軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リフ達から呼び出しを受けた。

途中でクエナやシーラ、ネリムと合流をしてからひと際大きく、豪華に装飾されているテントに入った。

中にはルイナや軍長と呼ばれる連中が集まっていた。

「全員集まったな」

第一声はルイナであった。続いてリフが口を開く。

「複合軍が揃ってきているようじゃ。そこで大元と思われる勢力を叩く」

「どこよ?」

クエナの問いに、ルイナが見やる。

クエナの目が一瞬だけ伏せられたような気がした。

何かあったのだろうか。

そんな疑問を残してルイナが言う。

「――神聖共和国だ」

ドキリと心音が跳ねる。

動揺したことは誰にも気づかれていないだろう。

しかし、リフとルイナが俺に一瞥したことは見逃さなかった。

逆に言えば一瞬しか見なかった。

それは俺を気遣っているのか警戒してのことだろう。

どちらにせよ、俺はリフ達を裏切るつもりは毛頭ない。

だが、ソリアやフィルと戦う可能性を考えた時、やはり心音はいつもより高鳴っていると分かった。

すでにソリア達は神聖共和国の中枢である神都から出征していた。

ソリアの移動手段は行軍には似つかわしくない、貴族令嬢が使うような馬車であった。しかし、それはソリアが特別である証でもある。

「錚々たる顔ぶれになりましたね」

ソリアを護衛する剣聖――もはや『本物』がいる時点でそう呼ぶ者は少ないが――フィルが声を掛ける。

「いずれルイナ様とは戦うことになると思っていましたが……」

ソリアが言葉を濁す。

水面下であれ表面的なものであれ、ルイナとソリアが衝突することはあった。ルイナが神聖共和国に対して牙を剥いたことは一度や二度ではない。

しかし、今の状況はどうだろうか。ソリア達からしてみれば同情を禁じえないほどの戦力差になっている。

「ウェイラ帝国は瓦解しており、ルイナは辺境で残存兵力を集めています。おそらく二万も届かないでしょう。その上でクーデター側に味方する国や組織……一か月もしないうちに総勢で十五万は集まるとの予想です。もはや圧倒的すぎて怖いくらいですね」

未だかつてないほどの弱い者いじめになりかねない。

ソリア達にしてみても意外だった。

これほどにルイナとは信望のない女帝だっただろうか、と。

ソリアが省みるように呟く。

「しかし、噂ではギルドが加勢したとか」

「ふむ……」

いずれにせよ情報が少ない状況であった。

ここで動くには不安要素が多い。

ソリアとしても冷静に俯瞰することが大事なのではないかと考えていた。

あまり不用意に戦争をするべきではないのだろうか、というものだ。

しかし、ソリアやフィルが動くのには複雑な理由がある。

それは真・アステア教会の指示であった。

神聖共和国は共和制を取っているのと同時に信教を重んじている。言うまでもなく国教は女神アステアを信奉するものだ。

ソリア達は神聖共和国でも特殊な部類の騎士団であるが、基本的に三つの行動方針を軸にして行動している。

ひとつはソリアに付いていくこと。

もうひとつは神聖共和国上層の命令。

最後は真・アステア教の『お願い』である。

騎士達の給金は神聖共和国が支払っているが、前者ほど命令を重視される。つまりソリアが第一なのだ。

しかしながら、神聖共和国はそれを承知してなお容認している。それはソリアという看板頭が神聖共和国を成り立たせる要因の一つであると誰もが認めているからだ。

それだけソリアの行動は褒められるべきものが多く、ケチを付けられる方が珍しいといえる。

逆に言えば、神聖共和国が体裁的に『命令』と言っているものも、騎士達からしてみれば「ソリア様が神聖共和国の言うこと聞くなら」程度であった。フィルがその最たる例だろう。

そして国教であり、ソリア達が信奉している真・アステア教の『お願い』は、優先度が最も低いものとなる。

あくまでも騎士団のバックのバックであり、ソリアが背負っている司祭の任から来る義理人情でもある。

ソリアにはある程度の給金こそ支払われているが、基本的にボランティアであるといっていいし、名前を使わせてもらっているくらいの、真・アステア教とは持ちつ持たれつの関係である。

これが旧アステア教であれば違っていたが、今のソリアと真・アステア教はそういった立ち位置にあった。

だが、今回はいつもとは違った。

真・アステア教は指示を出したのだ。

それはソリア達の騎士団ではない。

神聖共和国に対してである。

おそらく複合軍の中にも同様の理由で派兵した国や組織があるだろう。

そして神聖共和国がソリア達に命令を下した。ウェイラ帝国のクーデターを支援し、ルイナ達の残党を討伐するように。

神聖共和国と真・アステア教が騎士団に対して動くように仕向けたのだ。

つまり三つの行動方針のうちの二つがクリアされていることになる。

かなり異常な状態であったが、ここで動かなければソリア達の立つ瀬がない。

もちろん、地位や権力、お金などに束縛される人物ではないが、腰を重くしていられる状況でもない。

「失礼します! スフィ様より連絡がありました!」

「スフィ様から?」

伝令兵が騎乗しながらもたらしたのは立方体のマジックアイテムだ。

一方は鏡であるが、他はすべて黒色のカバーがされている。

左右には多色のボタンがあり、簡易的な説明文が載っている。

大きさは手のひらよりも大きいくらいだろう。

連絡用のマジックアイテムは多岐にわたるが、一番知名度があるものは水晶型だろう。

水晶型の利点は安定して広範囲に連絡が可能な点だが、魔力を注ぐ必要があり、割れやすい。戦場では不向きだ。

ソリアの騎士団が保持している立方体型のマジックアイテムは魔力の貯蓄が可能であり、強度もある。

そのため戦場に向いているが、連絡先とは予めリンクしておく必要があったり、安定性がやや欠けたりする部分もある。

ソリアが右手の赤ボタンを押してウィンドウを表示させる。

「聞こえますか、スフィ様」

「はい。ソリア様、応答ありがとうございます」

画面の向こうには慌ただしい光景が映っていた。何やら信者が資料をひっきりなしに調べていたり、持ち運んでいたりしている。

ウェイラ帝国との戦争状態であるから仕方ないのだろうとソリアは判断する。

「今回の連絡はどういったご用件でしょうか? もうウェイラ帝国の国境付近なので、あまり長くは時間がとれないのですが……」

「そのことです。今回の戦争について、極力犠牲者を出さないようにしてください」

「犠牲者を?」

犠牲者を出さないようにする。当たり前のことだ。

しかし、ここにきて念押しされた。これは死者を出すことなく、負傷者が出ることも控えなければならないということだろう。

それが意味することは、戦場では消極的に行動すること。

味方にとっても敵にとっても害にならないよう徹することが求められているのだ。

この指示は敵が敵でなくなる可能性を示唆していた。

「……なにかあったのですか?」

「現在、今回の戦争やロイター様に関するもの、それから私の預かり知らないところでアステア様を信奉する集団が活動しているそうなのです」

「それは真・アステア教ではなく?」

「こちらの調査では、所属しているメンバーは多岐にわたるそうです。必ずしも教会の人間だけではないそうです。何より厄介なのは全員が相当の権力者である点です。名は『アステアの徒』と」

「ありえません。そんなものがあるのなら私やスフィ様が知り得ないわけが……」

ソリアは断言こそしなかったが、各国の首脳クラスとは必ず一度は顔を会わせている。それだけの影響力は持っていた。

だからこそ自分が知らない巨大な組織があることに驚きを隠せない。ましてやアステア関連であればなおさらだ。

「今回の教会からの指示はロイター様が大々的に執られていることは知っていますね?」

「正直、私はやつをあまり信じられません」

フィルが横から率直な意見を言う。

剣聖と呼ばれていたプライドもあるのだろう。

ソリアは否定こそしないが、諭すように言う。

「アステア様が選んだ方ですから悪に思想が傾くことはないはずです。……ですが、善意で悪をなすこともありますね」

スフィが話を本題に戻す。

「どうやらロイター様が『アステアの徒』でも指揮する側の人間かもしれないという話が出ています」

その告発に対して、ソリアもフィルも驚きはなかった。

この戦争の本筋が見えてこなかっただけに裏があることは薄々読めていたからだ。

「それで、やつらの目的は分かっているのですか?」

フィルの問いにスフィが首を左右に振る。

「いいえ。ですが、手の者が調査を行っています。近いうちに判明するでしょう」

「なるほど。だから私やフィルに極力被害を出さないように言ったのですね」

あるいは敵は――。

三人とも不用意なことを口にするつもりはない。

しかし、誰もが想定していた。

ロイターの反意を。

「あまり犠牲者を出さないよう、やっていただけますか?」

「はい、わかりました」

この一連の会話は――相手側にも被害を出さないようにするということだ。

どちらに傾くか、わからないため。

それから軽い挨拶が交わされるとマジックアイテムは役目を終える。

それと同時だった。

騎士団の動きが全体的に止まる。

それは遭遇戦の合図でもあった。

フィルが外に顔を出す。

ソリアには危険が及ばないように中で待機させている。

「な、なぜおまえがここにいる!」

ソリアにとってフィルの慌てる姿は珍しかった。

それだけ天賦の才を与えられた剣士は冷静沈着であることが多い。特に戦場では。

「なぜって……敵だからかな」

その声にソリアは聞き覚えがあった。

花のように笑顔を咲かせて馬車から顔を出す。

――ソリアの背筋が凍ったのは不思議ではないだろう。

距離を置いて立っていたのはジード、クエナ、シーラの三人だけ。見知った顔であり、特にジードとは何度も戦いを共にしている。

救われてから何度も恋焦がれていた。

そんなジードに対して異様なまでの恐怖心を抱いてしまっていた。

「ジードさん……!」

理由のわからない恐れをまとい、馬車を下りながらソリアが声をかける。フィルが守るようにしてソリアの横に立つ。

「久しぶりだな」

声を掛けられただけで嬉しさがこみ上げる。

しかし、言い知れぬ恐怖がソリアにはあった。

ソリアが気を紛らわせるように左右を見ると、警戒に身体を強張らせている騎士たちの姿があった。

全員が修羅場を潜り抜けた経験のある猛者ばかりだが、ただ一人の男の存在感に震えている。

それはフィルにしても同じであった。

フィルはソリアの命令次第でジードに対して剣を振るうことができる。

その忠誠心をソリアに捧げている。

だからこの場で命が失われる逞しい想像までしてしまう。

ふと、ソリアが気が付く。

(ああ……これはジードさんが『敵』である時に感じる不気味さなんだ)

慌ただしい騎士達を見て、ソリアだけが冷静さを取り戻す。それは後衛として戦っているソリアだから気が付くことのできたことだった。

「皆さん、剣を納めてください。私はジードさんとお話をします」

「よ、よろしいのですか?」

フィルが確認する。

敵と会話することは咎められこそすれ褒められはしない。命の奪い合いであれば欺き欺かれは必定なのだから、そんなことは当然だといえる。

しかし、ソリアはそんな警戒心を感じさせない無垢な笑みを浮かべた。

「良かったらフィルも来て」

「は、はぁ……」

フィルは毒抜かれた様子で剣を鞘に戻す。それを皮切りに一帯の張りつめた空気感が消え去った。

「すまん。助かる」

ジードが後ろ頭を抑えながら、すまなそうにして言うのだった。

彼もまた戦いたくはないと願う者だった。