな。話し合いはできなかったのか?」
額から右頬にかけて長い傷を持つ男が言う。
ガタイは荒々しいが繊細な動きを心掛けている。一目で常在戦場を心掛けている猛者だと見抜けるだろう。
実際、彼は名のある傭兵団をまとめて、自分も最前線に出て一騎当千の活躍をしている。
傭兵というだけであって戦争は金を生む商売だ。彼も冗談で言っているが、絶対に笑えないとばかりに一人が反応する。
「バカを言うな! あの女に話し合いを持ち込めば前に戻るだけだろう!」
洗脳――実際は扇動に近い――魔法を受けているウェイラ帝国の軍長が机を殴りながら意見を強調する。
それに対して誰も否定の声を挙げなかったのは、ひとえにルイナへの信頼だろう。ここでは敵意の裏返しともいえる信頼だ。
「だが、問題ないだろう。数はこちらの方が何倍もいる。さらに防衛側で、帝都の防衛設備はフル活用できる」
「その通りだな。我らに負けはない」
やや会話に熱が帯びてくる。
慢心的な勢いを感じ取り、慎重な女性が諭すように対立的な意見を出す。
「しかし、相手にはウェイラ帝国の中核を担う戦力が合流していますわ。それにギルド側も戦争の加担をしているのですから。ギルドには要注意戦力が何人もいますから油断はできません」
それに同意するように物腰柔らかなメガネの男性が頷く。
彼は文官ながら軍事会議に参加するほどの知識人であり、兵站を一手に管理しているほどのやり手だ。
「ギルドマスターのリフは旧世代の賢者であり、Sランクで数々の未踏の大地を先駆けた【探検家】のトイポを始め、【勇者】を辞退した同じくSランクのジードも参戦をしていると聞いています」
ジードやリフの名前で大多数が殺気立つ。
それが『アステアの徒』のメンバーであることは明らかだった。
怒りは抵抗心から自然と皮肉に変換される。
「ギルドは所詮、烏合の衆だ。実力者が揃っていることは認めるが、Sランク最強のロイターを始め、本当の格上や賢い者は国家に翻して属している」
「間違いないな。それにウェイラ帝国の中核戦力などと言っているが、ジードひとりに敗れたのだろう? それにスティルビーツや東和国での戦いでは大敗している。列強の中でもトップクラスの戦力を保持しているなどと言われていたが、果たして本当にそうだろうかね?」
「そのジードもギルド内ではロイターに最強の座を取られていたのだから、大したことはないだろうな」
全員の意見は一致していた。
そこに慢心はあったのだろうか。
大陸でも精鋭や屈強などと呼ばれる面々が揃っている。
戦場は常に全ての事前情報を掴むことはできず、不確定要素は多い。予想不能なことも多い。
「――我らは勝てる」
それは士気の高揚や恐怖の麻痺を目的としたものではない。
経験に裏打ちされた確信から来る、彼らの自信だった。
◆
ウェイラ帝国。
『アステアの徒』が大規模な人員を投入して生み出した洗脳魔法と、リフがたった一人で作り出しているアンチ洗脳魔法が主導権争いを行っていた。
ジードを除けば、実際に発動している者同士でなければ分からない。
ドーム状の魔法が互いを食い合っている。
半分が洗脳、半分がアンチ洗脳だ。
このため洗脳魔法は不完全なものになっており、影響下にあった者達はそのままで、影響下になかった者達は侵攻ができる状態となっていた。
「攻め込めるか?」
テントの中で、ルイナが声を掛ける。
「いつでも構わんのじゃ」
ルイナの問いに、両手を挙げて魔法を発動しているリフが答える。
リフの額には汗があり、目をぱっちりと閉めている。その様子だけで、かなり集中していることが伺えた。
あまり話しかけて欲しくなさそうに渋そうな顔つきだ。
ルイナがニヤニヤしながらリフの周りをうろつく。
「大丈夫だろうな? こちらの手の者が洗脳されては困るぞ?」
「わらわに間違いはないのじゃ。それより集中しておるから静かにしておれ」
リフの顔に不満と怒りがにじみ出る。
実際に魔法でせめぎ合いをしているのは数十人で構成された、大陸屈指の魔法集団だ。むしろ集中しているだけで対抗できるのはリフくらいなものだろう。
ルイナが意地悪な面持ちで言う。
「私は万が一の話をしているんだ。保険はあるか?」
「そんなものはないのじゃ」
「おいおい、それでは――」
ルイナの言葉が途中で遮られる。
ついにリフの額の血管が切れた。
「うっせえええのじゃー! さっさと行くのじゃああああ!」
「はは、すまんすまん。さて、と」
満足したルイナがテントの外に出る。
そこは起伏のある台形の頂上となっていて、周囲一帯を見渡せる。
わざわざルイナが専用に作らせたものだった。
そしてルイナの眼前。そこには一万を超える軍隊が揃っていた。
「さて、諸君――」
ルイナが語る。
一分にも満たない言葉であったが、一万の軍勢は命を惜しまないほどに士気を高揚させた。
最後にルイナが手を掲げた時、彼らは全員が奮い立っていた。
第一陣が進軍を始める。
第一陣はイラツやバシナなどのウェイラ帝国軍人だった。
帝都を囲む平原。
草木がないのは防衛上の利点である。
帝都を囲む外壁から穴が開く。
綺麗に整列されているが、離れた距離から見れば、その細かさに生理的な嫌悪感を抱く者も少なくないだろう。
それだけ数の多い――砲台である。
さらに数万の軍勢が待ち構えている。
それぞれがそれぞれの国旗を持ち、列強といわれる国々からも精鋭が来ていた。
「舐めおって。たかだか数倍程度の差で精強なウェイラ帝国軍の我々に勝てると思っているのか」
「相手にはウェイラ帝国軍もいるようだが?」
イラツの吐いて捨てる様な言い草に、バシナがちょっかいをかける。
「洗脳されていたからこそ分かる。あのようなものに本来の力を引き出す効果はない」
「はは……間違いないな」
第一陣。
たった三千の兵力だが、平原の一面を埋め尽くしていた。
砲撃を物ともせず、迎え撃つ軍勢が豆腐のように簡単に切り崩されていく。
人族最強の軍隊。
たった一人の男に半壊され、中堅国家程度のスティルビーツに敗北し、東和国でも決して良好な結果とはいえなかった。
苦汁を嘗めさせられ、各国からは嘲笑の的だった。
だが、この一戦で再び評価が覆ることになる。
◆
第二陣。
そこにはユイとシーラがいた。
互いに視線を合わせず、前線で展開されている戦いを見ていた。
不意にシーラが口を開く。
「ジードのこと襲いたいの?」
「ん」
「それはルイナとかいう人の命令だから?」
「んーん」
「本心で好きなの?」
「ん」
ユイがそっけない態度を取っているように聞こえる。
しかし、それは深夜に行われる恋バナのような茶化しと生真面目が漂う雰囲気があった。あるいは殺し合う寸前の修羅場のような雰囲気にすら見える矛盾もある。
「ジードと実家に行ったんだってね」
どこから聞いたのか。
そんなこと、たとえクエナやジードが聞いても疑問に思わないだろう。
それがシーラだからだ。
しかし、ユイとしては諜報の経験があるだけに、シーラの情報収集能力は警戒に値する能力であった。
ユイはシーラの目を真っすぐに見つめ、端的に応える。
「ん」
シーラが振り返って視線を交差させる。
「私も好き。それにジードと付き合ってる」
「……」
ユイが戦場に視線を戻す。
ウェイラ帝国は重婚が認められている。
しかしながら、心情的に独占し合いたいという気持ちは誰にでもあるだろう。
だからシーラが先制をしているのだとユイは思った。
その考えに反して、ユイの眼前に手が出される。
「ジードやクエナは私が説得する」
「どして」
「私も家族関係で色々あったから気持ちはわかる。離れたくないよね」
「……ん」
それは不健全な依存なのかもしれない。
けど、肯定や否定として指摘する存在もなかった。
むしろ奇跡的に二人の中には共感しかない。
だからユイはシーラの手を握る。
「これからよろしくね!」
「ん」
「そのためにはここを生きて勝とうー!」
「ん」
満面の笑みを浮かべるシーラと、表情は皆無のユイ。
対照的な二人だったが、不思議と心は同じだ。
――光の魔法と闇の魔法がコントラストに、しかし混ざり合うように戦場で暴れる。