軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 レント酸

それはある日のこと。

マルトにあるロレーヌの家の奥、彼女の実験室において……。

「……ついに、ついに完成したぞ……!!」

ロレーヌがそう言ってフラスコに入っている何かを恍惚とした瞳で見つめつつ、宣言した。

俺は長テーブルの上に寝転がらせられているが、それは彼女の実験にここ数日、つきあっていたからだ。

その成果が今、彼女の手元に結実した、というわけだな。

いったいどんな成果が?

とお思いだろう。

それは、彼女の口から語られる。

「……レント。これが、《レント酸》だ。お前の体を解析し、その能力、効果をとことん調べ尽くした上で、お前の持つ再生能力や樹木に対する成長促進効果などを抽出した特別なものだ……」

そう、彼女は俺のことを研究していた。

それは前から変わらないわけだが、ついにその姿勢は変質の域まで達し、俺を拘束して何日も徹夜で実験を続けるという暴挙に出たのである。

なぜ突然そんなことをしたか、といえば、街人が俺の特殊性に気づいたからだ。

普段から俺はご近所のみなさんと良好な関係を気づくべく、挨拶や隣近所へのそれとないお歳暮などをかかさない質である。

そんな俺が渡したおみやげの一つに盆栽があったのだが、その盆栽の成長力を奇妙に思った人がいたらしい。

鉢に入っていた土だけを家庭菜園に移すと、その家庭菜園の野菜たちはみるみるうちに成長し、お化けかぼちゃやおばけ大根、おばけ人参など様々なものを超巨大化させてしまったらしいのだ。

当然、これはいったいどういうことか、ということになり、俺の住んでいるところ……つまりはロレーヌ宅に押し掛けてきた。

これについて説明に窮した俺を怪しいと見た隣の家の奥さんは、唐突に俺に土をぶっかけてきた。

そして下にこぼれ落ちたそれを急いで回収し、去っていった。

いったい何が……と思って見ていた俺だが、次の日、その奥さんはその行為の意味を説明した。

レントさんがくれた土に植物にとってすごい効果がある、ということは、レントさんがさわったものだから、ということではないか、つまり、レントさんにふつうの土をぶっかけてさわらせればその効果が移るのではないか。

そんな仮説を立てたらしい。

突飛すぎるにもほどがあるが、実践したところまさにそのような効果が出たという。

しかも盆栽の時よりもさらに強い効果が発生したらしい。

この奥さんはこのときほくほく顔で説明してくれ、出来れば袋いっぱいの土に貴方の何かを練り込んでほしい、とまさに袋いっぱいの土を持ってきたので、まぁいいかとそうすることにした。

けれどこれが間違いだった。

次の日から様々なところから同じ頼みをしてくる家庭菜園愛好者たちがやってきて、俺の一日はそれだけで終わるようになってしまった。

さらに、驚くべきことに、その土をなぜか顔に塗り込んだ奥さまがいたらしい。

植物に効くなら、人にも効くのでは?

というまさしく突飛と言うか頭がおかしいんじゃないかという発想だとしか思えないが、本当に効いてしまったらしいのだ。

結果として、その効果は口コミで広がり、隣近所の奥様たちだけではなく、若い娘まで土を片手にロレーヌ宅におしかけてくるようになり……そして、ついにロレーヌが切れた。

「私が! お前のその力を! 凝縮したエッセンスにして抽出し、商品化して高値で売れば、この事態も終わるはずだ!」

そんなことを突然言い始めた。

曰く、大した金もとらずにそんなことをやってるのだからあんなにくるのだ、金を取れ、という話だが、俺のやっていることは土をかき混ぜるだけである。

一人一分もかかっていない……あまりたくさん金をくれというのも気が引けた。

それでも一応、土の量に応じて銅貨何枚、というくらいはとることにしたのだが、それでもたくさん人は来るのだ。

その上でロレーヌは、一般人にはとても買えないような商品にしてしまえと……。

まぁそうすればここには来なくなるかも知れないし、来ても商品なのでただというわけには、と言えるかも知れない。

だから、じゃあ、お願いする、と言った結果、俺は数日間も監禁されてしまったわけだ……。

だが、その甲斐あって、まさに俺の能力が付与された特殊な液体《レント酸》が完成したのだった。

「……本当に効くのか?」

俺が尋ねると、ロレーヌはその液体をスポイトで少しばかり吸って、テーブルの上に置いてあったトマトの小さな鉢にぽつり、と一滴落とした。

すると、

ーースルスルスルスル……ポンッ!

という感じで、ツタが延びていき、最後にはトマトの果実がいくつも生ってしまう。

しかも、これはミニトマトの品種のはずなのに、通常のトマトよりも遙かに大きい……。

「味は……っ! 味はどうなんだ……!!」

俺は何かを否定したくて、そのトマトをもぎとり、そしてさくり、と噛む。

すると、じゅわり、とトマトのみずみずしい果実の味と香りが口の中いっぱいに広がり、そして喉にまるで果汁を煮詰めたようなジュースがとろりと流れていく……。

「なんて……なんて美味しいんだ……こんなにおいしいトマトは……初めてだ……」

「そうだろう? これこそが、《レント酸》の効力だ! 農家の味方だ!

これによって土地がやせるなどと言うこともないことも確認した……それにだ、こうすれば……」

今度はロレーヌが自分の手にぽつり、と一滴、《レント酸》を落とす。

そして長くのばすように塗り込んでから、

「……さわってみろ」

と言ったのでそこに触れると……。

「おぉ……! これは、なんてすべすべなんだ! まさしく赤ん坊のような肌……美肌なんてレベルじゃない! これは、生まれたてのたまご肌!!」

「そうだろう、そうだろう! 美容効果も抜群なのだ……これは……売れるぞ!」

「……値段はどうするんだ?」

「ここは強気に、一瓶金貨一枚だ」

「……無理だろ」

一気に興奮が冷めた俺である。

どう考えても高すぎる。

そう思った。

一瓶というが、瓶の大きさがものすごく小さい。

だいたい三十滴分くらいしかない。

売れるはずがない。

だが、ロレーヌは……。

「ふっ。お前は女性の美容に対する探求心というものをなめている。これは、確実に売れる! 明日を楽しみにしておけ……!!」

そう言って、不敵に笑ったのだった。

◆◇◆◇◆

「……嘘だろ」

次の日、近くの雑貨屋に卸した《レント酸》は発売から三分ですべて売り切れた。

百瓶ほどあったそれが、すべて、である。

しかも今、雑貨屋では次の入荷はいつかと怒号をあげる女性たちで殺気立っていた。

ロレーヌはそんな彼女たちに、次の入荷日を伝え、沈静化させている。

そんな作業を何時間と続け、すべてが帰ったところで、俺に言った。

「……ほらな。言ったとおりだろう?」

勝ち誇った彼女に何とも言えない気分になったことは言うまでもない。

しかし、いいのだろうか。

《レント酸》って……材料、俺だぞ?

◆◇◆◇◆

「……はっ!?」

ふと、目が覚めた。

きょろきょろと周りを見ると、隣にベンチに座るロレーヌがいる。

「……どうかしたのか? 珍しくよく眠っていた……いや、ちょっとうなされていたが」

それを聞いて、俺は深く安心する。

「……いや、変な夢を見てな」

「ほう? どんな夢だ。夢というのはおもしろいからな。何かのアイデアの源泉になることもある……」

そんなロレーヌの言葉に、俺は、首を横に振って、

「……忘れてしまったよ。忘れた方が、いいんだ……」

そう言った。

ロレーヌは首を傾げ、

「……? まぁ、かまわんが……思い出したら話してくれ」

「思い出すことはない……」

夢とは言え、妙な経験だった。

あれを繰り返してはならない。

深く、そう思った。