軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ラナの視点

私は――怖かった。

平穏に暮らしていた私の生活は急に奪われた。

黒づくめのエルフ達に連れ去られて、どことも知れぬ場所へ放り込まれた。

さらなる平穏へ――。

私から発せられるジャラジャラという鎖の音や声以外はなにも届かない。そんな『平穏』な空間だった。

稀に乾きものの食事が落ちてくること以外は変化も何もない場所だ。

水はマジックアイテムから補給できる。そのマジックアイテムも一か月で切れるけど、二週間前後でまた落ちてくる。

なにもない。

なにもない。

――なにも。

心が壊れそうだった。

なぜ私を捕らえたのだろう。

そんな疑問が湧いてくる。

答えは簡単だ。姉がエルフ姫になったから。だから悪い勢力に攫われたのだろう。人質として。

そんな答えに至ることは容易かった。

けど、抗うことは難しかった。

鎖を外す力もなく、ましてや外せたとしても暗闇の中で動き回れない。おそらく幾つもの魔法陣が敷かれているから。解除の魔法も心得ていない。

こうして姉の足手まといになることが嫌だった。

私が傷つくよりも、一人ぼっちにされるよりも嫌だった。両親はおらず、血の繋がった親戚がいるくらい。

小さい頃から一緒に育った姉に迷惑をかけたくなかった。

そんな思いを抱きながら、私はずっと捕まえられていた。

一人で、十年、二十年と時が過ぎていく。

もう外の景色を忘れた。

家の外観もどんなものだったのかすら忘れた。

姉の顔も声も、遠い遠い記憶になっている。

意識すらもぼやけてきた。

きっと本当に壊れてきたのだろう。

でもこの身体も心も頑張ってくれた。もしも他の種族だったら、これほどの長い時を捕らえられていたら十日も持ちこたえられなかっただろうから。

重たい瞼を閉じよう――――とした時。

「……間違いないな」

そんな小さな声がした。

声なんて久しぶりに聞いた。幻覚なら何度も耳にしたが、ここまで確かな声は本当に久しぶりだ。

思わず起き上がる。

人が、確かにいた。いつぶりだろう。咄嗟に口を開く。が、喋る前に目の前の人が口元に人差し指を持っていき「しー」と言う。

静かに、ということだろうか。

それから地面に手を置いた。

パリン、パリン、という音が連続したり、五芒星が淡く光る。

「これで大丈夫だ。おまえはエルフ姫シルレの妹か?」

男の人がそう尋ねてきた。

声、出せるだろうか。

「……あなたは?」

かすれ気味になっている、久しぶりに聞く自分の声。

言葉すらも忘れかけていた。

「俺はジードだ。訳あってシルレの妹を助けたい」

ジードと名乗ったその男の人は、たしかに敵意も悪意もない、純粋そうな気持でそう言った。

私を助ける……?

思わず、名乗った。

「私はラナです。ラナ・アールア……」

「妹で間違いないな?」

ジードさんが確認するように問うてきた。

おかしい。私の名前を知らないのだろうか。助けに来たのに? 確認をしているだけかもしれないけど、少しだけ気になった。

「はい。あの」

「なんだ?」

「あなたとお姉ちゃんはどんな関係なんですか?」

「どんな……って」

ジードさんが言い淀む。

やはり、なにかおかしい。救う者の名前も知らずにこんなところまで来るだろうか。

「赤の他人だな」

「……赤の他人なのに私を助けるんですか?」

「ああ、そうすることで俺も助かるからな。ほら」

手を差し出される。

ジードさんも助かる? よく見れば耳が短い。普通の人間だ。

どちらにせよ、私には彼に抗う手段もない。それなら賭けるしかないだろう。頷き、手を取る。

「少し明るくなるから目を閉じておけ」

ジードさんはそう心配してくれた。

もしかすると良い人なのかも、そう思いながら相槌を打つ。

それから辺りが明るくなる。

まずは香だった。

自然豊かな、懐かしい香りが鼻に届く。

それから瞼を刺すような光も消えて、目を開くと懐かしい家があった。

一瞬だけ戸惑う。でもすぐに思い出した。

小さい頃から住んでいた家だ。

私と、シルレ姉さんの家だ。

「――――……っ!」

懐かしさから涙が溢れ出る。

それから、家の中から姉が出てくる。

懐かしい顔が視界に入る。

私の顔を見て、膝を地面に落とした。

「シルレお姉ちゃん……!」

恰好をつけて、いつからか「姉さん」と呼んでいた私が、小さい頃の「お姉ちゃん」呼びが目を覚ます。

「ラ……ナ?」

「お姉ちゃん……!」

私達は久しぶりの再会に抱き合うのだった。

それからしばらくして色々があった。

神樹様が朽ちそうになったり、賢老会がエルフを支配しようとしたり……。

でもその度に私を救ってくれたジードさんが助けてくれた。

きっと彼は白馬の王子様というやつなのだと思う。

シルレ姉さんも随分と気に入っているようで、事あるごとに「ジードさんのような方がエルフの里に居てくれれば」と言っている。

その点は激しく同意したい。

けど私の考えとは少しだけ違うんだと思う。

シルレ姉さんはジードさんを「戦力」として居て欲しいのだろう。それから、私と同じような気持ち――ただ傍に居てほしいとも考えているはずだ。

私は純粋にジードさんの傍に居れば安心できるんだけど。やはりシルレ姉さんにはエルフ姫としての責任があるんだと思う。

まぁ、でもジードさんが欲しいと願うのは変わらない。だから、私達の家にいる間は積極的にアピールしないとっ。

まずは胃を掴むところからなんだけど――。

私は食材の買い出しに来ていた。

腕に掛けている麻のバッグを確認する。

よしよし、これで今日もバッチリ美味しいものを作れるぞ。

ジードさんの美味しそうに食べる姿を見ればニマニマが止まらない。

不意に――横から手が伸びる。

それは家と家の間にある暗闇から。

どこか似たような光景だった。

そうだ。

私があの時に捕まった時の――。

反射的に横を見るとダークエルフの男性がいた。

ああ――私はまた。

いやだ。

いやだ。

シルレ姉さんと離れるのはもういやだ。

あんな暗闇はもうごめんだ。

今度こそ私は持たない――。

――――――ジードさん

私の心の声に呼応するかのように、私に差し迫った手が止まった。

いや、止められていた。

「まったく、おまえは捕まりっ子の体質なのか?」

「――ジードさん!」

ダークエルフの手を掴んで登場したのは――やはり私の白馬の王子様だった。