軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第530話 決戦の舞台へ

やるべきことが決まったその瞬間から、リーガン公爵の動きは迷いなく迅速だった。

全校生徒、そして教職員に危機の接近を周知し、討伐隊の編成の名のもとに、リスター祭の即時打ち切りを宣言。

陽気な熱狂は、瞬く間に緊張と沈黙に飲み込まれた。

もはや猶予はない――刻一刻と、リミットは迫っている。

祭りの名残がかすかに残る、人気の消えたコスプレ喫茶。

そこに、【暁】の面々を集める。

「クロム、すまない。今回の行き先は……ザルカム王国方面だ。連れて行くことはできない」

クロムは理解していた。

「はい。頑張ってください!」

寂しげながらも、うなずいた。

「バロン、レイラも【暁】の一員だが、まだ早い。いいな?」

「もちろんさ。でも――俺はついて行くぞ?」

その真っ直ぐ純粋な目に、こちらも応じる。

「ああ、頼む。お前の剣、期待している」

満足げにバロンが剣を掲げる。

動いた瞬間、制服の下から鎖が擦れる音がした。

鎖の元を辿ればミネルバ……が、ここはスルー。

「それから、アイク兄と義姉さんのことなんですが……」

本来なら、メサリウス伯爵としての責務や、まだ幼い子どもたちのことを考えれば、帰るべきだと告げるつもりだった。

しかし、その言葉は途中で遮られる。

「マルス、俺は行くぞ。リスター連合国の上級貴族として、リーガン公爵の代理としてな。必ず役に立つときはくるだろう。ただ、エーデには帰ってもらうがな」

たしかにアイクがいなければ困ることが多いかもしれない。

ここは兄の好意に甘えることに。

そして、最後に視線を向けたのは――エリー。

「エリー……どうする?」

昨日の夜――あの告白が、ずっと胸に残っていた。

ラースがなぜ、エリーを執拗に欲したのか。

そして、あの男がエリーに何をしてきたのか。

薄々、感づいてはいた。

だが、それを想像の輪郭に乗せた瞬間、凍りついたような悪寒に襲われた。

「……行く……」

エリーに迷いはなかった。

「……すべて……終わらせる……」

「……見たくないものまで、見てしまうかもしれないぞ? もっと思い出したくもない過去も――」

「……大丈夫……もう逃げない……それに……全部……思い出した……全部……」

そんなエリーをクラリスが後ろから優しく抱きしめる。

「うん。私たちも一緒だから」

「……分かった。じゃあ、すぐに準備に取り掛かろう!」

解散と同時に、俺たちは一斉に動き出した。

もう何度も旅をしているから、準備はお手の物。

貴重品はブラムに預け、俺たちは学校の正門へと足を運ぶ。

そこにはすでに、リーガン公爵をはじめ、ビートル辺境伯、そして見送りの者たちが整列していた。

「マルス……三度もお前に頼ることになってしまった。情けない話だ」

ビートル辺境伯の声は悔しさに滲んでいた。

「この借りは、命に代えてでも返す。それほどに、マルスに託すしかないのだ」

「……グランザムは、クラリスの故郷です。俺にとっても大切な、大切な想い出の地。そこを守れるのなら、光栄なことです」

俺の答えにビートル辺境伯が申し訳なさそうにうなずく。

そして、リーガン公爵が一歩前に出る。

「ビハルツ迷宮は、スザク、ビャッコ、ミックにリュート……ヒルダとマチルダはもちろん、フランとフレンにも向かってもらいます。現地にいるガメツに、フレスバルド騎士団、リーガン騎士団、カストロ騎士団――これら全戦力を結集し、連合軍として殲滅にあたります。ほかにも手が空いているA級冒険者全員に声をかけるので、こちらは大丈夫。マルス、グランザムは……ラースは頼みましたよ!」

ゲイナードは戦力に数えられていないのか……と思っていると、今度はフレスバルド公爵が一歩、カレンの前へと進み出る。

「カレン……本当に行くつもりなのか? どれほどの危険が待ち受けているか、分かっているのか?」

その声には、厳格な公爵としての顔ではなく、一人の父親としての不安と苦悩が滲んでいた。

「はい。私にも、できることがあります。それに、マルスが行くなら……当然、私も行きます!」

何の迷いもないその瞳に、フレスバルド公爵はしばし言葉を失う。

だが次の瞬間、強く娘を抱き寄せた。

「……分かった」

その囁きは、娘の覚悟を受け止めた父の決意。

「絶対に……絶対に生きて帰ってこい。いいな? これは命令だ」

「はい、お父様……必ず」

しがみつくような、けれど温かな抱擁。

「マルスもカレンを頼んだぞ!」

「もちろんです!」

フレスバルド公爵の手を握ると、次に俺のもとへ歩み寄ってきたのはビラキシル侯爵だった。

「マルス、私も行こう……どうせ帰り道だしな。それにヒメリのこともある」

こちらも娘に温かい視線を向けている。

これにはビートル辺境伯と共に来ていたポロンも大興奮。

「ビラキシル侯爵が来れば怖いものなしだモン!」

今やグランザムの小さな守護者とも呼べるポロンが小さく踊る。

当然、俺も同じ気持ちだ。

「はい! 是非、お願いします!」

力強く握手を交わす俺たち。

その手に込められた思いが、言葉以上に心を奮い立たせる。

他にも、ジーク、マリア、リーナが俺と抱擁を交わすと、ランパード家もクラリスに、キャロル家もアリスと別れの挨拶を済ませる。

ミーシャもサーシャに身体を預け、緊張感を全く感じさせない。

そんな中、俺はもう一度、ビートル辺境伯へと歩み寄り、まっすぐにその目を見据える。

「ビートル辺境伯、僕たちにひとつ、考えがあります。【暁】はこのままリーガンを南下し、まずリムルガルドを目指します。そこから一気に東へ抜けて、グランザムへ――」

言い終える前に、ビートル辺境伯の顔に「?」が浮かぶ。

「なぜだ? 王都からギルバーン、そしてグランザムへ向かった方が、敵とも早くぶつかれるのでは?」

「はい、たしかに正面から行くならそうです。ですが……その役目は、ミリオルド公爵たちにお願いしようかと考えています。彼らが正面から当たる一方で、僕たちは背後を狙う」

「背後……?」

「はい。もしも、奴らが前線で劣勢になれば、退却する可能性があります。そうなったとき、向かう先は――グランザム」

辺境伯の目が細められる。状況を即座に飲み込みかけている顔だ。

「だからこそ、先回りしておくのです。まだグランザムに敵の姿がないという前提にはなりますが……」

言葉を一瞬切る。が、すぐに強い口調で続けた。

「ギルバーンからグランザムへ向かうにはいくつもの都市を抜ける必要があります。仮にそれらを蹂躙しながら進軍するのであれば、進行速度は確実に落ちる。恐らく付近の住民たちは、避難していると思われますが、それでも空っぽの街を襲撃する可能性はあると思います。ならば、こちらが神聖魔法を用いて最短でグランザムへ向かえば――間に合う可能性は、十分にあります」

「……なるほど……確かに、理にかなっている」

辺境伯が腕を組み、しばし沈思。やがて、大きく頷いた。

「分かった。ではそのように動こう。私は今からザルカム王のもとへ行き、許可と支援の確保に動く。マルスたちはここで待機を――」

「いえ」

俺は即座に首を振る。

「僕たちも、今すぐ出発します。一刻の猶予も惜しい。動けるうちに、動きたい」

そう告げると、改めてリーガン公爵たちに会釈をして、別れの挨拶をする。

「皆さん! 必ずグランザムを救って見せます!」

皆からのエールを背に、俺たちはリスター帝国学校の正門を踏み出した。

すぐにザルカム王が宿泊する宿へ。

だが、その宿の前に差し掛かったとき――見覚えのある、黒塗りの馬車が視界に入った。

――ミリオルド公爵の馬車。

俺たちの気配を察したのか、ゆっくりと馬車の扉が開き、二人の男が降りてくる。

――ヨハンとラース。

二人の視線は、ただひとりに注がれていた――エリーだ。

エリーは小さく身を震わせながらも、ラースをまっすぐに睨み返していた。

怯えの中に、強い決意があった。逃げない、屈しないという覚悟が、全身からにじみ出ている。

だが、場の空気は重いまま。

その中を何事もないような笑みを浮かべながら、ヨハンが俺の前にゆらりと歩み出てくる。

「やぁ、マルス君。こんなところで偶然だねぇ。もしかしてどこか迷宮飽和にでもなったのかい? 例えば――ギルバーンとか……ビハルツとか……それともフォグロス? もしかしたら全部というのもあるのかな?」

わざとらしい言い回し。

「……いや。フォグロスは無事だ」

ヨハンが愉快そうに「ふふっ」と笑い声を漏らす。だがその後ろで、ラースの表情がわずかに――ほんの一瞬、だが確かに歪んだ。

フォグロスも迷宮飽和する未来が視えていたということか。

ただ、それは俺が事前に防いだ。

俺がかかわったことで、ラースの視た未来とは違うものになっているのだ。

「ふーん……それは、良かったよ。で、ようやく会えた。僕の想い人と」

ヨハンはゆっくりと歩き、エリーの目の前に立つ。

――が、次の瞬間。彼の表情が驚愕に染まる。

その視線は、エリーの左手に突き刺さっていた。

薬指に煌めく、金色の指輪。

ヨハンの視線が俺の左手へ――そしてクラリスの指へと移動する。

地球から持ち込まれた概念。

転生者、あるいは地球に深い縁のある者でなければ理解し得ない印。

クラリスとエリー、どちらかが地球からの転生者じゃないという可能性。

現地の女性に俺が婚約指輪を渡したという線で、二人とも転生者じゃないという可能性もあるはずだ。

だが、現実はそう甘くはなかった。

「……今さら惑わされたりはしないけどね」

その眼差しには、あからさまな敵意と、確信に満ちた光が宿っていた。

俺とクラリスを交互に見つめるヨハン。

その目にはこう書いてあった――

『完全に理解している。お前たち二人が、転生者だ』と。

視線を穏やかなものにし、エリーに手を差し出すヨハン。

「久しぶり。エリーさん。僕はずっと君を探していたんだ」

いつもであれば、必ず無視するであろう異性からの挨拶。

だが、今回は違った。

エリーは、ほんのわずかに躊躇した末に、その手を握った。

そして、ヨハンに触れた瞬間だった――

「……えっ……? 私と……同じ……? あの部屋……閉じ込められて……生きてる……!?」

かすれた声で呟きながら、エリーの瞳から一筋の涙が、ぽたりと零れ落ちた。

エリーの変化にヨハンの表情が一瞬で崩れる。

「まさか……エリーさん……君も、あの地獄を……?」

ヨハンは目を見開いたまま、衝動的に背後を振り返った。

その視線の先には、ラース――ただ一人。

その目力は俺とクラリスに向けていたものよりも明らかに強かった。

「……本当に……いるんだね。人の心を喰らって笑ってるような、根暗で薄気味悪い奴が……」

ひと呼吸置き、ヨハンは再びエリーに向き直る。

「もう、大丈夫だよ。僕が君の闇を、ぜんぶ晴らしてあげるからね……」

だが、ラースもそれを理解している。

それでいて、ラースの表情には一片の焦りもなかった。

まるで目の前の存在が、ただの石ころであるかのように、薄く笑う。

ゆっくりと、ラースが歩を進める。

狙いはただ一人。エリー。

そのときだった。

すっとクラリスが前に出て、震えるエリーの身体をしっかりと抱きしめた。

ラースの足が止まる。

奴はクラリスを見つめ――そして、唇の端を僅かに歪めた。

【聖女】であるクラリスに、ラースは迂闊に近づけないのだ。

代わりに、彼はじっと、エリーを見据える。

その瞳は、確信を宿していた。

いずれ、お前は俺のものになる。

言葉にはしないが、はっきりと伝わってくるその意志。

そして、ラースは一歩、また一歩と後退し、その場から静かに離れていった。

「で? マルス君たちも向かうんだろ? ギルバーンへ」

エリーから手を放したヨハンが、ふっと微笑んで俺に視線を向ける。

その笑みに裏はある。だが、表面はあくまで友好的だ。

「ああ」

俺は短く答える。

「じゃあ、共同戦線といこうじゃないか」

誘いは自然だった。だが、俺は即答する。

「いや……俺たちは別ルートで行く。ヨハン、お前の方が俺よりも強い。なら、ザルカム王を頼む。お前が王都まで送り届けてくれ」

一瞬、ヨハンの目が細くなった。

それは、どこか予想と異なる展開に直面した者の反応だった。

すぐに、唇が意味深に歪む。

「へぇ……そう来たか。やっぱり、全然僕たちの思い通りにはならないや」

それでも、ヨハンの声には妙な愉悦がにじんでいた。

ラースが視た未来とは、やはり違ってきているのだろう。

だからこそ、ヨハンは気分がいいのだ。

「でも……マルス君がそう言うなら、そうした方がいいのかもね。じゃあ、僕たちはこれで失礼するよ。ほら、ラース。いつまでもぼさっとしてないでザルカム王と、父上を連れてこい」

ヨハンは公爵家の息子。

執事であるラースよりかは当然身分が高いので、これ見よがしに顎で使う。

後でどんな仕返しが来るかも分かっているだろうに。

そんなラースはヨハンを睨むが、無視するわけにはいかない。

黙って踵を返し、宿の奥へと姿を消す。

その隙にヨハンが俺の耳元で囁く。

「あいつの死に場所は、迷宮都市ギルバーン。そこにいるのは巻き込まれても仕方のない奴ら――積極的にラースにかかわる者しかいない。マルス君たちがラースの暗黒魔法を気にすることなく唯一全力で戦える場所だ」

なるほど、だから俺たちが舞踏会の会場で戦う決断を鈍らせたのか。

「僕とマルス君は、運命共同体なんだ。どちらかが欠けた瞬間、ラースには絶対に勝てない……だから、必ず来てくれよ」

そう言い残し、ヨハンはまるで何事もなかったかのように馬車へと戻っていく。

しばらくして、ラースが姿を現す。

その背後には、魂を抜かれたように虚ろな、王と公爵がついてくる。

そのまま馬車に乗り込む……直前。

ラースの目が、ねっとりとエリーに絡みつく。

まるで、その存在そのものを舐めまわすような視線。

そして、低く何かを呟いた。――名だろうか、それとも呪いか。

エリーの肩が、わずかに跳ねる。

震えが明らかに強くなる。

だが、エリーは決して取り乱さなかった。

ヨハンたちを乗せた馬車がゆっくりと東門の方角へと進んでいく。

その姿が見えなくなるまで見届けて、俺たちも馬車に乗り込む。

目指すは、南門。

――次なる目的地は、グランザム。

そして、その先に待つのは、決戦の地。

迷宮都市――ギルバーン。

そこですべてを終わらせる。

ラースのことも……ヨハンのことも――

そして、この悲しすぎる転生の連鎖を――