軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32

朝だ。

テントの素材から薄明かりが入り込むため、目覚めるとすぐに分かった。

俺はもう東和国に用事はない。だから今日で帰るつもりだ。

(……なんか依頼あるかな)

寝ぼけ眼で冒険者カードを弄る。

緊急の依頼も指名の依頼もないようだ。

ならば何か面白そうな依頼でもないか、探してみようとして――

【特報】という文字が流れてきた。

そこにあったのは俺の名前だ。【勇者】という文字の隣にあった。

(……神託……勇者……)

文字を読むにつれて、次第にぼやけていた頭が覚醒していく。

どうやら、つい先ほど神託があったようだ。

魔王が誕生してもいないのに、女神のお告げで勇者パーティーが発表されたらしい。

勇者は俺だそうだ。

(リフ達の予想通りか……)

ふぁぁ、とアクビが出る。

女神も酔狂なことだ。俺は何もしていない、勇者とやらが具体的に何をするかも分かってもいない男だというのに。

そんなことを思いながら、ふと目に着く。

『――――【聖女】スフィ』

そこにはリフ達だけでない。

俺の予想すらも違った名前が記されていた。

スフィは真アステア教を設立した少女だ。俺に聖剣を託した少女でもある。

……俺と昨晩話した少女ではなかった。

「ジード!」

ノックすらなく――ドアがないため声掛けでも良いのだが――テントの出入り口が開かれる。

入ってきたのはフィルだった。

「どうした、騒がしいな」

「ソリア様を見なかったか!?」

俺の迷惑そうな訴えかける目すらも気にかけず、フィルが騒々しく問うてくる。よほどの緊急事態であることが伺えた。

「いや、知らないな。何かあったのか?」

「どこを探しても見当たらないんだ。……ニュースは見たか?」

「ニュースっていうと女神の神託のやつか?」

「ああ、それだ。ソリア様も確認されただろうと思い、心配になってお顔を見に行こうと思ったんだ。そしたらどこにもいないんだっ!」

「……そりゃ心配だな」

フィルの表情は不安を湛えていた。

「邪魔したなっ!」

居ても立っても居られない様子で踵を返す。ソリアがいそうな場所を探しに行くのだろう。

そんなフィルの背を呼び止める。

「待て」

「なんだっ! 今は……――!」

「探知魔法にかかった。近くの海岸にいる」

「かっ、海岸!?」

そんな場所になんで。フィルがそう言わんばかりの顔をする。慌てていても押し問答をする時間でないことだけは分かっているようで、顔に浮かべるだけで止めたようだ。

そんな彼女に手を差し出す。

「あの場所なら転移できる。魔力も回復したから二人分いける」

「……頼む!」

フィルが俺の手を握る。

それから視界が明転し――波の音が聞こえる場所に移動した。

切り崩されたような断崖の先は、果てしない海の先。そして――桃色の髪を憂いたなびかせた可愛らしい少女がいた。

「ソ、ソリア様!」

「……ソリア」

俺たちに気が付くと、ソリアが涙を流す。

無理に作っている笑みが、やけに痛々しい。

「……私……バカみたいでした……! 聖女になれると勝手に思っていました……!」

ニュースを見たようだ。

聖女になれなかったことに傷つき、ここまで来たと。

「あ、あれは何かの誤報です! きっと聖女はソリア様が……!」

「いいえ、スフィ様は聖女に適格なお方です。アステア教の危機を救ったのは彼女。布教に熱心で女神さまの信頼も厚いのでしょう。……よくよく考えてみれば、それも当たり前です」

「ですが、大陸一の癒し手はソリア様以外にはいません! ソリア様の活動だってスフィよりも……!」

「……いいの。私は別に聖女になれなかったことが辛いわけじゃないから」

ソリアが俺を見る。

俺の顔は――彼女にとってヒドく胸を痛ませるものらしい。ソリアの目が細められた。

「――ジードさんのお傍にいられると傲慢にも勘違いしていた。それをハッキリと突き付けられたのが苦しいんです……!」

ソリアがイヤリングを外す。

それはソリアが買ってくれた、俺とペアになるものだ。

「ごめんなさい、ジードさん。――私はまだ付けるには値しないようです」

ソリアがイヤリングを海に投げ入れた。

――咄嗟に身体が反応したのは何故だろう。

初めて海に入る。

ひどい濁流だ。飲み込まれそうになる。身体が強張って仕方がない。いや、これは水が俺の身体を圧縮しているのだ。これが海の感触か。

息苦しさを覚えながらもソリアの投げ込んだイヤリングを見つける。拾ってほしそうに、目覚めの太陽の光を照らしていた。

ギュッと両手で握り込む。

(――あれ)

意識が遠のく。

海って苦しいんだな。

どうやって上がればいいんだ、これ。

(あ、やばい――)

命の危険を感じる。

本能が何とかしなければと騒ぐ。

どうすれば――――いいんだ――……

突然、腕が力強く引っ張られる。

急速に海岸の上まで挙げられた。

「バカ! ただでさえ濁流なのに安易に海に入るな! それに泳ぎ方を知らなかったろう!?」

フィルが引っ張ってくれたようだ。

濡れ鼠のようにしてしまった。

「ジ、ジードさん……っ!」

ソリアが回復魔法を施す。

いつの間にか肺に溜まった水が口の先から弱々しく吐き出てくる。

うまく言葉が紡げない。

「どうして……私にはそのイヤリングを付ける資格なんてないのに……!」

回復をしながら、ソリアが言う。それは尋ねているわけではない。ただ自戒をしているように思えた。

今まで彼女は俺を目標にして頑張ってきたのだろう。

果てしないほどに自分を律してきたのだ。だから、今回のこれもふとした切っ掛けの暴走だ。

「資格……なんていらないよ。俺はソリアが聖女じゃなくても……これを付けていてほしい」

「でも、私には……!」

「似合うんだ、これ」

「……!」

俺の言葉にソリアが目を見開く。

なんとなく彼女の言いたいことは分かる。付けない方が頑張れるのかもしれないだろう。

でも。

「ワガママ……だよ。ただソリアが付けていると良いなって思うから……付けていてほしいんだ。俺の隣にいるのに相応しくないのに付けないとか、悲しくなるから……止めてほしい」

手に力が入らない。うまく手が上がらない。海って怖いな。

けど、ソリアはイヤリングをしっかり受け取ってくれた。

「……はいっ」

ソリアがイヤリングを付けた。

「――どう、ですか?」

「ああ、似合ってるよ」

俺の言葉に、ソリアは満悦の笑みを浮かべた。

とても、とても可愛らしい顔だった。それだけで海に飛び込んだ甲斐があったというものだ。

それから冒険者カードを取り出して、弄る。

「ジード、何をしているんだ?」

「辞退してきた」

「は?」

「……ジ、ジードさん。一体何を……?」

「勇者」

「はぁぁぁぁぁ!?」

「な、何でですかー!? わ、私に気を遣ったのならそんなことは……!」

「いや、勇者って色々と面倒くさそうだからさ」

ニッコリと笑って返しておいた。

迷惑をかけられたお返しだ。

彼女達の驚きは、しばらく続いた。