軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 ロレーヌの従魔師修行3

インゴの動きは非常に慎重で、小さな村の村長の出来るようなものではなかった。

自分はさほど強くない、みたいなことを常々言っている彼であるが、それでもこうやって魔物と相対しなければ、 従魔師(モンスターテイマー) など出来るはずがないことを考えれば、ある程度の戦闘技能があって当然ではある。

比較的、弱い魔物を従えて《存在進化》に導けるらしい、ということを考えると、そこまで強くなくてもいいだろうが、それでもスライムに殺される人間というのは馬鹿にできないくらい毎年出るのだ。

最低限の魔物には勝利出来るだけの、もしくは逃走できるだけの実力があるべきだった。

実際、インゴの接近をスライムは気づいていないようだった。

インゴは従魔師の技術として扱うために魔力を持ち、もちろん魔力操作の技術も持っている。

そのため、今、体外に漏れ出す魔力は極端に少なくなっているようだ。

魔物というのはその持っている感覚器官によって異なるとはいえ、大抵が魔力を感知し、それによって獲物の位置などを把握する能力を持っている。

そのため、彼らから身を隠すためには、魔力を隠す、という技術は重要になってくる。

そういった細かな魔物の習性を理解し、利用し、そして従える。

そういう技術体系を確かにインゴは持っているのだと察せられる動きだった。

そして、十分に近づいたように見えたその時、インゴは先ほど自らの血液を入れた小指大ほどの小さな試験管をスライムに向かって投げつける。

スライムはインゴの接近にまるで気づいていなかったのであるから、当然、全く避けることなどできず、試験管はスライムの体に命中する。

それを確認したインゴを見ると、彼はすでに体内で魔力を練っていて、その力はそのままスライムに向けられた。

すると、スライムの足元に魔法陣が出現する。

商売などで使う契約系の魔法陣に近い構成に見えるが、よく見るとところどころが異なっている。

さらに、インゴはそれと同時に魔力そのものを糸のように伸ばしていき、先ほどスライムに試験管をぶつけたあたりまで伸ばしていく。

何をする気なのか不思議に思ったが、しばらくしてその狙いが明らかになった。

インゴの伸ばした魔力の糸は、なんと驚くべきことにそのまま、すっ、とスライムの体内に向かって入っていったのだ。

通常、他の生き物の体内に魔力を流すことは難しい。

特に敵意を持っている場合には決してそんなことはできない。

拒絶されるからだ。

それに自然的な抵抗によって、多少魔力を注いだところですぐに霧散するか弾き飛ばされる。

どうしても流そうと思ったら、かなり接近した上で、可能なら直接触れつつ、大量の魔力を複雑な魔力操作でもって注ぐ、ということになるだろう。

もちろん、これはすでに完成している魔術……補助魔術系統をかけるのとはまた別の話だ。

あくまでも、魔力そのものを流す場合のこと。

そのことを考えれば、インゴの魔力の糸は、あれ自体、なんらかの完成した魔術、と考えればおかしなことではない。

けれど、私の目は《魔眼》なのだ。

あれが、インゴ自身の何の加工もされていない魔力であることは火を見るより明らかで、だからこそこれは異常なことだった。

なんの事前知識もなくこれだけ見せられていたら、きっと今にも叫び出していたかもしれない。

そう思った。

けれど、私はこの作業の前に行われた準備について詳しく説明されている。

あの試験管にインゴの魔力で満たされた血液が閉じ込められ、そしてそれがスライムに命中したこと、その命中した部分に向かって魔力の糸が伸びたことを知っている。

そこからすると、おそらく、インゴは自前の血液と魔力で、スライムの体内と体外の境界に門のようなものを作ったのではないだろうか。

そしてそこから魔力を通していくと……上手く、他の生き物の体内に魔力を注げる?

理屈としては納得できる気がする。

他に納得できる説明がすぐには思いつかないというのもあるが、ふと頭に上ったある例がこの仮説を補強していた。

つまりこのやり方は……吸血鬼系統の魔物が、眷属を作るやり方に極めて酷似しているのではないか、ということだ。

彼らは噛み付いたりすることで人間の体内に自らの血液を注ぎ込み、眷属を作るが、その詳しい理論的な説明は未だされていない。

しかし、このインゴの行ったようなこと、血液を通して自らの魔力と他人の魔力の境界を揺さぶり、それによって相手と自分とを同一のものとして定義し直し、そしてその魂をすら掌握する技法だと考えると……。

まさにその通りなのではないか。

そんな気がした。

実際、インゴの魔力はスライムの体内に入ると、毛細血管を通ったかのように体全体に行き渡っていく。

その最中、スライムの足元──と言っていいのかどうかは微妙だが、他に言いようがないのでそう言っておく──に展開された魔法陣は形を変えていく。

魔法陣の形状変化は、自然なもの、というよりもインゴの魔力操作によって行われているようで、元々立てていた計画通りになされている、というよりかは試行錯誤されているように見えた。

そして、幾度目の形状変化だろうか。

今まで赤い光を放っていたそれが、青い光を帯び、さらにはスライムの体内に通っていた魔力の糸と繋がるように、立体的な魔法陣へと変化した。

「……よし、繋がったっ……!」

インゴがそう感嘆の声をあげると、彼はさらに追加して魔力を注ぐ。

スライムを包む立体的な魔法陣はそして徐々にその大きさを縮小していき、最後にはスライムの体内に完全に格納されるサイズとなった。

そのタイミングでインゴは唱える。

「……我が血と魔力を贄に、盟約を結ばん。其は我のために、我は其のために……《 原初契約(コントラクトクトゥス・デ・オリーゴー) 》」

すると、魔法陣はカッ、と光を放つ。

私はそれに目を瞑ってしまった。

肝心な瞬間を見逃してしまったかも、こんなことなら何か光を遮るものを持ってくればよかった……。

そんな後悔をしつつも、光が収まっていくのを瞼の裏に感じて、なるべく早く目を開いた。

しかし、やはりどうやら遅かったらしい。

「……ロレーヌ。これでこのスライムは私の従魔になった」

インゴがそう言って自分の足元のスライムを見下ろしていた。

野生のものではあり得ない、ぴょんぴょんと懐くような動きでインゴの足に擦りつくスライムに、なるほど、インゴの技術は学ぶのに十分な価値があるなと改めて感じた私だった。