軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第432話 塔と学院、罠を張る

――コン、コン。

と扉を軽く二度叩くと、その後しばらくしてから、

「……誰だ?」

と眠そうな声が帰ってくる。

俺はそれに対し、多少心配げな色をにじませつつ、答える。

「あぁ、ヤツール。大丈夫だったか……よかった」

この言葉に、ヤツール……つまり《ゴブリン》は怪訝そうな声色で、扉の向こうから尋ねてくる。

「……レントの旦那? 何か……あったんですかい?」

いや、お前知ってるだろ。

というかお前たちが起こした問題で夜中なのに忙しくする羽目になったんだが。

と。言ってやりたくてたまらない心境になっているが、それをやってしまうと今後に差し障りがある。

喉から出かかった言葉を呑み込み、俺は言う。

「詳しい話は中でしたいが……色々な。入れてくれないか?」

するとヤツールは、

「分かりました。何があったんだか……」

とあくび交じりに言い、それから扉を開ける。

そして俺と、隣にいるロレーヌを見て、

「ロレーヌの姐さんもご一緒でしたか。こりゃ、相当大変なことがあったみたいですねぇ」

本気でそう思っているのだろうか。

いや、もしかしたら全く知らない、という可能性もないではないな。

いつ頃ことを起こすか、とかそういうのは個人の裁量で、こんな時間にやるなんてふざけるな、俺も寝たいんだと本気で思っているということも全くあり得ないではない。

まぁ、どちらにせよ、俺たちがこうして異変を告げている時点で、察しはついているに決まっているだろうけどな。

そして、俺たちはヤツールの部屋に入る。

◇◆◇◆◇

「ははぁ……そんなことが。随分と大変だったみたいで」

一通り説明したところで、ヤツールは大げさに驚いた顔をし、頷いた。

説明した内容は、ぼかした方だな。

何者かが襲ってきたが、一体どうしてなのかは分からない、というもの。

《セイレーン》を捕まえたことについて、情報を漏らすべきかどうかロレーヌと先ほど少し話したが、これについては、少しだけ話しておく、ということに決まった。

おそらく、《ゴブリン》も《セイレーン》が捕まったことについてはそのうち気づくだろう。

いや、もう気づいているかもしれない。

その状態で、全く何も言及しないと言うのは怪しまれるだろうからな。

ただ、細かい事情は聞けていない、という方向で話すということにした。

ロレーヌだからこそ色々聞き出せたのであって、通常の尋問だとどんな情報も漏らさないように訓練されていただろうからな。

それでもそれなりの説得力はもたせられるのではないだろうか、ということだ。

「一応、犯人っぽい奴は捕まえられはしたんだけどな……ほとんど何も聞き出せてないんだ」

「それでどうして犯人だと……?」

「怪しかったから気絶させて捕まえたんだが、そしたら、どんな方法でも起きなかった、様子のおかしかった村人たちが普通に起きたからな。正気に戻っているようだったし……どんな方法でなのかは分からないが、たぶん、何らかの催眠にかけていたんじゃないかって結論になった」

事実に基づいた話である。

そこまで不自然なこともないだろう。

《ゴブリン》としては、へまを打ちやがって、と《セイレーン》について思っているかもしれないが、顔には一切出ていない。

「催眠ですか……そんなもん、眉唾ものだと思ってたんですが……」

そういうヤツールに、ロレーヌが言う。

「あるところにはあるものだ。私も昔かけられたことがあるからな。かかってみると、面白いものだぞ」

この台詞は半ば本気だろう。

俺も一度、かかってみたい気はしないでもないが、気づいたら目の前に誰かの惨殺死体が、なんてことになったら困る。

話のタネにかかってみるとしたら、《セイレーン》のものではなく、一般的な催眠術の方だな。

「面白いって……姐さんは豪胆ですねぇ」

「そうか? そうでもない。あまり大したことは出来ないと分かっていたからこそ、自らかけてくれと言うことが出来ただけだからな。今回のような例を知っていたら、かなり逡巡したかもしれん」

それでも絶対にやらない、とは言わない辺り、ロレーヌの好奇心は無限だ。

彼女が催眠術にかかり、延々と魔術を放ち続ける砲台になったら恐ろしいからやめてほしいところである。

ロレーヌは続ける。

「まぁ、それはいい。それより、ヤツールの方は何もなかったか? 怪しげな奴が訪ねてきたりなどは……」

「多分なかったと思いやすが……俺は野宿ならともかく、こういう宿で一度眠ったら中々起きませんもんで。もしかしたら誰かが扉を叩いていたのかもしれませんが、気づかなかったら一緒ですねぇ」

「その割には今は気づいたようだが?」

「なんだか騒がしい感じがしましてね。少しだけ目が覚めてたんですよ。でなければ朝まで起きてねぇです」

本当かな、と思う。

本当ではないだろう。

ことが起っている最中、彼はずっと起きていたのだ。

つまり、こういうことが起こると知っていたわけだ。

当初の計画通りというわけだろうな。

しかし、《セイレーン》は失敗した。

このあとについては《ゴブリン》たちにどんな計画があったにせよ、方向転換を強いられる。

それとも、《セイレーン》は無視して進めるのかな?

分からないが……まぁ、《セイレーン》のいるところには罠が張ってある。

しばらく放置して、どういう結果になるのか観察するのがいいだろう。

明日は依頼のためにペトレーマ湖に行かなければならないが、《ゴブリン》たちが《セイレーン》を助けようとするのならその間かな?

ともあれ、必要な情報は《ゴブリン》に伝えた。

あとは、彼らが行動を起こすのを待てばいい。

仮にロレーヌの罠を全部外されて逃げられても、《ゴブリン》を追うことは出来る。

《セイレーン》についてもマーキングしているだろう。

老人だけがネックだが、出てくるまではどうしようもないからな。

今出来ることはこんなところだろう。

俺とロレーヌはそれから視線を合わせて頷き合い、それから俺が《ゴブリン》ことヤツールに言う。

「ま、ヤツールの無事が確かめられて良かったよ。犯人は捕まえたし、もう何もないと思うが、身の回りには十分に気を付けてくれ。俺たちも今日は疲れたからもう寝ることにする……明日は依頼を片づけに湖まで出かけないといけないし、朝が早いんだ」

「その犯人は見張ってなくていいんで?」

「ふん縛ってあるからなぁ。どう頑張っても逃げられないさ」

仲間さえいなければな。

という言葉は呑み込み、俺とロレーヌは出ていく。

部屋の外に出て、俺とロレーヌは会話する。

「これで食いつくかな」

「どうだろう。まぁ、どちらでも構わんだろう。食いつかなかったら、そのままどこかの治安騎士か警邏隊に突き出せばいいしな。ついでに《ゴブリン》も捕まえて。最後の一人は取り逃がすことになるだろうが、出てきてもらわんとどうしようもない」

「それもそうだな……」