軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第361話 数々の秘密と将来

リナの指先の輪郭がおぼろげになっている。

そこには確かに彼女の手が、指が存在しているのに、彼女の体と外界を隔てる境界が曖昧になりつつあるのだ。

境目を失った彼女の指先は、徐々に黒みを帯び、そして影の様な色合いへと変化していき、あっ、と思ったそのとき、そこから何かが飛び出すように離れた。

リナの手は、手首から先がなくなっていて、その代わりに、その離れた《もの》が彼女の周りをくるくると駆けまわっていた。

「……成功、したようですね」

イザークがそう言った。

《分化》、その初歩である部分的な《分化》に、リナは成功したらしい。

しかし、そう言われた本人は、イザークの言葉に反応していない。

いや、出来ない、と言った方が正しいだろう。

その瞳はぼんやりと虚空を見つめ、その肌からは汗が染みだしている。

おそらく、かなりきついのだろうと思われた。

「……大丈夫なのか?」

俺がそう尋ねると、イザークは頷く。

「初めのうちは、誰しもあんなものです。しばらく維持して慣れるしかないのですよ……しかし、また珍しいものに《分化》しましたね」

イザークがそう言って、リナの《分化》した《もの》を見つめる。

俺とロレーヌもそれに注目した。

「ふむ……猫、だな?」

ロレーヌがそう言ったので、俺もそれを観察してみる。

優美な曲線を描く体に、長いしっぽ、ぴんと立った耳を持つそれは、どう見ても猫だ。

ただ、現実に存在する猫のようではなく、その影が立体的になったような感じである。

暗闇の中で光り輝く瞳や、赤い舌が覗く口があるべきだが、そのどちらもその猫には存在しない。

瞳や口のあるべき部分も含め、体全体が漆黒なのだ。

「本物っぽくないのは、ああいうものなのか?」

気になってイザークに尋ねると、

「慣れれば本物のようにも出来ますよ。ほら」

彼はそう言って、自分の指先を《分化》させた。

するとそこからは、さきほど見せてくれたのとは異なり、現実に存在する蝙蝠と変わらない存在が飛び上がる。

目や口もあるし、近づいてみると毛が生えているのも見えた。

言われなければこれが《分化》したイザークであるとは気づくことは出来ないだろう。

イザークは続ける。

「ですが、一番作りやすい形は、こちらですね」

そう言うと同時に、蝙蝠は細かな形を失い、全体が漆黒の影へと変わった。

リナが出している猫と同様の存在だ。

「うーむ。面白そうだ……私もやってみたいが、流石に普通の人間には無理か……」

ロレーヌが口惜しそうにそんなことを言っている。

普通の人間にこれが出来たらちょっと怖いだろう。

まぁ楽しいかもしれないけどな。

というか、そもそもロレーヌが普通の人間かどうかは若干議論の余地があるところだが……。

もちろん、本人にそんなことは言えない。

「そこは残念ながら諦めていただくしか。おっと、そろそろ限界に近づいてきているようですね。リナさん、聞こえていますか? 聞こえていたら、その猫を、自分の指先に戻してみてください……そう念じるのです」

イザークがリナにそう語り掛けると、リナは特に返事はしなかったが、彼女の周りを動き回っている影の猫の動きが変わった。

先ほどまで少し距離があったが、ゆっくりとリナに近づいていき、そしてその指先に向かって飛び上がる。

そして、リナの手首に近づくと、猫は猫としての輪郭を徐々に失い、そしてリナと同化していき、気づいた時には、何もなかったリナの手首の先に、彼女の手が戻ってきていた。

その瞬間、虚空をぼんやりとした表情で見つめていたリナが、崩れ落ちるように力を失ったので、俺とロレーヌが駆け寄ってその体を支える。

リナは息が荒く、かなり疲れている様子だった。

「おい、大丈夫か?」

「横になった方がいいのではないか……リナ」

俺とロレーヌがそう話しかけると、リナは汗ばみながらも、しっかりと答える。

「いえ、なんだか……物凄く一生懸命走ったあとみたいな感じがするだけですから……。少し休めば、大丈夫です。たぶん……」

短距離走の後か。

それだけ体力を消耗するもの、ということなのか。

慣れてないから余計に疲れているのか。

まぁ、たぶん、慣れてないからだろうな。

《新月の迷宮》で出遭った 吸血鬼(ヴァンパイア) たちも結構疲労していたが、今のリナほどではなかった。

彼らはある程度、慣れていたからあんなもので済んでいたのだろう。

それでも、ニヴが指摘していたように限界はあったようだが……。

これさえあれば一切ダメージは追わない、万能の能力、というわけではないわけだ。

「実際、どうなんだ? 休んでいれば回復するのか?」

俺がイザークに尋ねると、彼は頷く。

「ええ。最初ですから、それなりに長めに休息はとっておいた方が良いでしょうが、しばらく休めば問題ありませんよ。ただ、何度も練習をしていただく必要がありますから、感覚を忘れないうちに繰り返す必要はありますが」

つまりは、疲労がとれないうちにもう一回、という感じでやっていかないとならないということだろうか。

結構きつい練習なのかもしれない。

と言っても、俺はまだどれくらい大変なのか分かっていないが……。

そもそもどんな感覚だったんだろうな?

そう思った俺は、リナに尋ねる。

「それで、リナ、初めて《分化》した感想はどうだ?」

疲れているところ申し訳ないが、会話が不可能という感じでもないようなのでそう尋ねる。

するとリナは、

「そうですね……ちょっと頭が混乱しました。右目と左目で別のものを見ている感じというのは確かにその通りだなって……。それに、自分が二人いるような感覚がするというか。どっちも自分なんですけど、別のものを見て別のところにいるから、別のことを考えているんですよね……全体が自分なんだって認識するのが大変というか……」

……もう人間にはよくわからん感覚だな。

いや、俺も人間ではないのだけど、こればっかりは体験しないと無理そうである。

ロレーヌは面白そうにふむふむと頷いていて、色々と質問攻めにしたそうな顔をしているが、流石に今の疲労困憊なリナにそこまでする気にはならないようだ。

ちょっと話すくらいならともかく、ロレーヌの質問はかなり細かく延々と続くからな。

付き合うには体力が必要である。

「ともあれ、リナさんはしっかりと第一段階をクリアしましたので、何度か練習すれば全体的な《分化》も出来るようになるでしょう。かなり呑み込みが早い方です。将来有望ですね」

イザークが深く頷いてそんなことを言っている。

将来有望…… 吸血鬼(ヴァンパイア) もどきの将来ってなんだろうなぁ。

魔王とかだろうか。

吸血鬼(ヴァンパイア) の魔王はいなかったはずだから、目指してみてもいいかもしれない。

山奥の古城で人の血をワインのようにグラスに注いで哄笑しつつ上半身裸のイケメン数人を目の前に並べて観賞するリナ……。

……妙なイメージが頭に浮かんでしまった。

意外と似合っているか?

……いや、流石に冗談だけどな。