軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第528話 エリーの決意

ヨハンの視線を浴びる中、アイクたちがホールへと戻り、リーガン公爵と言葉を交わし始める。

おそらく――先ほどのラースのステータスを公爵に伝えているのだろう。

そこに、ミリオルド公爵が近づく。

短く言葉を交わすと、次にミリオルド公爵はザルカム王に形式的な挨拶を済ませ、ダンスホールを後にする。

その背中を、ヨハン、執事、そしてラースが追随する。

俺も足を向け、リーガン公爵の傍へ向かうと――

「ミリオルド公爵たちは街に帰るそうです。もちろん、そうですか……と、笑って見送るつもりはありません。リーガン騎士団、フレスバルド騎士団、さらに選りすぐりの手練れを数名――すでに尾行につかせます」

やはり、そうだよな。

だが、今はまだ手を出す段階ではない。

手を出した瞬間、報復の牙が街を襲う。

あの蟲たちに、生徒や住民たちが襲われる。それだけは避けなければならない。

狩るなら、奴らが街を離れた、その後だ。

「……今日は、このあたりでお開きにしましょう。明日がリスター祭の最終日。気を緩めるわけにはいきません」

そう告げたリーガン公爵は、すぐにミックやリュートに視線を送り、静かに頷く。

おそらく、尾行を任せるのだろう。精鋭の中でも、信頼できる者たちに。

だが、その一方で、ホールではまだ舞踏の余韻が残っていた。

終演の気配を感じながらも、音楽は続き、最後のひとときが静かに流れる。

その中で、クラリスの手を取ったのは、コジーラセだった。

だが、まだ彼には早すぎたようだ。

腰にそっと手を回そうとした、その瞬間。

コジーラセはふらりと意識を手放し、その場に倒れた。

クラリスが慌てて倒れたコジーラセを抱きかかえようとする――が、それは逆効果。このままでは本当に意識が戻らなくなる。

俺がすぐに介抱にあたると、ようやくコジーラセは浅く息を吹き返した。

こうして、クラリスの長く華やかなダンスは、静かに幕を下ろすこととなった。

コジーラセが同伴してきた女性に彼を預け、ぐったりとしているクラリスの下へ急ぐ。

「大丈夫か?」

問いかけた瞬間だった。

周囲の目も気にせず、俺の胸へと飛び込んできた。

「……うん。やっぱり、私……こういうの、あんまり向いてないみたい。ずっと緊張してて……もう少しだけ、このままでいさせて?」

表情には一切出すことはなかったが、内心ではずっと張り詰めていたのだろう。

「ああ、もちろん。俺もずっとこうしていたい……」

そう言って、俺は静かにクラリスを抱きしめた。

細い肩を包み込むように、優しく、丁寧に。

しばらくクラリスを抱きしめているうちに、ダンスホールからは徐々に招待客が引いていき、やがて場内には関係者だけが残された。

静けさが戻る中、クラリスがふと俺の胸元から離れ、足早にリーガン公爵のもとへと向かう。

小声で一言、二言。

それを聞いた公爵は、ゆっくりと何度も頷いた。

クラリスが戻ると、そっと俺の手を取り、小さく微笑む。

「今日はもう帰ろう? リーガン公爵も了承してくれたし」

その瞳は、どこか安心と疲労が入り混じっていた。

俺もリーガン公爵に視線を向けると、公爵は柔らかな笑みを浮かべ、穏やかに頷いてくれた。

――まぁ、ヨハンの言葉を信じるなら、今夜ラースが動くことはないはずだ。

「では、僕たちはこれで失礼します」

クラリスと共に寮への帰路を歩きながら、まずはラースのステータスを共有する。

「……すごい数値ね。ディクソン辺境伯よりも遥かに高い上に、特殊能力までいくつも備わってるなんて……」

「ああ。それに――」

俺は声を落としながら、絶対に伝えておかなければならないことを口にする。

「おそらく、ヨハンに気づかれた。俺たちが、転生者だって」

「――えっ!?」

クラリスの瞳が驚愕に見開かれる。

「少なくとも、地球の文化を知ってるってところまでは確実に。ずっと見てたんだ。俺とクラリスの左手薬指を、何度も……」

「あ……っ」

クラリスが自分の左手薬指を見下ろし、そこに輝く金の輪にそっと視線を落とす。

俺の手元にも、まったく同じ意匠のリングが光を反射していた。

「そういえば……この世界には、指輪を対で嵌める風習なんて、なかったんだっけ……」

クラリスの瞳が、俺の指と自分の指を何度も往復する。

「まさか……これだけでバレるなんて……どうするの?」

「どうもしないよ。まずは、ラースを倒す……そして倒した瞬間、全力でヨハンの首を取りに行く」

できることなら、同時に仕留めるのが理想だ。

だが、それを実現するにはどうすればいいか――そんな思考を巡らせているうちに、俺たちは女子寮の前まで来ていた。

「じゃあ、俺はここで」

クラリスとつないでいた手を離そうとしたその時――

「……今日、泊まっていってくれない?」

小さな声でそう囁かれ、思わず驚いてしまう。

「えっ!?」

声が裏返った。自分でも情けないほどだ。

「エリーの件もあるし……みんなにも、ちゃんと伝えないと。私から一人で話すのも……ダメ? リーガン公爵には、さっき許可をもらったの……それに、今日はマルスと一緒にいたい」

なるほど。あの時の耳打ちは、これだったのか。

たしかに、ラースの件はしっかりと全員に共有しておくべきだ。

当然、俺もクラリスと一緒にいたい。特に今日はいろいろあったからな……。

「分かった。じゃあ風呂に入ってから行くよ」

そう告げると、俺は急いで寮に戻り、念入りに身を清める。

毎日、クラリスとエリーが寝ているベッドに入るんだ。

暴走……いや、暴発しないように……な。

しっかりと色々済ませた俺は、黎明部屋の前まで急ぐ。

もちろん男のロマンを使用して。

ドアをノックすると、開けてくれたのは湯上りのクラリス。

リビングには、カレン、ミーシャ、アリス、姫、ミネルバ――そして、先ほどまでリーガン公爵邸にいたはずのサーシャの姿もあった。

「サーシャ先生も今夜はここに泊まるの」

クラリスが囁く。

やはり、ラースたちが近くにいるとミーシャのことが気になるんだろうな。

そして、エリーはまだベッドの上で横になっていた。穏やかな寝息を立て、安らかに眠っている。

その間に、リビングでラースのステータスを共有すると、やはり皆の表情が不安に染まる。

こうなることは分かっていたが、何が起きるか分からないからな。

共有しないという選択肢はなかった。

ただ、この不安なまま寝てくれというのも酷なので、一人ずつ不安を取り除く。

「カレン、来てくれ」

両手を広げてカレンを呼ぶと、彼女は静かに膝を折るようにして俺の膝の上にそっと腰を下ろした。

少し照れたような表情のカレン。

まさか、跨ってくるとは思わなかったので、俺の心臓はバクバク。

平静を装いつつ、声をかける。

「……不安か?」

「……少しだけ。でも、こうしてマルスに触れてると、平気になるの」

俺はそっと背中に手を回し、カレンのぬくもりを感じながら、囁いた。

「大丈夫。必ずラースたちは俺が討つから」

すると、さきほどまで不安と緊張の面持ちだったカレンが自然な表情で微笑む。

「ええ、ありがとう」

次は――ミーシャ、アリス、そして姫。

一人ずつ順に言葉を交わしながら、彼女たちの胸に巣くう不安を、丁寧に拭っていく。

さすがにサーシャとミネルバには直接のやり取りは控えたが、それでも二人の表情がどこか柔らかくなっていたのを、俺は見逃さなかった。

そして、夜が更け――就寝の時間が訪れる。

ミーシャはサーシャと。カレンはミネルバと。アリスは姫と、それぞれペアになり、静かに眠りにつく。

そして俺は、クラリスの手を取り、そのままクラリスとエリーの部屋へ向かった。

眠るエリーを中心に、俺とクラリスは左右からそっとベッドに滑り込む。

……正直、心臓の鼓動がうるさいほどだ。

何しろ、枕やシーツからは、クラリスの甘く濃密な香りがたちのぼってくる。

その香りに包まれるだけで、思考が危うく揺らぐ。

さらに目の前には、無垢な寝顔を見せるエリー。

理性を繋ぎとめるのに精一杯だ。

布団の中では相棒が抗議のように暴れ回っているが……それはもう、ご愛敬と割り切るしかない。

クラリスがMPを使い果たして、静かに眠りへと落ちていく気配を感じたころ。

俺もそろそろMPを空にして眠ろう――そう思った、その刹那だった。

――ふいに、エリーの瞳が開く。

その瞳は、今までの彼女とは違う光を宿していた。

揺るがぬ決意。覚悟の炎。

「……マルス……一緒……ありがとう」

「ああ。俺も、今日はこうやって一緒に居たかったんだ」

エリーをそっと抱き寄せると、彼女も迷いなく両腕を俺の背中へまわし、強く、強く抱きしめ返してきた。

「……私……もう、逃げない……」

俺はただ、彼女の言葉を遮らず、受け止める。

「……今回……終わらせる……ラースを――私が……英雄ラースを――パパを私が殺す!」