軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第84話 銅級冒険者レントと口上

「別に構わんぞ。確かに暇なときは暇だしな……お前の言う通り」

若干目を細めつつそう言われたのは、俺が孤児院から帰宅した後、ロレーヌと夕食をとっているときのことだ。

何の話かと言えば、アリゼに魔術の教師をしてもらってもいいか、という件である。

その際に、アリゼとした色々な話をロレーヌにしたわけで、その中でロレーヌは結構暇だろ、という出来れば口にするのを避けるべきだった言葉をさらっと言ってしまったのだ。

口から外に出た後、あっ、と思ったものの、特に触れずにいてくれたので流してくれたのかな、と思っていたらこれである。

完全に失敗した、これではお願いも通りそうもないな……と肩を落としていた中、こんな表情でも引き受けてくれたことに俺は感謝する。

「すまない……いや、ひまだっていいたかったわけじゃない。すこしじかんがあるかもなと……」

俺がもごもごとそんな言い訳を話し始めると、ロレーヌは顰めたじと目から、ふっと笑って手を振り、

「分かってる……冗談だ。全く。しかし世の中には冗談の通じない女と言うのもいるからな。よくよく気を付けることだ。お前は冒険者とはすんなり仲良くなれても若い娘の気持ちと言うのを分かってないからな」

と注意された。

少しじゃれただけらしい。

俺は良かった、とほっと心をなでおろす。

それにしてもロレーヌのアドバイスは的確かも知れない、と思う。

俺は今までずっと、 神銀(ミスリル) 級を目指して人生をそれに捧げて頑張ってきたわけで、そのためには才能がたとえ無いとしても、あらゆる努力を惜しまなかったつもりだが、その中には当然、若い女性に対する正しい態度、なんて科目はなかった。

まぁ、あの頃の俺の実力では無理だったにしても、いつかランクが上がれば貴族などに呼ばれることもありうるため、貴婦人に対する対応や礼儀については勉強していたし、ある程度身に着けてはいたが、一般的な女性に対する機微には欠けるところがかなりある、というのは自覚していた。

意識的に振る舞えばある程度格好はつけられるし、何を言ってはまずいのかも理解できてはいるのだが、こう、少し親しい間柄になってしまうと途端に 鍍金(めっき) が剥がれてしまってつい余計なことを口にしてしまい、こんなことになるのだ。

これは気を付けていかなければな、と深く思った。

「……ごちゅうこく、かんしゃする。しかし、こんなみためじゃ、わかいむすめとなんて、ほとんどかかわらないきもするけどな……」

今の俺は黒いローブの不気味な骸骨仮面である。

一体どの世界の若い娘が俺に近づこうと言うのだろうか。

少なくとも俺が若い娘であったら、こんなもの確実に遠巻きにする。

道を歩いている、仮面ローブ男、花を売っている少女、話しかける仮面ローブ男……。

「も、もし、おおおじょうさん……」

「ひっ…誰か! 誰かぁ!! 助けてください!」

「ち、ちがうんだ! お、おれはただはながほしいだけ……」

「ひぃぃぃ! あの男が! あの男が花が欲しいと!」

そして花の意味を曲解されて捕まる仮面ローブ男。

弁解? 意味不明なことを供述しており……。

……ダメだな。

絶対に街中で若い娘に話しかけるのはやめておこう。

そんな妄想をしていると、ロレーヌが、

「おいおい、若い娘はここにいるじゃないか。ほれ」

と自分の顔を指さして言う。

俺は首を傾げ、指の先を見て、

「……どこだ?」

と尋ねると、ロレーヌが手をぐーにして、

「お前……いくら私が温厚でもそのうちブチ切れるぞ? 二十四の娘を見て、言うに事欠いてそれか? ……ふむ。そう言えばここに最近開発された強力な呪術の解説書が……」

と言いながら杖を片手に何か怪しげな本を探し出したので、俺は慌てて止める。

「ま、まてっ! わかい! わかいから! ろれーぬはわかいむすめだ! しんせつのようなしろいすはだに、ちょうこくをきりだしたかのごとくきんせいのとれたしたい、おぉ、それにくわえて、びのかみにうつくしさのたいげんとしてつくられたみずうみのせいれいすらもこうべをたれるだろううつくしいかおだち! がくもんのかみにあいされたそうめいなずのうに、せいじょをみまがうがごときやさしさにみちあふれたせいかく! どれをとっても、ろれーぬはわかいむすめのみほんそのものだ!」

こういうときはとにかく褒めた方がいい。

そうしないと死後の世界がその後ろにひたひたと迫る足音が徐々に大きくなっていくだろう。

それを避けるためには恥も外聞も捨て、とにかく目の前に立つ女をほめたたえることだ。

それが出来なかったら?

そんなの言わなくてもわかるだろ?

とは、以前酒場で一緒に酒を飲んでいた既婚者の男性冒険者だ。

妻の尻に敷かれていつも管を巻いている、がオシドリ夫婦で有名で、その秘訣を聞いた時に出てきた言葉がそれだった。

あいつ、元気なのかな……どこかで宿を開いたとか聞いた気がするが……。

そんなことをうすぼんやりと考えながら口にした言葉だったが、ふと、ロレーヌの顔を見ると、彼女は俺の方を見つめ、停止していた。

……?

なんだろう。

ロレーヌはそして、俺に向かって口を開く。

「……お前、その口上は一体どこで覚えたんだ?」

その表情は呆れたようではあったが、先ほどのような怒りじみたものは感じられず、俺は少しほっとした。

俺は言う。

「どこでって……べつにどこでもないぞ。みちなかをあるいていれば、にたようなこといってるやつはみかけるし、えんげきなんかでもちかいことはいってるだろうが……きほんてきには、ただおもったことをいっただけだ」

「思ったことだと? お前……そこら中の女にそんなことを言ってるのか?」

驚いたようにそう言ったロレーヌに、俺は首を振る。

「まさか……そんなばめん、みたことないだろ?」

ロレーヌほど気心知れた相手ならともかく、そこら中の女にこんなことを言って歩いていたら色々と疑われるだろう。

言うはずがない。

俺の言葉にロレーヌは少し考え、それから納得したようにうなずいて、

「……まぁ、そうだな。いや、すまん、なんだか妙に慣れているように聞こえてな……」

「なれてたらいまごろおれはぼうけんしゃなんてやってないで、どこかのいなかにだれかとひっこんで、てきとうなざっかやでもやってるさ。それくらいのたくわえはがんばればどうきゅうでもためられるしな」

「だろうな……安心した」

「あんしん?」

どういう意味か、と思って首を傾げると、ロレーヌは、

「あぁ……お前が色魔でなくて良かったなと」

と結構ひどいことを言う。

が、先ほど言った台詞を考えるとそう言われても仕方がないかもしれない。

台詞の選択があまり良くなかったな。

彫刻を切り出したかの如く均整の取れた肢体、とかは相当いやらしい目で見ているようではないか。

改めて思い出し、申し訳なくなった俺は、ロレーヌに、

「……いや、わるかった。そんなつもりじゃなかった」

「それこそ分かってる。まぁ……そういうのも含めて若い女には注意することだな……おっと、まだ食べるか? 皿が空だが」

ロレーヌがふと気づいたように俺の皿を見る。

そこには先ほどまでロレーヌの作った料理が入っていたが、やはり彼女の血入りだからだろうか、非常においしくてすぐに食べ終わってしまった。

最近よく料理を作ってくれるロレーヌだが、その理由は家事が好きになった、とかではなく、俺の体調管理と言うか、健康状態を観察したいかららしい。

つまりは、研究目的だ。

まぁ……ロレーヌらしい。

俺は彼女に頷いて、

「まだあるなら、たべたいな。どこにある?」

と、皿を持って料理を取りに行こうとしたが、ロレーヌが、

「いや、私が持って来よう。鍋が二つだから分かりにくいだろう」

とさらりと言って、皿を俺から奪い、キッチンに行ってしまった。

その後姿は何か妙に弾んでいるような気がしたが、まぁ、気のせいだろう。

◆◇◆◇◆

キッチンに辿り着いたロレーヌは、ふと、壁に貼り付けてある鏡が目に入った。

そこにはいつものように冷静な顔をした自分の表情が映っている。

しかし、長く伸びた髪をかきあげ、ぴんと立った形のいい耳を見ると……。

「……赤くなっているではないか。……酔ったかな」

食事をしつつ、ワインを口にしている。

たしかにその可能性もないではないが、ロレーヌはかなり酒精に強く、どれだけ飲んでも顔に出たことは無い。

当然、耳にも。

だから論理的に言ってその推論は間違っているのだが、自分の心の中でそれを否定するのは何か危険な気がして、

「……飲み過ぎは良くないな、飲み過ぎは……」

そう一人呟きながら、レントの皿に丁寧に料理を盛り付け、そして食卓へと戻っていく。

その足取りは、やはり若干弾んでいるが、それを確認し、指摘する者はどこにもいなかった。