軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18

クエナの家は大きい。

元々はどこぞの貴族が王都の上屋敷として建てたそうだ。

その後に貴族家は取り壊されてしまい、空き物件になっていたところをクエナが購入した流れになる。

一世代限りの男爵家が保有していただけだったが、客人を呼んでも恥にならないほどの大きさになっていた。

(そのため空き部屋はそこそこあったはず)

元々はクエナ一人だけが住まう家だった。

しかし、後にシーラが住むことになる。

そのため空いていた部屋を三つほど使い、寝室と荷物置き場になった。家がなくなったのだから多少の荷物は仕方のないことだろう。

そこに俺まで住まわせてもらうことになっていた。

荷物は皆無に等しかったので俺は一部屋だけだ。

「……もう部屋がない?」

俺の対面に座るクエナが頷いた。

「そう。他の空き部屋は武器とか野宿用の道具とかで埋まってるもの」

その隣に座るシーラが顎に手を当てる。

「なるほど……」

そして俺の隣でネリムが腕を組んでいる。

「私は別に拠点を用意しているから気にしないで良いわよ」

「そうはいかないでしょ。これからやることを考えると、なるべく一緒にいた方が安全よ。それに真・アステア教であなたのことを恨んでいる人がいないとは限らない。上から命令されても人を殺すような連中よ」

「ま、上の命令に従わないってのは分かるけどね。彼らは軍属じゃないわけだから」

そう。

つまりこれは新たな客人が来たことによる部屋不足の問題なのだ。

というか寝室が足りない。

ちなみにネリムと同じ理由で俺も宿をとれない。

不意に『ピコン!』とシーラが手を叩く。

「――ジードが私の部屋に来ればいいのでは!?」

「なんでよ。それならネリムとシーラが一緒に住んだ方が分かりやすいでしょ」

たしかにその方が納得できる。

そもそもネリムが邪剣の時代はシーラと寝泊まりしていたのだから自然だ。

シーラが両手の人差し指をくっつけたり離したり、もじもじと恥ずかしそうに俺の方をチラチラと見る。

「……だ、だって。私とジード付き合ってるんだよ……?」

かっ、かわいい。

破壊力抜群の顔に思わず胸がときめく。

まだ陽も暮れていないのに、もう寝室に行きたい。

そこにはちょっとエロい下着を付けて両手を開けながら「待ってたよ、ジード♡」なんて言ってくれるのだ。

明日の元気どころか夜の元気も呼び起こされてしまう。

「シーラに言うの遅れたけど私もジードと付き合ってるからね」

「なっ、なんですと!? それは本当に!?」

驚き顔でシーラがクエナを見る。

「う、うそ付くわけないでしょ……」

堂々と言い放ってみせたクエナだったが、今更になって羞恥心が勝ったのか視線は誰にも会わせず顔を赤くしている。

ああ、かわいい。

普段が気丈なだけに隠れた慎ましさを見せられたら胸が締め付けられる。

ふと、シーラが俺とクエナの顔を交互に見ながら言う。

「なら寝室二つだけにしない? 私たち三人が寝る部屋とネリムの部屋」

その革命的ともいえる発想に何より驚愕したのは俺だろう。

こんなに可愛い二人が……寝室に!?

しかも俺と……一緒に!?

寝室で引きこもり宣言を発令してしまいそうだ。

クエナとシーラを寝室に拉致誘拐もしてしまうだろう。

また騎士団のお世話になりそうだ。

小躍りしてしまいそうになるが、ネリムの控えめな声が俺を現実に引き戻す。

「――ちょっと待ちなさい。私だけ気まずいんだけど」

咳払いしながら自分の存在を訴えかけている。

「「それは確かに……」」

俺とシーラが共鳴する。

シーラはとても残念そうな声だった。

きっと俺もそんな感じだったことだろう。

というか内心では涙を流している。

「もういっそジードとネリムが同じ部屋なのはどう?」

シーラが思い切った提案をしてくる。

バンっとネリムがテーブルを叩いて立ち上がる。

「それは一番おかしいでしょ!?」

猛烈な反対だった。

そこまで否定されてしまうと悲しい気持ちになる。

しかし、正論だから仕方ない。

「なら俺がソファーで寝るしかないか」

ぽつりと呟く。

「えー、毎日? 身体ダルくなっちゃわない?」

「それはまあ……」

寝ることだけに関して言えばソファーでさえ天国だと感じられるくらいだ。

今まで地面で寝ていたこともあれば、そもそも寝させてくれない環境にいたのだから、耐性は十分にある。

とはいえ、やはりベッドで眠れるならそれが良い。

連日ともなればなおさらだ。

シーラの言葉には同意しかなかった。

「ジードは宿に戻れば?」

それはネリムの意見だった。

すこし冷淡だと思ったのか、ネリムが補足するように続ける。

「ぶっちゃけ身体を取り戻した私より強いし。私たちはこの家で固まった方が良いかもしれないけど、あんた一人ならすぐに逃げられるでしょ。ていうか何が来ても撃退できるよね」

客観的に分析した結果なのだろう。

実際に真・アステア教によって俺の印象はだいぶ改善されることだろう。

たとえ宿に泊まっても嫌がらせを受けることはないはずだ。

「うーん。迷惑を掛けちゃいそうなんだよなぁ……」

「逆に人が寄ってきそうだものね」

クエナが察してくれる。

たしかに勇者となれば今まで以上に人が押し寄せてくるだろう。

それこそ獣人族の時にギルドを混乱させてしまったほど。

「そうなると高級な宿だけど……冒険者お断りってところの方が多くてさ。しかも依頼のために外泊も多いから、同じ部屋をキープしてもらうのは懐的にも心理的にも痛い」

お金がないわけじゃない。

しかし、貧乏性が染みついてしまっているためメンタルがやられる。

他にもある。

高価な宿に泊まるとなれば食事代も込みだ。

今やっと高級な料理にも胃が慣れてきているのに、毎日食べたらきっと死んでしまうことだろう。

それなら食事を抜いてもらえば良いとも思ったが。

(値段は食事込みの時と変わらないんだよなぁ……)

やはり心苦しい。

貧乏性というのはある意味で呪いなのだ。

「じゃあ、いっそのこと大きな家を買っちゃうとか?」

シーラの良いアイディアに、ネリムが返す。

「どこの?」

「もっと王城に近いところに元公爵家の屋敷があったよね!」

「……でも」

もにゅもにゅ。

クエナが言いづらそうに唇を甘噛みしたり、身体をふにゃふにゃと捻じっている。

「どうしたの?」

釈然としないクエナの態度に、シーラが近づいて尋ねる。

だが、やはりクエナはもにゅもにゅしている。

「……ぁ……ぅ……」

なにか喋っているのだろう。

小声すぎて聞こえないが、たしかに言葉が繋がっていることだけは分かる。

「ねぇねぇ、聞こえないから大きな声で言ってみて?」

シーラがクエナの声を聞こうと近づく。

グッとクエナが腕に力を込めて口を大きく開いた。

「だから! クゼーラ王国は一夫一妻制だから! 家を買うなら一夫多妻制のウェイラ帝国が良いって言ったの!!!」

ビクッ!

顔を近くに寄せていたシーラが跳ねるように声量の大きさに驚く。さながら猫のような反応だ。

「びっ、びっくりしたー」

「な、何度も聞くからでしょ……」

私は悪くない、とばかりにクエナが腕を組んでから視線を逸らす。一連の行動は恥ずかしさを紛らわせるためにやっているように見えた。

一拍してからシーラがクエナの言葉を呑み込む。

「そっかあ。だとしたらウェイラ帝国で家を買うのがベストだよね? そうなると家も大きめの方が良いかな?」

「待ちなさい。極力リフから離れない方が良いんじゃない? ならギルドの本部もあるクゼーラ王都がベストな気がするけどね」

ネリムが厳粛に言う。

的確な指摘ではあったが場を長引かせるものである。

「ならクゼーラ王国に一夫多妻制を認めてもらうとかどう?」

「なに言ってんの。ギルドの本部を移してもらった方がマシでしょ」

そういえばクゼーラの政権が一挙に交代したこともあって、人口も領土も激減していた時期がある。

今はクゼーラ王国も地力を回復させているようだが、ギルドの本部をどこかに移そうという話になっていたことを聞いている。

しかし、高い難易度であることは間違いない。というかクエナはシーラを諭すために本部移動の件を挙げたのだろう。

どちらも無理であることは分かりきっていることだ。

「……はぁ。分かったわよ。私が我慢すれば良いだけでしょ」

ネリムが諦めたようにため息を漏らす。

「そ、そそそ、それは申し訳ないよっ!」

シーラが両手を振りながら遠慮した。

ネリムがあきれた様子で首を横に振る。

「生理現象だし。そこは仕方ないと割り切れるわよ。それに今更でしょ。あなたが今までジードを想って色々ヤってきたのは知ってるし。言わなかった? 感覚もある程度は共有されてたのよ。邪剣の時に」

「な、ななな、なんですと……!?」

シーラの目があちらこちらに泳いでいる。

俺と視線が合った時が一番揺れ動いていたのは気のせいだろうか。

クエナが目も当てられないとばかりに顔を押さえている。

「てか、クエナも被害者面してるけど一線超えてるでしょ。絶対。あんただけちょっとジードとの雰囲気がもうデキてるし」

「は、はぁぁぁぁっ!?」

クエナが悲鳴のような怒号のような、あるいは悟られないために挙げている羞恥心のような、そんな感じの声を出しながらネリムを威嚇する。

ネリムはさもありなんと言った様子で肩を竦めていた。

「もうなんか完全に吹っ切れた。良いじゃないの、好きなら好きで。結婚するつもりなんでしょ?」

「そ、そりゃそうだけど……!」

シーラがおずおずと頷く。

ぷしゅーと熱々そうな蒸気が昇っている。幻覚だろうか。

「ご時世的に子供を作るのは賛成できないけどさ。ま、お楽しみなら好きにすれば良いんじゃないの。それに男の人って溜まるんでしょ?」

ネリムの視線が俺を捉える。

うっ。

極力話に混ざらない方がダメージが大きいと思っていた。

しかも、よりによって暴れまわっているネリムだ。

回答如何では進退すら決まってしまうだろう。

「ま、まあ……そうだけど」

「じゃあ浮気されないように二人も頑張らないとね?」

多分……――

――部屋の温度が真夏なのではないだろうか。

ってくらい暑い。

そう感じるのは俺だけじゃないだろう。

クエナもシーラも汗をだらだらと垂らしながら目をぐるんぐるんとさせている。

「ジ、ジードは浮気しないもん! そうだよね! ね!?」

シーラの熱情にあてられそうになる。

が、ネリムの冷めた目線を浴びる。

「そんなことないよ。人は心移りするものでしょ」

冷や水を浴びた心が少しだけ客観的になれた。気がした。

「ハッキリ言ってクエナもシーラも俺には勿体ないくらい美人だし可愛い。いつも一緒にいて気が休まるくらい性格も満点だ」

「……まさかここで更に口説いていくとは」

俺の言葉にネリムが引き気味に応える。

クエナは俯きながら言葉に詰まっていて、シーラは、

「うぅっ! 私からしたらジードの方が勿体ないくらいだよ!」

ぎゅっと抱き着いてくる。

その可愛らしい声と大きなおっぱいに圧されて心が荒波に包まれる。

色々と元気になりそうだ。

「あのね……せめて私が寝ている時にしてね。これ言っておかないと昼間からお盛んなことになりそうだからさ」

「任せて!」

シーラがサムズアップでネリムに応えた。

どうやらシーラも吹っ切れたようだ。

クエナは流れに付いていけてないようで、どうすれば良いのか分からず今もずっと顔を俯かせている。

なぜそれが分かるのか。

――俺も同じだからです。

ネリムが続ける。

「それから……まぁ三人と私の寝室は離してくれると助かるんだけどさ。でもジードは良いの?」

ネリムの意図を掴めない。

というか頭がろくに動かない。

理性よりも本能の方が勝ってしまっているのだろう。

仕方なく、

「何が……?」

問い返す。

ネリムが流石に恥ずかしそうに目線を合わせてくれない。

「いや、何がって…………毎日は……疲れてる時だってあるじゃない?」

「任せて!」

再びシーラがサムズアップで返した。

俺の回答よりも先だ。

何やら名案があるらしい。

「任せてって。それは女性陣で何とかできる問題なの?」

「ジードが疲れたって日は私もぐっすり隣で寝ます!」

「なるほど――……!」

振り切れた者同士の会話は凄まじいほどにアホなのだろう。

ようやく俺の頭も冷静さを帯びてきた。

それはクエナも同様だったようで、ようやく復帰する。

「――――別にどんなご時世でも子供は作るけどね」

その話をぶり返すのか…………――――!!

よく見ればクエナは火照ったままだ。

どうやらこちらも振り切れてしまった。

なんだ、この連鎖反応は。

「いや、別に止めないけど! 止める権利ないけど! それはそれで危険でしょ!?」

ネリムが至極当然の回答をする。

だが、よもやクエナに道理が聞くはずもない。

「それだけ強くなれば問題ないわ」

アホすぎて可愛い。

普段が凛々しくて気高くて真っ当なだけに余計にそう感じてしまう。

さらに横でシーラがパチンっと指を鳴らす。

「たしかに!」

「あんたも!?」

子供を作る予定・二人目が出来上がった瞬間だった。

場の空気が暴走している。

それを止める方法があればよかった。

だが、残念ながら空気をまとめる方法など俺は知らない。

これが魔力なら良かったんだが。

(でも、良いな。この感じ。和気あいあいとしてるって感じで)

率直な感想だった。

今もなおクエナとシーラ、そしてネリムで会話を繰り広げている。

それを聞いている俺の頬も自然と緩んでいて。

不意にネリムの言葉を思いだす。

(……浮気)

もうこんなにも出来た女性が二人も俺の傍に居てくれると言うのだ。これ以上の幸せを望めば神様に頬を叩かれるだろう。

そして、あるいは過去に戻されて騎士団の時代や……もしくは禁忌の森底からやり直しさせられる可能性だってあるわけだ。

だが、ここにきて思い出した。

いいや、忘れていたわけではない。

どうすれば良いのか、ずっと考えていた。

でも答えが出なかった。

今の今まで。

(――ユイ)

俺は彼女に――――告白されている。

ユイからの告白は、しばらく答えは待ってもらっている。

それは俺のワガママだ。

告白された時にクエナとシーラが過った。

だから保留してもらっている。

それから長い月日が経った。

あるいは彼女もその言葉を忘れているかもしれない。

いや、ユイはそんな奴じゃない。

何より、そうであっても答えなければ失礼だろう。

(俺は……どうして)

内心で答えは決まっている。

俺にはクエナもシーラもいるのだから、これ以上は贅沢というもの。

何よりクゼーラにいると分かってしまう。

一夫多妻というのは甲斐性が大きい。

愛を振り分けるにも限度があるというものだ。

きっとクエナもシーラも、俺が二人を愛することだけでも我慢してくれているはず。

(だから、ユイには……)

もしかしたら最初から答えは決まっていたのかもしれない。

俺は臆病だからユイには傷ついて欲しくなかったのだ。

だから断る方法を模索していたのだ。

次に会いに行けるのはいつだろう。

もしかしたらリフに言ったら取り次いでもらえるかな。

不意にギルドカードが鳴った。

それもクエナやシーラと同時だった。

賑やかだった空気が一区切りつく。

明らかに緊急性のあるものだから一斉に全員が視線を向けた。

「これは……」

クエナがぽつりと呟いた。

もっとも関係を持っているのは彼女だからだ。

内容は衝撃的なものだった。

たしかに――それは緊急なものだった。

『ウェイラ帝国の女帝、逝去』

ルイナの死。

それは到底考えられないことだった。

だが、それだけじゃない。

魔力の輪転が空間で行われた。

「これは……転移!?」

ネリムの言葉にシーラも警戒心をむき出しにする。

反応できていないのはクエナだろうか。

顔には悲壮を湛えていた。

どさり

二人の影が部屋に落ちる。

「ユイ……? それに、ルイナじゃないか」

黒い髪に軍服の少女。

先ほど戦闘があったばかりのようで所々に砂ぼこりと裂傷があった。

そんなユイに守られるように抱きかかえられているのは、クエナと似た顔を持つ烈火の髪の女性だった。

ルイナ・ウェイラ。

ニュースの一面を飾っている女性が現れた。

「あ、あんた生きてたの!?」

真っ先に食って掛かったのはクエナだった。

「なんだ、性急なバカが私の死をもう報じたのか? それとも、まさかおまえ達まで敵に呑まれているわけじゃないだろうな?」

たしかリフから聞いている。

ルイナは味方の側になり得る存在だと。

つまり彼女も『アステアの徒』と敵対関係になる可能性がある。

「安心しろ。俺達は仲間の側だ」

「だろうとも。だからこうして予め用意していたマジックアイテムでここまで来たのだからね。さて――どんな事情から聞きたい?」

女帝は俺達の考えを見透かしてか、堂々たる様子で質問を誘うのだった。