作品タイトル不明
9
クエナは情報屋に話を聞きに行った。きっと彼女ならばシーラの行方を掴んでくれるだろう。
問題は俺の方だ。
今更ながら考え込んでいた。
(……聞き込みするとは言ったけど……嫌われてる俺の質問に答えてくれるか……?)
そりゃ何人も聞けば一人は答えてくれるだろう。
だが、前は串肉屋の店主に声を掛けただけで、他の店のやつが「こいつとは話さない方がいい」なんて言ってたくらいだし……
あれはかなりメンタルが傷ついたのを覚えている。
(でも、今もシーラは危険な目に遭っているかもしれない……)
そんなことを考えると俺のメンタルなんて屁でもない。
次の瞬間には、とりあえず答えてくれそうな男の下に向かっていた。
路地裏。
ここに男が来るという情報を掴んでいる。
というか前にここで肉の出し入れをしている様子を見ていた。
「うおっ! びっくりした……」
串肉屋の店主は俺の姿を捉えると、猫のようにバックステップを決めて心臓を押さえていた。
かなり運動神経が良い。
ガタイも良いから元々は別の職業をしていたのかもしれないな。
「すまん。表で声をかけると迷惑だと思ってさ」
「驚かせてくる方が嫌だぞ……」
「それもそうか。すまん」
二度目の謝罪を口にする。
怒ってはいないようだが不快にはさせてしまっただろうな。
「まぁいいさ。それよりも何本だ?」
店主にしてみればいつもの流れで聞いたのだろう。
買う予定はなかったが、クエナと朝食を取ってからしばらく経っている。小腹も良い感じに空いてきたので戦の前の腹支度をしよう。
「ああ、そうだな。じゃあ五本ばかし貰おうかな」
「あいよ、まいどあり。ちょっと待っててくれ」
路地裏にある肉を「よっこらせ」と言いながら運んで行った。
それから数分もしないうちに来た。
「早いな。ちゃんと焼いてるか?」
「店の分はなくならないように加減してんだ。さっき持っていった肉は焼いてる途中だ」
「ふむ。たしかにいつも通り美味い」
慣れ親しんだ味だ。
シーラの作る飯を除けばこれが俺のおふくろの味ってやつなのだろうな。
「そもそも生焼け程度でSランク様がお腹壊すのか?」
「毒を仕込んでも無理だろうな」
「今度試してみるか……」
「おいこら」
「ぬはは、冗談だよ」
豪快に笑いながら店主が背中を向ける。
どうやら店に戻ろうとしていた。
「ちょっと待て、聞きたい話があるんだ」
「おん?」
珍しいな、と表情で語っていた。
「実はシーラを探しているんだ。ちょっと行方不明でな」
「金髪の嬢ちゃんか? たしか……なんかで聞いたな、そういえば」
「本当か?」
「ああ。でも誰と話したかも……うーん」
「なんでもいいんだ。大まかな場所でも」
店主が腕を組んで頭を捻っている。
どこかで知り合いを見かけた、程度の会話だったのだろう。
だが、俺はそういった情報しか頼れるものがない。
「あ、そうだ。たしか神聖共和国の国境沿いだ」
ポンっと手を叩く。
「国境沿い? ってことはクゼーラの中にいたってことか?」
「その時はな。近くに村があるんだが、そこで一部の肉を取引してんだ」
暗にもう別の場所にいると言っている。
実際に俺の探知魔法ではクゼーラ王国内でシーラを見つけることはできていない。おそらく俺を襲撃するよりも前の出来事なのだろう。
ネリムは結構いろんな場所を行ったり来たりしているようだから、この情報を追っても意味がないかもしれない。
そう思っていると。
「どうやら金髪の嬢ちゃんがその村の近くで拠点を設けてるって話だったんだ。あんまり魔物もいないのにAランクほどの冒険者が何してるんだろうって話してたぜ」
拠点。
そうなると話は別だ。
俺を襲撃した後に戻っている可能性がある。
「その村の詳しい場所はわかるか?」
「ああ、ちょっと待ってろ」
言って、店主が地図を持ってくる。
クゼーラ王都から村までの簡単なものだが、馬車でのルートなどが描かれていてわかりやすい。
「なるほど。ここか」
「そうだ。組合の連中の品物を卸してもらってるお得意さんがいるなんだよ」
「意外と顔が広いんだな」
「クゼーラの商業組合の幹部だぜ? これでも」
どや顔だ。
商業組合といえば国にも直談判できるレベルの組織だった覚えがある。
騎士団に所属していた時、上層部がよく組合について話題に出していたような覚えがあった。
大体は愚痴だったような記憶があるけど。
「そうだったのか……串肉が美味いだけの店主かと思っていた」
「嬉しいようなひでえような。ま、何にせよ、この村のやつに俺の紹介だって言ったら口を聞いてくれるはずだぜ。おまえのことは何度か話してあるから嫌ってるやつもそういないはずだしな」
「ああ、ありがとう。助かる」
「良いってことよ。おまえには息子を助けてもらったからな」
でもよ、と店主が続ける。
「どうしたってそんな場所にいるんだよ? まさか、おまえさんがストーキングするような真似してないだろうな」
マジな顔で訝しそうにしている。
これは本当に疑われているやつだ。
「これについては言えないんだ」
リフの依頼は極秘だ。
探している理由を伝えるわけにはいかない。
「ふーん。ま、おまえにあの綺麗な嬢ちゃんをストーキングするような歪んだ愛と行動力があったら、もっと悪い噂が流れてただろうな」
「今よりもか?」
勇者を断る以上って……
それはもはやシャレになっていない。
街を歩けばゴミを投げられてしまうことだろう。店に行ってもお断りされてしまい、いずれ森に引きこもるようになる……
想像しただけで嫌になる。
「おいおい、悪かったからあまり悩むなよ。おまえさんに元気がないから冗談を言ったつもりだったんだが、そこまで傷ついてる顔をされたら罪悪感が湧いちまうだろうが」
初めて店主の申し訳なさそうな声を聞いた。
どうやらそれほどに顔色が優れていなかったのだろう。
少しだけ気分を取り直し、俺は新たなシーラの目撃情報を辿るために神聖共和国との国境沿いに向かった。
◇
村に辿り着いた。
いや、村というよりは街や都市に近いだろう。
周囲は森と山に囲まれている。
当然、魔物も徘徊しているようだった。
それら危険に対抗するための頑強な外壁が村を守っている。
中には簡単には入れた。
隣が神聖共和国であれば侵攻やスパイの心配もなく、比較的安全に交流を図れているのだろう。
(店主の言ってた店は……ああ、あれか)
肉と毛皮が描かれている大きな看板があった。
かなり賑やかそうだった。
そのうちの一人に声をかけ、事情を説明する。
「ああ、シーラさんね。アステア教の信者の人が目撃情報を探ってたんだ。ここら辺でシーラさんと神聖共和国の騎士さんが戦闘になったって話で行方を追っているみたいだよ」
どうやらここでも暴れていたようだ。
かなり足跡を残している。
もしかしたら本当に見つかるかもしれないな。
「それで村人で誰か見かけたってやつはいたのか?」
「いいや、この村にはいない。でも、この村を出た先の山に爺さんが住んでるんだ。その人が現場に居合わせたって話がある」
「居合わせたって話?」
「ああ、戦闘で負傷した騎士が言ってたんだよ。『爺さんも近くにいたんだ』ってさ」
村人が面倒くさそうに後頭部を掻きながら続けた。
「大変だったよ、あの爺さんとは交流がほとんどないから。シーラさんを探しに来た連中が村の爺さんを全員かき集めても騎士の見たって爺さんじゃなくてさ。最初は俺達がシーラさんを匿ってるんじゃないかって疑われたくらいなんだぜ」
「それは大変だったな。ところで戦闘に居合わせたって爺さんは大丈夫なのか? 巻き込まれて怪我とかしてないよな」
「無事だったみたいだな。そもそも爺さんならAランクの冒険者さんと騎士さんの喧嘩に混ざってもぴんぴんしてるだろうよ」
ははは、と冗談のように笑っている。
仮にもシーラと騎士が戦闘をしたら周囲は危険なんてものじゃないはずだ。
「ってことは、その爺さん強いのか?」
「さぁ。俺も詳しくないんだ」
肝心なところで男が疑問符を浮かべた。
俺が突っ込もうとすると、察知した男が先んじて補足した。
「それがさ、この村ができるよりも前から住んでいるって話なんだよ」
「この村はどれくらい前からあるんだ?」
かなり立派な街並みが広がっている。
外壁にしても築くのは大変だろう。
何より人の数が多い。
国境沿いだから人と人との交流が活発なのだろう。
それでもここまでの村を築き上げるには相当な労力と月日がいるはずだ。
到底、数年や十数年そこらでは無理だとわかる。
「俺が生まれる前からあるよ。三十年は余裕で経ってるし、爺さんはそれより前からいる凄い話があるぜ。あの爺さん、俺がガキの頃から同じ爺さんなんだ」
「同じ爺さん?」
「そ、爺さんのままなんだ。ずっと白髪でよぼよぼでさ」
「なるほどな」
あまり容貌に変化がないということだろう。
しかし、ここまで来ると噂話の部類かな。
赤の他人の変化を細かく気に掛けるやつは珍しい。
会うこと自体そこまでないだろうし、皺を一本一本数えるようなやつなんていないだろう。
そういうことを数えて気にするのは本人くらいのものだ。
「あ、その顔は信じてないな?」
「信じてはいるさ。ここで嘘をつくメリットなんてない」
「それもそうだがな。もっと凄い話がある。ここに村を作ったのは俺の父親の世代なんだけど、その前から祖父が度々ここら辺に来ることがあったんだ」
「……まさか、その頃から爺さんがいたって話じゃないよな?」
「その『まさか』だよ」
と、なれば容姿の変化で片づけられる話じゃない。
「どうしてそんなに長い月日を一人で生きているんだ?」
「何度か村に来るよう誘ったんだぜ。でも『ここが落ち着くんだ』って言って来やしない。魔物ばかりがいるのに何が落ち着くんだって話だよな?」
男が同意を求めてくる。
とりあえず頷いておいた。
俺も森で暮らしていた経験がある。
常に危機感を強いられるし、孤独感も尋常じゃないものがあった。
「話をありがとう。とりあえず会ってみるよ」
「ああ……でも止めておいた方がいいかもしれんぞ」
その警告は真に迫るものがあった。
まるで何かに恐れているようだ。
「どうかしたのか? まさかあの爺さんの正体が魔物だって言うんじゃないよな?」
「まぁ別の長寿の種族って話もあるんだが……あの爺さん自体は優しい人だよ。問題はアステア教だよ」
「騎士か?」
「いいや、『ボランティア』の狂信者のほうだ」
言い方には皮肉がこもっていた。
「そいつらがどうしたんだ?」
「たまにこの村にもアステアの布教に来るんだけどさ。結構頭のネジが飛んでんだ」
男がため息をしながら迷惑そうに言う。
どうやら村でも評判の良い信者ではないようだ。
ここまで来れば男の言いたいこともわかる。
「その狂信者とやらが爺さんに付きまとってるのか?」
「ご明察だ」
「どうして爺さんに? もう話は聞いたんだろ?」
「それがどうも記憶が曖昧だったらしくて受け答え出来てなかったみたいなんだ。俺達と話した時はそうでもなかったが、いよいよ老化が激しくなったのかもな」
「俺が爺さんのところに行くのを止めたのは……もしかして、そいつらが絡んでくるからなのか?」
「かもしれないってだけだな。でも、あいつらは村でも何度か問題行動を起こしてる。あんたが強いのは重々承知しているが、警戒するに越したことはないだろうな」
「わかった」
頷いて、俺は爺さんの詳しい場所を聞いた。