軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第27話 水月の迷宮からの帰還、その後

「……旦那、ここが俺の店だぜ。どうだ、ちょっとしたもんだろう?」

迷宮から街に戻ってきて、男は俺を自分の店に案内したいと連れてきた。

そこは、言われてみるとこんな店もあったかな、という微妙な立地のところにあり、マルトに十年住んでいた俺にして、一度も入ったことがなかったところである。

まぁ、辺境とは言え、都市マルトは都市というだけあってそれなりに広い。

近くに迷宮が二つもあるお陰で、冒険者もそれなりにいるし、まぁ、羽振りは悪くないのだ。

男の店は、確かに男の言う通り、外観は悪くはなかった。

石造りの瀟洒な店で、そんなに人が入らなそうな感じでもない。

それなりの味で、存在を知っていればまぁ、たまには入ってみようかあ、と思うくらいの悪くない店だった。

もしかして死ぬほどまずいとか?

そんな疑問が生じてしまうほどに、この店で経営が行き詰ったというのは謎だ。

男が扉を開けて入っていくので、俺は後ろをついていく。

◇◆◇◆◇

「……あなた! 無事だったのね……!」

店に入ると同時に、そう叫んで男に抱き着いたのは、美しい女性だった。

亜麻色の髪を後ろでまとめた、働き者という雰囲気の女性で、全体に細身である。

一言でいえば、美人だ。

しかし、そんな女性が、男にあなた、と言ったということは、その素性は大体分かろうと言うものである。

男は女性に言う。

「イサベル! 心配するなって言ったじゃねぇか……俺はピンピンしてるぜ」

「でも……迷宮に行くなんて……。料理しかしてこなかったあなたに、そんなこと出来るはずがないって何度も言ったじゃない!」

「おいおい、俺だって男だぜ? 迷宮くらいなぁ……と言いたいところだが、今回ばかりはお前の言う通りだ。実は、魔物に殺されそうになったところを、助けられてな。俺がここに帰ってこられたのも、この旦那のお陰だ」

「……? あ、あら。私ったら。お客さまがいたのに……夫が、助けられたそうで、本当にこの度は……」

男の言葉にやっと俺の存在に気づいて、頬を染めながら頭を深く下げてそう言った男の妻、イサベルは美しい上に可愛らしく、なぜこんな男の妻などやっているのか……と罵りたくなるような魅力があった。

とは言え、正直にそんなことをいう訳にもいかない。

俺はイサベルに軽く頭を下げ、

「い、や……たま、たま、だ……きに、しなくて、いい」

そう言った。

するとイサベルは若干不思議そうな顔をしたが、男が説明する。

「旦那は強い冒険者なんだが、魔物に色々とやられたみたいでな。喋るのがあんまり得意じゃないらしい。ただ、本当にいい人なんだぜ。助けてくれたし……そうだ、魔石ももらったんだ」

そう言って、男は懐からあの 骨巨人(ジャイアントスケルトン) の魔石を取り出して、イサベルに見せる。

イサベルは、それを目を見開いて見つめて、

「こ、これは……え、どういうことなの!? どうしてこんなものを……」

「旦那にさ、事情を話したら、これをくれるって……」

おそらくは、そのあとも色々説明しようとした男だが、残念ながら続きを口にすることは出来なかった。

イサベルが、

「ダメよ! こんな……こんな高価なもの、もらえるわけがないでしょう!? 通りすがりの人に、ご迷惑をおかけしたらダメよ! 命を助けてもらって、その上、こんな……」

と叫んだからだ。

俺から施しを受けるのが嫌だから、という雰囲気ではなく、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない、という気持ちらしい。

ただ、別にただで、というわけでもないのだ。

俺は男に視線を向け、それを説明するように促す。

「イサベル、これは別に施しじゃねぇんだ。確かに、俺の取り分が大きすぎるが……俺はこれから旦那のため働く、その代わりにこれをくれた。あとは、ここで飯を食うのは無料にするって約束でな」

「……何か、また危ないことをするの?」

「いや、そういう訳じゃ……ないよな?」

男も自信はなかったらしく、俺にそう尋ねてくる。

俺はそれに頷く。

「ほら、違うらしいぜ。基本的には、旦那の代わりに 冒険者組合(ギルド) に報告や素材を収めたりするだけだ」

「そんなこと、自分でした方が……」

イサベルは不思議そうにそう言ったので、俺は自分でその点については言う。

「……この、みた、め、だから、な……ぎる、どには、あまり、いきた、く、ないんだ……」

そう言って、軽く腕をまくって見せる。

手から腕まで全体を男には見せているが、ご婦人には少しばかりきついだろうと思っての判断だった。

案の定、イサベルは息を呑んだが、それで理解はしてくれたらしい。

頭を下げながら、俺に言う。

「言いにくいことをお聞きして、大変申し訳ありません……この人、随分と騙されやすくて、心配で……今回の件、もしよろしければ、お願いしても……?」

今回の件、とは魔石のことだろう。

改めて頼んでき、筋を通しているという訳だ。

俺としてはもちろん否やはない。

頷いて、

「はじめ、から、そういって、いる……けい、やく、せいり、つ、だな……」

そう言うと、イサベルは手を差し出してきて、

「はい、お願いします!」

と言ってきた。

握手を、ということなのだろうが……先ほどの俺の腕を見て、怖くないのだろうか。

どうしたものかと思って、イサベルの後ろにいる男に顔を向けると、握手してやってくれ、という顔でイサベルの方に顎をしゃくっている。

こういう女性だ、ということらしい。

俺はそれなら、と手を伸ばして、イサベルの方に手を伸ばし、

「あぁ……」

そう言って、握手をしたのだった。

◇◆◇◆◇

「そう、いえ、ば……な、まえ、をきいていな、かった、な……」

店を出るとき、男にそう尋ねると、あぁ、という顔をして男は言った。

「そういやそうだな……まぁ、旦那が名乗りたくなさそうだったし、俺の事なんか眼中になさそうだったからだが……改めて自己紹介するぜ。俺の名前はロリスだ。ロリス・カリエッロ。この店、“赤竜亭”の店主だぜ。旦那は?」

「おれ、の、なは……きかない、ほうが、いい、だろう……」

正確には、名乗って問題が起きると嫌だなという俺の事情である。

しかし男――ロリスは納得しかねたようで、

「なんでだよ! 命の恩人の名前くらい、知っておきてぇぜ……ダメなのか?」

と懇願してきた。

これには俺も仕方がないな、と思い、ただ、釘を刺しつつ言う。

「いって、も、いい、が、おまえ、やくそく、でき、るか?」

「何をだ?」

「おれ、の、なを……ほか、のやつ、にいわ、ない……ことを、だ」

「どうしてそんなに秘密にしたいのかはわかんねぇが……分かったよ。旦那のことは、“旦那”としか呼ばねぇ。旦那の名前を誰かに聞かれても、言わねぇ。それでいいか?」

「あぁ……では、いおう。おれ、のなは……レント。レント、ファ、イナ、だ……」

それを聞いたとき、ロリスの顔は少し驚いていたが、すぐに、

「わかったぜ。旦那。ありがとうよ。じゃあ、また今度、うちに食いに来てくれ。そのときは歓迎するからよ」

と、自分で言った通り、俺の名前は呼ばずに声をかけてくれた。

俺もそれに頷き、それから踵を返して、街に向かって歩いていく。

◇◆◇◆◇

正直なところ、ロリスに家族がいたのは残念だった。

もしかしたら、嘘をついていて、家族もおらず、借金もなく、ただ、俺のことをだまそうとしているのかもしれないな、と思っていた。

そしてもしそうであるなら、

その方がいい(・・・・・・) 。

そう、思っていた。

なぜなら、俺の中の衝動が言うからだ。

人を食え、と。

試すのなら、悪人がいいだろう?

人をだます奴なら、問題ないだろう?

けれど、ロリスはいい奴だった。

だから、もう食べることは出来ない。

食うなら名前を知らない方がいいと思って聞かなかったくらい、心の準備も周到にしてきたと言うのに。

残念だ……。

ふと、そんなことを心のどこかで考えている自分に気づき、あぁ、まずいな、と思った。

そう思いつつ、俺は歩き出す。

向かうのはロレーヌの家だ。

食べれば人の肉は美味いだろう。

血はワインのように濃厚に喉を潤すに違いない。

いや、違うだろう。

それは、ダメだ……。

頭の中がうまくまとまらない。

あぁ、ロレーヌ、ロレーヌの家へ……。