軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第35話 屍鬼とアカシア

俺は、ゆっくりと、その転移魔法陣に乗る。

意味は分からないが、魔法陣の形は来るときのものとは異なっていて、別の場所につながっているのだろうと想像させるものだ。

両端にどちらも同じ魔法陣が設置されていた、というオチではないことが分かる。

さて、鬼が出るか蛇が出るか……。

転移魔法陣から発せられる光に包まれながら、俺は剣を構えたのだった。

◇◆◇◆◇

ふっと、光が静まると同時に、俺は辺りを急いで見回した。

突然魔物が襲い掛かってこないとも限らないし、この転移魔法陣がそもそも罠だったということも考えうるからだ。

しかし……。

見渡す限り、そこに魔物も罠の類もあるようには思えなかった。

その代わりにあったのは、ただただ雑多な部屋だ。

色々なものが朽ちて転がっている……まるで人が生活していたかのような、部屋だった。

いくつもの本棚が並び、また机やベッドなどもある。

ぬいぐるみも落ちていたので触れてみると、それと同時にぼろぼろと崩れ落ちてしまったくらいだ。

相当に長い年月、ここは放置されていたのだろう、ということが分かる。

そして……。

部屋の一番奥、ベッドの上には、眠っているものがあった。

一夜の眠りではない、永遠の眠りについているものが。

つまりは、白骨死体である。

落ちくぼんだ眼下に光はなく、ただ天井を見て、胸に手を置いた状態で眠っていることから、おそらくはここで息を引き取ったのだろう、と思われた。

枕元には枯れた花束と思しきものが置いてあるが、これもまた、触れるとぼろりと崩れる。

ここは……なんだ?

誰かがここで生活していた、ということは分かるが、迷宮の深部で、そんなことをしている者がいるとは聞いたことがない。

というか、そもそもそんなことが可能なのか……。

分からない。

しかし、実際にこんな部屋がある時点で、少なくともこの部屋の主には可能だったと考えるべきだろう。

だが、だから何だと言うのか……。

宝物の類もなさそうだし、何か意味のありそうなものは……。

そう思って冒険者らしく色々と漁ってみるが、やはり、何もない。

せいぜいが、本棚にある書物の類くらいだろうか?

古代語で書かれたと思しき、専門書か何かのように見える分厚い書物が多く並べてあるが、いくつか、薄い絵本も並んでいることが異質な気がした。

とは言え、古代の書物だ。

しかるべきところに持っていけば、金になる可能性はある。

そう思って本を引き出そうとすると……。

「……あなた、そこで何をしているのですか?」

と、背後から声がかかった。

背後から。

これは異常だ。

俺は、この部屋には何があるのかわからないと思っていたから、警戒を解かずにいたのに、まるで気配が感じられなかった。

しかし、だからと言って振り向かないわけにもいかない。

むしろ、話しかけたからには振り向くまで待つだろうと期待してもよさそうだった。

俺はゆっくりと声の方向に振り返る。

すると、そこにいたのは、一人の女性だった。

特に、何の変哲もない、白く柔らかい髪をした、水色の瞳の、微笑みの優しい女性がそこには立っていた。漆黒のローブを身に付けていて、魔術師然としているが……。

彼女は言う。

「もう一度聞きますね。あなたは、そこで、何をしているのですか?」

穏やかな声だった。

優しげな、まるでわからずやの子供に静かに質問をするときのような。

しかし、たったそれだけの声に、なぜか俺は息が止まりそうなほどの緊張を感じていた。

一言でいえば。

――こいつは、やばい奴だ。

今までの人生で培ってきた勘の全てが、はっきりとそう、断言していた。

しかし、女性はちょうど転移魔法陣の前に立っていて、逃げようにも逃げられない状況である。

どうすればいいのか、悩んだが、やはり質問に答えるしかなさそうだ、という結論に達する。

俺は言った。

「……なにかないか、ぶっしょくしていたところだ。おれは、ぼうけんしゃだから……」

すると、女性は、

「ははぁ。物色、ですか……物色、物色ね……。つまり、泥棒ですね? ならばここで死ぬ覚悟も出来ていますか?」

「はっ……?」

「困惑しておられますね。分かります。分かりますけど……私にも許せないことがあるのですよ。ここを穢されたくはないのです……そのためには、貴方には消えていただく、それしかありません」

そう言って、女性は軽く手を上げ、それを俺に向けてきた。

何をする気だ……と思ったのもつかの間、その手の先に、恐ろしいほどの魔力が収束していっていることに気づいた俺は、それが放たれる前に慌てて全力の防御を張る。

魔術による 盾(シールド) 、気による身体の強化、さらに聖気を剣に込めて、どんな攻撃が来ようとも大丈夫なように、と。

もちろん、出来ることなら避けるつもりで。

しかし、女性の射撃の速度はそんなことが出来ないほど早く、しかも正確だった。

強力な火炎が女性の手のひらの先から放たれる。

それはまるで、竜の 吐息(ブレス) のようであり、また、大砲の直撃を受けたかのような衝撃を俺に運んできた。

骨巨人(ジャイアントスケルトン) の一撃よりもずっとこちらの方が重く、強い。

俺は吹き飛ばされて、そのまま壁に思い切り衝突する。

背中に痛みを感じ、しかしまだそれで済んでいるらしいということは一撃は何とか耐えられたようだと喜ぶ。

しかし、その直後、同じ魔力の収束を前方に感じ、慌てて体勢を整えると、女性は同じ魔術を放つべく手のひらをこちらに向けているところだった。

――次は、耐えられないかもしれない。

そう思いつつも再度、盾やらの準備を始めた俺だが、間に合いそうもなく、やばい、と思って女性の出方を見た。

すると、意外なことに、女性の動きは止まっていて……。

「……あなた、その、体、は……」

と尋ねてきた。

体?

魔力や気を張り巡らせつつ、しかし自分の体に何かあったのかと観察してみると、どうやらローブが先ほどの炎によって、大半が燃えてしまったようで、 屍鬼(しき) の体の大半がむき出しになっていた。

腐食したり、肉が大きくえぐれていたりと、こうして見てみると明らかに人間離れしているそれを目にして、女性は驚いているらしい。

まぁ、当然かもしれない。

こんな生き物など、魔物以外にいないのだから。

「……わるいか。おれだって、すきで、こうなった、わけじゃ、ない」

この女性に俺を逃がす気がない限り、どうせ俺はここで死ぬのだ。

言いたいことは言わせてもらおうとそう発言した。

しかし女性はそんな俺の言葉に怒ることは無く、むしろ、俺を滅ぼし尽くそうと向けていた手をふっと下げる。

それから、

「……そうでしょうとも。しかし……どうやってここに来たのかと思えば、そういうことでしたか……。どうやら、私の勘違いだったようです。失礼しました」

と謝り始め、それから、

「……あぁ、お召しのものが燃えてしまいましたね……代わりと言っては何ですが、これを差し上げましょう。それなりのものですので、損にはならないかと」

と言い、彼女自身が身に着けていた漆黒のローブを渡してくれた。

さらに、

「最後になりますが、この部屋は、私にとって大事な場所なのです。あなたもここの特殊性はお分かりかと思いますが、出来れば、この部屋については他言無用ということでお願いできませんか?」

と言い始めた。

その言葉に俺が思ったことは、どうやら二度目の死を迎えずに済んだらしい、という安堵と、この女はここをよく知っていて、だが他には言っていなかった、ということか、という疑問の二つだった。

そもそも、冒険者でなくとも迷宮の未踏破区域など見つけたら一財産である。

普通は報告するものだが……。

「ぎるどに、言うなと?」

「ええ、そういうことになりますね……と言いますか、ここは貴方がいない限り入ることが出来ないでしょう。転移魔法陣を通って来たのでしょう? あれは、貴方が近くにいなければ通れませんよ」

と、言う。

次から次へとよく分からないことを言う女だが、問題はこの女の実力が俺と遥かに隔絶しているということだろう。

銀級のロレーヌと比べても明らかにこっちの方が上だ。

答え方を間違えると死ぬ、というのは簡単に想像できた。

しかし、 冒険者組合(ギルド) でいずれランクを上げることは俺の夢だ。

本来、ロリスがする予定だったこの未踏破区域の報告の権利は、魔石で借金を払い切れるだけの収入が得られたため、俺の手に戻っている。

そして今、俺は一応なんとか人間と強弁できなくもない容姿に近づいているのだから、こっそり人が少ない時間帯に 冒険者組合(ギルド) で報告するくらいなら出来ると思っていた。

そうすれば、俺の 冒険者組合(ギルド) での成績は上がり、目標である 神銀(ミスリル) 級に一歩、近づける。

そう思っていた。

それなのに、報告するなというのは……。

そんな気の進まなそうな俺の気持ちを理解したのか、女は、

「……と言っても、ここまで来て手ぶらで帰れないというのは分かります。冒険者の方はいつでも成果を求めてらっしゃいますものね。代わりと言ってはなんですが、こちらをどうぞ。きっとお役に立つと思います。いかがですか?」

「これは……」

それは、古びた何も書いていない羊皮紙だった。

しかし、女性は言う。

「これは持ち主が踏破した迷宮の空間をマッピングしてくれる魔道具《アカシアの地図》です。初期化してありますので今は何も記録されてはおりませんが、冒険者の方には得難いものかと……いかがでしょう?」

それが本当であれば確かにその通りだ。

というか、驚くべき魔道具だろう。

売りに出せば一体どれほどの値がつくかもわからない。

が、それが本当であればの話だ。

そんな夢のような道具があるはずが……。

「本当ならば、お願いを聞いてくれますか?」

女性がそう尋ねてきたので、俺は頷く。

女性の言っていることが事実なら、これがあればこれからの迷宮探索は相当に楽になるからだ。

「であれば、魔力を注いでください……」

言われた通りにすると……。

「……すごいな」

見てみると、先ほどまで何も書いていなかった羊皮紙に、確かにこの《水月の迷宮》の細かい地図が記載されていた。

俺が自分の地図に加えた色々な注釈まで移しこまれている。

「取引は成立、ということでよろしいですね?」

「……あぁ」

それでも、この場所を報告したいという欲求は感じるが、それをしたとき、この女性が俺を殺しに来ないとも限らない。

少なくとも、先ほどは間違いなく殺すつもりだったのだから、それを考えると逆らおうにも逆らえない。

「あぁ、良かったです。では、入り口まで送って差し上げましょう」

「え?」

言うが早いか、女性は何か魔術を発動させたようで、俺の視界が急激に歪む。

女性は笑顔で手を振っており、先ほどまでの今にも殺してやると言う顔つきとはまるで違っていた。

「――では、お元気で。まぁ、貴方に言うのはどうかと思いますけど」

そんなことを言って。

そして、気づいた時には、俺は迷宮の入り口で、ぼんやりと突っ立っていた。

夢か?

そう思うも、ローブも変わっているし、手にはあの羊皮紙が握られている。

――なんだったんだろうな、あれは。

そう思いながらも、今日はこれ以上探索する気にはならない。

俺は困惑を感じながら、ふらふらと街へと戻ったのだった。