軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第6話 屍食鬼の覗き

体に違和感を覚えたのは、その日、五体目のスライムを倒したそのときだった。

あれから何度も迷宮の魔物と戦った俺であるが、スライムについて、一撃で倒せたことはどうやら運が良かったと言うだけではなかったらしく、その後出遭った個体についてもどれも一撃で倒すことが出来てしまっていた。

実力が、生きていた時よりだいぶ上昇しているらしい。

銅級下位冒険者だったときはどれだけ修行しても実力が上がったという実感を得たことは無く、そして実際にまるで実力が上昇していなかったのだが、死んでからこんなことが起こるなんて喜べばいいのか悔しがればいいのかわからない。

まぁ、それでも、強くならないよりはずっといいのは間違いない。

今後もこの調子で強くなれるのか、それともどこかで打ち止めになるのかは不確定だが、とりあえず頑張ろうと思い、俺は戦い続けた。

それから、十数体の魔物を倒したところで、俺は体に今までとは異なる感覚を覚えたのである。

それは、嫌なものではなく、むしろ、何かが体の奥底から湧き出してくるような不思議な感覚だった。

とは言え、何かおかしなことになっても困るから、一応、抗おうとはしてみたのだが、その努力は無駄に終わった。

そして、びきびきと体中が音を立て、ほんわりとした光に覆われた。

――一体、何が起ころうとしているんだ?

そう思ったのもつかの間、突然、俺の体、白い骨の周りを覆うように枯れたような肉が浮き出てきた。

それは俺の骨を、その白い色を隠すように包み込んでいく。

そこまで至って、俺は直感した。

これは、念願のあれではないか。

――存在進化。

それが今、起ころうとしているのではないか。

そう思った。

実際、その現象はしばらく続き、俺の体中に広がっていった。

腕を肉が包み、また足や体も同じように包まれていく。

今まで骨だけだった俺の体に、肉が……!

そして、しばらくしてその現象が止まった。

改めて、俺は自分の体を観察する。

確かに、そこには肉がついていた。

今までなかった、肉が。

しかし、そこには人間だった時のような、綺麗な肌があるわけではなく、何かひどく枯れた感じの、筋張った肉がくっついている、というような印象だった。

体中がそうで、顔も、鏡がないからよくわからないが、それでも大体想像はついた。

そもそも、こういう肌質というか、骨に枯れた肉がただ引っ付いたような形をした存在を、俺は良く知っていた

―― 屍食鬼(グール) 。

それはまさに、俺が存在進化を目指していた対象である。

俺が覚えている 屍食鬼(グール) の容姿は、人間の体から皮膚を全部剥がし、そしてある程度、皮膚の下の肉をちぎった上で、よく乾燥させたような感じ、と言えば大体想像していただけると思う。

つまりは、非常に気味の悪い……そう、乾いた死体、という雰囲気の不死系の魔物であった。

こんなものに好んでなりたいというものがこの世に存在しないだろうことは明白である。

が、俺にとっては今までと比べるとかなりの前進のように思えた。

なにせ、体に肉がついているのだから。

そして、魔物の存在進化をこの身で体験できたわけで、それはつまり、これからも頑張っていけばもっと上位の存在になれる可能性も生まれてきたと言うことだからだ。

不死系の魔物は、上位の存在になればなるほど、容姿が人間に近づく。

屍食鬼(グール) の上位の存在、 吸血鬼(ヴァンパイア) にでもなれれば、もう見た目の上では人間と区別できなくなる。

そこまで至れば俺も問題なく街中で活動できるようになれるはずだ。

今のままだと、何かで隠せば街の中に入れる可能性があるくらいで、好きに活動できるというほどではないからなぁ。

まぁ、門番たちとは顔見知りだったし、うまくやれば普通に出入りは出来るかもしれない……。

あぁ、そうだ。

枯れているとはいえ、一応、肉の体を得たのだ。

こうなると試したいことも出てくる。

「――ヴぁ……ヴぁー……」

喉に力を入れて、声が出るかどうかを試してみる。

どうやら、音は出るようだ。

「こ、こんにぢヴぁ……こんに、ぢ、ヴぁー……おヴぁ、ようごじぇ、まづ……ご、ごんにぢヴぁ……」

……。

うーん。

どうなんだろうな。

一応喋れはするのだが、流暢には話せない。

練習が必要なようだった。

とは言え、何も話すことが出来なかった 骨人(スケルトン) 時代とは全然ましである。

これならもし、迷宮に人が入って来たとしてもなんとか意思疎通が図れそうだ。

まぁ、向こうがこんな俺でも怯まずに話してくれるのなら、という前提があっての話だが……。

そんなことを考えていると、

――ぎぃん!

と、遠くから、誰かが魔物と戦っている音が聞こえてきた。

剣が何かにぶつかる音だ。

この階層の俺が先ほどから倒してきたような、弱い魔物しかいないから、そんな金属の立てるような音を鳴らす魔物などいない。

つまり、金属が何かとぶつかるような音がしている以上、よっぽどのイレギュラーがなければ、それは冒険者の戦う音だ、ということだ。

それを聞いた俺は、人がいる!

と、心が躍ってしまった。

まだ、俺がこの迷宮で生活し始めてから一日くらいしか経ってはいない。

しかしそれでも、夜通し、一人ぼっちでこの迷宮の中で戦い続けてきたのだから、そう思うのは当然であった。

いつもなら朝から夕方くらいまで戦って、街に戻って食事しているところ、いつの間にか 骨人(スケルトン) になって、将来の全く見えない状態の中、人通りの少ない真夜中に、迷宮で一人だったのだから、たった一日くらいでも人恋しくなるのは当然である。

誰でもいい、冒険者がいるのなら、一言でもいいから会話できないものか。

そうも思った。

けれど、それがかなり厳しいことであるということは流石に興奮状態の俺にも理解できていた。

なにせ、今の俺は 骨人(スケルトン) は脱したとはいえ、 屍食鬼(グール) なのである。

枯れきった死体が、唐突に近づいて来たら、まっとうな冒険者であれば警戒して身構えたうえ、倒すべく武器を振るうだろう。

話し合いの余地などあるはずがない。

だから、俺が今採るべき選択肢は、この戦闘音が聞こえる方角から出来るだけ離れて、冒険者と接触しないように、隠れることなのだ。

けれど。

俺はどうしても、気になってしまった。

こんなに近くに人がいるのに、見に行かないということが出来るだろうか。

いや、できない。

そう言い切れるくらいに、人恋しい気分になっていたのだ。

そして、俺は選択してしまった。

ちょっと近づいて、ばれそうになったら逃げればいい。

物陰から少しだけ覗くくらいなら、大丈夫だろう、とそう思って。

それから、出来るだけ気配を隠しつつ、ゆっくりと音の聞こえる方へと進んでいった。

音が大きくなるにつれて、俺の心の中のわくわくは増していく。

もう少し。

もう少しで、久しぶりの人間に会えるのだ、と。

そして、俺はとうとう、たどり着いた。

あの角の向こう側から、戦闘音が聞こえてきている。

俺はそちらにゆっくりと近づき、そしてそうっと、角の向こうに続く通路を覗いた。

すると、案の定、そこには魔物と戦う一人の冒険者がいたのだった。