軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8話 屍食鬼のお願い

「ち、近づかないで!」

俺がゆっくりと、「ヴぁ―……」とつぶやきつつ手を伸ばすと、少女はそう叫んで後ずさった。

当たり前だろう。

迷宮の中で、 屍食鬼(グール) がうめき声を上げながら近づいてきて警戒しない人間など、この世にいるはずがない。

しかも、よくよく考えてみれば、この迷宮≪水月の迷宮≫のこのくらいの階層に 屍食鬼(グール) がいるというのは極めておかしい。

屍食鬼(グール) は 骨人(スケルトン) よりも上位の魔物であり、鉄級冒険者が狩場にするようなところには滅多に出てこない。

出てくる場合は、下の階層から何かの間違いで登ってきたようなときか、もしくは迷宮のルールに支配されにくい特殊個体であるかのどちらかだ。

そして、どちらの場合であるにしろ、その 屍食鬼(グール) の強さは通常のそれよりも上であることが多い。

駆け出しがそんなものにいきなり出遭えば、それこそ死を覚悟しなければならないレベルだ。

警戒して当たり前だった。

じゃあお前はそれが分かっていてうめき声を上げながら少女冒険者に近づいたのか、と言われてしまいそうだが、俺としてはそんなつもりはなかった。

むしろ普通に挨拶しようと思って声を出したつもりだったのだが、やはりまだこの体になれておらず、特にただ戦うのならともかく、声を出す、というのは非常に難しかったのだ。

戦い方、体の動かし方については、昔から修行を欠かさなかったこともあって、自分のどの動きがどんな風に悪く、どう直せばいいのか客観的に理解出来たため、修正も容易だったので早い段階でどうにかなった。

けれど、喋り方については改めて考えてみた経験などあるはずがなく、これについては非常に苦戦しているのである。

その結果として、ヴぁ―、といううめき声になってしまったわけで、これはもう仕方がないだろう。

それに加え、こんな体になって、初めて出遭った人間、それも若い女の子に、近付かないでと叫ばれる、というのは結構なショックだったが、それもまた仕方あるまい。

別に俺という存在が気持ち悪いとかそういうわけではなく、ただ 屍食鬼(グール) だから、という理由なのだから気にする必要もないだろう。

たぶん。

しかし、そうであるとしても俺としてはどうにかコミュニケーションをとりたかった。

だから、俺は少女の言葉にぴたりと止まり、とりあえず何か言葉として聞こえる声を出そうと努力した。

「ヴぁ、ヴぁ―……ご、ごんにぢヴぁっ。お、おで、ヴぁ、れん、れんど。れんどぉー!」

「ひぃっ!」

いきなりわけのわからない声を出し始めた俺に、少女は怯えたような声を上げる。

しかし俺はひるまない。

ここで諦めることは良くない気がしたからだ。

たとえば、もし仮に、ここでダメだと諦め、そして少女がここから逃げ帰ったとする。

すると、どうなるかというと、迷宮に特殊な魔物が出現した、という報告が 冒険者組合(ギルド) にされることになり、そしてそれなりの腕を持つ強力な冒険者がやってくることになるだろう。

そうなれば、流石にまずい。

色々な魔物と戦い、存在進化を経た俺が、多少は強くなっているとはいえ、それでもまだまだ及ばない人間など死ぬほどたくさんいるのだ。

この状態でそんな奴らに来られると終わる。

だから、どうにかして少女とコミュニケーションをとる必要があった。

最後の手段として、一応、少女を殺してしまう、というのもないではないが、俺は人間だ。

そんなこと、出来る気がしなかった。

まぁ、少女が盗賊だとか犯罪者だとか言うならまた別だが、見る限り一生懸命頑張っている若い冒険者、という感じなのだ。

そんな人間の未来を自分のために無残に奪う気になど慣れるはずがなかった。

だから俺は、必死に喋った。

「だ、だのむぅっ! ……ぎ、ぎいで、ぐでっ……おぉ、お、ではっ、でぎじゃ、ないっ」

そんなことをしばらく話し続けた。

すると、少女の方も、相対しているのにまるで襲い掛かってこないことを奇妙に思ったのか、声に耳を傾けるようになってきた。

「……? なにか……喋ってる……?」

「ぞう、ぞうだっ……おではっ、れんどっ! ぼ、ぼうけんしゃ……だ……」

やっぱり相手がいると違うのか、俺も少しずつ喋るのに慣れてくる。

最初よりは若干クリアになってきた声に、少女も意味を掴めるようになってきた。

「……ぼうけんしゃ……ぼうけんしゃ、冒険者!? もしかして、あなたは……あの、冒険者なの、ですか……?」

「ぞう! おでは、ぼうけん、しゃ! なまえは……れんどっ!」

「……レンドさん?」

「れんど……れん、ど……れんとっ!」

「あぁ、レントさん……」

ここまで来ると、少女も慣れてきたらしい。

思ったよりもこの少女、図太いのかもしれない。

武器は構えたままだが、 屍食鬼(グール) である俺と、普通に話している。

「それで、そのレントさんがどうして……そんな見た目を……何かの擬態とか?」

「ぢ、ぢがう……おで……しんだ………」

がっくりとしながら、改めて自分の置かれた状況を説明すると、少女は申し訳なさそうな顔で、

「あっ、そ、そうですよね…… 屍食鬼(グール) ですもんね……え、でも、確かに不死系の魔物の一部は人が死んだ後に変化するとは言われていますが……生前の意識とかは殆ど残らずに、全く別の存在になるという話を聞いたんですが……」

少女の口にした言葉は正しい。

生前の記憶の一部を保持していたりする場合が全くない訳ではないが、それはその生前の記憶が本能に組み込まれたような形になっているだけで、生きている人のように明確な記憶と意思がある状態とは別だ。

高位のアンデッドの中には、極めて高度な魔術により人から転生してそうなった、という場合もあるにはあるが、それはほとんど伝説的な話であり、お目にかかれることなどまずないと言っていい。

つまり、こんな状態の 屍食鬼(グール) が、人のような意志と記憶を持っているというのは、珍しいを通り越してありえないと言ってもいいことなのである。

それについては俺もうまく説明できないが、なんとなくその理由は予想していないでもなかった。

たぶん、俺が出遭った《龍》、あれのせいだろう。

どんな理屈なのか、どんな現象なのか、その詳しいことはわからないが、あの《龍》が何かをしたからこそ、こうなっているのだと思う。

それ以外に、俺には特別なところなどなにもないのだから当然の結論だった。

しかしそれを説明しても仕方がない。

それよりも、まずは、少女に俺がしっかりとした固有の意識を持っていることを分かってもらい、色々と協力してもらうことが先決だった。

とにかく、俺は街に行きたいのだ。

そのためには少女の協力が必要なのである。

「……そでは、お、おでにも、わから、ない……でもっ、おでは……いぎでるっ!」

「そ、そうなんですか? 生きて……生きていると言われると妙な感じがしますが……確かに、普通の魔物とは違うみたいですし、私、助けてもらっちゃいましたし……そうでした。その節はどうもありがとうございます」

喋りながら思い出したのか、少女は剣を構えたままそう言って、会釈をする。

俺もそれに答えた。

「い、いい……ぎに、じないで……。ぼうげん、じゃは、……だ、だずげ、あい……」

「そう言っていただけると……あの、それで、つかぬ事をお聞きしますが、私、このまま戻ってもいいですか? 殺されはしないでしょうか?」

少女がそう尋ねてきたので、俺は慌てて答える。

「ご、ごろじだりなんかっ、じないっ……で、でも……ずごじ、だのみが、あるっ……」

「よ、よかった。安心しました。それにしても、頼み、ですか……? 命の恩人……恩魔物の方ですし、聞けることなら……血をくれとか、肉をくれとかでないならば」

「もぢろん、だ……ぞれで、たのみ、だがっ……お、おでにっ、ふ、ふぐをっ、がってぎで、ぼじいっ」

「服ですか? あー……あー、なるほど……」

少女は中々察しもいいようで、俺の全身を見て、理解したように頷き、続けた。

「このままだと、誰か他の冒険者とかが来たら、魔物だってことで攻撃されてしまいますもんね……うーん、体が隠れるようなローブとかだといいでしょうか?」

「で、でぎれば、ぞうじでくれるどっ、ありが、だい……あ、おが、おがね……」

少女冒険者はおそらく、鉄級冒険者である。

その稼ぎは微々たるもののはずだ。

その点、俺は一応そこそこ稼いでいたし、生前の持ち物やらお金やらはしっかり持っていた。

なぜか、変わらずに身に付けていたり、近くに落ちていたりしたからだ。

それを俺はしっかりと拾ったわけだ。

布袋に入った金貨や銀貨の詰まった袋を、地面に置き、俺が後ずさり、取る様に少女に言うと、少女はまだ少し警戒しながら、しかしゆっくりと近づいて、袋を取った。

そして中身を見て、

「こ、これはっ……随分といい稼ぎをしていらっしゃったんですね……? 生前はさぞかし名のある冒険者だったのでは?」

と驚いたように尋ねてきた。

しかし、俺が結構な金を持っているのは、一稼ぎが大きいからではなく、こつこつ貯金してきたからだ。

そのほぼ全額が、そこにあるだけである。

ただ、少女にそこまで説明することもない。

というか、説明してさもしい気持ちにはなりたくなかったので、その辺は誤魔化しつつ、別のことを言った。

「ふ、ふぐを、かってきてぐれだら……のごりは、づがっでも、いいっ……だがら、だの、む……」

俺の言葉に、少女は、

「……分かりました。いろいろと思うところはありますが……貴方は、悪い魔物ではなさそうですし……そもそも、私は貴方がいなければすでに死んでいるわけですから。このリナ・ルパージュ、騎士として、恩には報います。待っててください……レントさん」

そう言って、少女は剣を構えたまま、後ずさりするようにその場から去っていった。

なんだかんだ言って、まだ俺には完全に心を許せないらしい。

まぁ、当然だ。

むしろ冒険者であるならばそれで正しいし、そうしない奴なら今後も伸びないだろう。

いつか、いい冒険者になりそうだな、と思った。

問題は、俺との約束を守るのか、そのまま金を持ち逃げするのではないか、ということだが、十年、色々な新人を見てきた俺の眼力からすると、あの少女は裏切らないだろう、という気がした。

生真面目というか……。

まぁ、仮に裏切られたとしても、そのときはその時だろう。

俺は俺で、そのときのことを考えて、少しでも力をつけておかなければならない。

俺は改めてそう思い、他の魔物を討伐するべく、迷宮を再度、徘徊し始めた。