軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

廊下。

誰もが誰かと出会う可能性のある場所だ。

クエナとエク。

この二人も出会う可能性に当てはまった。

エクは情報屋をしており、クエナはそんな彼女にとって上客と言ってもいいだろう。

知り合いとなれば声を掛けるのは必然だった。

「あら、エクじゃないの。ここで何やってるの?」

「げっ……! ク、クエナさん、おひさっす! ちと、お客さんと話を……」

クエナは気さくだったが、エクの顔は引くついていた

絶対に遭いたくないタイミングだったようだ。

エクのあからさまな態度にクエナが怪しむのは当然だろう。

「客? こんなところに?」

「えへへ、こういう状況だから私みたいなやつは結構呼ばれるんっすよ」

それについてはクエナも同意見だった。

戦争は殺し合う前に勝敗を決しているという話もあるくらいだ。それだけ事前の情報戦は必須なものであり、エクのような存在は軽視できない。

「呼んだの誰よ?」

「え!? あーっと……客の情報は漏らすわけにはいかないんで……」

「こっちの陣営なら仲間のはずでしょ」

「それでもやっぱり色々あると思うんで」

エクの目が泳ぐ。

言い訳が露骨に稚拙になっている。

「あんたまさかスパイとかしてないでしょうね?」

「そんなわけないっすよ!」

エクがそこだけはきっぱりと否定した。

だからこそクエナの疑いが余計に強くなる。

「じゃあ私が勝手に付いていくわ。それなら別に話したわけじゃないでしょ」

「いや……それも……」

エクが頭を抱える。

クエナもあまり困らせるつもりはないし、楽しんでいるわけでもない。

知らない方が良いことも多々あるのは事実だが、戦争でそんな悠長なことは言っていられないのだ。

クエナの一歩も譲らない態度にエクが諦めて身体の力を抜いた。

「わかったっすよぉ……」

その部屋にはリフとルイナしかいない。

対『アステアの徒』では事実上のツートップである。

彼女たちの眼前には地図と各地から上がった報告書が並べられていた。

「複合軍が結成されるとはのぉ。おぬしも嫌われすぎじゃろう」

「ギルドの権益を奪おうとしてる連中も見えるがね」

とにかく敵が多かった。

ウェイラ帝国は一部を除いて囲まれている状況だ。

集結させようとした戦力どころか、必要な物流まで妨害されている。所々で小競り合いが生じているほどだ。

敵にも同様の仕掛けをしているとはいえ、なにせ数が違う。

ある程度の非常用ルートはあるが、事前に宣戦されたものとも違うので、やはり手こずってしまう。

「だれか、来たの」

リフの言葉通り、扉がノックされる。

ルイナが入室を許可すると顔を覗かせたのは情報屋のエクであった。後ろにはクエナの姿もあった。

「すんませんっす。クエナさんが『どうしてあんたがここにいるのよ』ってついてきちゃって……」

「ということは察しがついていたんじゃないか?」

ルイナが問いかける。それはクエナに向けたものだった。

「ずっと思ってた。私が冒険者として生きていくために必要なものが揃いすぎなのよ。この子とかまさにね」

「うんうん。それで私が用意したものだと思ったのだな?」

「それ以外の言い訳を聞くために来たのよ」

「いいや、私が用意したもので間違いないさ」

ルイナがあっさりと自白する。

クエナの目が見開かれた。

「どうしてよ……!」

クエナが声を荒げる。

「いま聞かなければいけないことか?」

「あんたと共闘するんだから知りたいわ」

ルイナが肩を竦める。

「おまえに死んでほしくなかったんだ。だから助けたんだよ」

ルイナの言葉にエクがピクリと反応する。

以前に聞かされた時は「自分と似ているクエナの死に顔なんて見たくなかったから」というものだった。

似て非なる答えだ。

今回はクエナに誤解させて好意を引き出そうとしているような言い方をしている。

そんなことはクエナも承知していた。

「嘘ね」

ばっさりと切り捨てる。

ルイナが肩を竦めて見せた。

「それで、エク。クエナを引き連れてでも急いで来たのだろう。はやく報告してくれないかな」

「なっ!」

ルイナの眼中からクエナが消える。

それは暗に語ることなどないと伝えていた。

あまりのことにクエナが言葉を見失う。

エクも一瞬の戸惑いを見せたが、自身の知り得た情報を脳裏に浮かばせながら口を動かす。

「どうやら複合軍がこちらに大掛かりな戦闘を仕掛ける様子です」

「ついにか。期日は?」

「正確なものまでは分かりませんが、恐らく五日以内かと思います」

「戦力はどれくらいなのじゃ?」

エクの口から強大な国々や組織の名前が出される。

それには神聖共和国などの名前もあった。

「こちらの集まりは悪いのに、予想よりも多くなりそうじゃの」

「ここらで一手打っておこうか」

「なんじゃ、何か考えでもあるのかの?」

「街一つを潰して自作自演なんてのはどうだ? 神聖共和国が異端と認定した街を燃やし、私たちがそれを退治する。犠牲者は多く出るだろうが求心力は高まるさ」

ルイナの目が怪しく光る。それには成功の確信がこもっていた。まるで過去にも経験がある雰囲気をまとっている。

「本気で言ってるの?」

クエナが反発する。

それには嫌悪感以外にも、裏切られたような気持ちがあった。

先ほどまでルイナに希望を抱いていた。自分を守ってくれていた、そう思っていた。

嘘だと否定しても姉妹なのだ。

信じたい気持ちがないわけではない。

「おいおい、こちらも何かしらの手を打たなければ負けてしまうよ?」

「確かにそうかもしれないけど、そんなことしたら負けた気持ちになる」

「ワガママだね。――これは戦争だ。相手がおまえ同様に手を選ぶとは限らない」

「……!」

クエナが息を呑む。

空気が一瞬で冷凍されたように肌が冷たくなる。

それには経験があった。

絶対的な強者と立ち向かった時の感覚だった。

今クエナとルイナが直接戦えば勝つのは間違いなくクエナだろう。

ルイナは決して弱くないが、クエナは追随を許す人間が限られているほどに強い。

それでもクエナに本能的な敗北を埋め込んだのは、武力以外の力だ。

「私が女帝になってすぐのことだ。とある村が燃やされた。辺境の小さな村だったが百人を超える全員が死んだ。おかしいだろう、せめて数人くらいは生き残れるはずじゃないか? 私は徹底的に追及されたよ。対策だの責任だの、色々と言われた」

「それは当たり前でしょ」

「うんうん。まぁ、そこは置いておこう。私はとりあえず殺してみることにした。私を追求した者達を」

「――!」

あまりに突発的な行動だった。

その決断に至るまでの苦悩はあったのだろう。

しかし、この会話では一気にありえない答えが出て、クエナは困惑を隠せない。

「結果的に私を追求する者はいなくなったよ」

「それはあんたが暴君だからみんな口を閉じただけで……!」

「私を恐れて誰も意見しなくなったのはあるだろうね。でもそいつらが村を燃やした下手人である証拠が見つかったんだよ」

「……政争ってこと?」

「そうだね。自作自演で私を帝国から下ろして、息のかかった傀儡を上に据えようというんだ。おまえと私か、もしくは継承権を持たないが由緒ある血筋なんかをね」

知らないところで自分が巻き込まれていると知り、クエナは黙る。そんなことは重々承知であったが、冒険者生活をしていくに連れて薄れていたのだ。

不意にルイナが微笑む。

「ちなみに、村を燃やしたのは私だ」

「は!?」

クエナが狼狽する。

咄嗟に声が出ただけ褒められたものだろう。

「でもどうだい? おまえは信じてしまっただろう」

クエナは生理的な嫌悪感を覚えた。

眼前にいる生き物が同じ人間であると思えない。

クエナの赤い瞳が炎のように揺れる。

「あんた……!」

「そう怒るなよ。他人の命をどうでも良いとは言わない。でも一番大事なのは自分だ。そして次に周囲だ。他人のことについて真実がどうとかは関係ない。知ってるか? 生き物は自分に都合の良い情報しか信じないんだ。基本的に本能は正しい。仮に虚偽の可能性がある情報が二つ提示されたのなら、おまえはどちらを選ぶ? きっと道徳だとか倫理だとかで『正義』を信じるのだろう。それを否定はしない。私は正義を利用する偽物だから尊敬して讃えることもしよう。だが、私はやはり偽物だ。私と、私の周囲に利する選択を影で行う」

諭すような言い方をされるが、やはりクエナは理解を示せない。それは生まれながらの性なのかもしれない。

ルイナもそれを知っていた。

「神に愛されるのはクエナなのか、私なのか。それは不明だ。だが、人間だとどうだろう。クエナの側にいる人間はクエナを選ぶだろう。私の側にいる人間もクエナを選ぶだろう。ただ私の選択を賢いと思う、どちらでもない存在がいる。そして彼らが私のような生き方を選ぶだろう。では社会で成功するのはどちらだろう。きっと私の側の人間が多いよ。大多数が嫌いな、私の側がね」

ルイナが言い切る。

クエナの目が閉じられる。

次に開かれたのは一秒くらいだろうか。

変化があった。その瞳はただ冷たかった。

「この戦争はあんたが負ければいいと思う。あんたが死ぬ方がいいと思う。でもそう思うのはきっと私がウェイラ帝国側に立って汚い手段を知ってしまったからなんでしょうね。あんたの言う通り、相手が手段を選ぶとは限らないのだからね。――何より私はジードが大事。あいつを殺そうとしている集団が相手なら、私はウェイラ帝国側にいるしかない」

「さすがは私の妹だよ」

ルイナは雑言を直接向けられたとは思えないほどに清々しい顔つきだった。

不意にクエナの炎の剣がルイナの首筋に迫る。

傍観を徹していたリフやエクが反応するが、止まる。

クエナの剣は掠ることもなく止まっていた。少しでもズレていたら首が刎ねられていたことだろう。

「良いのか? 殺さなくて。ユイがいない今がチャンスだよ」

チリチリとルイナの首が焼ける。

それを察してか、あるいは他のことを考えてか、クエナが剣を霧散させる。

「あんたは悪を認知してる。まだ止まれる。だから……この戦いが終わったら変なことはしないと言って欲しい」

そこがクエナの妥協点だった。

ルイナという悪を見放すための。

「変なことね」

くく、とルイナが笑う。

子供のような言葉選びに、クエナが純粋無垢であると察したのだ。

それから続けた。

「約束はしない。だが私個人は目指すと誓うよ」

「……」

意味深な言い方だった。

しかし、クエナがそれ以上の言及をすることはなかった。

ただ部屋から立ち去る。

「この一大事に姉妹喧嘩とは困ったものじゃの」

リフがため息をつくように呟いた。

「許してくれ。冷や汗ものだったんだ」

「わらわがいるのにか?」

「クエナの一撃を止められたか?」

「クエナは日に日に強くなっている。若いからの。しかし、やはり若いからこそ動きが読みやすい。止められていたのじゃ」

「そうかい」

「それで。本当に村を燃やしたのはどっちだったんじゃ?」

「えっ」

エクが驚く。

その話の真偽はルイナの言葉をそのまま受け取っていただけに。

リフは言外に伝えている。

クエナと同様にルイナもまだまだ子供であると。

「くく。おまえはやはり怖いな」

ルイナが笑う。

それは決して虚勢ではなかった。

「評価してもらえて光栄じゃが、結局わからなければ意味ないのじゃ。そして、どちらが嘘であったかによって、お主という人物像を改めなければならん」

「私の真意は勝手に調べてくれればいいさ。それが私の害にならなければね」

リフの問答にルイナは付き合うつもりはないようだった。