軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第227話 山奥の村ハトハラーと遠い日の絶望

馬車が進む中、行きより遥かにその揺れに俺もジンリンも慣れていた。

と言っても、ジンリンは馬車で酔う体質なので慣れてどうこうなるものでもないが、町でプラヴダが酔い止めを買っていて、出発前に与えてくれていたのだ。

ついでに俺にもくれたが、俺の方は全く平気なので意味がなかったかもしれない。

凄く苦く、飲むのが苦痛な味だったが、ジンリンは馬車での酔いの方が嫌だったようで一思いに飲んでいた。

その副作用か、プラヴダと 妖精(フェアリー) の話をしてしばらくして、俺もジンリンも瞼が重くなってきていた。

確かに飲む前に、ちょっと眠くなるかもね、という話はしていたから、なるほど、と思ったのを覚えている。

その眠気に対抗しても良かったが、別に眠ったところで問題もないだろう。

母もプラヴダも起きているし……眠っても。

そう思った俺は、その眠気に対抗することなく、そのまま眠りの世界に落ちていった。

◇◆◇◆◇

――ドゴォン!!

という音と衝撃に目を覚ましたのは、眠りに落ちてからどれくらい後の事だろう。

体が宙に浮いた感覚がして、また激しく上下が変わった感覚に俺は驚いた。

周りを見る余裕はなかったけれど、そういうときって不思議なもんだよな。

空中に浮きあがった果物とか、草の形とか、そういうものがはっきりと見えて、未だに覚えているよ。

絵にも描けそうなくらいだ。

ゆっくりと時間が動いていて……ただ、焦燥が後ろから追いかけてくるみたいな、恐ろしい感覚がした。

何が起こったのか。

おそらく、馬車が横転したんだ、と気づいた時には、馬車の中にあった荷物はぐちゃぐちゃに倒れていたよ。

俺も体を馬車の木枠とか、詰まれていた木箱とかにぶつけたりして大分打ったみたいでさ。

動くのもきついくらいに体中に激痛が走ってた。

でも、まずは……他のみんながどうなったのか確認しないとと思って、周囲を観察したよ。

とりあえずは、ジンリンから……。

親父や母さん、それにプラヴダは、当時の俺にとって何があっても死ななそうな人たちだったけど、ジンリンだけは違ったからな。

ある日ふっと、いなくなってしまいそうな、ある意味危ういところがあった少女だったから、俺はそういうとき余計に心配になったよ。

それで、探してみたら、見つかった。

木箱やら荷物やらの下敷きになってはいたけど、しっかり息をして倒れてた。

「う……レン、ト……」

そんなうめき声を上げながらさ。

けど、幸い、そんなに重いものが入っていたわけじゃないみたいで、子供の俺でも頑張れば乗っかってるものはどかせたんだ。

もちろん、無傷とはいかなかったけど、それでも立ち上がることは何とかできるみたいだった。

「ジンリン! 大丈夫!? 歩ける?」

そう矢継ぎ早に尋ねたら、冷汗を流しつつも、

「……うん。へいき。それより、おじさんとおばさんとお婆様は……?」

言われて、俺は初めてそのことに意識がいったよ。

別に、忘れてたわけじゃなくて、その三人が、どうして俺たちを探しに来ないのか、ということについて、意識がいった、ということだ。

だっておかしいだろう。

俺たちは子供で、大人たちはいつも心配しているのは分かってた。

馬車が横転する、なんて大事故が起こったら、まず彼らは探しに来るだろう?

別に距離が離れているというわけじゃないんだ。

むしろ、馬車の周りだけ探せばそれでいいんだから。

それなのに、探しにこないというのは……。

おかしいよな?

それに気づいて、俺は不安になったよ。

とてつもなく。

ジンリンも同じで、不安そうな顔をしてた。

それで、いてもたってもいられなくなったそのとき、轟音が横転した馬車の前方で聞こえたんだ。

驚いてそっちの方を見ると、火柱が立っていてさ。

当時の俺には、それが一体何なのか分からなかった。

けど、ジンリンは、

「……魔術!?」

そう言って、火柱の方に走り出したんだ。

俺は慌ててそれを追いかけて……それで、少し走って目に入ったものに、俺もジンリンも驚いた。

それは……なんていうかな。

うまく表現できないんだけど、とにかく禍々しいものだったよ。

見た目は、大きな銀色の狼だった。

ただ、目は血走っていて、何もかも破壊したそうな表情をしていたし、その大きな体の周囲には、黒々とした邪悪なオーラがゆらゆらと纏われて揺れていた。

破壊の権化っていうかな、魔界の使徒っていうかな。

そんな言葉で比喩したくなるような存在がそこにはいた。

そして、その目の前に、プラヴダが、杖をもって立っていた。

魔術を使ったのは、彼女だったわけだ。

使えるなんて俺は知らなかったけど、孫であるジンリンは知っていたんだな。

もしかしたら教わっていたのかもしれない。

いざというときの武力として。

そんなプラヴダは、俺とジンリンの気配に気づいたのだろうな。

振り返って、

「……あんたたち!? 生きてたのかい! だったら早くお逃げ! この魔物は、私が……」

……それが最後の言葉だったな。

いつの間にか、プラヴダの背中から、狼の爪が生えていたよ。

ぐぶり、とプラヴダの口から血が吐き出され、徐々にその瞳から輝きが失われていった。

……死んだ。

プラヴダは、死んだ。

人の亡骸ならともかく、人が死ぬ瞬間を目前で見ることなんて初めてだった。

何も考えられなくなって、頭が真っ白になって……それで。

逃げなければいけない、と思った。

とにかく逃げなければと。

俺は同じように止まっていたジンリンの手をひっつかんで、狼からとにかく距離をとろうと、走った。

「レント!? レント、お婆様が……」

どこか感情が抜けたような声で、それでも縋ろうとするような声色でジンリンが叫んだ。

もちろん、言いたいことは分かっていたよ。

でも、プラヴダはもう、死んだんだ。

俺たちは生き残らないとならない。

だから走らないと。

ただそれだけだった。

ジンリンは続けたよ。

「貴方のお父さんとお母さんも……」

どこかにいるはず、と言いたかったのだろう。

ジンリンはたぶん、俺よりもずっと混乱していたんだろうな。

こんな状況に。

だから見えなかったみたいだ。

狼の足元に、倒れ伏した男女の死体が。

俺にははっきり見えてしまったからな。

あぁ、もう俺たちしか生きてないんだなって。

俺はそう確信していたから……。

薄情だったのかな、俺は。

あそこで動けなくなるのが、普通の人間の反応だった気がする。

ジンリンが現にそうだったから。

でも……でも。

ジンリンを死なせるわけにはいかなかったんだ……。