軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第610話 港湾都市と処遇

「……今の海には潜れない。私は帰り損ねたんだよ」

魚人の少女はギリギリと歯を食いしばりながらそんな風に答えた。

「潜れない? どうして?」

俺が首を傾げると、少女は渋々と言った表情で説明し始めた。

「あんただって……《魚人》が海に帰ったって話を知ってるんなら、魔王の配下がうろついてるって話も聞いてるんだろ?」

確かにそんな話を聞いていた。

そのお陰で海の船を出せていない、ということも。

俺は頷いて答える。

「あぁ……そうらしいな。なるほど、それで海に潜れないってことか?」

「そうだ。あいつらは……魔王カンヘルの配下は、海を縄張りにしてる奴も大勢いる。そいつらが海の上だけじゃなく、海中街の周りもうろついてて……帰ろうと思ったときにはもう手遅れだった。今戻ったって途中で捕まって殺されるだけだ」

比較的、ルカリスではそこまでの大問題にはなっていないというか、沖合に魔王の配下が現れてるらしいってよ、というくらいの話がなされているくらいで、具体的に大きな被害はない。

海に船を出せていない結果、海産物の確保にはかなり苦心しているのは間違いないが……。

しかし、魚人にとってはもっと深刻な問題になっているようだった。

「そいつは……なんというか。気の毒にな。だが、お前みたいにルカリスに残ってる魚人だって少ないだろうがいるだろう? 一時的にそういう奴らに頼ったらどうだ? 魚人は種族の絆が強いって聞いたことがあるぞ」

というか、人族の絆が弱い、という方が正しいかも知れないが。

魚人や獣人など、亜人、亜種族の者たちは基本的に横のつながりが強いものばかりだ。

人族は……なんというか、そういうのが稀薄というか。

同じ種族だから助け合おうという空気感はない。

にもかかわらず、他種族を排斥しようとする人族至上主義を掲げる宗教などがあったりするのが、人族の不思議なところと言うか、愚かなところと言うか……。

度しがたいものだ。

俺の言葉に少女は少し怪訝そうに、

「……あんた、随分と魚人について詳しいな? 確かにそうだけど……でも、私が頼ったら余計な心配をかける。私は……」

「私は?」

何かを言いかけたのが気になって尋ねたが、少女は首を横に振って、

「……いや、それはいいんだ。それより、この後、私をどうするつもりだよ? 財布は返した。もう行っても良いのか?」

そう尋ねてきたので、俺は少し悩む。

このまま解放したって良いのだが、彼女の事情を聞くにそうしてもまた同じことを繰り返すのではないかと危惧したのだ。

かといって官憲に手渡してしまうと……この街ルカリスでは亜人差別があるということを俺は知っている。

あまり良い結果にはならないのでは……。

そこまで考えたところで、こうしたことはこの街に詳しい奴に聞いた方が良さそうだな、と人を頼ることにした。

具体的に言うならディエゴだ。

だから俺は少女に言う。

「まだ解放することは出来ない。ただ、悪いようにはしないから、ちょっと付いてこい」

「……? やっぱり奴隷に?」

「しないって。一応聞いておくが、魔王の配下がいなくなったら、海中街に戻れて、かつ窃盗なんかせずにやっていけるんだよな?」

俺の言葉に少女は怪訝そうな顔をしたが、一応頷いて、

「……あぁ。元々はさっきあんたが言ったようなことをして生計を立ててた。でも無理になったから、何か仕事を出来ないかと探したんだが……」

「この街じゃ見つからなかった、か」

亜人差別の話だな。

そういうことなら仕方が無いか。

ただ、探し方が悪かったというのもあるだろう。

別に住んでいる人間全員がそうだというわけでもない。

普通にディエゴなんかは働いているわけだし、店を持っている亜人もそれなりにいる。

ただ、目立たない場所にあることが多いから、街に詳しくなければ探すのは大変そうではある。

「それで最後に窃盗に手を出した?」

「あぁ。あんたからは海の匂いがしたし……いざとなったらどうにかなるんじゃないかってのもあった。でも……魚人じゃないよな?」

「ん? 海の匂い……? あぁ、昨日まで潜ってたから取れなかったのかな……?」

俺ってにおうのか。

と思ったが、亜人は大抵、人族とは感覚が異なることが多い。

嗅覚が数千、数万倍あるということもざらだ。

代わりにそれが弱点になることもあるので、必ずしもどっちが優れているとも言い切れないが、少女が海の匂いを感じたというのは本当だろう。

別に体を洗ってないわけではないが、取り切れなかったのだろうな。

あれだけ深く長く潜っていたのだから、当然と言えば当然の話だ。

「海に潜ってた?」

「あぁ。俺は冒険者だ。《海神の娘たちの迷宮》にな……」

「……へぇ。腕が良いんだな? あそこは……それこそ魔王の配下がたくさんうろついているところなのに」

「そうなのか? 中じゃ 出会(でくわ) さなかったけどな」

「周りにはいただろ? あの辺りの海上に一杯いるぞ。ケルピーライダーが」

「運が良かったのかな。海上でも会わなかった……まぁ、そういうことなら次行くときは気を引き締めないと危険そうだな……」

「あいつらが、いなかった……?」

俺の言葉に不思議そうに大きく首を傾げた少女に、

「なんだ、何かおかしいのか?」

と尋ねると、少女は首を横に振って、

「……いや。そういうこともあるだろ。それより、どこに行くんだ?」

歩き出した俺に着いてきながら、少女が尋ねる。

「俺の知り合いのところだ。今は…… 冒険者組合(ギルド) の訓練場にいるはずだから、そこだな」

カピタンと訓練しているはずである。

店で待っててもいいのだが、さっさと処遇を決めた方が早いだろう。

「……そこで私をボコボコにするとか……?」

「その疑心暗鬼どうにかしろよ。気持ちは分からないでもないが……あぁ、そうだ。お前、名前は?」

「私? 私はペルーサ。古き海の子、ペルーサ」

「そうか。俺は銅級冒険者のレントだ。よろしくな」

できるだけ気さくに手を差し出してみると、やはり奇妙な表情でペルーサはその手を掴み、握手した。

それから、

「……なんだか、変な奴だな。まぁいいか。もう身を任せるしかないんだし……」

とブツブツ言っていたのだった。