軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第229話 山奥の村ハトハラーと助け

一体何が。

そう思って俺が顔を上げると、そこには一人の大人の男が立っていた。

大剣で、狼の牙をぎりぎりと防ぎながら。

誰だろう、とまず思った。

「……下がってくれ。こいつは俺が何とかする」

低い声で、男がそう言った。

そのときの俺には考える、っていう余裕がなかったから、素直に従ったよ。

下がる俺に、狼が爪を伸ばそうとしたけれど、男が大剣を振るって、狼を引き下がらせた。

凄まじい使い手だった。

当時の俺に、剣術や体術の心得なんてなかったけど、それでも達人であることが一目でわかる、美しい動きをしていた。

そしてもちろん、それからは男と狼の戦いになった。

男に向かって地面を蹴る狼、狼に向かって剣を振るう男。

どちらの動きも、とてもじゃないが、ついていけるようなものじゃなかった。

先ほどまでの狼がどれだけ俺に手加減をしていたのかわかったし、男がどれほどの使い手なのかもそれでよく理解できたよ。

隔絶した戦いが、そこにはあった。

けれど、それでも男の力と狼の力は、拮抗してた。

どちらも決め手に欠ける、そんな印象の戦いだった。

振るう男の大剣を、狼は間一髪で避け、またその牙で受け止めていた。

男も男で、狼の爪や牙の一撃を大剣で防ぎ、また目にもとまらぬ動きで避けていた。

そして、お互いの体力も限界か、というとき、男が勝負をかけた。

一瞬の虚を突いて、狼の懐に入り、剣を振るったんだ。

その一撃は、確かに狼の胸元に一筋の傷をつけて、狼は大声で吠えた。

それから、男に腕を振るい、男をその場から吹き飛ばしたけど、男はしっかりそれも大剣で防いでいて、無傷だった。

ぼたり、ぼたりと、狼の胸元からどす黒い血が垂れて、血の池を作っていく。

狼の息は荒くなり、その目の輝きは殺意だけに満ちているようだった。

遠くにいても、体が竦んだよ。

けれど、男はしっかりとそんな狼と相対しているんだ。

そして……男と、狼のにらみ合いがどれくらい続いたかな。

ふっとその場に広がっていた緊張の糸が切れて、狼が後ずさった。

それから、そのまま、狼は遠くに向かって走り去っていった。

逃げたんだ。

男はそんな狼に向かってしばらく構えていたけど、もうあの禍々しい気配も一切感じなくなると、構えを解いて俺の方に走り寄ってきて、

「大丈夫か!?」

そう尋ねた。

俺は、助けられた。

そして、助かったらしい。

男の言葉は、魔物に襲われた人間に対する至極当然の掛け声だった。

ただ、そのときの俺には……。

酷い話だが、言ってしまったよ。

「……なんで……」

「……ん?」

「なんで、もっと早く来てくれなかったんだ……!!」

思いつく限り、一番酷い台詞だよな。

普通、そういうときは礼を言うべきだろう。

それは分かってたさ。

でも、俺には……。

足元で事切れているジンリンを見るとさ。

どうしても……言わずにはいられなかった。

ただ、この男は、優しかった。

死んでいるジンリンを見て、

「……悪かった。俺がもう少し早く駆けつけていれば……本当に、すまなかった。俺のせいだ……」

そんな訳ないのにな。

真実は、運が悪かっただけさ。

ジンリンも、俺の両親も、プラヴダも。

そして俺は……運が良かった。

あれだけの魔物に襲われて、命が助かったんだ。

そうとしか言えないだろう。

そしてそれは目の前にいる男のお陰で、そんな人間を罵る権利なんて俺にあるはずがなかった。

それでも、男は俺に謝って……。

それで、ぼたぼた流れる俺の涙を拭ってから、抱きしめてくれたよ。

「うう……うわぁぁぁぁぁああああ!!!!」

それから俺は、大声で泣いた。

◇◆◇◆◇

「……もう、いいのか?」

一通り泣いた俺に向かって、男がそう尋ねた。

俺は頷いて、

「……うん。さっきはごめんなさい……」

泣くだけ泣いたら、すっきりした、というわけじゃないが、少しは頭も冷えていた。

ひどく悲しく、どうすればいいのかもわからなくて、未だに頭の中はぐちゃぐちゃだったけど、それでも、男には何一つ責められるところなんてないってことを、俺は意識できるようになった。

だから謝った。

けれど男は、

「いや……お前は立派だ。気にするな。それより、なんだ……お前の連れの亡骸のことなんだが……」

「……村まで運びたいけど、無理だよね……」

人の死体はしっかりと弔われるべきものだ。

けれど、こういうときは野ざらしで、魔物やら動物の食べるのに任せて、その場をさっさと去るのが常識だ。

運ぶのが難しい、という問題があるし、魔物も寄ってくるから単純に危険と言うのもあった。

そういう細かいことは流石に当時の俺には分からなかったが、足もないのに運ぶのは無理だっていうのは簡単に分かった。

けれど男は首を振って、

「いや、無理じゃない。場所は……どこだ? 村っていうと、この辺だとハトハラーか、アルガか、ムルあたりか?」

どれも近くにある村で、男はこの辺りの地理をしっかりと頭に入れているらしかった。

俺は頷いて、

「ハトハラーだよ。帰るところだったんだ……」

「そうか……それは災難だったな……」

「ううん。いいんだ。それより、無理じゃないって?」

「あぁ、俺も馬車に乗ってきたところだからな。あの魔物の魔力を感じて、ここまで走って来たが、半日も待てば来るだろう。そいつらに乗せてもらえばいい。乗客は、俺だけの貸し切りだからな」

この男の台詞がどんな意味なのかは、やっぱり当時の俺にはよくわからなかった。

けど、今考えると……馬車で半日かかる距離から、走ってここまでたどり着いたということ、そんな距離からいかに強大な存在とは言え魔物の感知が可能だということ、そして、わざわざ田舎に向かう馬車を貸し切りにしていることが分かる。

かなり奇妙な存在だったわけだけど、助けてもらったからな。

もう俺は全面的に信頼していた。

「そうなんだ……じゃあ、皆のこと、運んでもらっても大丈夫かな……?」

「あぁ。御者も知り合いだしな……。それまでは、ここで待つことになるが、その間に、亡骸を一か所に運んでおこうと思う。お前は何か大切な遺品があったら、それを集めておいてくれ」

そう言って、男は俺に仕事を指示した。

それも、男の気遣いだったんだろうな。

何かしていれば気がまぎれると。

実際は……どうだったかな。

少しは、紛れた気はするよ。