軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第547話 山積みな課題と昔語り

「逃げ出した……?」

クロープの言葉に俺が首を傾げると、彼は言う。

「……俺はよ、ガキの時分にウェルフィアで鍛冶師になろうって決めたんだ。なんでだか分かるか?」

何になるか、夢を定める理由。

それは人それぞれで容易には分からない。

俺についても一緒だ。

俺が 神銀(ミスリル) 級を目指していると言えば、多くの人間は言う。

なぜ、と。

冒険者になれば上を目指すのは当然で、だからこそその気持ちくらいは誰もが理解してくれるが、しかし神銀級ともなれば誰もが無理だと思うような目標だ。

口に出しても大半が本気ではない。

だから、俺がそうではなく、紛れもなく真剣な目標として掲げていることを知ると皆、不思議がるのだ。

普通は、そんなものを本気で目指したりはしないから。

俺も子供の頃の経験がなければ……別の道を歩いていたかもしれない。

クロープにもそういう何かが、あったのかもしれず、そしてそれは俺にはすぐには分からない。

だから首を横に振って言った。

「いや……。そういえば聞いたことがなかったな。俺が初めてあんたに会った頃から、あんたは鍛冶が好きで、鍛冶に全てを賭けてて……だからあんたが鍛冶師であることは俺にとって自然だった。何か理由を他に求めずとも、当たり前に感じていた。だからだろうな……」

すると、クロープは少し口元を歪めて言う。

「俺が鍛冶師であることは、当たり前で、自然、か……。嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。確かに間違っちゃいねぇ。今はな……。だが、昔は違った」

「好きじゃなかったのか、鍛冶」

「そういう訳じゃねぇんだが……元々はただの仕事のつもりで修行を始めたんだ。本当に何もできない小さな頃ならともかく、誰だって働けるようになったら何か職業について、自分の食い扶持は自分で稼いでいかなきゃならねぇだろ。それが俺にとっては鍛冶師だった。それだけだ」

「それは意外だな……何か生まれたときから槌と金床を持っていたもんかと思っていたよ」

勿論冗談である。

クロープは笑って、

「いくら俺でもそりゃ有り得ねぇよ。物語じゃねぇんだからな」

そう言うが、絶対に有り得ないとも言い切れないのが世界の広いところだ。

世の中には比喩でなく実際に何かを持って生まれる赤ん坊というのが存在する。

たとえば指輪とか、玉とかをだ。

何故そんなことが起こるのか、その理由はもちろんよく分かっていないが、しかしそういう人物はいずれ成長した暁には、何か大業をやり遂げるものだ。

物語じゃない、とはそういう人物達が描かれた物語が結構あるから、そのことを指して言っているわけだな。

「まぁ、そうか……。でも、そんな理由で始めたにしては今のあんたは鍛冶に情熱を持ちすぎじゃないか? マルトにだってただの仕事だって割り切って鍛冶仕事をしてる鍛冶師は何人もいるが、あんたはそうじゃないだろ」

別にそういう鍛冶師が悪いとは思っていない。

むしろそれこそが普通だからだ。

誰もが自分の作品一つ一つにあらん限りの情熱を注いで鍛冶仕事を行えるわけではない。

その辺りの奥様がアバウトな煮込み料理を作るために購入するような鍋一つを自らの心血を注いでこの世に二つとない逸品に仕上げられても困るだろう。

王宮勤めの料理人ならばそういうものも必要かもしれないが、普段使いにはとても出来ない。

適当な仕事を適当な手の抜き具合でやって大量生産する職人というのはむしろ必要だ。

だが、クロープにはそういうことが出来ない。

自分の作った武具は全て、彼にとっての子供だ。

それこそそのどれもに命を賭け、心血を注ぎ、そのとき作れる最上のものに仕上げる。

それこそ店に並ぶ小さな短剣にしても、手の抜かれた仕事は一つもない。

値段の上下は素材とかかった手間、それにそれだけやっても手仕事である以上どうしても出てしまう質の違いだけによって決まるわけだ。

俺の言葉にクロープは言う。

「確かに初めは食い扶持を稼ぐため、なんて理由だったが実際にやってみると思った以上に面白くてな。俺はどんどんのめり込んでいったのよ……。多分、合ってたんだろうな。鍛冶師って仕事が、俺には」

「それは間違いないだろうな」

「へっ。お前もそう思うか。だが……」

「だが?」

「今はともかく、俺にはこの仕事は向いてねぇ、そんなことを思った時期があった」

まぁ、どんな仕事をやっていても、そういうことはふと、頭に思い浮かぶものだろう。

俺だって、冒険者をやっていてそんな風に思ったことはある。

一度や二度じゃない。

でも、そのたびに自分を奮い立たせてそんな考えは振り払ってきた。

クロープもそうだったのだろうか?

気になって尋ねる。

「クロープは……そういうときはどんな風に乗り越えてきたんだ?」

気軽な質問だったのだが、それに帰ってきた答えは重いものだった。

「乗り越えられなかった。だから俺はウェルフィアを出た」

「……だが、あんたは今もこうして鍛冶師をしているじゃないか」

「そうだ。それはな……結局ウェルフィアを出たことが良かったのさ」

「それはどういう……」

俺がよく分からずに首を傾げると、クロープは突然話を変える。

「……世の中にはよ、どんな分野にも天才って奴がいるだろう?」

なぜそんな話をするのかと一瞬思ったが、なんとなく、話の流れが見えた気がしたので俺は頷いて答える。

「そうだな……どこにでもいる。冒険者にも……というか、冒険者こそ、そういう天才ばっかりだ。こないだ鉄級で入ったと思ったら、いつの間にか俺のことを追い越して上に上がっていく奴もざらだったしな……」

俺は才能に恵まれなかった方で、そういう奴がどうなるのかは、それこそどんな分野でも同じだ。

つい最近まで色々教えてやる方だったのに、気づけば置いていかれて……それどころか、気づけば遙か遠くの方にまで引き離されている。

この十年、そんなことばかりだった。

「そう、それだ。俺は……いや、俺も、少し調子に乗っていた時期があってな。そういう……才能ある人間かもしれない、と思っていたことがあった。同じ時期に修行に入った奴らよりも早く、知識と技術を身につけて、他人を引き離すように先に進んで……いつか誰も追いつけないところまで行けそうだと、そんなことを思っていた頃が」