作品タイトル不明
10
深い森。
その中で異彩を放っているものがあった。
小さな家だ。
その周辺だけが太陽に照らされており、光の下は大木でさえ不可侵とばかりに枝の一本すら近づいていない。
そんな家の外周で椅子に揺られている老人が一人いた。
「あんたがレス爺さんか?」
「ふんむ? おんしは誰じゃったかいのぅ……」
仙人のような見た目だ。
白髪にしわくちゃな顔。
唯一イメージと違うのはヒゲが生えていないことくらいだろうか。
随分とよぼよぼして震えている。
「初めまして、だよ。俺はジードだ」
「ふんむ……ジードさんかの……? どこかで会ったか……」
「いや、初めましてだ」
「おお、そうじゃったかい」
つい先ほどの言葉を忘れられている。
かなり耄碌しているのだろう。
「レス爺さん、金髪でシーラという名前の女の子を見なかったか? 俺はそいつを探しているんだ」
「はて、見たかの……ここ数年、人と会ったこともなかったような気もするがの……」
これは困ったな。
レス爺さんという名前に反応しているから、村の男が言っていた爺さんで間違いはないだろう。
と、なれば数年間も人と会ったことがないわけない。
少なくともここ数日で騎士の人間が訪れている。
そしてシーラのことを聞かれていたはずだ。
不意にレス爺さんが俺の腰を見た。
「うんむ? 良い剣を持っておるなぁ……」
「ああ、これか。分かるのか? 聖剣ってやつらしい」
未だにボロボロに錆びている。
たまに錆が落ちて中の鋭い刀身が見え隠れしているが、本当の姿を取り戻すのはいつになることやら。
「ふんむ……まぁ、人が来るのは久しぶりじゃて。中に入って茶でもどうかのぅ」
「お茶か? そんな時間はないんだけどな……」
騎士達が話を聞けなかった理由がよくわかった。
あまり記憶を掘り起こせなくなってしまっているのだろう。
これなら各地に転移して探知魔法で広範囲を探った方が良い。
魔力の消費量的に一日二回が限界だろうが、可能性はこちらの方が高そうだ。
が。
爺さんが重たそうな瞼を少しだけ開いてこちらを見る。
「あと少しで何か思い出せそうなんじゃがのぅ」
調子が良いな……
だが、そう言われたら付き合うしかないだろう。
「わかった。少しだけなら」
俺が頷くと、レス爺さんが立ち上がって家の中に入っていく。
「ふぉっふぉっふぉ。入るが良い」
「ああ、お邪魔するよ」
中は質素だった。
机に椅子に、マジックアイテムを用いたキッチンまである。
他にもいくつかの部屋がある。
(かなり現代的だな)
そんな感想を抱く。
森の中で一人暮らしているくらいだから、人や文明が嫌いなのかとも思った。
だが、この様子なら森の外との交流はしているのだろうか。
(もしかしてシーラの行方を追っているやつから情報を得るために狂信者が化けている……とか?)
かたり、とティーカップが置かれる。
もうお茶を淹れてくれたみたいだった。
「ふぉっふぉ。そう警戒しなくても良いぞ。ほれ、座ると良い」
「あ、ああ。ありがとう」
俺の心情をピタリと当てた。
耄碌しているかと思えば急に鋭くなる。
これはいよいよ何かに化かされているのかもしれないな。
「おや、また客人か」
俺が座ると同時にレス爺さんが部屋の外に向かう。
たしかに外から気配を感じる。
探知魔法を使うと少し距離が離れたところから集団が近づいて来ているのが分かる。
だが、まだ人の影すら見えない。
(この爺さん――……)
◇
レス爺さんが来客に応対するため外に出た。
ドアは微かに開かれているようで声は拾える。
「爺さん、会いに来たぜ」
「はて、どなたかいの……?」
「アステア教の神父だよ、覚えてないか?」
「ふんむ……?」
レス爺さんが俺の時と同様の態度で会話している。
外に出ると途端に耄碌するのだろうか。
「まぁ俺のことはいいさ。でもその時に言っておいたことがあるんだよ。そっちは覚えてもらってないと困るんだよな。昨日の爺さんがメモとか残してないか?」
神父とやらの声は恐ろしいまでに冷徹だった。
声には笑みが含まれているが、見なくとも分かる。
目は笑っていないのだろう。
「はて……メモなんてあったかいのぅ……」
「ボケってのは可哀想なもんだな。これがわかるか? 爺さん」
「剣かのぅ……身を守るための武器だったと記憶しておるよ」
「ちょっとだけ惜しいな。これはおまえから記憶を掘り起こすための道具だよ」
さすがに聞き逃すわけにはいかなかった。
椅子から立ち上がって扉を開ける。
外に行くと剣を持っている若い神父姿の男がいた。
他にも武装している奴らがいる。
信者ってやつだろうか。
「だれだ、おまえ」
「俺を知らないか?」
「あ? 知らねーな。おまえこそ金髪の女を見かけなかったか?」
「金髪の女ってだけじゃどこにでもいるから分からないな」
「はぁ……ったく。これだよ、これ」
神父が紙を出す。
そこにはシーラの顔が映っていた。
「知らないな」
「ちっ、なら最初から声を掛けんじゃねえよ!」
威圧的な物言いだ。
神仏に仕える人間としてあるまじき行為といえよう。
俺に怒鳴ったことで気が済んだのか、またレス爺さんの方を見て剣を向けた。
「思い出せ。ここからそう距離もないアステアの教会を潰して、あまつさえ警護に当たっていた神聖共和国の騎士を倒して逃げてんだ。追っかけた騎士がこの辺で倒されて、その時におまえがいたって証言している。匿っているんじゃないか?」
「はて……?」
レス爺さんの反応に男が剣を振り上げる。
「――まずは右腕だ」
「――!」
レス爺さんと神父の間に入る。
神父と剣を跳ね飛ばす。
「ぐっ……ぁあ! いてぇ!」
「今のは加減した。次は喋れなくなるぞ」
「てめ……何者だ! 俺をアステアの神官だと知ってのことか!」
「本当に俺のことを知らないのか? とんだ不良神父だな。真・アステア教に牙を剥いた不届き者のことも知らないなんてな」
俺の言葉に護衛の一人がようやく気が付く。
それから神父を放っておいて護衛同士で話しているようだった。
「お、おいっ。こいつジードだ。ギルドのSランクで……」
「神聖共和国で魔族の強いやつ倒したってあれか? あれ? 勇者を断ったって人だっけ?」
「ばかっ、どっちもだ!」
こいつらはまだちゃんと情報を仕入れている。
だが、神父の方はさっぱり分かっていないようだった。
「おい、てめえら! 何でもいいからそいつを拘束しろ!」
「あほ言うな! 関わる方が損だってもんだ!」
なんて会話をしながら護衛がさっさと退散した。
神父の方も分が悪いと見るや、何も言わずに無我夢中で走ってどこかへ消えていった。
老人が俺の方を見ながらニッコリと微笑んできた。
「ふぉっふぉっふぉ。助かったぞい」
そこにはたしかな謝意があった。
だが、どこか軽薄さが含まれていると感じて確信を得た。
「あんた試したろ。丁寧に実力を隠しているが、あの神父よりも強い」
「……分かるかの?」
少しだけ間を置いて言う。
どうやら俺が見抜いたことに驚いたみたいだ。
「半分は勘だ。俺の目でさえあんたの実力が視えない。その魔力の練られ方は高度すぎて初めて見る……いや、前に一度だけ見たことがある。俺の生まれ育った森で『主』と呼ばれていた魔物だ。けど、そんくらいなもんだな」
「ふぉっふぉ。その目、素晴らしいのぅ」
老人が家の中に入っていく。
それから俺もレス爺さんに付いていき、部屋の椅子に座る。
「茶が冷めたかの。新しいものを淹れようか」
ティーカップから湯気が出ている。
口に近づけると熱さを感じる。心地良い。
「どうして俺のことを試した?」
「アステアは気に食わん。が、人は好きなんじゃよ。特に優しい者は」
レス爺さんが俺の方を見る。
優しい者ってやつが俺を指していると嫌でも分かる。
「俺があいつらと手を組んでいる可能性もあるだろう?」
「勇者を断ったおまえさんとアステア教の神父が? ……ああ、いや。今は真・アステア教だったかの」
「そこまで知っているわけか」
「新・アステア教の一部のメンバーはおまえさんと仲が良い。創立の手助けをされておるからの。恩義を感じていてもおかしくない。が、組織としては敵対気味じゃ。長いものに巻かれるしか能がない不良神父が創立から一緒にいるわけがない。必然、手を組んでいるとは思えんのぅ」
「おいおい、詳しいとかいうレベルじゃないな……」
「ただのボケた爺だと思ったか?」
レス爺さんがニマリと笑う。
このしたり顔は俺が騙されていたことを確信しているものだ。
「役者になれるんじゃないか?」
「ふぉっふぉ。見てくれを使っておるだけじゃ。本職には叶うまい」
「そうかい」
褒められたことで悪い気はしてないようだ。
だが、どうにも凄い爺さんだ。
老練、老獪。
油断すれば搦めとられる。
あの不良神父が相手ならばどれだけ良かったか。
「ところで金髪のお嬢さんを探してどうするね?」
「やっぱり覚えていたか。逆に聞きたい。どうして隠していたんだ。危険な目に遭う可能性だってあったんじゃないのか」
あの不良神父を撃退する力はあるだろう。
だが、真・アステア教と敵対することに繋がる。
さらにいえば神聖共和国の騎士にだって被害がいっているわけだ。
国とまで対立するのはあまり得策とはいえない。
少なくとも冗談半分で隠していいものではない。
「……」
俺の問いに――レス爺さんは沈黙で返した。
これは聞いても無駄だろうな。
またボケたふりをされても困る。
大人しく質問されたことを答えるとしよう。
「探している理由だったか。簡単だよ。知り合いだからだ。連絡が取れなくなってるから会いたいんだ」
「会ってどうするね? 本当に彼女かどうかもわからんのだろう?」
「あの不良神父が見せてくれたろ? 本物だよ」
本当は違うけど。
まぁしかし、レス爺さんには関係のないことだ。
なんて思っていたが。
「見た目が同じでも違うかもしれないじゃろう。もうおまえさんが知っている彼女ではないかもしれんぞ」
「…………あんた」
この質問は深読みすべきだろう。
シーラの状況を知っている。
いいや、あいつがネリムであることを知っている。
やはり隠していた理由があるのか……?
「そう敵意を向けてくれるな。安心せい、居場所はわかっておる」
「……どこにいるんだ? シーラは」
「神聖共和国に向かった。大まかな目的地は地図にしたためておいてやる。助けに行くと良い」
信じて良いものか。
いや、信じるほかにないか。
「ありがとう、レス爺さん」
「なぁに。気にするでない。それからレスとはワシの愛称じゃよ」
「そうなのか?」
そういえば村の男から聞いて以降はそう呼んでしまっていた。
誰にでも本名はあるものだ。
「ワシの本当の名前はレイニース。覚えておくが良い」
「良い名前だな」
「そう言われると嬉しいのう。しかし、あまり誰にも言わないでおくれ。レス爺さんと呼ばれるのを気に入ってるのだ」
「ああ、わかった」
それから俺は家を出た。