軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第196話 旅と料理

「もうやり残したことは無いか? 忘れ物はないか?」

早朝、ロレーヌの自宅の玄関前で、ロレーヌが母親のようなことを言う。

俺はここ数日で片づけたこと、ラウラへの《竜血花》の納品とか、リナに伝言をしたこととかを思い出す。

いずれもしっかりやった……と思う。

たぶん。

忘れ物の問題は忘れ物したこと自体を忘れていることなんだよな……思い出そうとしても思い出せない何かがあったかもしれないという不安が抜けない。

が、忘れているということは大したことなかろう、と諦めることにした。

「……まぁ、ないんじゃないか? なにかあったとしてもそれは帰って来た時に考えることにする」

典型的な忘れん坊が言いそうな台詞を口にする俺に、ロレーヌは呆れた顔で、

「ちょっとは思い出す努力をしろ……と言いたいところだが、別にもう戻ってこないわけでもないしな。大丈夫だろう。じゃあ行くぞ」

そう言って、扉を開ける。

これから旅立つのだ。

俺の故郷、ハトハラーの村へ。

◇◆◇◆◇

都市マルトは辺境都市とは言え、一応、都市と言える規模の大きさのあるまぁまぁな街である。

もちろん、王都などと比べると当然何段も落ちるが、人の往来のそれなりにある大きな街であるのは間違いない。

当然、都市マルトの門近くにある馬車の停留所には多くの馬車が止まっていて、その御者と思しき者が声を上げながら呼び込みをしている。

賑やかで活気のある光景であった。

その多くがこの辺境から西の都会に向かっていくものであり、馬車に乗ろうとする者たちもそれなりにいて、賃金の交渉などが激しく行われてたりする。

そんな中、俺とロレーヌは、そんな活気とは無縁そうな、ひどく静かな区画へと向かう。

大体どこに向かうかは停留所の区画ごとに決まっているのでそれほど探さずとも分かるのだ。

声を上げているのは、マルトに普段住んでいるわけではない人間向けに分かりやすくしているからというわけだ。

「……これだな」

ロレーヌが一台の馬車の前に立ち止まり、俺に尋ねた。

俺はうなずいて、

「あぁ……しかし、いつ見ても不安になるな、これ。ハトハラーにちゃんとたどり着けるのか……」

いや、実際何度も乗ったことあるし、たどり着くのだが、やっぱり見るだけで不安になってくる。

というのも、その馬車は、馬車を引く動物が馬ではなく、大きな亀なのである。

《馬車》という名称は一般的に馬車を引いているのが馬だから代表的につけられたに過ぎない名前で、引く動物は他にも色々いるのだ。

もちろん、それでも普通に馬が多いのだが、進む道や速さによっていろいろと使い分けがされていることも少なくない。

通常の馬の次に多いのは、竜馬と呼ばれる馬と形はよく似ている、亜竜の眷属にあたる動物で、馬よりも早く、体力もあり、魔物を恐れないために良く使われる。

ただ、馬ほどの数が揃えられない上、馬よりも強いために御者に技術と体力が必要であるため、すべて竜馬に、というわけには行かず、快速を旨とする馬車がこれを使っているくらいだ。

料金も相応に高く、一般人と言うよりは、貴族や騎士向けと言ったところだろうか。

対して、今俺たちが乗ろうとしている馬車を引いているのは、大亀と呼ばれるそのまま、巨大な亀であり、馬よりも馬力があるが、足は馬よりも遅い動物である。

ただ、足が遅い代わりに非常に丈夫で、魔物に襲い掛かられてもその巨大な甲羅の中に籠もってしまうため、危険な道や、山登りなんかをしがちな道を進む馬車にはよく使われる。

ハトハラーの村へと続く道は、都会のある西に向かう道よりも当然、整備されておらず、また勾配も激しいために大亀が適しているという訳だ。

ただ……どう見てもただのデカい亀だからな。

こんなんだと百年たっても故郷に辿り着けない気がしてしまう。

実際のところ、足が遅いと言っても馬車に使われるほどの動物なのだ。

馬より多少遅い、くらいで十分な速度が出せる。

足も普通の亀より長く、ちょっと面白い形をしている。

「いつもしっかり辿り着いているのだろう? なら安心ではないか……御者は……あぁ、いたな」

きょろきょろとしながら、御者がどこにいるのか探していたロレーヌは、一人の老人を見つけて頷きながらそう言った。

老人はさきほどの活気あふれる区画で声を上げていた者たちとは異なり、パイプを燻らせながらぼんやりと馬車の荷台に寄りかかっていた。

やる気が見られない。

が、その気持ちは分かる。

わざわざこの辺境都市よりも東に向かう人間なんて、呼び込むまでもないからな。

数も少ないし、ほとんど顔ぶれは決まっているので呼び込むだけ労力の無駄なのである。

「ご老人、ハトハラーまで乗せてほしいのだが、代金はいくらかな?」

ロレーヌがそう尋ねると、老人は顔を上げて、

「……銀貨五枚だよ。昼飯は出すが、それ以外は途中止まる宿場町で勝手に食べてくれ。人数がたまったら行くから、それまで荷台にいるか、その辺で待ってな」

と言った。

銀貨五枚が高いか安いかは難しいところだが、ハトハラーはほぼ終点だからな。

一週間ほどかかることを考えれば、昼食付きなら安い方だろう。

西に向かう馬車はもっと安いが、それは街道が整備されていて、乗る人数も多いからだ。

ど田舎はこんなところでも不便なのであった。

だからこそ、里帰りもあまりしなかったというのもある。

金がないから、と言って歩いて帰るのは流石にきついからな……。

「じゃあ、二人で金貨一枚だな。頼んだ」

そう言って、ロレーヌがさっさと払ってしまう。

俺も懐から銀貨五枚出して、ロレーヌに渡そうとしたが、

「帰り払ってくれ。小銭が増えても仕方ない」

と言われてしまった。

行動が……俺よりも男前なんだよな。

俺が女々しいだけか。なんか申し訳ないが、言われた通り、帰りは俺が払えばいいか。

あとは宿場町の飯代とかで返そう。

旅の何が楽しいって、その場所でしか食べられない珍味とかが食べられることだからな。

大体はありがちな田舎料理とかなのだが、たまに掘り出し物というか、そこに住んでる人間は大したものだと思ってないのに、非常に珍しい品とかが出てくることがある。

大冬蛙の卵とか、子供の 殺人蟷螂(カーティス・マント) の揚げ物とかな……。

両方美味しくはあったが、見た目があれだったので一口目が恐ろしかったのを覚えている。

途中、止まる宿場町でまだ出しているだろうから、ロレーヌにも食べさせてみよう。

「さて、しばらく待つか。出発が楽しみだな」

ロレーヌがそう言ったので、俺も頷く。

「ああ。楽しみだ」

ロレーヌが珍料理になんていうか。

というのは少し意地悪に過ぎるかもしれない。

なんだかんだ言ってロレーヌは都会の人だから、厳しいかな。

色々想像しつつ、俺たちは人が集まるのを待ったのだった。