軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第163話 下級吸血鬼と童話

孤児院の扉を前に、俺とロレーヌは顔を見合わせる。

どちらがノッカーを叩くか、それを考えているのだった。

「……どうぞ」

俺がそう言うと、

「いや、そちらこそ」

とロレーヌから帰ってくる。

にらみ合いはしばらく続き、そして譲らない俺に業を煮やしたロレーヌが、

「……仕方がないな……」

と言って、ノッカーに触れ、叩いた。

すると案の定、

ばきっ。

という音と共に、ノッカーそのものが外れる。

「……やっぱりな。だから嫌だったんだ……」

ロレーヌはため息を吐きながら俺を見るが、すでに俺は超強力スライム接着剤を出していた。

「準備がいいな……」

と呆れたように言いながらも、接着剤に手を伸ばしたロレーヌだったが、今日は珍しく、

「はい、どちらさま……」

と、俺たちがノッカーを張り付ける前に孤児院から人が出てきてしまった。

やばい、と思ったが時すでに遅し。

扉の隙間から顔を出してきた、小さな女の子の目が、俺たちの顔を認識したあと、俺たちの手元に移っていく様子がありありと分かった。

そして、ロレーヌの手に握られたノッカーを見て目を見開く。

「い、いや! ちょっと、待ってくれ。これはだな、もともと……そう、もともとな!」

とロレーヌが言い訳を始めた辺りで、少女は、

「それ、直さないとなぁってみんなで話してたんです。外れてびっくりしましたよね。ごめんなさい」

と驚くべき事実を言って来た。

「……直さないとなぁって……やっぱり、もともと?」

「壊れてました。でも、ちょっと接着剤でくっつけておけば、くっつくからそのまんまで……」

ようは、俺たちと同じことをしていたわけである。

ロレーヌは肩をがっくり落として、

「……なら早くそう言ってくれ……」

と呟いたのだった。

◇◆◇◆◇

「昔々、一人の男がいました……」

孤児院の少女に案内されてついたのは、孤児院の中に設けられている礼拝堂だった。

そこで、アリゼが本を開いて、小さな子供たちに読んであげている。

その本は、有名なもので……。

「《西に向かう旅人》か。ヤーランでもあるんだな」

ロレーヌがその本の題名を言う。

ヤーランにおいては有名な童話で、子供でも大人でも間違いなく知っているものの一つだ。

その筋は、単純で、西に向かう旅人が、様々な人々と出会い、色々な問題を解決していくというものだ。

なぜ西に向かっているのかは分からない。

というか、そこに家庭でのアレンジがなされる。

人によって西に向かう目的が変わってしまうのだ。

家風が出る、面白い部分でもある。

多いのは、遠くにいる恋人に会いに行くために、というものだな。

あとは、兄弟や姉妹、それに両親と言った、家族に会いに行くために、というもの。

ロレーヌは……どう聞かされて育ったのか。

「ロレーヌのところでは、旅人は何しに西に行くんだ?」

「私か? 私は……《すべてを知る賢者》に会いに行くために、だったかな。旅人は、ある日、自分が何も知らないことに気づいて西に向かうんだ。そこに、この世のすべての答えを知る賢者がいる、と聞いてな」

ロレーヌらしい答えと言うか。

そういう話を聞いて育ったからこうなったのかな。

俺がそう言う目をしていたからだろう。

ロレーヌも俺に言う。

「そういうお前はどうなんだ? 旅人は何をしに、西に?」

「あぁ……俺のところは変わっていたかもしれないな」

「というと?」

興味深げにロレーヌが俺を見る。

俺は答える。

「……何も目的はないのさ。強いて言うなら、目的を探しに西に行くんだ。そこには何かがあるかもしれないからと」

それにロレーヌは何とも言えない表情になり、それから頷いて、

「それはそれで面白いのかもしれないな。なるほど、そんなものを聞いて育てば、お前のような男が出来上がるか。納得だ」

と、俺がロレーヌに対して思ったようなことを言われる。

まぁ、別にこれだけで人生が決まるとかそんなわけでもないだろうが、心の一部に入り込んでいるものの一つだろう。

だから、性格が少し出てしまうわけだ。

「アリゼは、どうするつもりなんだろうな」

俺はそう呟く。

もちろん、旅人の目的についてだ。

ロレーヌは、

「……アリゼも女の子だからな。大抵、恋人に会うため、ということにするから、そうなんじゃないか?」

そのために艱難辛苦を乗り越えて、旅路を全うするわけだ。

一応、旅人の性別は男だが、豪気な人になるとそこまで変えてしまうこともある。

そうすると、恋人に会うため、と言う目的で話を構成すると、男の旅人が女性の恋人のために一生懸命旅をする話と、女の旅人が苦労しながら恋人のもとへ急ぐ話のどちらかが出来上がる。

よく聞く筋であり、どちらも小さな女の子には受け入れやすいようで、人気がある。

反対に男の子には受けが悪い。

恋について、まだ、よくわからないらしいからだ。

その辺り、女の子の方は小さくても立派な女だと言うことだろう。

男女の成長の違いが分かるようで、そこのところも面白い。

「アリゼは恋に恋するって感じでもないような気がするけどな」

「そうか?」

「なんかサバサバしているというか、あの年にして、すでに大人になろうとしているというか」

俺の評価に、ロレーヌは納得した顔で、

「あぁ、そういうことか。若いながらに苦労していると、どうしても現実的な性格になりがちだものな。アリゼもそうだと?」

「そうそう」

俺がうまく言葉に出来ないことを率直に言語化してくれたことに感動するとともに深く頷く。

しかし、ロレーヌはその意見には賛成しかねるようで、

「……だからこそ、却って白馬の王子様を待っている、ということも考えられなくもないぞ」

そう言って。

まぁ、確かに……ないとは言えないな。

しかしどちらにしろ、

「聞いてみれば分かることだ。少し座って聞いてみることにしよう」

そう言って、礼拝堂にひっそりと足を踏み入れ、その端っこに座った。

俺もロレーヌも、それなりに冒険者としての研鑽は積んできた。

孤児院の子供程度に対して、その気配を完全に断つことは朝飯前である。

実際、全く気付かれず、アリゼは朗読を続けていた。

「……そんな日々の中、男はふと、西に旅立つことを思いつきます」

まだ最初の方だな。

アリゼの声のあと、

「どうしてその人は旅立ったの?」

と小さな男の子の声が響いた。

他の筋を聞いたことがあるからか、それとも単純に気になったのかは分からない。

それは、話の続きを決定づける質問だった。

アリゼは、その男の子の質問に答える。

「この男の人は、料理人だったの。だから、西には新しいレシピを探しに行ったのよ。西の国は、とっても文化が進んだところだからね……」

色気より食い気か、と少しげんなりしたが、ともかくどうやら俺の予想の方が正しかったと言えるだろう。

現実的になった結果、恋人よりも食い物をとったわけだ。

「私の負けか……いや、別に勝負はしていないのだけどな」

そう言ったロレーヌだったが、微妙に悔しそうな顔である。

反対に俺は勝ち誇った様な微笑みを向けてやった。

ぎりぎりと歯ぎしりするロレーヌ。

そんな俺たちの存在など気にせず、アリゼの話は続く。