軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第22話 水月の迷宮の未踏破区域

「……おい、あんた。そっちは行き止まりだろ?」

後ろから着いてきている男が、俺に向かって地図を見ながらそう言った。

男の持っている地図はもちろん、この《水月の迷宮》のもので、街中で普通に販売しているものだ。

迷宮の地図の値段はピンキリで、色々な条件によって大きく変わる。

たとえば、その迷宮の難易度や階層の数などでも変わるし、迷宮の特徴や魔物の種類についてまで書いてあると値段が上がっていく。

緻密なものだと、魔物の 湧出(ポップ) する地点が固定しているところがあれば記載してあったり、また、先行する冒険者たちについての情報までついている場合もある。

まぁ、最後の方まで行くと、作る方も半ば趣味と意地になってきていて、他の地図製作者より少しでもいい地図を、という領域になるのであまり意味はない。

ただ、詳細な地図であるほど高く、有用であるのは間違いない。

その観点で言うと、男の持っているそれは標準程度の質のものだろう。

一般的に踏破される場所の通路は皆、記載してあるが、それだけで、他の付属情報は一切書いていないもの。

つまり、ただの地図だ。

それによると、俺の進もうとしている方向は行き止まり、と書いてあるらしい。

そしてそれは俺も知っている。

なにせ、同じ地図を俺も持っているからだ。

一つ違いを言うのなら、俺の地図は男のものと比べると色々と書き込みが加えられていて、ほぼ別物と化しているということだろうか。

十年ここに潜り続けた経験は伊達ではなく、おそらく都市マルトで最も詳細な《水月の迷宮》の地図を持っているのは俺だ。

そしてそこには、数日前に新たな道が書きこまれている。

当然、あの《龍》の出現した区域だ。

「……いい、から、こ、い」

俺が取りつく島もなくそう言うと、男は納得しかねるような顔をしていたが、結局は諦めてついてきた。

一緒に歩いていてよくわかったが、男にはほとんど戦闘の心得がない。

武器だけはいっぱしのものを持っているようだが、使いこなすどころかまともに扱えてすらいない。

その状況で、俺と離れるのは危険だと、危機感の薄い男でも分かっているのだろう。

俺は男にそれ以上何も言わず、迷宮を進んでいく。

◇◆◇◆◇

「……こいつは……? え、だって、地図には何も」

唖然としたように地図と目の前の光景を見比べる男。

彼の言いたいことはよくわかる。

なにせ、俺も最初見た時はそんな気分だった。

そしてそのままの勢いで中に入って行ってしまった。

相当に危険な行為であるにもかかわらず。

本当なら、一度戻って誰か仲間を連れて改めて調査すべきだっただろう。

一応の言い訳なら、ないでもない。

まず、さっさと探索しておかないと、他の冒険者がやってきて先に報告される可能性があること。

これがあって、俺は焦った。

今にして考えれば、地図に行き止まりと記載してあるここにわざわざ来るような奴がどれほどいるのか、という気もする。

しかし、実際俺は来たし、行き止まりは魔物を追い詰める場所には最適だ。

絶対に来ないとは言えなかった。

それに加えて、俺は基本的にソロでやっていた。

つまり、連れてこれるような仲間には心当たりがないのだ。

一応、ロレーヌという選択肢もないではなかったが、彼女の本業は学者だ。

冒険者仕事のノウハウについては色々教えて今や魔術の実力と合わせて銀級として十分な実力を持つが、滅多に冒険者としては働かない。

やはり、学者の方が肌に合っているらしく、素材集めが必要になったら大抵俺にやらせる。

最近の彼女は研究が佳境に入っていたようで、忙しそうにしていたというのもあり、声をかけにくかったというのもあった。

そして最後の一つが、良くも悪くも油断だ。

俺はこの通路の先に、大した魔物がいないだろう、と踏んだのだ。

だからこそ、あのとき入った。

というのは、強力な魔物というのは、いればそれなりの気配というものを発するものであり、集中すれば大抵わかる。

高位の魔物や特殊な魔物であれば気配を隠す能力を持っているものも確かにいるが、この迷宮のこんな階層に高位の魔物など滅多に出ないし、特殊な魔物についても、ある程度のものなら対応できないこともない。

もちろん、戦える、という意味ではなく、逃げることは出来るだろう、という意味でである。

まぁ、実際に出くわしていればどうなったのかはわからないが、そういうものが現れる可能性というのはどんな迷宮のどんな階層でもかなり低いとはいえ、どこででもある。

気にしすぎると冒険者などやってられない以上、そのことについてはさほど考えないでしまった、ということだ。

そういう諸々の結果として、《龍》に出会ってしまったわけだ。

しかし、あれは本当にどうしようもなかった。

気配なく、突然現れたのだし、逃げようとしたところで体も動かなかったのだ。

人数がいればどうにかできると言う相手でもなかったし、慎重に挑んだところで出遭ったら終わりのものだった。

振り返って反省してみても、何の情報もないあの状態ではあれ以外の判断は出来なかっただろう。

さて、それでは今回はどうか、と言えば、おそらくは大丈夫ではないだろうか。

あの《龍》の気配は今は感じない。

前回と同様、突然出現する可能性はないではないが、そうなったときはもう、仕方ない。

ある程度の諦めは冒険者である以上、必要だ。

いざというときは、後ろの男をおとりにして逃げれば……とまで非道なことは考えていないが、本当にどうしようもないときはそうするほかない。

二人いれば《龍》が現れてもどっちかは生き残れるかもしれない。

男もこれが成功すれば必要なだけの金銭を得ることが出来るかもしれないのだから、知らずにそんなリスクを背負わせてもそこまで酷ではないだろう……いや、酷か。

でも仕方ない。

「……さき、に、いってみ、よう……」

とは言え、一応、俺の方が先に進むくらいの配慮はあった。

男が先に入るよりは生存の確率は上がるだろう。

前のときは、ほとんど目の前に《龍》が現れたからこそ何も出来ないで終わったのだ。

そっと進めば、多少の距離はとることも出来るかもしれない……。

相当に臆病な速度で俺はその通路を進んでいく。

通路に出現する魔物は先ほどまで歩いてきたすでに調べ尽くされた通路と変わりなく、 骨人(スケルトン) やゴブリン、スライムが主で、大して苦戦もしない。

少し、男にも戦わせてみたりしたが、へっぴり腰でまるで話にならない。

流石に急に思い立っただけはあるな、と妙な感心をしてしまったくらいだ。

時間があれば鍛えたいところだが、男の期限はあと数日だし、その程度で他人を強くできるほど俺は優れてはいない。

これはこういうものだ、と思って諦めるしかないだろう。

ただ、ここまでひどい腕だと、 冒険者組合(ギルド) にこの新区域の発見を報告しても信用されない可能性が出てくる。

それは困るから、一応の構えと、それから魔物からの逃げ方だけ教えておくことにした。

それだけ覚えておけば、ここまでたどり着ける可能性はある、というくらいには思ってはもらえるだろう。

そして、しばらく道を進むと、俺たちはとうとう、たどり着いたらしい。

通路の向こうに、開けた空間が見える。

あの《龍》と遭遇した広場。

つまりそれは、俺が 骨人(スケルトン) になった、あの場所だった。