軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第57話 新人冒険者レントと食事会

「……分かって、います」

消え入りそうな声だった。

大風の前の蝋燭の炎のような。

しかし、それは別にたやすく消えるようなものではなかった。

「分かってるんです」

次に同じ言葉を繰り返したとき、その声はもっとはっきりと響いた。

その音は、力強かった。

人に告げるためでなく、自分に言い聞かせるような内的な響き。

ロレーヌはそれを聞いて、シェイラの気持ちを理解したらしく、視線を柔らかくして、

「……そうか。なら、いい」

そう言った。

その言葉に、シェイラは一瞬面食らったようになったが、ロレーヌが、

「別に私はいじめたくて言っているわけじゃないからな……。それに、今日はもう遅い。一緒に食事をとるだろう?」

そう言ったとき、ロレーヌがなぜあんなことを言ったのか、俺には分かったような気がした。

◇◆◇◆◇

「……レントさん、聞いてはいましたが、料理上手ですね……」

シェイラが複雑な表情を浮かべながらそう言う。

テーブルの上には俺がロレーヌとシェイラのために作った料理が何皿も並べられている。

と言っても、それほどすばらしいもの、というわけではない。

せいぜい、家庭料理に毛が生えたくらいのものだ。

味もそこそこだと思う。

しかし、男性冒険者でここまで作れる奴は少数派だろう。

仕事で忙しく、魔物を倒すと言う過酷な肉体労働を終えた後に自宅でわざわざ料理を自分で作ろう、とは中々思わない。

そもそも、一般的な職業より実入りがよく、毎日外食してもまるで懐に問題はないのだ。

そういうわけで、自炊する冒険者は少数派だった。

女性の場合は冒険者であっても 冒険者組合(ギルド) 職員が 冒険者組合(ギルド) で出世を目指すような理由で調理技術を磨く者も少なくないが、やはり男性は少数派だった。

男性冒険者の場合、料理がうまいからといって女性から結婚相手として有望、とか見られるわけではないからな。

それよりかは死ぬ気で修行して冒険者としてのランクを上げた方がいい。

男性冒険者と女性冒険者、どっちの方が楽なのかは甲乙つけがたいが、どっちもどっちというところだろうか。

ちなみに俺が調理技術を身に付けているのは、故郷の村にいたときに薬師に色々学んだからだ。

薬師の婆さんが調剤している間に、お前は料理をしろと言われることが少なくなく、また、その際の材料に滋養強壮の薬草を入れたりすることもあった。

要は、薬師の修行の一環だったわけだ。

そんなわけで、俺は普通の冒険者よりかはずっと料理が得意だった。

「一家に一台レントがいると楽だぞ。家事は全部やってくれるからな。代金は……強いて言うなら今は、それかな?」

ロレーヌがそう言って指さしたのは、俺の持つ、瓶である。

保存の魔術がかかった、ロレーヌの血液入りの瓶。

俺はそこから血を一滴なめとっているところだった。

ここに血が入っている、と聞いた時、シェイラはやはり少し顔を青ざめさせていたが、先ほどのロレーヌがなぜ、あんな言い方をしたのかそれでわかったのだろう。

「なるほど、 屍鬼(しき) とは、低級の吸血鬼でしたね……」

と納得していた。

まぁ、深く考えると今の俺は食卓につきつつ血を啜る怪物だが、何も考えずに見るのなら、棒についた赤い液体を舐める仮面の男だ。

さして怖くは……ないこともないか。ちょっとした変人だ。

「そういうことだ。ま、それはいい。それより、お前たちは魔術契約書を使って契約を結んだんだったな?」

食事をしながら、俺とシェイラが結んだ契約の細かい話に映る。

別に話さなくてもいいのかもしれないが、どうせなら共有できる話は共有しておいた方がいい、ということになったからだ。

俺は頷く。

「……あぁ、きほんてきには、おれの、しょうたいはいわない、ということでけいやくした」

「ふむ……まぁ、細かい条項は気になるところだが、そこさえ押さえておけば後は些末なことだしな」

ロレーヌがそう言った。

シェイラは、

「あぁ、契約書でしたらここにありますよ。見ますか?」

そう言って羊皮紙を差し出した。

ロレーヌはそれを受け取り、読み始める。

とりあえず結んだ契約であるが、その内容には、基本的には問題なくても、色々と抜け道があるかもしれないという懸念はあった。

別にシェイラ自身が破ろうとは思わなくても、無意識に何かまずい行為をする可能性はあるし、その場合に唐突に契約不履行扱いになっても困る。

それに、シェイラが誰かに操られると言う可能性もないではない。

他人に言うことを聞かせるタイプの魔術は、この世に確かに存在するからだ。

弱いものであれば個人の精神力で打ち破れるだろうが、強力なものであればどれだけ気を強くもっても抗えない。

そんな場合に、俺の正体について口にされると、お互いに困るだろう。

そう言った諸々を考えての確認が必要だった。

この点、ロレーヌは契約関係にもそれなりに通じている。

魔術、というのにはそのような要素があり、それなりに物事の論理についての理解が必要であるため、必然的に詳しくなるらしい。

と言っても、もちろん、本職の法律家ほどではないだろうが、これくらいの契約書面であれば十分に見れるようだ。

そんな彼女の目から見て、今回の契約書は……。

「……ま、これといって目立つ問題はないようだな。細かいことを言い出すと色々あるが、シェイラとしてはレントの秘密を直接間接問わず他人に教えようとしなければ問題ない。問題は魔術によって操られた場合だが……結論として、その場合は諦めて奴隷になるしかないだろうな」

「やっぱり、そこはどうしようもないですか?」

「そもそも、そこはどんな契約を結んだとしても問題になってしまうところだから、こればっかりはな。ただ、仮にシェイラが誰かに操られてレントの秘密を口にし、契約書の効力によって奴隷にならざるを得ない状況に陥ったとしても、操られたということが明らかになったそのときにレントが任意に解除すればいいからな。シェイラが奴隷になった場合、所有権はレントに移す、となっていることが非常によく利いているのではないかと思う。だから、やはり問題はないだろう」

かなりとんでもない内容だな、と思っていた契約だったが、意外と合理的な構成になっていた、らしい。

ロレーヌは続ける。

「まぁ、そんな迂遠な手続きをせずとも、基本的には、その時は双方合意して契約を破棄すればいいだけだ。さっき言ったのはあくまでも最悪の場合の話だからな……」

最悪の場合とは、つまり、シェイラが誰かに魔術により操られていて、その魔術を解除することが出来ず、それがため契約の解除も合意してするのが難しい場合、ということだ。

本当に最悪の場合で、そうなることは本来考える必要はないのだろうが、俺の置かれている状況が状況である。

そう言った場合も一応、頭に入れておく必要はあるだろう。

「ともかくだ。ここにいる三人は同じ秘密を共有しているわけだ。絶対にこれを外部に漏らさないように、努力していこう。特に、レントは 冒険者組合(ギルド) で働き続けるつもりだから、シェイラの役割は重要になる。いろいろと頼んだぞ」

「はい……もちろん、そのつもりで頑張ろうとも思っています。ただ……」

「ただ?」

「レントさんは、最近、少し目立ち始めているので……」

シェイラが俺を見ながらそう言ったのを、ロレーヌは、

「なにか、あったのか?」

そう尋ねた。