作品タイトル不明
15
ジードが部屋を軽く見渡す。
それから青い髪の少女が眠っていることに気が付いた。
「あなたなら分かるのでしょうね? 彼女が誰か」
「おまえの身体だろう。でも魔力はシーラのものだ」
「そう、正解」
ネリムが肩を竦める。
脱力しきった様子で邪剣を投げ捨てた。
「降参か?」
「今の私だと歯が立たない。それくらい分かりきっていることよ」
「……ふむ」
ジードが視る。
転移する様子も、罠であるような感じもしない。
「そう警戒しないで。大事な話があるから」
「大事な話?」
「そう、あなたにとっても、彼女にとっても――」
「――むにゃむにゃ……あれ、ここ……どこ?」
シーラの目が覚める。
「おはよう、シーラ」
「あれっ、私!?」
「私はネリム。邪剣よ」
「……ん~……なんかリフが言ってたような……あ! ジード!」
ネリムの言葉に眉間に皺を寄せるが、記憶を掘り起こすよりも先にジードの姿が目に入った。
それから飛びついてギュッと抱きしめる。
「お、おいっ」
「ちょっと! 私の身体で……!」
「久々のジード成分吸収ーっ!」
シーラが満面の笑みで息を吸い込む。
それから満足げにトロンと恍惚とした顔になる。
「――シーラ……?」
不意にジードの表情が曇る。
「ど、どうしたの?」
「おまえ……なんだ、それ。魔法か?」
「え、なになに?」
シーラには身に覚えのないものだった。それもそのはずで眠りから覚めたばかりなのだから、何かをしていたはずがない。
そこにネリムが悲痛な面持ちで口を開いた。
「大事な話がある。ジード、あなたがこの部屋に入った時、魔法を打ち消したわね」
「ああ、転移で逃げようとしていたからな」
「その弾みでシーラの……いえ、正確には私の身体に掛けられていた魔法が発動したわ。絶対なる『死の呪い』が、ね」
「「なっ……!」」
「え、なになに? どういうこと?」
ジードとクエナが驚愕する。
当の本人であるシーラは状況を吞み込めていないようだった。
シーラに説明するよりも先にジードが魔力をぶつける。
シーラからすればそよ風が吹いた程度の感覚だっただろう。
だが、その瞬間にもジードの膨大な魔力が身体を包んでいる。
「……相殺できない。どうして」
「それは『アステアの徒』に伝わる神代魔法の中でも最高級。あなたの目でも全てを視るのには時間が必要でしょう。きっと間に合わない」
「おまえが掛けた魔法じゃないのか?」
「違う。私は掛けられた側よ。その魔法から身を守るために邪剣となってしまっただけ。死の呪いは生者にしか通用しない――つまり対象が生命活動をしてなければ呪いは発動しないの。だから私は邪剣に姿を変えて悠久の時を過ごし、人の姿に戻ってからは代替魔法でシーラと精神を入れ替えて、 私(ネリム) の身体は仮死状態にしていたの。そもそもシーラに取り憑いていたのは彼女を利用して現代の知見を深めて、私に掛けられた呪いの魔法を解くためだったんだけど……解呪の方法は見つかってないわ」
「なら、もう一度シーラを仮死状態にする魔法をかけることはできないのか?」
「さっき、あなたが魔法を相殺してから急激に身体を蝕み始めている。ここまで来ると私ではどうしようもできない」
「……」
ジードの目が急激に動く。
その魔法を理解するため、頭がこれまでにないほどの回転をしていた。
「え、なに? どういうことなの?」
シーラが疎外感と若干の危機感を覚えながらネリムやジード、クエナを見る。
「ごめんなさいね。あなたを巻き込んだけれど、無事に帰してあげたかった。急いでアステアの拠点を襲って文献を漁ってみたけど、この魔法を癒すためのものを見つけることはできなかった」
「あの……」
シーラが軽く手を挙げる。
質問があるようだった。
「どうしたの……?」
ネリムが優しい声音で言う。
「私の顔で言われても違和感ばかり」
どこか悟りきったような笑い顔だった。
その茶化した言い回しには微かな諦観が含まれていた。
だから咄嗟におどけて見せたのだ。
それは深い悲痛を湛えるネリムをおもんぱかってのことだった。
彼女の優しい心根が少しだけ垣間見えた。
「ふふ、そうね」
だからこそ、笑みを向けてくれたシーラにネリムも笑いながら頷いて応える。
自分の身体がどうしようもないことくらいは数百年も前から知っていることだった。
それを理解しながらシーラを危険にさらし、死に追いやった。
途端にネリムは痛烈な後悔に襲われる。
最近は自分の分身のように思っていた少女――死ぬべきは彼女ではなく自分であった。
しかし何もかもがもう手遅れだった。
自分にできるのは全てが終わった後に命を以て贖罪を果たすことだけだ。
それは傍観することしかできないクエナも同じだった。
何かしたいが、その何かが見つからない。
友人を見殺しにしてしまう。
悲しみ、絶望、罪悪感。
どうしようもない自分に苛立ちさえ覚えるほどだった。
しかし、前者二人とは違い、ジードは目の焦点を合わせた。
「ネリム、来い」
「……なに? もしかして代替魔法を使おうとしてるの? それなら無駄よ。死の呪いはまず身体を蝕み、次に精神を蝕む。すでに呪いは身体から精神に転移しているわ。代替魔法でシーラと私の精神を入れ替えても、シーラの精神は死の運命から逃れることは――」
助命のようにも聞こえる。
しかし、死ぬことは別に構わないという覚悟が滲んでいた。
だが、ジードにとってそんなことはどうでも良かった。
「――はやく来てくれ」
ジードの真剣な表情に、ネリムは近づくことで応えた。
それからジードは、シーラを右手、ネリムを左手で握る。
「……!」
ネリムがピクリと身体を動かす。
それから一瞬。
シーラとネリムが互いに見合わせた。
「ど、どうして!」
「あれ? あなた誰?」
金髪の少女――シーラが首を傾げる。
その体面には青い髪の少女――ネリムが驚愕に顔を染めていた。少なくとも自分にはできなかったはずの魔法が行使されていることに対する驚きだった。
ネリムは自らの身体を真っ先に確認して気づいたのだ。『アステアの徒』がネリムに掛けた呪いの魔法がないことに。
かといって――シーラにも魔法はなかった。
この短時間で解呪の魔法を新たに生み出すことなんて不可能だ。
ネリムの脳裏にひとつの答えが過る。同時にジードの方を見た。
「…………ああ、やっぱり、こういう応用もできるんだな…………」
ジードはゆっくりと自分の身体を眺めていた。
「あ、あなた……」
それ以上の言葉を、ネリムは続けられなかった。
絶句したのだ。
これから彼の身に起こる状況を悟って。
すべての業を引き継いでしまった彼への罪悪感もあって。
「なあ、シーラ。好きだ」
「ふぇっ!?」
「――だから、幸せに生きてくれ」
ジードの顔に黒い模様が映る。
いよいよ魔法の進行が、誰の目に見ても明らかなくらいに蝕んでいたのだ。
(こんなに鼓動が早く聞こえるなんて、どれくらい久しぶりだろう。……ああ、そうだな。死ぬのはやっぱり怖いんだな)
ジードが足から崩れ落ちる。
顔がガクリと力なく垂れる。
「「ジード!」」
クエナとシーラがジードの手を握る。
(ああ、暖かい……)
たしかな感触を覚え、震えながら顔を上げる。
二人の顔を見るために。
――だが、ジードの目には暗闇しか映らなかった。
「あれ……クエナ……? シーラ……? どこ……だ?」
「じょ、冗談やめてよね? あんた、毒食べても平気じゃないの! 呪いなんて……!」
クエナが悪夢にうなされる様な声で語り掛ける。
「精神に転移した呪いならば理論上は代替魔法で入れ替えることも可能……でも理論上で可能だからって実戦で出来るはずが……それに! いくらあなたでも背負うには荷が重すぎる。これは……最強の対個人特化型の魔法よ。有史よりも前から存在するもの……」
ネリムが言いかけて止める。
それが何の慰めにもならず、自分の知識をひけらかすだけのものであると分かってしまったからだ。
「邪剣ちゃん、教えて! ジードやばいんだよね!? なにか助ける方法ないの! 私の……私の命じゃダメなの!?」
もしもネリムが何らかの手段を提案したならば、シーラは一瞬の迷いもなく実行に移すだろう。
たとえ、それが本当に自らの命を捧げることになろうとも。
「あったら……私もやっているわ。この自己犠牲は本物の証だもの。彼はあなた達を愛していた。偽物ではない、本物の愛だった」
純粋な言葉だった。
感嘆であり、驚愕であり、尊敬だった。
だが、シーラに湧いた感情は彼女には珍しい、怒りだった。
「自己犠牲ってなに。自分を犠牲にしないと本物じゃないの? 私はそうは思わない。もしもジードが私を裏切るような日が来たとしても……私は信じたことを後悔しない。それだけ人生を変えてくれた。それだけ優しくしてくれた。それだけ……一緒にいて楽しかったから――」
まだ微かに残っているジードの温もり。
シーラがジードの手を握り、自分の頬に迎える。
「――だから、大丈夫。私は信じてるよ。ジードはこんなことじゃ死なないよね……?」
シーラの涙が伝い、ジードの頬にあたる。
瞬間。
淡い光がジードの身体を包む。
真っ先に反応したのはネリムだった。
「なに、これ」
その戸惑いは『アステアの徒』がもたらした呪い以外の何かが起こっていることを示していた。
光はやがて、侵食していた魔法を取り除いた。
「…………あれ? なんとも……ない?」
「ジーーーードーーーっ!」
「うぉうっ」
シーラが勢いよく抱きつく。
感極まった様子で、普段はそんなシーラの行為を叱るはずのクエナも目じりの涙を拭いながら暖かく見守っていた。
「知ってたわ。あんたは死なないって。こんなことで死ぬやつじゃない」
その安堵の表情からは、断じるような言葉とは裏腹に、心の奥底にあった不安が見え隠れしていた。
そしてこの場において、一人だけ不可解な顔をしている人物がいた。
ネリムである。
「なぜ……打ち消す魔法があったというの……? それとも呪いにまで抗体があるとでも……? でも……どうしてジードが……? ジードだけが……?」
ネリムが呟く。
そこには軽い絶望もあった。
ネリムは確かに見てきた。
この魔法で死んでいく仲間たちを。
そして、この魔法を掛けた裏切り者さえも――。
呪いの浸食はかつてネリムが見てきたものと同じ。紛れもない死の予兆であるはずだった。
「――リフのやつ、こういうことだったんだな」
ジードが懐からマジックアイテムを取り出す。
綺麗にカッティングされた、一見すれば宝石と間違える出来のものだ。
それが元来の形状から離れており、仕事を終えたとばかりに両断されていた。
すでに魔力も消えている。
もはや本当に出来損ないの飾り物でしかない。
内蔵された魔法回路の鮮やかな構造を除けば。
「説明して。どういう……ことなの」
ネリムが顔を俯かせる。
表情は見えない。
しかし、震える声と流れ落ちる涙を見れば、自然と感情は見えてくるだろう。
そんな様子に、事情を知らない三人も巻き込まれた怒りより同情の気持ちが上回った。
「知りたかったら付いてきてくれ。俺達と共にリフの下へ行こう」
「どちらにせよ選択肢はないものね」
ネリムが頷く。
三人はそんな彼女を見て、落ち着きを取り戻した。
「……あ、あのさ。近い……かも」
ジードがシーラに対して言う。
「ふぁっ!」
今のいままで抱き着いていたシーラがパッと離れる。
普段から積極的な彼女だが、いざとなれば羞恥心が蘇るようであった。顔を真っ赤に染め上げている。
二人の間には少しだけ距離感が出来ていた。
呆れたようにクエナがため息をつく。
「ネリム、ちょっとごめんね。……――シーラ、あなた何か忘れてない?」
「わ、忘れてる……?」
「さっき、ジードがあなたに何か言わなかった?」
クエナがシーラの記憶を呼び起こそうとする。
それは『さっさと返事しときなさい』と促すものだった。
「おっ、おいっ。また後ででも……!」
「――私も!」
シーラが声を挙げる。
小さくも精一杯の、可愛らしい声を。
「――私も好き!」
言って、シーラがジードに唇を合わせる。
互いに柔らかい感触が伝わる。
時間にしてみれば一秒も満たない程度だが、二人にしてみれば永遠に感じられたことだろう。
鼓動が跳ねている。
離れていても聞こえるほどに。
「……私は一体なにを見せられているの」
「だから謝っておいたじゃない」
傍でネリムとクエナが会話をしている。
ネリムはあまり見ないよう顔を赤くしながら視線を逸らしている。
反対にクエナはジードとシーラの様子を見ながら満足げに頷いていた。
そんな二人の様子はジードとシーラの二人には届いていない。