軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

しん・けつ

セネリアの声はよく澄んでいて聞きやすかった。

しかし、声援はロニィの方が間違いなく多かった。

それが意味することは。

『ロニィは「武」を示した! よってここに、ロニィに成祭の勝者たる名声を与える!』

オイトマが現れ、ロニィの勝利を高らかに宣言した。

どちらが勝ってもおかしくない。

俺の発言は正しかった。

今のロニィはボロボロだし、肩で息をしている。

そんな状態であっても父からの表彰は嬉しいようだ。

賞金やトロフィー、その他にもたくさんの賞品が贈られている。中には聖剣も含まれていた。

「これで無事に聖剣も奪還完了ね」

クエナが一息つきながら安堵の声を漏らした。

「ああ、ようやくスフィに返せる」

「なんだかんだ長ったわね。あんたの疲れた顔、初めて見た」

にへら、とクエナが破顔する。

疲れた顔か。俺もクエナと同様に安堵したのだろう。

今でこそマシになったが、来た当初の獣人族では嫌われていた。そんな常に緊張が漂う場所で聖剣を追い求めていたのだから当たり前だろう。

「まぁ、もう直行で帰ろう」

「そうね。シーラ今頃なにしてるかしら」

「リフに連れてかれてたよな。ちゃんと邪剣を取り除けて帰ってるといいが……」

「でも帰ってたら獣人族領にまで来てそうじゃない?」

「……たしかに」

シーラの『来たよ~!』なんて言いながら手を振っている図がイメージできる。

のほほんとした空気が流れる。

『さて、みなも気になっていることがあるはずだ!』

オイトマの、何らマジックアイテムも使っていないのに巨大な声が聞こえてくるまでは。

『オーガを退け獣人を救い!』

ビクタン達がこちらを見る。

『二匹のオーガキングを瞬殺して!』

護り手やらがこちらを見る。

『あまつさえ勇者たる資格を女神から与えられた人族!』

……全獣人がこちらを見る。

最悪だ。

これ以上は何もしたくない。もめごとも起こしたくない。いいや、何なら目立ちたくない。そんな俺の願いとは裏腹にオイトマは饒舌に話す。

『――ジード! こちらへ来て、最高戦士たる私と戦ってもらおう!』

「……転移して逃げちゃダメかな」

「やめときなさい。聖剣を返してもらえないかもしれないわよ」

「他人事だと思って……ロニィとは約束をしてるから返してもらえるだろ?」

「どうかしら。彼女もあなたの実力を見てみたそうよ」

フィールドではロニィが満面の笑みでこちらを見上げていた。なるほど。聖剣を返さない意地悪をしてくるかもしれない、と。

そんな性格じゃないと思うな―……

まぁ、そんな考えは俺の願望も入っているのだが。

「それに私としても、あなたが舐められっぱなしなのは看過していられないわ」

残念ながらクエナも俺の敵だった……

仕方なしに階段を下っていく。

期待、蔑視、不思議。

それらの視線を一気に背負う。

「よ! がんばれよ」

負けたばかりだというのに、ツヴィスの顔は屈託のないものだった。負けたことに対する悔しさはあるが、憑き物が落ちているといった風だ。

俺が軽く返事をすると、ツヴィスは肩を軽く叩いてきてから観客席のほうに向かっていった。

「頑張るのだ、ジード!」

「ああ……」

「父さんはめちゃくちゃ強いのだ。降参は早めにするのがオススメなのだ!」

悪意はないのだろう。あくまでも彼女にとっては助言でしかない。その証拠に清々しい顔でサムズアップをしてくる。

それからロニィはビクタン達に歓迎されながらクエナの隣に座ったようだ。

「さて、今はどんな気分だ?」

「どんなって……あまり良くないよ」

「なぜ? この私と戦えるのだぞ。最高戦士である私と」

Sランクであるロニィが言っていた『オイトマがめちゃくちゃ強い』とは誇張のない事実だろう。

眼前にいるだけで威圧感が半端ない。

体格の差もあってか、太陽の光が遮られている。自然までもが彼の強さを演出している。そう周囲に責を擦り付けてしまうほどに、彼の前に『戦う者』として立つのが嫌になる。

だからこそ彼がどれほど獣人から頼られているのか伝わってくる。

「負ければクエナ……赤髪の人族が悔しそうにしてくる。あいつは俺に勝ってほしいみたいだからな」

「はは、それは可哀想なことをしたな。だが、惨敗と惜敗は大きな違いだろう」

「そうだな……」

「さて、始めよう」

オイトマが構える。

握り拳が巨大な岩に見えた。

重たい一撃が振るわれる。

ジードとオイトマは、しばらく話をした後に、オイトマの攻撃で戦闘が始まったみたいだった。

私としては当然ジードに勝ってほしい。けれど、あいては『あの』オイトマだ。

彼の話は何度となく聞いている。

ギルドがあの手この手でSランクに推薦しようとしていた男だ。

それだけじゃない。

人族のどの国も――ウェイラ帝国や列強たる国々が獣人族に手を出さない理由でもある。

オイトマがいるだけで、どんな大戦の戦況も覆すのだ。

(……すごい)

ジードに猛威が振るわれる。

見ているだけの私でさえ負いきれない連打が繰り広げられていた。

動きは鞭のように素早い。でも、その一撃は巨大な魔法を使っているみたいだ。

(フィールドの魔力障壁が反応している……)

それが意味することは、たかが拳の衝撃波だけで威力を感じさせているのだ。

実際に、地面もオイトマが拳を振るう度に削れている。

究極に武術だけを組み込んだ肉体。そう表現した方がいいのかもしれない。

「避けてばかりじゃ話にならないのだー!」

隣で観戦しているロニィがヤジを飛ばす。

ジードは防戦一方だ。

拳の軌道を逸するために軽く触れることはあっても、極力触れないように避けている。

それだけオイトマの一撃が危険であるとわかっているのだ。

(……動いた)

ジードから炎で構成された薔薇と茨が生み出される。しかし、それらはオイトマに薙ぎ払われて終わった。

それからジードが何度も魔法を繰り出すけれど、まるで歯が立たっていないようだった。

魔法をもかき消している。

(何よりこれは……本気じゃない。息が全く切れていない)

騎士団や軍隊が相手なら百人や千人規模の被害が出ているはず。

それなのにこれほど動けるとは。

人族がたった一人の獣人の動向を警戒している、なんて話を聞いたことがある。それがオイトマという人物。

こうして実戦を目にすれば、それが何ら虚偽でないと分かる。

「ジード様……」

ビクタンが彼の名前を口にする。

獣人のほとんどがオイトマを応援しているのだけど、私の周辺にいる獣人は違った。少しだけ居心地がいい。それはきっと私がジードに抱いている好意から来る帰属意識のようなものが理由なのかもしれない。

『はははははは!』

オイトマの声が高らかに響く。

それから攻防は一層熱を帯びていく。

ジードの放つ魔法や近接戦も手数を増している。

互いに見切り出しているのだ。

極められている。

高度な戦い。

(……ジードが消えた!?)

転移ではない。その予備動作はなかった。あるいは私が未熟なだけとも思った。

けど、次の瞬間にはオイトマの頭上で空気を蹴っていた。

異様な瞬発力。

おそらく今までの速度はオイトマの目を緩慢な動きに慣れさせるためのブラフ。

こんなものを実戦で行うほどの余裕はありえない。

速度の振れ幅が大きすぎる。

(それを可能にするのがジード……か)

私ほどに戦況を把握している獣人は少ないだろう。

けれど、ジードの戦いぶりは素人目で見ても怪物だ。

獣人の声援は次第に消えている。

おそらく戦いを追うので精一杯になっていた。

それは隣にいるロニィやツヴィスも同じだ。

「すごい……のだ」

ここまでジードが戦えるとは思ってもいなかったのだろう。

すこしだけ誇らしい。

(でも、まだだ)

ジードの右足で蹴り上げられてもオイトマはまだまだ戦える様子だった。

しかし、反動は大きい。

隙が多い。

ジードが間髪入れず打ち据える。拳、足、魔法。

でも。

オイトマは倒れない。

『ガァァァァァァァアアッ!』

つんざく様な叫び声。

まるで初めてドラゴンに会って威嚇されたように身震いがする。

それでも相対しているのがジードである安心感があった。まるで保護されているような安心感だ。

「……あ、まずいのだ」

ロニィが冷や汗を垂らしていた。

見れば魔力障壁が壊れている。

え、声だけで……?

激越した戦いは――さすがにヤバいと感じたのか獣人たちが逃げ出す。

それは護り手であっても同様だった。

「逃げるのだ! ああなっては誰も止められないのだ!」

ビクタンやロニィ達も逃げ出していた。

このまま私が残れば、きっとジードは守ろうとしてくるはずだ。それは足手まといも同然。

見ていたい気持ちを堪えてこの場を立ち去るのだった。

(うぅ……がんばって、ジード!)

もとはと言えば私も彼を繰り出すような煽りをしてしまった。あとで何らかの補償はしよう。

そんな罪悪感と謝意の気持ちを込めながら。

とんでもない衝撃音は一日経っても続いていた。

夜になって、月が出てもなお地鳴りと叫び声が聞こえてくる。

すでに会場は壊れており、街中まで暴走していた。

近寄ることすらダメとのことで私は遠巻きに見ていたけど、ジードは遠慮がちな動きをしていることだけは分かった。

おそらく街を壊すことに躊躇いがあるのだろう。

獣人は避難をしており、魔物も近寄っては来なかった。

「さーすがに被害がバカにできないのだー」

ロニィが壊れ行く街並みを見ながらぶつくさと呟いている。

いつの間にかツヴィスやトイポ、力のある獣人たちも傍にいた。

あるいは、遠巻きとはいえ、彼らの戦いを見ていることができる者は限られてくるのだろう。

この状況は必然ともいえる。

「修繕には一か月以上かかるな」

「父さんも加減をしてくれればいいのだ……」

「加減ができないくらい強いんだろ」

「当然なんだなぁー。なんならぁ、ジードくんはオイトマさんより強いんじゃないかなぁ」

トイポの言葉に獣人たちが反感を覚えているようだった。

しかし、否定的な意見は出てこない。

ここまで来ればどうなるかなんて誰にも予想ができないからだろう。

決着がわかったのは二日目だった。

軽くうたた寝をしてしまっていた私が違和感に気づいたのだ。

音がしない。静かだ。

それが普通なのだけれど、今日に限ってはジードとオイトマが戦いを終えた証なのだ。

「んぁ。終わったのだ?」

私が起きた気配でロニィも目を覚ます。

ほかの獣人も起き始めていた。

(みんな寝ていたのね……)

休まる時間なんてなかったから、きっと一人が寝てしまうと集団心理が働いて気が緩んでしまうのだろう。

ふと――カツリ、カツリと足音が聞こえる。

それは荒んだ街並みからだった。

一人しか聞こえない。

つまり、これは勝者の足音だ。

誰もが分かっているからこそ、目線はそちらに釘付けだった。

そして。

足音は私の予想通りの人物だった。

「ジード!」

振り返ってみれば恥ずかしいくらいに声を張り上げていたかもしれない。

しかし、それくらい彼が勝利した事実は嬉しかった。

「ありえないのだ……父さんが……」

獣人たちは言葉が出ていない様子だった。まるで身体が動かなくなったかのように、佇みながら息をのんでいた。

ようやく怪物が眠ってくれた。

最後の一撃は拳を腹部にあてたものだ。

すでに何百とめり込むほどに放っていたのだが……尋常じゃないタフさだった。

オイトマと俺のために治癒士を呼ぼうと歩いていたが、崩壊した街並みには人っ子一人いなかった。

魔力も枯渇気味なので探知魔法は使えない。

そんな時。

「ジード!」

俺を呼ぶ声がした。

クエナだ。珍しく大きな声を出している。

俺が足を引きずっているところを見てか、すかさず肩を貸して支えてくれた。

「おーぅ。さすがに疲れたよ……」

「ギルドの仮眠室に行きましょう。さすがにこのまま帰ることはできないわね」

「そうだな。――なあ、オイトマに治癒士を呼んでやってくれ。なんか青い屋根の家の近くで倒れてる」

ロニィ達に声をかける。

なんとなく特徴的だった場所を伝えた。

「……わ、わかった!」

護り手の一人が反応する。

しかし、そのほかの獣人は唖然としたまま動いていなかった。

「なんだ? あいつら」

「そっとしておきましょう。処理には時間がかかるんだと思うわ」

クエナが微笑む。

「そう、か? わかった」

もはや連日の戦いのせいで頭が動いていないので、特に深く考えることはなかった。