軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第127話 冒険者リナ・ルパージュ2

あの不思議な出会いから、しばらく時間が経った。

顔に複雑な刺青が刻まれた優しい 屍食鬼(グール) 。

終わるはずだったリナの人生を、そこから救ってくれた奇妙な 不死者(アンデッド) 。

思い出してみれば、奇妙な体験だった。

今では夢だったのかもしれない、と思ってしまうほど。

彼のためにリナは服や仮面を用意し、都市マルトの門番を騙して内部に通すと言う冒険をしたのだ。

実に不思議で嘘くさい。

それに、よくよく考えてみれば、いや、よくよく考えずとも、 不死者(アンデッド) を都市の内部に通すと言うのはとても許される行為ではないし、リナにも人並みの常識はある。

それがやってダメなことだと分かっての行動だった。

けれど、それは、あの人が、レントが悪い人ではない、と理屈ではないところでわかったからで、レントが普通の 不死者(アンデッド) だったらそんなことは断固拒否したに決まっている。

つまり、リナはレントを、あの短い時間で深く信用していたのだった。

振り返ってみれば、リナは他人をそこまで信用できた経験など、ほとんどなかった。

父は厳格でリナのやることなすことすべてに注文を付けてきたし、母は一言目でリナの動きに気品がないことを指摘し、二言目では結婚相手の話ばかりをするのだ。

自分にはいくらやりたいことがある、と言っても、そんな話は全く聞き入れられずに、唯一リナの話をまともに聞いてくれたのは、年の離れた兄だけだった。

今頃、兄は何をしているのだろう……。

兄……イドレス・ローグは、本来のリナの実家であるローグ家の長男にして、王国第一騎士団に所属するエリートである。

リナの憧れであり、騎士の家に生まれた以上、彼のように騎士を目指すのだと思って生きてきた。

けれど、現実は……。

女騎士、というのはヤーラン王国に存在しないわけではない。

現に王国第一騎士団にも二人ほど、女性騎士がいて、男性騎士と同様の任務についていると兄は語ってくれた。

けれど、リナがそれを目指すことを両親は認めてくれなかったのが問題の始まりだった。

その理由は、父が言うには、女がそのようなものを目指すべきではないの一点張りだったし、母の方も、女性の幸せは守ってくれる殿方に見初められ、結婚することだと言って譲らなかった。

その意見が絶対的に間違っている、とまではリナも流石に思わない。

貴族としては、むしろ正しい意見だとも感じた。

けれど、そこまで頭ごなしに否定しなくてもいいのではないか。

リナの考えをもっとちゃんと聞いて、その上で一緒に考えてほしかったのだ。

それを、両親はしてくれなかった。

しかし、兄だけは違った。

兄はリナの話を真剣に聞き、そのための方策を考え、両親とも交渉してくれた。

結果を言えば、それでも結局ダメだった、という他ないが、それでも兄は兄に出来ることをすべてやってくれたと思う。

そして、そこまでやってダメなときの選択肢までも、兄はくれたのだ。

つまり、このまま家にいてもそのうちリナはどこの誰とも知らぬ貴族と結婚させられてしまうだろう。

それも別に悪いことではないが、リナがどうしても嫌だと言うのならば、家を出る、という方法もなくはない、と。

しかしその場合、騎士になると言うのは酷く難しくなる。

家と縁を切ることになるし、そうなると自分一人の力のみでのし上がらなければならないからだ。

騎士の家の娘として何不自由なく育ってきたリナに、それが果たして出来るのか、と兄は言った。

リナとて、現実を全く知らない向こう見ず、という訳ではない。

その選択肢がどれだけ厳しいことなのかは分かっていたし、若い女がたった一人で生きると言うことがどれほど困難なのかも知っていた。

両親は決してリナに世の中の汚いところを見せるまいとしてきたが、兄イドレスは、むしろリナを悪所によく、連れて行ったからだ。

雑多な匂いと怪しげな雰囲気の満ちた裏町へ、両親がどこそこの家のパーティで留守にする、というときにひっそりと連れ出してくれたことが何度もあった。

リナには町娘の着るような継ぎはぎだらけのボロを着せ、自分は自分でチンピラのような格好をして裏町に繰り出していったのだ。

あれも一種の冒険だったな、と懐かしい気がする。

貴族の家に生まれた兄が、どうしてこんな悪所を知り、かつ精通しているのか、不思議だったが、そこで目にしたもの聞いたものは、リナの物の見方考え方を一変させるものだった。

平民として扱われる人々の生活が貴族のそれと比べてどれだけ厳しいか。

明日をも知れぬ日々の中、どれほどの逞しさでもってそれを乗り越えているのか。

女がその身一つで生きていかなければならないとき、最後に何をよすがとするのか。

すべてを失った者が、最後にはどうなってしまうのか。

普通なら、貴族の家の娘にそんなものは見せるべきではないだろう。

甘い夢だけを見せて、屋敷の奥に閉じ込めておくのが一般的だからだ。

しかし、リナの兄はその点、普通ではなかった。

もしかしたら、最初からいつかリナが最後には進むべき道を失い、家を出ようとすることを予想していたのかもしれない。

だから、世の中の厳しさを教え、諦めるのであればその方がいいし、諦めないのであれば現実を知っておく必要がある、と思ったのかもしれない。

事実、その経験は、リナの人生にとって必要なものだったと言える。

実際、リナが冒険者になったのは、自分には魔力と気の素養があり、それを磨けば少なくとも生きていく程度のお金は稼げることを、兄の悪所周りに何度もついていくことで知ったからだ。

貴族は大半が、魔力か気の素養を持っているものだが、リナはその辺りの才能が大きく、少なくとも魔力についてはある程度学べば十分に戦える程度のレベルにまで持っていけることが分かった。

気は、それを扱える者について、かなりの修練を積まなければ素養があっても難しいため、今から、という訳には中々いきそうにはなかったが、魔力だけでも十分である。

それに加え、リナは騎士になるために、兄に武術の基礎を学んでいた。

魔力とそれを活用した武術、それがあれば、冒険者としてもやっていけることも理解していた。

だから兄に、どうする、と聞かれたとき、考えた末に、家を出ることを決めた。

兄はその決断に何とも言えない表情を浮かべていたが、やはり否定はせずに、それがリナの決めたことなら、自分は支持すると言ってくれた。

ただ、家を出ても、家族であることは間違いないのだから、連絡はするようにとも言った。

リナはそれからしばらくして兄の用意してくれた平民の格好をし、安物の武具を身に付け、数週間分の路銀を持って家を出、それからその足で 冒険者組合(ギルド) に所属することになった。

◇◆◇◆◇

――甘く見ていた。

そう理解するのは早かった。

本職の騎士、その中でもエリートでもある兄に武術を学んでいたから、自分には実力があり、だからこそ 冒険者組合(ギルド) でも十分にやっていける。

そう思っていたが、その希望は早々に打ち砕かれた。

リナが活動拠点としようとしていた王都周辺の依頼は、どれも要求水準が高く、それなりの技術はあっても所詮は駆け出しでしかないリナが受けて何とかできるようなものではなかったのだ。

いくつか細々とした依頼を受けながら日銭を稼ぐ日々が続き、そしてそれにも無理が出たところで都市マルトの話がされた。

王都では、いつ両親に出遭うか戦々恐々としていたこともあり、それに飛びついて、リナはマルトに来たのだ。

マルトでの日々は、初めはつらかった。

しかし、そんな日々に終止符を打たれたのは、あの 不死者(アンデッド) レントに出会ったからだ。

彼と過ごした日々は、短かったが、面白かった。

彼はリナから見れば凄腕の剣士だったが、その見た目故に、一人では何をするも厳しいと言う特殊な状況に置かれていた。

もともとはレント・ファイナという冒険者で、しかし気づいたらああなっていたという話で、とてもではないが信じがたかったが、それでもリナにはそれが嘘ではないと理解できてしまった。

話して、協力して、一つずつ問題が解決していって。

ついに都市マルトの中にまで彼を入れることが出来た時は、一種の達成感を感じたほどだ。

それなのに、突然彼は、リナとは別れると言い出し始め……。

正直に言えば、ショックだった。

けれど、今にして思えば、彼はリナのことを気遣ってそんなことを言ったのだ。

不死者(アンデッド) と協力して都市の中に侵入させたとなれば、その罪は重い。

追及されればどうなるかわからない罪だ。

そこからリナを出来るだけ遠ざけるには、たぶん、その方がいいと判断したのだろう、と今は分かる。

いや、当時もわかってはいたけれど、別れるのが嫌で、認めたくなかった。

しかし、時間が経つにつれ、徐々に彼の気遣いが身に染みて……。

リナは前を向くことにした。

レントは、リナの話を道中聞き、色々なアドバイスをしてくれていた。

あれもまた、彼の気遣いだったのだと思う。

たとえば、冒険者として今、厳しい状況にいるリナがしなければならないこと、どういう方針でやっていくか、有用な狩場や、良心的な店など、多岐にわたって教えてくれた。

その話を活かせば、きっとこれからはやっていける。

そう思った。

そしてリナは、 冒険者組合(ギルド) に行き、今までとは違う行動原理で動くことにした。

依頼を見極め、自分にあったものを選ぶ。

ソロであることを悲観せずに、出来ることをする。

パーティを組むためには、まず、自分がどれだけ優秀なのかを示す必要がある。

また、他のパーティの情報は受付で聞けば教えてくれるし、加入を求めているところの情報も聞けるという。

リナは実のところ、そんなことすらも知らずに活動していたのだ。

兄が騎士であり、 冒険者組合(ギルド) の知識などまるでなかったことで、そんな状況になっていたのだ。

しかし、レントと会って、その状況は大きく変わったという訳だ。

いくつか依頼をこなし、戦闘の技術も少しずつではあるが上がっていった。

覚えなければならない知識も、 冒険者組合(ギルド) でやっている講習にいくつか参加し、学んで色々と身に着けた。

その結果、受けられる依頼の数は増え、達成率も上がり、そして、パーティに所属しないかという連絡がとうとう来た。

それは、リナと同じくらいの年齢の男の子と女の子一人ずつの小規模なパーティだったが、すでに銅級であり、その実力は中々のものだという話だった。

一人は剣士で、もう一人は魔術師兼治癒術師、ということでバランスもよく、リナは少し条件などを話し合って、加入することにしたのだった。