軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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ルイナがクエナ宅に飛ばされた日。

すでに空は月を真上に迎えていた。

ウェイラ帝国での事情を聞いた面々はリフに連絡し、明朝の予約を受けた。

「じゃあ今日だけジードはソファーで寝るってことで」

クエナがシーラを引き連れてリビングに近い寝室に入った。

その隣の部屋にルイナとユイが入る。

さらに向かいの部屋はネリムだ。

全員が食事を済ませていたことから、ルイナとユイが風呂に入り、予備のはみがきで口内も整え、全員が就寝することになった。

さすがに一人一室は無理なのでクエナとシーラ、ルイナとユイ、そしてネリムと部屋が割り当てられた。

ジードのみリビングのソファーで眠る。

(やっぱり柔らかいな。とんでもない値段なんだろうな)

ふにふにと手が沈む感覚を楽しみながらジードが横になる。

リビングは消灯されていて暗い。

玄関口とトイレの扉から漏れる光以外は視界の頼りがない。

しかし、ジードの目は一瞬にして暗闇に慣れていた。

これもひとえに『禁忌の森底』での経験があったからだ。

だからこそ、気づく。

人影だ。

その影は自由自在に動いている。

明らかに暗闇に慣れているようだった。

手練れであることはたしかである。

ジードの顔を覗くようにして立った。

「……」

喋ることはしない。

しかし、その存在感は雄弁である。

「ユイか。どうした?」

返事はなかった。

その代わり、ソファーのスペースを上手く活用しながら、ジードを覆うようにして上乗りになる。

ユイの顔が火照っているのは風呂上がりだから……だけではない。

ユイは体格的に似ているためシーラのパジャマを借りていた。

ネグリジェの上にカーディガンを羽織っているが、厚い軍服でさえ隠しきれていない胸部が、やや荒い呼吸に合わせて上下に揺れる。

ユイが煽情的な手つきでジードの胸板に添えた。

「好き」

ユイの口から出た言葉は愛の呟きだった。

これでユイが心中の気持ちを告げたのは二度目になる。

しかし、ここまで直球に、しかも薄暗いシチュエーションだ。さすがのジードも心音がドキリと跳ねる。

――据え膳喰わぬは男の恥。

ジードはいつの間にか覚えていた言葉を思い出す。

だが、

(い、いやいやいや……! ユイの告白は断るつもりだったじゃないか……!)

ジードが飛びかけていた理性を押さえつけて正気に戻る。

しかし、その抵抗は微かにできていただけだった。

ジードが暴れそうな本能を追いやっている間に、ユイが息の届くところまで近づいていた。

猫のように背中を逸らしながら身体を密着させている。

桃色の小さな唇が近づくと、ジードの意識は性欲に支配され――。

「ストォーップ!」

シーラの掛け声がリビングに響き渡る。

いつの間にか部屋は明るく灯されていた。

「何やってんの、あんた達」

クエナもジト目でジードとユイを見ていた。

「い、いや俺は……!」

「おおかたは分かるけどね。どうせ襲われたんでしょ」

クエナがユイの後ろ身を持ち上げ、ジードから離させる。ユイは赤子のようにジードに手を伸ばすがギリギリ届いていない。

ジードの中で安堵と、ちょっとした勿体ないような気持ちが残る。内心断ろうとしていただけに、ユイはそれだけ魅力的であった。

「――おいおい、一人の女子の恋路を邪魔するとはな。馬にでも蹴られたいのか?」

ルイナまでもが参戦してきた。

あるいは最初からユイを見守っていたのかもしれない。

ジードが気づいていなかったのは、ルイナに敵意がないこともあったが、特にユイに意識を割いていたからだろう。

それを察してか、クエナが非難するように腰に手を当てて返す。

「部屋から抜け出すのが早すぎるのよ。もっと寝静まってくれないと誰でも気が付くわ」

「そうだそうだー! 私はちょっと気づけなかったけど!」

会話の流れ的に、クエナが気づいてからシーラを起こしたのだろうと察することができる。クエナの方が警戒心が高く、奪われまいとする気持ちがあるようだ。独占欲の強さが出ていた。

普段は冷静で執着を見せないクエナだが、ここぞという場面で素顔が垣間見える。

「くふふ。それは暗に、もっと寝静まったタイミングならユイの恋に賛同してくれているということかな?」

「そんなわけないでしょ。夜這いとかありえないわ」

(やり方の問題なのか……?)

ジードが首を傾げる。

それからルイナがやや近づいて、ジードの顎を押し上げる。

「しかし、こうなったら収まりがつくまい。ジードはこちらの部屋に来ると良い。そもそも、ソファーで寝るなど不憫で仕方ないよ」

蠱惑的な目つきだ。

堂々と視線を合わせてくるルイナに、ジードは目を泳がせることで対応した。

「あんたみたいな女帝サマが普段はどんな豪勢な場所で寝ているか知りませんけどね、私たちは野宿だってするのよ。ソファーだって立派な寝具になるの」

「はっはっは、ソファーが寝具とは大仰な言い方だ」

ルイナは、まるで冗談を聞いたように快活に笑っている。

「……ん、ジード」

あいも変わらずクエナによって手綱を引かれているユイが手を小振り震わせる。ジードに抱きしめてもらいたいように。

思わずジードの父性がくすぐられるが、ルイナの視線が刺さる。上げられている顎に、わずかな力がこもる。

「どちらにせよ、この家の寝具はやや寝心地が悪い。抱き枕のひとつでもあれば変わるのだ。ジードはこちらがもらい受けても良いだろう?」

「さっきから客人のくせに生意気よ。あんたに渡すくらいならジードはソファーじゃなくてこっちの部屋で寝てもらうわ」

売り言葉に買い言葉のごとく、クエナとルイナの言い争いが始まる。

「おいおい、姉に譲ってくれてもいいじゃないか。私は命を狙われているのだよ」

「同じ屋根の下なんだから異常事態があればすぐに向かえるでしょ」

「最重要人物の私にジードを付けるのが自然じゃないか?」

「この家の主は私。私が一番偉くて重要なの」

支離滅裂な会話は、もはや論理ではなく意地を大事にしているとわかる。

次第に声のボリュームもヒートアップしている。

シーラはあたふたとクエナとルイナを見ており、ユイはマイペースに今もなお一ミリずつジードに近づいていた。

そんな折、

「――!」

異様なまでの殺意が扉を開けた。

敵かと誰もが振り返る。

青い髪が逆立ち、鬼のような形相の人物がリビングにいる全員を睨んでいた。

「静かにできないの? 死ぬ?」

ネリムだった。

今日一番の被害者である。

ユイを除いて、全員が恐怖に震えていた。

それからネリムが続ける。

「ジードは私の部屋に来て。他の人たちは黙って部屋に戻って寝て。わかった?」

有無を言わせない迫力があった。

歴代最強の剣聖と謳われるだけある。

「「はい」」

クエナとシーラが頷いて下がる。

それからルイナも諦めた様にユイの腕を掴む。

「今日はタイミングが悪い。いったん退くぞ」

「うー……」

ルイナの命令とあればユイも従わざるを得ない。

ユイが涙目になりながら部屋に戻って行く。

残ったのはネリムとジードだけだった。

「助かったよ……」

「本当にそう思ってる? どうせ邪魔したとか思ってるんでしょ?」

「そんなことないよ。むしろあのままだと泥沼だった」

ジードの否定に、ネリムが納得できないのか訝しむように横目で見た。

「ふーん。ま、いいけどさ」

「ていうか良いのか? おまえの部屋で寝てもさ」

「安眠が第一だから。『アステアの徒』と戦うよりも先にストレスで死ぬわ」

「それもそうか」

会話をしながら、二人がネリムの寝室に着く。

それからネリムがベッドに入り、ジードは床に手をつく。

「ちょっと待ちなさいよ。床で寝る気?」

「え?」

互いに齟齬があったのか、ネリムの疑問にジードも疑問を向ける。

「こっちで寝ていいから。身体を壊されたらたまったものじゃないし」

ネリムがベッドの空いたスペースを指さす。

クイーンサイズのベッドで大きめなので、ネリムが寝ていても半分以上の空きがあった。

とはいえ、

「いいのか?」

同じ屋根の下で寝るだけでも憚られそうなものだというのに、まさか同じベッドで眠ることになるとは、随分と段階が進んでいるようにジードは思えてしまった。

「やっぱ嫌だ。その聞き方がいやらしいから」

「そうか」

「あっさり納得するな!」

「どっちなんだよ……」

「私も迷ってるのよ。……まぁいいわ。あまり近づかないでね」

ネリムがベッドを叩いて誘導する。そこにジードが横になった。

部屋の明かりが消され、暗い空間と静寂に包まれる。

…………

……

「……なんか喋って」

ネリムが気まずくなり、ジードに無茶ぶりをする。

「あ」

「そうじゃなくてさ。もっと意味のある言葉をしゃべってよ」

「ラーメン?」

「この時間になんて単語をぶっこんでくるのよ」

ジードの耳にお腹の鳴った音が届いたが、気のせいだろうと納得させる。万が一にでも指摘したら剣が飛んできそうだからだ。

「なんで俺に喋らせようとしたんだよ……」

だんだんと面倒くさくなってきたジードが問う。

むしろここまで付き合っただけ聖人とも言えるだろう。

「気まずいから。あと距離を縮めてきてないか気になったから」

「俺のことなんて石だと思ってくれていい」

「そう思ってるわ。あんたはね」

「どういう意味だ?」

「そのまま。あんたも分かってるんでしょ」

ネリムの言葉にジードは否定も肯定もしなかった。

純粋な悪意も、純粋な善意も、本当に存在するのだろうか。

今はただ互いに眠ることが答えでもあった。