軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第476話 ヤーランの影とおかしな挙動

まずは、小手調べと行こうか。

俺はそう思う。嘗めているわけではない。むしろ反対だ。いきなり身を捨てて一撃勝負に出、その結果すべて受けられて終了、では目も当てられない。それよりは最悪、持久力勝負に出た方がいい。そうするのかどうなのかはまだはっきりと決めてはいないが、それは剣と槍を合わせる中で自然に決まっていくことだろう。

ともあれ、まずは一合だ。

俺は数歩間合いから離れた位置で構えたヴァサの元へ、疾風のごとく駆け出す。

疾風……というのはあくまで気分であるけれど。

俺はそこまで速くはない。

ただ、いつも戦っているときよりは若干、速めかもしれない。

なぜといって、今の俺は身体強化に魔力のほとんどを費やすことが出来るからだ。

ヴァサに、魔術は効かない、という情報があったからこそ彼自身に何か魔力でもって攻撃をすることは無駄だろうが、俺自身の身体強化に使う分には当然何の問題もない。

それでもすべての魔力を身体強化に振ることをしないのは、いざというときに 魔術盾(シールド) くらい張れる必要はあるからだ。

《分化》でもって見かけ上のダメージはゼロに出来るとはいえ、しっかりと蓄積されることははっきりしているのだから、避けられる攻撃は避けておかなければならない。

「……むっ!?」

一瞬で距離を詰めた……つもりの俺にヴァサも驚いてはくれたようだ。

あわてたのか、中段に構えていた槍を引き、こちらに切りつける体勢になる。

反応速度も相当のもので、戦う前のあのふざけた振る舞いから微妙に油断しかけていた心を改めた俺だった。

それでも当然、こちらから仕掛けたのである。

それくらいの反応が返ってくることははじめから分かっていた。

左斜め上方向から切り下ろされる素直な槍の進行方向に、ヴァサの性格を感じつつ、それを俺はむしろ槍の方へと近づき、直前で体をひねることで避けようとする。

……が。

ふと、何か違和感を覚えた。

視界の端に、ヴァサの口元が目に入る。

……笑っているな、と思ったのは一瞬のことだった。

気づいたそのときにはすでに横合いから何かが迫っているような圧迫感があり、俺は焦りを感じる。

左方向からだ。

槍は避け、今は右下に切り下ろされている。

ヴァサにそれ以外の挙動は見えないが……しかし、こんな事態に陥る理由にはもちろん、心当たりがある。

ヴァサ……彼の持つ、異能である。

実際、瞬きを一つする程度のわずかな時間にその左方向を確認すると、その空中には短剣らしきものが数本出現しており、そのどれもが俺を狙うように刃のぎらつきを向けていた。

実際、短剣は俺が槍を避けたその一瞬後に動き出し、かなりの速度で俺へと迫ってきた。

俺が避けられないよう、慣性に体を引っ張られているときを狙ったのだとすれば、ヴァサはあれで単純なだけの男でない、ということになる。

老人が油断するなとか腕はいいとか言っていた理由が分かるな。

これでもう少し社会常識的な意味で賢ければ組織のいい駒になるだろうに、と俺にとっては思い入れのない組織の心配をしてしまうくらいだ。

ただ、そんなヴァサの攻撃を食らうわけにもいかない。

まだ戦いは始まったばかり。

一撃目を相手に決めさせて、流れを向こうに渡すのはダメだろう。

かといって、ここで《分化》を使ってしまうのもよろしくない。

意地でも避けるのだ……。

幸い、俺は人間ではない。

体の各関節の可動域は普通の人間ではあり得ないところまで動く。

やろうと思えば首を一回転させることも可能なのだから、我ながら怖い。

関節どころではない。

体のどの部分も、かなりのところまで曲げることが出来るのだ。

たとえば、反ろうと思えば、背中を直角に曲げることも出来る。

その体の柔らかさ……?

いや、気持ち悪さを最大限に活用し、数本の短剣……厳密に言うなら、三本の短剣の狙っている部分、頭、胸、腹、に当たらないように体をひねる。

つまりは、体を思い切り反らした。

普通の人間がやればゴキリ、と言って背骨が完全に折れるだろう角度までだ。

それで、直線的な射線で俺を狙っていた短剣は全てはずれた。

「……はっ……!? な、なんだと……!?」

あまりにも人間離れした挙動に、ヴァサは一瞬ぽかんとした後、そんな叫び声をあげる。

そりゃそうだろう。

俺も人間だったときに、同じような動きをする奴を見たら全く同じ顔で同じ言葉を上げている。

しかし、今の俺は自分にこういうことが出来るとよく知っているわけで、何のことはない。

驚きで一瞬止まったヴァサは格好の的であり、彼に手に持った剣を叩き込むべく、ほぼ地面に切っ先のついていた剣を、そのまま持ち上げるような形で振る。

なんというかな、ブリッジしたまま、右手に持った剣を上に向かって切りつけているような体勢である。

およそ普通の人間が出来る動きではないが、俺には余裕だ。

というか、こういうことがどこまで出来るのか、いろいろ試しているからな。

むしろこれは対人戦であれば下の方から相手を狙えそうだとちょっと練習した方であるくらいだ。

問題はふんばりが効かないので剣に威力が乗るのか、というところだろうが、そのあたりは腕に強い身体強化を、そして剣に気をたっぷり注ぎ込むことで解決する。

俺の特殊体質を多用した、かなりの力業だな。

こんな攻撃、誰も受けたこともあるまい……。

「……ぬおぉぉぉぉ!!」

とは言え、流石のヴァサもこれだけの近距離である。

俺の剣が彼を狙って迫っていることにはしっかりと気づいて、どうにか防御しようと振り抜いた槍を引き戻した。

俺の剣と、ヴァサの槍の刃がぶつかる。

その結果として、ヴァサの方が力負けをし、吹き飛んだ。

これで俺は結構な威力のある攻撃をしたが、ヴァサはあわてて戻しただけだからな。

当然の帰結だと言えよう。

そのまま吹き飛んだヴァサを追いかけても良さそうだが……いや、やめておくか。

先ほど俺を狙った短剣が消えている。

むしろヴァサは今、俺が直線的に彼を追いかける瞬間を狙っているのかもしれないと思った。

俺は俺で、一端起きあがり体勢を整えたいところでもあるし……。

そう思って、俺はブリッジ体勢から元通り、普通に立っている体勢に戻った。

かなり離れた位置で、ヴァサも地面に着地し、構えを改める。

しっかりと基本の出来ている動きで、そこは大分いいなと思う。

ただ、そんな彼の瞳は今、驚愕に……いや、恐怖に彩られていた。

なんて目で俺を見るんだ……。