軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第56話 新人冒険者レントと酷薄な瞳

――がちゃり。

と、扉の開く音がする。

見慣れたその扉が開くと、その向こうから顔を出したのは馴染みの女性の顔だ。

理知的で、気だるげで、少しばかり悪戯っぽく、しかし優しい。

ロレーヌ。

それは彼女の名前である。

「……おや、これはまた。珍しい人を連れているじゃないか、レント。――まさか、手を出したのか?」

からかうような笑みでそう言ったロレーヌは別に本気という訳ではないだろう。

ただ、なぜか妙な緊張感を若干感じないではなかったが……まぁ、気のせいだろう。

ロレーヌが言及したのは、俺の後ろにいる人物、 冒険者組合(ギルド) 職員のシェイラ・イバルスである。

すべてを説明し、理解してくれた彼女には、ロレーヌも知っていることも話した。

それで、今は彼女の家に厄介になっていることも言ったら、少し話をさせてほしいと言ったのだ。

まぁ、俺がロレーヌの家で厄介になっていることは、以前も言ってあったので特に驚きはないはずだが、改めて話したとき、シェイラは、はっとしたような様子で少し考え込んでいた。

何を思っていたのだろう?

それは俺にはよくわからないが、とにかくロレーヌに会って話をすることが急務だと言うから、連れてきたわけだ。

まぁ、この街で俺の正体について、明確に知っているのはロレーヌとシェイラ、それに最初に会った少女冒険者のリナ・ルパージュだけだ。

鍛冶師クロープとその妻ルカも気づいてはいるが、明確には説明していない。

彼らはその立場上、行政や教会なんかと関わり合うことも少なくないし、そうなると 不死者(アンデッド) 魔物(モンスター) なんかとそれと知って付き合いがあるとまずいだろうと思って、曖昧にしているのだ。

いずれ、ちゃんと話したいところだが、今のところは彼らの、分かっていてあえて触れないやさしさに甘えきりである。

いつか何らかの形で恩返しがしたいところだが……まぁ、今はいいか。

それよりも、ロレーヌとシェイラだ。

シェイラはロレーヌの言葉に、

「……手は出されてませんよ、ロレーヌさん。でも、 色々と(・・・) 知っています。聞きましたから……」

ロレーヌももしかしたら大体予想していたのかもしれないが、それでもどこまでシェイラが聞いているのかまでは予想できなかったようだ。

俺の気分次第なのだから当たり前である。

ただ、玄関先でするような話でもなく、ロレーヌは、

「……ふむ? まぁ、いいさ。とりあえず中に入るといい。散らかってはいるが、居心地は意外と悪くないんだ」

そう言って俺たちを促した。

散らかっているのに俺は若干の違和感を感じたが……。

なにせ、出る前に俺が片づけたはずなんだけどな。

散らかっているのはおかしくないか……?

ほんの数時間前なんだけど。

と思わずにはいられなかった。

◇◆◇◆◇

かちかちかち、と個人用の計時魔道具――時計が、無言の中、音を立てて時間の経過を教えてくれている。

時計なんてものは大きな店かよほどの金満家くらいしか持っていない非常に特殊な魔道具であるが、なぜかロレーヌは持っていたりする。

仕組みも調べてそれほど小さなものでなければ自作も可能だと言うのだから、我らがロレーヌさまはとても器用でいらっしゃる。

基本的に何でもできるのだ。

その何でもできる技能を、なぜ家事には活かせないのか。

いや、家事も最初のうちはやっていたはずなのに、いつの間にかやらなくなって、代わりに俺が……いや、これ以上考えすぎると何か色々まずい気がするな。

やめておこう。

「……さて、それでは話を聞こうじゃないか。いろいろと聞きたいことはあるが……単刀直入に聞いた方が善いだろう。 どこまで(・・・・) 聞いた?」

こう、シェイラに尋ねたロレーヌの目は、今まで見たいつのときよりも厳しいもので俺は少し驚く。

そして、それを見返したシェイラのそれもまた、今まで見たことのないものだ。

何か覚悟を決めたような、まっすぐとした光がそこには宿っていた。

「……レントさんが、魔物であることを聞きました。そして、人を襲わないことも」

静かな言葉だったが、少し震えていたのはそれを信じたくないからか、それとも他の感情からか。

それは分からない。

ただ、ロレーヌには分かることがあったようで、彼女はふっと笑い、

「なんだ、すべて聞いたんじゃないか。それで、のこのこレントについてここまでやってきたのか? 危険は感じなかったのか?」

そう尋ねる。

これにシェイラは首を振って、

「いえ、それは特には……。向かっていたのは紛れもなくロレーヌさんの家でしたし、何かされるとも思いませんでした」

「それは危機感が著しく欠けているぞ。よく考えてみろ、レントは不死者だし、私は街でも特に怪しげな学者だぞ。魔物と魔女が一緒にいる巣に 幼気(いたいけ) な若い娘が入り込んで、どうなると思う? それはもう、よく煮立った鍋に投げ入れられて、そのまま私たちの腹の中に入るのが普通だ」

自分を魔女扱いしてそんなことを言うロレーヌ。

これにはさすがのシェイラも冗談だと分かったのだろう。

緊張からか、若干強張っていた頬の筋が緩み、ふふ、と笑う。

「そんな……魔女だなんて。ロレーヌさんが立派な学者であることはみんな知ってますよ」

「いや、いや。それは隠れ蓑でな。実は毎日、夜な夜な狩りに出て、若い娘の生き血を啜るのが趣味なんだ。とても美味で、健康にもいい。肌艶もよくなるんだぞ」

冗談か本気かよくわからない口調と表情で言う者だから、余計に滑稽な話であった。

しかし、次の瞬間、

「――レントは、まさにそういう存在になったのだ。本当に分かっているのか?」

と、切り付けるような言葉をシェイラに投げつける。

別にその言い方に、責めるようなものも、怒りも、そのほかのどんな感情も浮かんではいなかった。

本当にただの、純粋な疑問。

それだけだ。

そしてただそれだけであることが、恐ろしく感じた。

ロレーヌは今、目の前にいるシェイラを人として見ていない。

その質問の答えによって、どう扱うかを決める、そういう酷く自然でいながら、酷薄な気持ちで彼女を見ているように感じられた。

それはまるで、そう、それこそ魔物を目の前にしているときの彼女の目だ。

倒すべきか否か、それを考えているときの、ロレーヌの顔だった。

シェイラは、 冒険者組合(ギルド) 職員で、戦闘の経験はほとんどない。

しかし、まったくしたことがないというわけでもなかった。

研修の一環として、 冒険者組合(ギルド) に所属する、戦闘を専門とする職種の者の補助を受けつつ、ゴブリンやスライムなどを相手にしたことなら、何度かある。

そのときに感じたのは、純粋な恐怖だった。

魔物と言うのは、そのときまで遠くで見つめるもので、目の前で確かに生きているものではなかった。

けれど、そのときは……目の前で、それもシェイラの命を狙って睨みつけてくるのだ。

息が止まりそうな、とはこのようなときに使う比喩なのだと理解せざるを得なかった。

それを倒さなければならない、と言われたとき、自分の心に宿った気持ちは、混乱だった。

しかしそれだけなら大したものではない。

シェイラが恐ろしく感じたのは、自分の心の片隅に、何かひどく薄情な部分があって、それが目の前にいる生き物をためらいなく殺せと言っているということだった。

そうすることが最もいいことだと、人の利益のために、この生き物は滅ぶべきだと、そう言っていることを自覚したことだった。

自分は、自分の利益のために、他の生命をたやすく奪うと言う選択が出来る存在である。

そう、シェイラはそのときに知ったのだった。

そして、今目の前にいるロレーヌ。

彼女の瞳は、まさにあのときゴブリンを見ていた自分が持っていたような感情を、シェイラに向けていると、直感的に理解できてしまった。

答えを間違えれば、彼女はためらいなく自分を排除するだろう。

殺すのではない。

人が人を殺すのは、それが人と認識しているからだ。

そうではない相手は、ただ処分するのだ。

そして魔術か何かで燃やすか何かして、なかったことにする。

ロレーヌが、躊躇いなくそれが出来る存在であることを、シェイラはよく、知っている。

なにせ、ロレーヌは冒険者。

それも、経験を積んだ銀級だ。

よくよく注意して答えなければならない。

シェイラは改めて覚悟を決めて、口を開く――。