作品タイトル不明
第145話 下級吸血鬼と二人の人物
俺がシャールの問いかけに頷くと、
――コンコン。
とタイミングよく扉が叩かれる音がした。
「……ニヴ・マリス様と、ミュリアス・ライザ様がいらっしゃいました」
扉の向こうから、そんな声が響く。
先ほどの店員の男のもののようだ。
シャールが俺を見たので、頷くと、彼は扉に向かって、
「お通ししてくれ」
と、言って立ち上がる。
俺も同様に立ち上がった。
すると、扉が開き、その向こうから二人の人物が入ってくる。
驚くほどの、美人二人だ。
一人は灰色の髪に、爛々と輝く赤い瞳を持った、内面のまるで読めなさそうな印象を受ける女性で、そしてもう一人は、銀色の髪に紫水晶のような瞳を持つ、儚げな雰囲気の女性である。
年の頃は……二人とも、十代後半から二十代前半と言ったところだろうか。
あんまり女性の年齢の目利きは得意ではないので外れているかもしれないが、概ね当たっているような気がする。
今ではまず行かないが、先輩冒険者に昔連れられて行った女性がテーブルにつく飲み屋において、私いくつに見えるクイズに何度外れてきたことか。
先輩冒険者の方は、正しい年齢に大体マイナス二、三才程度で答えると言う離れ業を披露していたのを思い出す。
なんでわかるんだ。それはどうでもいいか。
二人が入ると、扉は閉じたので、店員は去っていったようだ。
「よくいらっしゃいましたな。ニヴ様、ミュリアス様。こちらが、先日タラスクを狩って来た冒険者の……」
と言うところで切り、俺の顔を見たので、自己紹介しろ、ということだろう。
様、とつけているところからも、向こうの方が身分が高いことを示してくれているようだ。
親切である。
俺は、
「銅級冒険者の、レント・ヴィヴィエです。どうぞお見知りおきを」
そう言って頭を下げた。
すると、向こうは意外にも、
「あぁ、そういうのは構いませんよ、顔を上げてください、レントさん。私たちは別に偉いわけでは……あぁ、ミュリアス様は偉かったですね? いやいや、私の方は、特に偉くはないのです。一応、爵位は持っていますが、元々、平民ですからね」
と言ってきたので、おそるおそる顔を上げると、そこには笑顔のニヴがいた。
灰色の髪の女性の方が、ニヴだろう。
俺は実のところ、彼女の名前を聞いたことがあった。
ニヴ・マリス……それは、隣国における、若くして 白金(プラチナ) 級間近とも言われる金級を持つ、飛び抜けた才能を持つ冒険者の名前だ。
その成し遂げた偉業によって、国から名誉男爵の地位を受けている。
だからこそ、ああいう言い方になったのだろう。
そして、その偉業は、俺とは非常に相性の悪いものだ……。
「ええ、私も冒険者なので、お噂は聞いています。たしか……街に巣食っていた 中級吸血鬼(ミドル・ヴァンパイア) を討伐なさった、 吸血鬼狩り(ヴァンパイア・ハンター) だとか」
そうだ。
彼女は、多くの 吸血鬼(ヴァンパイア) を好んで狩る冒険者なのである。
と言っても、基本的にその獲物の大半は 屍鬼(しき) や、 下級吸血鬼(レッサー・ヴァンパイア) なのだが、彼女は隣国ホープ王国に於いて、都市に巣食っていた 中級吸血鬼(ミドル・ヴァンパイア) の群れを根絶やしにしたことで名前が知れ渡った。
その強さもさることながら、隠れ住んでいる 吸血鬼(ヴァンパイア) 探しに卓越した技能を持っている、ということがそれでわかったからだ。
一体どのような方法でもってそれを行っているのかはまるで分からないが……。
事実として、 中級吸血鬼(ミドル・ヴァンパイア) の群れが一つ丸々潰されているのだ。
出来る、という他ない。
……なんでこんな天敵みたいなやつがいきなり来るんだ?
俺の運勢悪すぎないか?
心の底からそう思ったし、今すぐに逃げ帰りたい気分だが、貴方は 吸血鬼狩り(ヴァンパイア・ハンター) なので、 吸血鬼(ヴァンパイア) である私にとっては極めて都合が悪いです、お暇させていただきますとか口が裂けても言えるはずがない。
出来る限りさっさと話をつけて帰るほか、方法はないだろう……。
もし俺が 吸血鬼(ヴァンパイア) であるとすでにばれていたら?
そのときはもう終わりだ。
ここで死ぬ気で戦って逃げ、それからどこか別の土地で人生をやり直すしか道はないだろう。
実際どうなんだろうな……。
雰囲気からは全く分からない。
普通の、極めてにこやかな表情だ。
底知れないものは感じるが、しかし、俺に対する敵意とか警戒とかはまるでない……ばれないのか。どうなんだ。
胸ぐら掴んで問い詰めたい気分だった。
それをやったら死ぬだろうけど。
まぁ、腹をくくって話すしかないな。
ばれてたら、そのときのことはそのときに考えよう……。
「おぉ、よくご存じで。まさか私の名前がこんな辺境にまで伝わっているとは……おっと失礼。別に馬鹿にする意図はないのでお許しを」
ニヴは、ここマルトを辺境、と言ったことをすぐに謝った。
別にいい気はするが、それで怒る人間というのもたまにいる。
何を辺境だと、ここは都会なんだぜ、である。
そんなわけなかろうに。
「いえ、おっしゃる通りここは辺鄙なところなので……それで、そちらの方は?」
隣に立っている儚げな様子の銀髪の女性を見て、俺はそう尋ねる。
するとその女性は、
「申し遅れました。わたくしはロベリア教において神官を務めさせていただいております、ミュリアス・ライザと申します。どうぞよろしくお願いします」
と名乗り、それから俺の目をじっと見つめた。
その瞬間、ふわり、とした感覚が体を襲う。
不快ではなく、何かに包まれたような不思議な感覚だ。
一体なんだ?
と思った直後、体の奥から聖気が共鳴して引き出されるような感じがした。
これは……。
首を傾げていると、ミュリアスは驚いたような顔で俺を見て、それから、
「……もしかして、聖気をお使いに?」
と尋ねてきた。
なんで分かるのか、と聞きたいところだが、なんとなく理由は察しが付く。
「今の感覚は……貴女が?」
「ええ、聖気の祝福をと思いまして……悪しきものは払われるので、その、何と言いますか……」
ちらり、と隣のニヴを見て、言いにくそうな顔をした。
ニヴはその視線を笑って受け、
「いや、申し訳ないですね。私はこれで、レントさんの言った通り、そこそこ有名なのですよ。ですので、命を狙われることも日常茶飯事で……普通の攻撃なら結構腕にも自信があるので何とかできると思うのですが、毒とかそういったものは注意しててもどうしようもありませんから。聖女であらせられるミュリアス様に今日ここに来るにあたって同道をお願いし、浄化してもらったのです。これで私も聖気は使えるのですが、浄化とか祝福とか、そっち方面は苦手で……ロベリア教に伝手があって非常に助かりました。私、 吸血鬼(ヴァンパイア) 探しは上手なんですけどね。 吸血鬼(ヴァンパイア) は聖気に弱いですから、ぶつけてやればもう一発です」
と言う。
なんだかとにかく喋る人物だ。
話す言葉一つ一つが軽いような……でも内容は結構重要なことを言っている。
ミュリアスがロベリア教の聖女である、と言っているし、そんなところに頼みごとが出来るだけの権力のようなものをニヴは持っていると今の話だけでわかる。
また吸血鬼狩りが得意な理由についても。
しかし、 吸血鬼(ヴァンパイア) は聖気に弱い、か。
俺は身に宿しているからか全然平気なんだけどな……。
そもそも、一般的にもそんな話は……聞いたことないような?
本当なのかな。
いや、普通に武具に聖気を込め、切りつけたりすれば傷つくのだが、聖気をぶつけて……それで判別が出来るとは聞いたことがない。
それが出来るなら、吸血鬼狩りは聖人や聖女の独壇場になっているはずだ。
けれど、そうではない。
それは、その方法では出来ないからではないか。
そう思った俺の雰囲気が伝わったのか、ニヴは、
「やり方があるのですよ。それを、私は見つけました。だから他の人には出来ないけれど、私には出来る。そういうことですよ」
そう言った。