軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第578話 潜るカピタン

徐々に光が近づいてくる。

といっても、この時間帯だ。

そこまで明るいわけでは無いが……ただ、特徴的な、燃えるような赤い光が天からわずかに差し込むのが見えていた。

対照的に、俺のずっと下には深い闇が覗いている。

ただ、よく目をこらしてみると、そこに奇妙な建造物があることに気づく者もいることだろう。

あれこそが、ルカリス周辺に存在する迷宮のうち、最も攻略が困難と言われる《海神の娘達の迷宮》である。

先ほどまで俺が潜っていた場所。

そして何の成果も無かった……は言い過ぎか。

にしても、目的のものは手に入れられなかった場所だ。

もちろん、まだまだ諦めるつもりはないが、中々に先行きは厳しそうだと今日の探索で理解した。

何度も潜っていて、浅層については探し尽くしたと言っても良く、明日にはもう少し深層にまで足を踏み入れなければならないな、と決意するほどには。

そんなことを考えている内、水面が近づく。

そして、天頂のゆらめく面を破くように顔から突っ込むと、途端に俺は息が苦しくなった。

このままでは窒息死することが目に見えているので、急いで、しかし落ち着いて口に取り付けてあった《空気管》とルカリスの人間が呼んでいる《呪具》を取り外す。

《呪具》だけあって、即座にその効力が抜けるわけでは無く、解けるまでラグがあって地味に不安になる。

だが、それでも十数秒ほどで俺の肺の機能は本来のものへと戻り、辺りに無限にあるかのように漂う空気を吸い込み始めた。

「……ふぅ。もう日暮れか。船は……」

海を立ち泳ぎで漂いつつ、周囲を見回してみる。

《海神の娘達の迷宮》に行くためにはどんな小型のものにしろ、必ず船と船乗りを用意しなければならない。

当然、俺もその例に漏れず、しっかりと腕の良い船乗りと、それなりに大きめの船を用意していた。

あまり小型のものだとこうしてせっかく上がってきてもこちらから見つけるのが難しいというのもある。

目視でも見つけやすい大きさの船を用意するのは安全のために必要なことだった。

まぁ、《気》にある程度習熟していれば、周囲一キロ程度を走査することも可能であり、俺はその技術を持っているので過度な心配だと言われればそうだとも言えるのだが、《海神の娘達の迷宮》で消耗してろくすっぽ《気》を使えない状態で上がる羽目になる可能性だってある。

そのことを考えれば、やはりあまり小型の船に命を預ける気にはならない。

「……あったな。おーい!」

しばらくきょろきょろしていると船が見つかった。

手に鏡を持って、夕日を反射させつつ合図をすると、こちらに向かって近づいてくる。

その船の他に定期船の姿もあったが、実のところ俺はそれを活用していない。

そちらの方が値段が安く、毎日使うのであれば良さそうではあったのだが、港で色々と事情を聞いていると、どうもそれだと足止めを食らう可能性があったからだ。

冒険者組合(ギルド) でも定期船を勧められたが、そういうわけで俺は個人で船乗りと契約して毎日ここに通っている。

値段は高いが悪いことばかりでは無く、かなり融通が利くので楽でいい。

定期船の方はこうして海から上がっても、どれだけ遠くだとしてもこちらから泳いでいかなければならないが、契約船の方は乗員が船乗りの他に俺だけなので、呼べば可能な限り近くまで来てくれる。

そして、目の前に辿り着くと、ロープを投げてくれたので、俺はそれに掴まって船に上がった。

「……今日も無傷か。しかし、あんまりうれしそうじゃないな?」

この船の乗員であるたった一人の船乗りの男……マズラックという……が、漂流者から船上の人になった俺に向かってそう言った。

「そりゃあな……目的のものが今日も手に入らなかったんだ。浮かない顔にもなるさ」

「その割に手ぶらじゃなさそうだが……」

「あぁ、魔物の魔石やら、魔道具、それに呪具なんかも結構確保したからな。とりあえず 冒険者組合(ギルド) でこいつを売り払って、あんたへの報酬を捻出しないと……」

「……俺の雇用料はそんなに高くないぞ?」

「残りは酒場で使おう。あんたも来るよな?」

「いいのか?」

「まぁ、明日に残らない程度に、だ。こうやって今でも船を出してくれるのは定期船以外はあんただけになっちまったし……定期船すらも明日はもう出さないって話だろう?」

「俺はお前が金を出す限り出してやる。だから気にする必要は……っ!?」

ない、と言いかけたところで、マズラックの顔色が変わる。

彼の視線が向いた方向に俺も目を向けると、夕日が沈む水面の上に、いくつかの影が滑るようにこちらに近づいてくるのが見えた。

「……ケルピーライダーだな! 逃げるぞ!」

マズラックがすぐにそう言って、手に持った手綱を引っ張り、水面下の 引き手(・・・) に指示を出す。

すると、俺たちの乗っている船が今の風向きとは正反対の方向……ルカリスへと水面を走り始めた。

ルカリスで初めて船に乗ったとき、俺が最も驚いたのはこれだ。

ルカリスの船は……特に小型船は風の力や魔術で動くのでは無い。

馬車のように、生き物に引かせて動かすのだ。

だから、マズラックのように、これだけの大きさの船の主でありながらも乗務員は船長一人、ということが結構ある。

そして船乗りの腕次第で、どんな場所であっても進むことができるというわけだ。

マズラックはこのルカリスでも指折りの船乗りということで、その技術は信用に値することは、こんなことがもう何度もあったことから分かっている。

「……ケルピーライダーか。やっぱりあれも……そういうことか?」

ケルピーライダー。

海棲馬とも呼ばれる魔物を乗騎とする魔物一般を指す言葉だ。

背に乗っていたのは……遠かったからはっきりとは見えなかったが、おそらくは 海騎士(シー・ナイト) だろう。

概ね人間のような姿だが、頭部が異様に尖っていてイカのような印象を受ける、特徴的なシルエットからして間違いないと思われる。

俺が尋ねた言葉に、マズラックは頷いてから答える。

「あぁ。偉大な《魔王陛下》の差し金って奴だろうよ。一体なんだって今まで手を出すこともなかったルカリスにやってきたんだか分からねぇが……。今はどこでも《魔王》って奴は五月蠅いらしいからな」

「その割には大した規模でもないようだが……俺もそこまで詳しくは無いが、《魔王》というのは一国を滅ぼせるような軍勢をいずれも持っているらしいじゃないか」

「確かにな……威嚇か何かかね? まぁ、所詮ただの海男の俺には、《魔王陛下》の考えなんか分からねぇよ。ただ……」

「ただ?」

「あんな奴らに捕まることはねぇってことだけは言えるぜ」

「それはいいな。ルカリスまで頼んだぞ」

そう言った俺にマズラックは頷き、船はさらに速度を上げて……とうとう、追いつかれること無く港まで着くことが出来たのだった。

そう出来たのはマズラックの腕が一番の理由だったが、海騎士たちが途中で俺たちを追いかけるのを止めて引いた、というのもあった。

一体何が目的だったのかよく分からないが……。

まぁ、これからもあの辺りの海域には行かなければならない。

よくよく気をつけなければ、と思ったのだった。