軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王の誕生で世界は一変する。

いがみ合っていた人族が協力体制に入る。

さも昔から仲が良かったかのように振る舞う。

それは全て『アステア』の名の下に国家や強大な組織が――半ば強制的に――統一されるからであった。

魔族は魔王の名の下に全てが決められる。

こうして完全に人族対魔族の構図が出来上がった。

大陸に脈々と受け継がれている流れだ。

時代の流れはあれど、この世代の獣人やエルフなどの他種族は傍観あるのみであった。

(……ここが旧帝国領?)

複数の王国を統べて謳歌していたはずの華の都。

それが今や黒煙を挙げている。

巨城は崩壊しており、魔族に蹂躙されていた。

「見る影もないね」

隣で勇者ヘトアが言う。

「言葉が過ぎるぞい。たった一日で落とされたとはいえ、必死に戦った者達の魂が眠っておるのだからな」

後ろから白いひげを蓄えた老齢の男性が言う。

片手には歪な形をした杖が握られていた。

一見すれば適当な森で拾ってきた大木の枝に見える。

だが、よく見ればわかる。

それが握りやすい形状をしていて、随所に高価なマジックアイテムが装飾されているものであると。

分かる者ならば、それが魔力の伝導を容易し、魔法の精度と威力を上げていることに気が付く。

そして、持ち主がこれほどの杖を持つに値する猛者であることも。

「うふふ。ヘトアはそこまで意識して喋ったわけじゃないと思いますよ。許してやってください」

シスター姿ではあるが、衣服を着ていてもグラマスと分かる魅惑的な女性。

漂わせている色香とは別に、アステア教の司祭であることを示すバッジが胸に付けられている。

女神アステアが模られている木製の質素なものだが、それはアステア教によって認められた最高位の治癒士の証だ。

数世代後には途切れてしまうアステア教の風習だった。

「うー、聖女。それバカにしてるでしょー」

「さぁ、どうかしら」

三人は随分と気楽そうな雰囲気を背負っていた。

周囲には人族の大軍。

対面には魔族の大軍。

これから総勢三十万を超える大戦が行われるというのに、ここだけ酒場のような雰囲気であった。

(でも、これは余裕でも油断でもない。軽口を叩いてコンディションを確かめ合っている)

それはネリムの考えすぎであったかもしれない。

しかし、三人の調子がいつも通りであることに安堵を覚えていたことは確かであった。それも目的のひとつかもしれない、なんてネリムは付け加えるのであった。

この戦場で勇者パーティーは初陣を飾った。

賢者オリゴレウスは得意の大規模魔法によって実に三万の魔族を屠って見せた。

聖女リーリレナ・リリスは人族の生存者を大幅に増やした。

剣聖ネリムは七大魔貴族の三人を討伐した。

勇者ヘトアは魔族軍の二万と七大魔貴族の一人を討伐した。

大戦果であり、恐るべき大勝であった。

(こんなに順調にいくものなの?)

ネリムが考える。

しかし、それが杞憂であることを一年もしないうちに理解する。

――魔王の首元にまで迫ったのだ。

賢者も聖女も優秀であった。

その実力は歴代でも指折りだろう。

さらに勇者ヘトアと剣聖ネリムの存在だ。

『歴代最強の勇者・剣聖は誰か――』

そんな議論が起こる度に名前が挙げられるほどの人物が同時代に二人もいたのだ。魔族と争う意味すらも考えてしまうほどの快勝をしてしまうのは必然だった。

魔王城。

勇者パーティーはそこまで迫っていた。

ただし軍勢はいない。

あくまでも四人だけだ。

少数である理由は魔族領の危険度が高い魔物に起因する。

一般兵では到底太刀打ちができず、既に魔族の軍勢を多く削っている以上、これより先は勇者パーティーの単独行動の方が良いと考えられたからだ。

そして、それは人族が魔族の領地を完全な支配下に置けない理由でもあった。

幾度となく魔族が侵攻してきても押し返せる戦力を有しているが、開拓できるほどの力は持っていないのだ。

もちろん、領土の奪い合いを魔王としてきたのは事実であり、種族ごとによる大陸の地図が何度か塗り替えられてはいるが。

しかしながら事実として、人族の領地でも竜の住処や危険度の高い森林には足を踏み入れることすらできていない。

けれど、それは逆も然りである――。

この大陸における各種族の生存圏はそれほど確固たる地盤の上に築かれていたのだ。

「どうしたの、ヘトア」

魔王城を前にして、ヘトアの様子がおかしいことにネリムが気づく。

いや、もっと前からおかしかった。

口数は少なくなっていたし、目を合わせることすらしなくなっている。

戦闘のレベルは高いため問題なく攻め入ることはできていたが、いよいよネリムの心配も限度に達していた。

「な……なんでもない」

口調も態度も挙動不審だ。

「あら、今日は辞めておきましょうか?」

「いいんだ! ――……いや、大丈夫。いこう」

ヘトアが声を荒げる。

怒声にも聞こえてネリムが驚きを見せると、ヘトアは冷静に淡々と答えた。

賢者がヒゲを撫でながら言う。

「いや、やめておこう。何か悩んでいることがあるのだろう。一日くらい遅れても問題ない。どうせ魔族には何もできないのだから」

賢者の言うことは正解であった。

魔族軍は既にとどめを何度も刺されて瓦解しないのが不思議なほどの状態であり、魔王も幾たびの戦場で刃を交えて力を削っているため、全快には程遠いだろう。

対して勇者パーティーには余力がある。

「……そう、だね」

こうして最終決戦は一日先送りされることになる。

ネリムとヘトアが焚き火を囲んでいた。

賢者も聖女も、この場を意図的に離れている。どちらも勇者と親しくあったが、ネリムほどではないことを知っていた。

ネリムは度々ヘトアに教えを乞うていたし、ヘトアはネリムの才能を認めていた。

その強さゆえに戦場で命を助け合う危機ほどのことはなかったが、心の底からお互いのことを理解し合えるのは二人だけだろう。

賢者も聖女もそのように考えていた。

「どうしたの、ヘトア」

「実……は……」

ヘトアが言いかけて止める。

だが、ネリムは続きを促すことはしない。

自分のペースで喋らせることが肝要であると考えたからだ。

しばらくして、ヘトアに笑みが戻る。

「あはは。実は女の子の日でさ」

「……ほんとに?」

ネリムが首を傾げる。

そもそもヘトアが重たいと弱音を吐いたことは一度もない。

が、

「明日には直ってると……思うから」

ヘトアがそう言う以上は、ネリムも頷くほかになかった。

翌日。

ヘトアの様子は相変わらずであった。

「何か言っておったか、勇者は」

賢者の問いに、ネリムが応える。

「腹痛だったそうです。今日には調子が良くなると言っていましたが……」

「ふむ。それにしては長いな。魔族領に入ってからずっとではないか」

賢者は不可解そうな様子だ。

ネリムも同感だった。

ヘトアの不自然な様子に疑念が拭いきれない。

しかし、聖女は分かりきった顔つきで言う。

「ヘトアの背負っている業は重い。私達と比べものにならないほど魔族も人族も数多く、区別なく殺してきたのだから。この決戦が終わったら楽をさせてあげましょう」

そう考えるのは自然だ。

ヘトアだけではなく、聖女も賢者も、そしてネリムも疲れ切っていた。

人の心を失わないようにするためには、殺した時の感覚を麻痺させないようにするしかない。

左胸を締め付けられる思いをしながら耐えるしかないのだ。

だが。

それが生温い勘違いであると知り得たのは、ネリム一人だけであった。

「なによ、これ! 魔王は死んだはずじゃないの!」

「これは魔法か……? ワシは知らんぞ……こん……な……」

「賢者様……! ……あ……ぁ」

賢者も聖女も息絶える。

身体は黒く朽ち果て炭のようになり、崩壊した魔王城の隙間風でどこへやら飛んでいく。

ネリムも身体が黒く染まっていた。

感覚が薄まっていく。

賢者や聖女のように自分も死ぬのだと理解した。

それでも冷静になって――ヘトアだけが無事なことに気が付いた。

(最初は……ヘトアがなんともなくて安堵した……)

けれど。

ヘトアが慌てず何もせず。

死んだような目でみんなを見ていることにも気が付いてしまった。

「ねぇ、ヘトア。どうして……?」

ただ疑問だった。

理由がわからなかったのだ。

ネリムの問いかけにヘトアが一瞬だけ目の光を取り戻す。

「私だってこんなことはしたくなかった」

それは暗にヘトアが魔法で殺したことを示唆していた。

ネリムも疑いが確信に変わった。

余計に辛くなった。

「なら、どうして」

「……アステア」

ポツリと呟いて、それ以上は喋らなかった。

ネリムから視界を逸らして魔王城を後にする。

振り返ることはなかった。

元々のネリムは剣技だけを磨いていた。

身体能力のセンスがずば抜けていたから、魔法を取得する理由がなかったのだ。

だが、人生を重ねていくにつれて、人を尊敬するという感情を知った。

ヘトア・スティルビーツ。

同い年の少女に憧れた。

自分よりも強くて気高くて優しい勇者に憧憬すら抱いた。

彼女は剣技がすごい。

でも、それに驕ることなく魔法もすごい。

だからネリムも。

――魔法を覚えた。

ネリムが『アステアの徒』によって作り上げられた最強の魔法から逃れられたのは、それが延命に過ぎなかったとしても奇跡といえるだろう。

たとえ自らが剣となる呪いが死を免れる代償として必要であったとしても。

決して自らでは解けない魔法であったとしても。

『……アステア』

ネリムは元凶を知る。

数百年変わらずいつも月日で世界を記憶に刻む。

脳の片隅にある情報を頼りに点と点を線で結ぶ。

あらゆる可能性を考慮したパターンを作る。

時に疑心暗鬼になり、時に人を過剰なまでに信じて。

たったひとつの答えと思しきものに何度も何度も至り。

そうしている間に、いつの間にか【禁忌の森底】に流れ着いた。