軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第363話 吸血鬼イザーク・ハルト

《分化》というのは 吸血鬼(ヴァンパイア) の中でもかなり個性の出るものだと言われる。

自らの体が何か他のものだと考えるわけだが、その他のものが個々人で共通するわけもない。

人に個性があるのと同様に、当然 吸血鬼(ヴァンパイア) にもそれはある。

ただ、それでも多くが似通った方向に落ち着くのも事実ではある。

たとえば、私――イザーク・ハルトのように、《分化》すると蝙蝠になる、というのはありがちなものだ。

多くの高位 吸血鬼(ヴァンパイア) が《分化》した場合に蝙蝠になるのは、それを実際に目にしてきたからである。

私が今回、《分化》の仕方を教えているように、初めは皆、誰かに教わってきたのだ。

その際に見せられるものが、《分化》のイメージとして固まるのは、至極当然の話だ、というわけだ。

ただ、別に蝙蝠でなければならないと決まっているわけでもなく、基本的に何に《分化》するかは自由に想像していい、と告げるため、他のものに《分化》することもある。

今回の場合で言えば、猫だったわけだが、他の動物になることもそれなりにある。

だから、リナの猫、というのはおかしくはない。

とはいえ、リナの場合、これから体全体を《分化》出来るようになっても、その全てが猫となることだろう。

《分化》というのはそういうものであり、私も同様にどれだけ分化しても、分かれた身のすべては、蝙蝠となる。

しかし。

しかしだ。

今、目の前で起こっていることは何なのだろう?

レント。

レント・ファイナ。

彼はまず、その身を植物へと変化させた。

それ自体は、非常に珍しいことだが、考えられない話でもない。

何に《分化》するのかは自由であり、そうである以上は植物になってもおかしくはないからだ。

ただ、《分化》した後、どの程度動けるかは、《分化》したその身の特性に左右される部分が少なくないため、選択するものがほぼ皆無に等しい、というだけだ。

少なくとも、私は見たことは、ない。

それなのに、そんな不便なものを選んでしまう辺りにレント・ファイナという人物の変わり者な部分が強く出ている、と思うが、まぁ、それはいいだろう。

問題は、その先だ。

彼は、その身が植物に《分化》しようとしている時点で、その不便さに気づいたのかもしれない。

慌てたような表情をし始めた。

しかし、最初の《分化》というのは非常に重要なもので、一度イメージが固定化すると動かしがたい。

絶対に不可能、とは言わないが、一度何かに《分化》してしまうと、次に《分化》したときに同様のものへと自然と変わってしまうのだ。

これを変更するには多大なる努力と技術が必要になってくるため、初めの《分化》は慎重に行わなければならない。

とは言え、あまりそのことに意識を向けすぎると今度は《分化》それ自体が失敗する可能性も出てくるので、その辺りのさじ加減は難しい。

だからこそ、最初に師となる人物が自らの《分化》を見せ、ある程度イメージを付けた後に、気負わないで挑戦してもらう、というところで落ち着いている。

そしてその場合、蝙蝠になることが多い、というのは先ほど述べた通りだ。

例外として、たまに他の動物を選択する者もいる、くらいでそれ以上に変わったものに挑戦する者はほぼ皆無だ、というのはそういうことだ。

なのにレント・ファイナは……。

植物へと変わったその部分を、さらに《分化》しようとしている。

いや、そこから何かが飛び出したのだ。

よくよく観察してみると、それは鳥と兎である。

どちらも黒い影のようで、通常の《分化》の初期状態と同じだが、レントの周りを走り回るにつれ、徐々に細部がはっきりしていって、本物と見紛う形になり始めている。

さらに、レントの体からは様々なものが飛び出す。

猪や小型の竜、ネズミなども出てきて……しかも、レントの体自身はうねうねとした、深緑色の膨らんだ邪悪な森の様な様相を呈し始めていた。

レント自身のもとの大きさの数倍に達していて、その様子は化け物と化したシュミニを想像させる。

そのため、正直言って、これは失敗なのではないか?

一瞬そんな気さえして、私は手を出そうと思った。

しかし、そこらを駆けまわっていた様々な生き物は、しばらくすると何かに呼ばれたようにその森の中へと帰っていく。

そして、動物たちが森の中に戻ると、森はその膨らみを鎮め、徐々に小さくなっていった。

深い緑の色をしていた森は、その色を影の黒へと戻し、そしてその形を人型へと戻していく。

ただ、その人型はまるでその中に様々な動物を飼っているかのように、たまにその輪郭から動物の頭部や足が飛び出そうとしていたが、それも徐々に静まっていった。

そして、黒い人型に、徐々に人間的な色彩が戻り――最後にはレント・ファイナの形へと戻った。

ということは、失敗ではないと言うことで……。

つまり、レント・ファイナは制御しきったのだ。

あれだけ混沌とした何かへと体を変え、しかも初めての《分化》にも拘わらず、数体、数十体分にその身と視点と意識を分けたのに、全てを元のところへと戻し、そして帰って来た。

これがどれだけ困難なことかは、《分化》を身に付けた 吸血鬼(ヴァンパイア) にしかわからないだろう。

稀に突出した才能を有する 吸血鬼(ヴァンパイア) が初めから複雑な《分化》を制御しきった、という話はないではないが、流石にレントにそこまでは期待していなかったので、驚いた私だった。

とは言え、必ずしもこれが出来るからと言って、実力それ自体が優れているというわけでもないので微妙な技能かも知れないが……。

何と言えばいいのか、魔術や気で言うなら、細かい制御が得意、ということであり、魔力や気の力それ自体が強く巨大、というのとはまた異なる、という感覚だ。

もちろん、だから何だ、という話ではなく、制御力が優れていることは重要であるので、賞賛すべきことだ。

レントの力の大きさについては、これから先どうなっていくのか、まだ未知数であるが、これから先が楽しみであるのは疑いようがない。

しかし、それにしても先ほどの《分化》の特殊性はどう解釈すればいいのか……。

やはり、レントが少なくとも一般的な 吸血鬼(ヴァンパイア) ではない、ということからくるものなのだろうか?

けれどそれならリナの方もそうであるべきだが、彼女が行ったのは、あくまでも通常の《分化》の範疇に入る。

では、他に何か理由が?

分からない……。

「……ふう。なんとかなったな。イザーク、どうだった? ちゃんとできてたかな、俺」

レントが、私の色々な困惑と葛藤を知らずに、そんなことを尋ねてくる。

これに対する正確な答えを、私は持っていない。

ただ、こと《分化》がちゃんとできていたか、という点については、一つしか答えようがないだろう。

「……ええ、出来ていましたよ。ただ、極めて奇妙な《分化》でしたが。普通には出来なかったのですか?」

若干嫌味っぽくなってしまったのは、私の心の中での葛藤が表に少しばかり出てしまったからだ。

そのことについて、責められるいわれは、ない。