軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第588話 港湾都市と潜航

「……着いたぞ! この辺りだ! 後は自分たちで潜って探すこったな!」

極めて無責任ながらも真理を突いた乱暴な台詞を、老船乗りマズラックが叫ぶ。

周囲を見つめてみれば、あの巨大な人の営みが一所にまとめられたルカリスの町並みの姿も一切なく、ただどこまでもだだっ広い海の青が広がっているだけだ。

遙か遠く、手の届かないだろう先に本来、 不死者(アンデッド) の天敵たる太陽の輝きもある。

俺はあれによってダメージを受けることはないが、通常の低位不死者であれば消滅することもあるだろう。

そうでなくとも、動きそれ自体が鈍くなることは避けられない。

あの光を克服した夜の世界の住人は少なく、しかしだからこそ恐れられる。

そんな者の身を今、俺が持っていることが不思議で仕方が無いが、それでもさして強いわけでもない。

一瞬の油断で命を失うであろうことは人であったときとなんら変わりなく、これから潜る海の底の迷宮が俺にとって最後の冒険になる可能性も決してないではなかった。

――気を引き締めて挑まなければ。

あらためてそう、自分の心に語りかけて、海を覗いてみる。

マズラックはこの辺りだ、と自信満々に言ってくれたが、残念ながら海の中はほんの数メートル先しか見えない。

迷宮が存在するのはもっとずっと先で、少なくとも俺たちはそこまで自力で潜っていく必要があるのだった。

まぁ、身につけているものが比較的軽い俺が一番そういう意味では苦労しそうなだけで、他の者たちは重い鎧を装着したまま潜ることになるのだからそんなに難しくはないか。

ニーズ達は潜っているのか沈んでいるのか判別不可能な状態にもなりかねないが、どうしても危ないときに助けてやるくらいでいいだろう。

彼らにはしっかり、ディエゴから手に入れた《空気管》を配布してあるし、あれさえあれば窒息死することだけは避けられる。

水圧で潰される可能性については、彼らの頑丈さを信じるしかないな。

カピタンは気で自らの体を強化するから問題ないだろうし、ディエゴも獣人としての強力な身体能力があるから心配は無用だ。

ただ、ニーズ達はいわゆる一般的な人族であるから、素の身体能力のみでは厳しいだろう。

勿論、冒険者として最低限のことは出来ると言うことで、魔力的強化も最低限は可能だということだが、どこまで耐えられるのかは実際にやってみなければ……という感じのようだった。

「……ま、なにはともあれ潜るか。カピタン、先に行ってくれ」

「いいのか?」

「あぁ、とりあえず大体の場所を把握しているのはカピタンなんだ。先導してくれた方がありがたいからな……その後は……ディエゴ、それにニーズたちと続いて……最後に俺が潜る」

「分かった。じゃあ、お言葉に甘えて……よっ、と」

そう言って、カピタンは船から逆さに落ちていく。

それに続き、

「では、お先に」

そう言ってディエゴも続いた。

海に人が落ちた割には、着水の音は小さく、彼らがこういった冒険になれていることがそれで良く理解できる。

そして、慣れていない者たちが船上に三人……。

俺は彼らに視線を向けて言う。

「ほら、早く潜れ。じゃないと見失うだろう」

こればかりは甘くしていると本当に見えない位置まで行ってしまう可能性があるのでとにかく急かす。

俺の目は人だったときよりかなりいいし、単純な視界のみならず体温なども察知できるので仮に水の透明度が低くてもカピタン達のいる方向は分かるとは思うが、それすらも遮られる可能性というのはないではない。

迷宮周辺というのは異変が起こりやすい空間で、通常の場所とは異なる理が働いていることを想定して動かなければならない。

そんな俺の視線の圧力を察してか、ニーズが、

「く、くそっ……ままよっ!」

と、覚悟を決めて海に飛び込んだ。

当然、というべきか、着水の音は酷く大きく、この辺りに魔物がいれば間違いなく寄ってくるだろうと思ってしまうほどだ。

ケルピーライダーが出没しているのだからその辺りは気をつけて欲しかったのだが……まぁ、仕方が無いか。

カピタンとマズラックが言うには、主に夕方辺りに出ると言うことで、朝は意外に現れることが少ないらしいので、多分大丈夫だろう。

それでもゼロではないようなので安心は出来ないが、とりあえず周囲を見る限りその気配は見えない。

海の中にも、強大な魔物の存在は感じない。

「……お前達もだ」

ガヘッドにルカスにも迫ると、彼らも、

「わ、わかりやした……! ……っ!」

「……では……お先に」

そう言って飛び込んでいく。

ガヘッドだけは可能な限り気をつけて飛び込んだ辺り、彼がニーズ達の中では最も冷静なのは間違いないようだった。

「よし……じゃあ、俺も行ってくる。帰りは、この辺りに上がってくれば待っててくれるってことで良いんだよな?」

マズラックに確認すると彼は頷いて、

「あぁ。たとえケルピーライダーがこの辺りを動き回ってようと必ず来てやるから、時間だけは間違えるなよ。気をつけて行ってこい」

そう言ったので、俺も頷いて海に飛び込んだ。

おそらく音はほとんど鳴らなかった、と思う。

まず身につけているものが軽いものばかりだからな。

それにこういう飛び込みの練習は、村にいたときに近くの湖でよくやったものだ。

まぁ、練習と言うよりは遊びに近かったかも知れないが、潜って銛で川魚を突いて取ったりさせられていたので、やはり訓練だったな。

ちなみにやらせたのはカピタンだ。

あの人の本業は猟師であり、川での魚の狩猟までもがその専門に含まれる。

まぁ、だから教えてくれた、というよりはどんなところに行っても自分で獲物を取れるように鍛えてくれた、ということなのだろうけれど。

普通の猟師の技術というよりは、それにプラスアルファでサバイバル術も、という感じに近かったからな……。

そのお陰で俺は今日まで生きてこられたので勿論文句など一切ない。

そんな師匠は一体どこまで泳いでいったのかな……と、海の中を探してみると、まだそこまで遠くまで行っておらず、目視でその背中を見ることが出来た。

その後ろにはディエゴ、それにニーズ達の姿がある。

全員が同じ方向……つまりは、ほとんど垂直に海を潜っていっていることから、迷宮の位置がなんとなく分かる……。

この深い海の、底に近いところだ。

海の濁りでまだその姿は見えないが、俺はわくわくしながら、カピタンたちの後を追い、深い海を遙か底へと沈んでいく……。