軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第55話 新人冒険者レントと魔術契約

正直なところを言うのなら、ここまで言われても俺にはまだ、迷いがあった。

なぜなら、これはあくまでも、《人》であるレント・ファイナに対する提案だからだ。

俺が《 不死者(アンデッド) 》であるという事実を前提にしたとき、その提案のすべては引っ込められてしまう、そういうものではないのかという感覚が捨てきれない。

だが……。

魔術契約書まで出してきた相手に、それでもまだ信じきれない、と言うのはその覚悟に対して失礼な気もした。

魔術契約書は、そこに書いた内容を反故にすることが難しい。

絶対にできない、とまで言えないのは、やはり色々と抜け道も存在するからだ。

ただ、それはそう簡単に出来ることではない。

魔術契約書を出してきた時点で、その覚悟は本物であり、契約は履行されると考えるのは普通だ。

ただ、ペナルティに何を課するかによっては、守る気があるかないか、その軽重が分かるが、その辺はどうなのだろう。

「……おれとしては、しぇいらを、しんじたい。ただ……こまかいかくにんになるかもしれないが、ぺなるてぃは、なにをかんがえている?」

俺がそう尋ねると、シェイラは、

「私は、今回の契約を破るつもりがありません。ですから、どのようなペナルティを書いていただいても構いません。それこそ、 冒険者組合(ギルド) をやめろでも、奴隷になるでも、です」

そのペナルティは、どちらも俺の感覚からすると重すぎる。

まぁ、ばれたら俺の場合、討伐一直線だと考えればそんなことはないのかもしれないが、一生懸命努力して就いた職業である 冒険者組合(ギルド) 職員の地位を捨てると言うのは、シェイラの今までの人生の否定だし、奴隷になるなんて論外だと思ってしまう。

奴隷制度はこの国ではそもそも認められていない。

どうしたものか、と思っていると、シェイラは羊皮紙を部屋の中に設えられているテーブルの上に広げ、懐から羽ペンを取り出して、書き始めてしまった。

そして、羊皮紙を俺に見せる。

そこには間違いなく、《契約を履行しなかった場合、シェイラは 冒険者組合(ギルド) を辞すこと、奴隷制度が存在する国において、奴隷としての手続きを行い、その所有権を俺に与えること》が記載されてあった。

いやいやいや、重すぎるから。無理だから!

と言いたくなったが、もう書いてしまっている。

今から別の魔術契約書を購入して、この契約書は焚書しよう……。

そう言おうとしたが、シェイラの顔を見ると、その目は据わっている。

ここまで書いたんだからすべて話してくれるよね、と主張しているかのようだ。

これは……もう、ダメだろう。

この部屋に連れてこられ、ただひたすらに優柔不断に悩んでいたが、話すしかあるまい……。

俺は諦めて、シェイラにいう。

「……わかった。しっかりとないようをつめて、けいやくしょに、しょめいしよう……はなすのは、それからだ」

俺が観念したのを理解したのか、シェイラは笑顔になり、

「はいっ! 今すぐ契約条項の案をまとめますね!」

と嬉々として考えはじめ、俺に説明して、それで問題ないと言うと物凄い速度で羊皮紙に書き、署名し、そして俺にも署名するように、と羽ペンを渡したのだった。

◇◆◇◆◇

「さて、それじゃあ、はなすか……」

色々と押し切られた感はあるが、概ねここでシェイラの言ったことは、内容としては俺も納得できるのだ。

これからのことを考えると、 冒険者組合(ギルド) 内部に協力者がいる状況は、むしろきわめて望ましいし、その機会は出来ることなら逃したくはなかった。

しかし、果たして今の俺の状況を知って、そうなってくれる人間がいるかというと……。

そこが悩みどころだった。

まぁ、もし可能性があるとしたら、シェイラをおいて他になかったのも事実だ。

なるべくしてこうなった、と言えなくもない状況に、俺も、これでよかったのかもしれない、と今は思っている。

どこから話すべきか……。

難しいところだが、やっぱり、根本から話すのが分かりやすいだろう。

契約上、俺の正体について、俺の許可がない限りは他人に話さない、となっているので、そこを話しても問題はない。

だから、まずはローブの上、帽子部分を脱いでみせた。

全部脱ぐのが一番分かりやすいが、さすがにいきなり若い娘の前でそれをする度胸はないし、頭だけでも実は結構衝撃的なのだ。

穴は別に空いてはいないが、ところどころの枯れ具合が中々なのだ。

屍食鬼(グール) だったときと比べれば、大したことは無いけれど。

「……? ……っ!? こ、これは……どういう……」

最初は首を傾げていたシェイラだが、後ろに回って覗いてみて、その異常性を理解したのだろう。

さらに前に回ってもらって、今度は仮面の形状を変えてみてもらう。

なんだかんだ言って、ここが一番衝撃的だ

なにせ、顔の下半分についてはほとんど、歯と歯茎丸出し骸骨状態だからな。

ロレーヌはグロいものにかなりの耐性があるから平気そうにしているが、流石にシェイラにはそれは衝撃的だったようだ。

見たとたんに顔色を青くし、ふらふらとなって、地面に膝をついてしまった。

「……だいじょうぶか?」

そう尋ねてみるが、シェイラの顔の青白さは中々もとには戻らない。

やっぱり相当にショックだったらしく、言葉が出ないようだった。

しかし、俺が、

「やっぱり、きかないほうが、よかったんじゃないか? おそろしいだろう……」

そう言うと、シェイラは慌てたように首を振って、

「そんなことありません!」

と叫ぶ。

それから、

「……そんなこと、ないんです。レントさんが、そんな、そんな大変な目に遭っていて……何も知らなかった方が、嫌でした。びっくりは、しましたけど……知れてよかったです」

そう言った。

やめておけばよかった、と言われなかったことで俺は若干安心する。

それから、

「みて、どうおもった?」

そう尋ねるとシェイラは、

「……なんていえばいいのか。なにか、かなりの重傷を負われたということなのでしょうか? それで、治らなくてそんなことに? でも、それなら治癒術か、 回復水薬(ポーション) を使えば……」

と、答えが分からないようなので、俺は正直に説明した。

「いや、そうじゃない。おれは……まものになったんだ。いまのこのみは、しき、なんだよ」

ぽん、と軽く言った台詞だったからか、シェイラの頭に染みわたるのには若干時間がかかったようで、シェイラは、

「え……それは……ええと?」

俺は続ける。

「おれは、ちょっとまえに《すいげつのめいきゅう》にもぐってた。そこで、みとうはくいきをみつけて、つい、はいりこんでしまったんだ……そして、とつぜん、りゅうにであって……そのまましんだ。で、きづいたらすけるとんになってたんだ。それでしかたないからひたすらまものをたおして、そんざいしんかして……いまではおれは、しきなのさ。どうだ、おもしろいだろう?」

どこが面白いんだろうな、と自嘲したくなる話だが、こうやって並べ立てるとちょっと滑稽で笑える話のような気もした。

「そんな……そんなことが……」

シェイラは驚きっきりで、何も言えないようだが、これは事実だ。

ただ、こんな話をして、最初から本当だと信じられる人間なんて、まず、いない。

これくらいの反応が普通だ。

俺はシェイラの様子を見て、これ以上は少し時間が必要だ、と思った。

だから、言う。

「いきなり、こんなはなしをきかされて、こんらんするのは、わかる。だから……すこし、かんがえてみてくれ。こんなおれに、ほんとうにきょうりょくなんてしても、いいのかってことも。もちろん、おれは、ひとをおそったりするつもりはない。ただ、ぼうけんしゃとして、はたらければいいだけだ。けど、いきなりしんじるのは、むずかしいだろう……けいやくはかわしてしまったけど、そうほうがごういすれば、かいじょすることもできる。とりあえず、きょうのところは、おれはかえるから、かんがえてみてくれ……おれを、ひととして、しんじられるかどうかを」

そして、部屋を出ようとした。

もし、シェイラが協力はやっぱり無理だ、と言ったなら、そのときは契約は解除したうえで、マルトは出ようかなと思っていた。

別に、シェイラの人生を縛る気はないのだ。

その場合、すべてを話したシェイラがいる以上、マルトにいるなら捕まる可能性はあるだろうが、別の地域に行ってしまえば、やはり大した問題はない。

人間関係を捨てる覚悟さえあれば、今なら一人で生きていくことは出来る。まぁ、ロレーヌくらいは頼めばついてきてくれるかもしれないが。

しかし、

「待ってください!」

去ろうとする俺に、シェイラがそう叫ぶ。

俺が振り返ると、

「……私は、レントさんを信じます。魔物になったってことも……人を襲ったりしないってことも……だって、レントさんは、いつだっていい人だったから! だから……私は協力します」

そう懇願するように言い、それからつかつかと俺のほうに歩いてきて、俺の手を乱暴にひっつかみ、

「レントさん。これから 冒険者組合(ギルド) 関係で何かあったら、私に言ってください。きっと、きっと力になりますから……」

そう言って、落ち着いた微笑みを向けてくれたのだった。